異世界で奴隷になったけどケモノな飼い主が可愛すぎて全然つらくない   作:あああ

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ケモ毛の道はどこに続く

 一日の仕事はネージュの支度の手伝いから始まる。

 早朝、僕は彼女の部屋の前に立って三度扉を叩いた。

 

「ネージュ、起きているかい?」

 

 しかし返事どころか何の反応も無い。

 

「ネージュ?」

 

 そっと扉を開けるも部屋の中にネージュの姿は無く、代わりに天蓋付きのベッドのレースのカーテン越しに丸まった白い塊が見えた。

 近づいてみると、それはシーツにくるまって小さく丸くなっていて、呼吸に合わせてお腹の白い毛が膨らんだり萎んだりしている。

 

「ネージュ、起きて」

「……んー」

 

 軽く揺すると、ネージュはむにゃむにゃと口を動かしてから、また静かになった。

 

「朝だよ」

「……ねむい」

「そうかもしれないけど、起きる時間だよ」

「……もうちょっと」

 

 ネージュはそれきり黙って、シーツをぎゅっと引き寄せた。

 よっぽど眠いと見える。

 しかし、後のこともあるので起きてくれないとこちらも困る。

 

「ネージュ、起きないとひどい目に遭うよ」

 

 それでも返事がない。

 仕方がないので、僕はシーツの端を掴んでネージュの全身をトルティーヤのように包み込むと、ゴロンと転がしてみる。

 

「……フギャッ!」

 

 シーツごとネージュをベッドの上で一回転させると、中から抗議の声が漏れた。

 それでもまだシーツから出てこようとしないので、もう一度。

 ゴロン。

 

「ギャッ!」

 

 だんだん僕も楽しくなってきて、ゴロンゴロンゴロンと前に後ろに何度も転がしてみる。

 

「んにゃにゃにゃにゃにゃ……やめ」

「起きる?」

「……やめて」

「起きたら止めるよ」

「起きる! 起きるから!」

 

 シーツの中からもぞもぞと白い手が伸びてきて、僕の袖をぎゅっと掴んだ。

 引っ張り出してやると、ネージュは髪を乱してシーツに半分くるまったまま、ジトリと恨みがましい目で僕を見上げた。

 耳がぺたんと横に倒れている。

 

「おはよう、ネージュ」

「……おはよう」

 

 ネージュはしばらく僕を睨んでいたが、僕が笑って挨拶するとしぶしぶベッドから這い出て立ち上がると、あくびをしながらパジャマのボタンを外し始める。

 僕はといえば衣装棚を開いてネージュに問う。

 

「今日は何を着る?」

「……なんでもいい」

「それじゃわからないよ。どういうの着たい?」

「……ヒナタが選んだもの」

「僕が?」

「うん」

「じゃあ、選ばせてもらうけど」

 

 衣装棚の中にはネージュの好みなのかワンピースが何着もかかっていて、そのどれもが上品でいかにも育ちの良いお嬢様らしい。

 さて、何が良いかな。

 ネージュは全身が白色だから何色でも合うと思うが、赤色のワンピースなんてのはカラッとしていて青空の下で映えるだろう。

 一方で黒や紺などの暗い色も落ち着いたネージュの雰囲気に合っていて見てみたいと思ったが、いろいろ悩んだ挙句僕はピンク色を選んだ。

 肉球と同じ色だから。

 

「これにしよう」

 

 ネージュはすでにパジャマを脱いでベッドの上に放り投げていて、昨夜と同じように白い毛に覆われた裸の猫獣人がそこにいた。

 

「はい、ばんざーい」

「なにそれ」

「腕上げるの」

「……こう?」

「そう」

 

 ピンクのワンピースをネージュの頭からかぶせると、そのまま腕まで通してしまう。

 

「後ろ向いて」

 

 ネージュがくるりと背を向けると首の後ろと腰の位置にいくつかボタンがあるので、一番上のボタンから順番に留めていく。

 体毛を挟まないようにひとつひとつ丁寧に。

 

 首の後ろのボタンを留めて腰のボタンに手を伸ばすと、そこが尻尾を通す穴になっていることに気づく。

 僕はその穴に手を突っ込んでゆらゆら揺れる尻尾をむんずと掴んで引っ張り出す。

 

「尻尾、出しておいたよ」

「……んっ、ありがとう」

 

 尻尾の周辺のボタンを留め終えると、ネージュはゆっくりと振り返った。

 薄桃色のワンピースが白い毛の上で映えていて、朝の光の中でほんのりと輝いて見える。

 

「似合ってる」

「……ほんとに?」

「うん、肉球みたいでかわいい」

「……肉球?」

「ブラシもかけようか」

「……お願い」

 

 化粧台の椅子にネージュを座らせて、ブラシを手に取る。

 昨夜あれだけ丁寧にブラッシングしたはずなのに、一晩寝ただけで毛並みは好き勝手な方向を向いていた。

 それでもブラシを通すたびにさらさらと白い毛が流れて、鏡の中のネージュが少しずつ整っていく。

 

「できた」

「……ありがとう」

 

 頭や腕など体の露出している部分だけの簡単なブラッシングだが、寝ぐせもないしこれなら人前に出ても問題ない。

 

「朝ごはん、行こうか」

「うん」

 

 そうして僕たちはネージュの部屋を後にして、食堂に向かう。

 といっても、まだ屋敷に来たばかりの僕は道に迷って逆にネージュに案内されてしまったのだが。

 

「……じゃあ、またあとで」

 

 ネージュはそう言い残して、食堂に入っていった。

 当然のことだが僕は食事に同席できるわけがなくて、お掃除の仕事をしなくてはならない。

 それもネージュが食事を終えて戻ってくるまでに。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、仕事だ。

 箒、ちりとり、羽根はたき、濡れ雑巾、そして一番大事なコロコロを持って、僕は改めてネージュの部屋の扉を開けた。

 

 舞い上がる白い毛。

 屈んで見れば至る所に毛が落ちている。

 

 早速僕は部屋中を掃いたり、拭いたりしながら抜け毛を集めていった。

 この部屋だけでも一塊の毛が集まるのだから、ネージュのもこもこ振りがわかるというものだ。

 しかし、猫獣人が家で暮らすというからにはこれだけで終わらない。

 

 ベッド、枕、シーツ、天蓋のレース、カーテン、絨毯、脱ぎ捨てられたパジャマ、およそ布製品と呼べるものには全て毛が付いていて、しかもそれをコロコロで取り除かないといけないのだから、人を雇うというのもわかる話だ。

 

 シーツにコロコロを押しつけると、ぺりぺりという小気味よい音とともに白い毛がくっついていく。

 そんなことを何回も繰り返して、コロコロのシートを一周剥がすと、一面が白い毛だった。

 いつかこれを集めて等身大ぬいぐるみでも作れそうだが、涙を呑んでゴミ袋に詰めていく。

 

「よし、完璧だ」

 

 ベッドのシーツや枕カバーを交換して、パジャマ等の洗濯物を持って廊下に出ると、僕は清掃用カートを押して次の清掃場所に向かう。

 娯楽室とか、客室とか、元の世界の僕の実家にはこんなにたくさんの部屋はなかった。

 自分の担当場所をコロコロしているだけで時間が足りないのだからお金持ちの家はすごい。

 

 それから、もういくつの部屋を清掃したのか数えるのも億劫になってきたころ、廊下の絨毯に白と黒と茶色の毛が点々と落ちているのに気づいた。

 しかもそれは、誰かの通った跡なのか、絨毯の上に続く一筋の毛の道となっていた。

 

「これ、辿れるんじゃないか」

 

 ふと思いついて、僕はコロコロを掛けながら毛の落ちている方向を追ってみることにした。

 毛の跡を辿って廊下を進み、角を曲がり、どこまでも追いかけていく。

 そして、ついに毛の道が一つの部屋へとたどり着いた。

 

 扉を少し開けてそっと覗き込むと、フルールさんが机に向かって帳簿に何かを書きつけていた。

 眼鏡の奥の目を細めて、ペン先を紙に走らせている。

 

「……ふぅ」

 

 一段落したのか、フルールさんはペンを置いて、小さく息をついた。

 そして、何の気なしに自分の手の甲を、舌でぺろりと舐めた。

 

 おお。

 

 思わず声が出そうになって、慌てて口を押さえた。

 フルールさんは僕には気づかずにもう一度、今度は手のひらまで丁寧に舐めている。

 手入れを終えると、満足げにふっと表情を緩めて、また帳簿に向き直った。

 

 なんというか、不思議な気分だ。

 フルールさんもやっぱり猫なんだなぁ。

 

 立ち去ろうとした、その時。

 ふと、背中の方に視線を感じた気がした。

 

「……ん?」

 

 振り返る。

 廊下には誰もいない。

 

「まさかね」

 

 僕はそっとその場を離れて、何事もなかったかのように廊下に戻った。

 コロコロを構え直して、次の部屋へ。

 

 その途中で僕はまた、毛の道を発見した。

 クリーム色で少し土も付いている。

 今度は誰の毛だろう。

 

 コロコロと絨毯を掃除しながら、その道を辿っていくと今度は中庭へと出てしまった。

 まぁ、なんとなく誰の毛なのかは想像がついていたけど。

 

 庭の中を歩いていると、ミミちゃんがベンチに横たわって、お腹を出して寝ていた。

 口は半開きで、よだれが少し垂れている。

 

「……やあ、寝てるの?」

 

 呼びかけてみるが、起きる気配はない。

 よくもまあ、ここまで大胆に仕事をサボれるもんだ。

 残った仕事は僕のところに押し付ければいいと思ってるんだろう。

 それどころか、屋敷を徘徊して毛やら土なんかを落として仕事まで増やしやがって。

 僕はそっとコロコロを寝ているミミちゃんの顔面に押し当てた。

 

「ふがっ……」

 

 そのまま顔の上で何度か転がす。

 シャリシャリという音がして、シートに毛が集まっていく。

 

 腕、肩、お腹、足。

 寝息を立てるミミちゃんの全身にコロコロをかけていく。

 今のうちに落ちる予定の毛を回収してしまうというわけだ。

 

 こんな性格じゃろくにブラッシングもしてなさそうだし、ちょうどいいだろう。

 それともプライベートでは手入れしているのかな。

 こんなアホみたいな寝顔晒してるウサギさんがねぇ。

 悪戯をしているような気分だったが、これも仕事のうちだと思うことにした。

 

「体の毛を取ってあげたんだし、頭くらいは触っていいかな?」

 

 頭を撫でても、頬をつまんでみても、ミミちゃんは相変わらず気持ちよさそうに眠っていた。

 僕は一つ息を吐いて、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 廊下を歩いていると、外の木にとまっていたカラスの群れが突然バサバサと羽を揺らして飛び立った。

 不思議に思って辺りを見回すが、誰もいない。

 窓の外の木々が風に揺れているだけだった。

 

「……今日、なんか変だな」

 

 気を取り直して、僕は次の部屋へと向かった。

 順番にコロコロをかけながら廊下を進んでいくと、ここでもやはり絨毯に毛がついているのに気が付いた。

 

 毛は白くて長い。

 そして、先ほどのように道となってどこかに続いているようだった。

 

「さて、この毛を辿ったらどこにつくのかな?」

 

 僕はその毛をコロコロで取りながら、落ちている方向を辿ってみることにした。

 廊下を進み、角を曲がり、また毛を見つけて進む。

 しかし、いくら辿っても主にたどり着かない。

 廊下を一周し、また同じ場所に戻ってくる。

 

「あれ? 戻ってきちゃった」

 

 というのも、さっき掃除したところにまた毛が落ちてるのだ。

 仕方ないのでもう一度毛を辿り直してみる。

 そしてまた一周。

 さらに一周。

 同じ廊下を、何度も何度も回っている。

 

「……何が起きてる?」

 

 どうして掃除したはずの場所に毛が落ちているんだ。

 一周するたびに綺麗に取っているというのに。

 この先で一体誰が待っているというのか。

 

 いや、違うな。

 こうも考えられるはずだ。

 僕の後ろに道ができている。

 だからいつまでたっても毛の道が終わらないんだ。

 しかし、だとしたらなぜ?

 

 そのとき、背中に悪寒が走る。

 誰かに見られているような気配がしたのだ。

 

「誰だ!?」

 

 とっさに振り返っても誰もいない。

 

「……気のせいか」

 

 なんて言いつつも僕はそれなりに怖がっていて、ちょっとした企みを思いついた。

 僕は「だるまさんがころんだ」の要領で歩き出したフリをして、急に立ち止まってみた。

 すると、今度は背中に息がかかったような気がした。

 やっぱりすぐ近くに誰かがいる!

 

 僕は振り返りもせずに走り出した。

 何かわからないが、とにかく逃げなければいけないという本能が体を突き動かしていた。

 異世界だし、モンスターやゴーストがいたって不思議ではない。

 それに、まさかそんなことはないと思いたいが、ここの使用人の中には人間を食べる種族もいたりするのかもしれない。

 

 廊下を走り、角を曲がり、見覚えのある扉に飛びついた。

 ネージュの部屋だ。

 

「ネージュ、助け──」

 

 扉を開けて飛び込んだが、部屋の中に彼女の姿はなかった。

 窓際の椅子も空っぽで、本だけが開いたまま置いてある。

 

「……いない?」

 

 肩で息をしながら、僕はしばらく部屋の中で立ち尽くした。

 心臓がまだどきどきしている。

 とりあえず落ち着こうと、深呼吸を一つした。

 

「慣れない環境とはいえ、怖がりすぎか?」

 

 そう思い直して、僕は扉に向かって歩き出した。

 扉を開けようとしたところで、足元に何かが落ちているのに気づいた。

 一本の、長くて白い毛。

 

「……これ」

 

 屈んでそれを拾い上げた瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。

 誰かが、すぐ後ろにいる。

 そして、背中から抱きしめるように毛の生えた白い手が伸びてきて、

 

「つかまえた」

 

 そう囁くのだった。

 

「うわあああ!!! ってこの毛色と肉球はネージュ?」

「うん」

 

 振り返ると、目と鼻の先にネージュの金の瞳があった。

 

「近い! 何してるの!」

「……逃げたから追いかけた。狩りの練習」

「狩りって、僕が獲物だったの?」

 

 ネージュはそれには答えず、代わりに僕の背中に頬をすりつけてきた。

 

「……ヒナタの心臓、ドキドキしてる」

「そりゃするよ、走ったから」

「……結構速かった」

「それはどうも」

 

 僕は深呼吸をしながら息を整えると、床に落ちている白い毛を見回した。

 

「とりあえずもう一度コロコロしなきゃ」

「……手伝う」

「いいの?」

「……うん」

 

 ネージュはそう言うと、僕の持っていたコロコロにそっと手を伸ばした。

 猫屋敷のコロコロは、まだまだ終わらない。




続きます
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