ピクミン擬人化ハーレム物   作:風神ぷー

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第十七話 沈む道

夜の間に、道が消えていた。

 

朝の霧を抜けた先で、アジサイは足を止めた。

 

昨日までなら、膝より浅い水路の向こうに細い泥の道が続いていたはずだった。今は一面を濁った水が覆い、道に生えていた草が先端だけを水面へ出している。

 

オリマーはアジサイの横まで進み、水の中を覗いた。

 

沈んだ草の影が微かに見える。道そのものが崩れたのではなく、その上まで水が来ているらしい。

 

「夜に雨は降っていなかったな」

 

「降ってない」

 

アジサイはその場へしゃがみ、指先を水へ入れた。少し場所を変え、もう一度流れを確かめる。

 

後ろから来たひまわりも水面を覗き込んだ。

 

「昨日は、こっちから流れてたよね?」

 

ひまわりが右手を指す。

 

アジサイは一度だけそちらを見てから頷いた。

 

「覚えてたのね」

 

「昨日教えてもらったから」

 

ひまわりは少し得意そうに答えたが、すぐに首を傾げた。

 

水面に浮かんだ小さな葉が、昨日とは反対側へ流れている。

 

「じゃあ、今は逆?」

 

「そう」

 

「何で?」

 

「上流で何かが水を塞いだか、水底の形が変わったか。見ないと分からない」

 

アジサイは水から手を抜き、指先についた泥を払った。

 

オリマーは周囲を見回した。

 

霧の向こうに並ぶ木々や、岸から突き出した岩の位置は昨日と変わっていない。変わったのは水だけだった。

 

水位が上がり、流れる方向まで逆になっている。

 

「このまま渡れるか?」

 

「無理」

 

アジサイは足元に落ちていた細い枝を拾い、水路へ差し入れた。手前では半分ほど入ったところで底に触れたが、少し先へ伸ばすと枝の大部分が沈んだ。

 

「昨日より深い。流れも強くなってる」

 

「別の道は?」

 

「北に回れば浅い場所がある」

 

「遠回りになる?」

 

「この道を渡るよりは早い」

 

それなら迷う理由はなかった。

 

オリマーが北へ向かおうとしたとき、服の裾を後ろから引かれた。

 

振り返ると、ローズが水面を見つめている。

 

髪には、昨日オリマーが作った飾りがつけられていた。朝起きてすぐに自分で結び直し、形が崩れていないか何度も指で確かめていたものだ。

 

今はその髪飾りにも触れず、水路の奥へ目を向けている。

 

「ローズ?」

 

呼びかけると、ローズは少し遅れて顔を上げた。

 

「何?」

 

「どうかしたのか?」

 

「別に」

 

そう答えながらも、つかんだ裾を離そうとはしない。

 

オリマーはローズの視線を追った。

 

水路の中央付近に、暗いものが横たわっている。

 

岩のようにも見えたが、その周囲には泥が積もり、細い水草や流木が絡みついていた。すべてが水面へ出ているわけではなく、大部分は濁った水の下に沈んでいる。

 

昨日、あの場所に何かあっただろうか。

 

オリマーには判断できなかった。

 

「アジサイ」

 

呼ばれたアジサイが戻ってくる。

 

オリマーが指した先を見て、彼女の目が細くなった。

 

「昨日もあそこに岩はあったか?」

 

「なかった」

 

「土が流れてきたんじゃない?」

 

ひまわりが尋ねる。

 

「それなら、もっと水が濁ってる」

 

アジサイは先ほどの枝を拾い直し、水へ投げ入れた。

 

流れに乗った枝は、泥の塊へ近づいたところで横へ逸れた。そのまま通り過ぎるかと思われたが、今度は反対側から回り込み、同じ場所へ戻ってくる。

 

泥の周囲だけで、水が大きな輪を描いていた。

 

ひまわりの表情から笑みが消える。

 

「変なの」

 

「今日は水に入らないで」

 

「うん」

 

「ならいい」

 

アジサイはそれ以上言わず、流れの先へ視線を移した。

 

ローズがオリマーの服を強く引く。

 

「行こう」

 

「今行くところだ」

 

「早く」

 

普段なら、ひまわりとアジサイの会話へ何か口を挟んでいたはずだった。今は二人の声も耳に入っていないかのように、水路の一点を見つめ続けている。

 

「水に入りたくないのか?」

 

「水は平気」

 

「なら、あれが気になるのか?」

 

ローズはすぐには答えなかった。

 

泥に覆われた黒い塊を見つめたあと、オリマーのそばへさらに寄る。

 

「ここが嫌」

 

「何かいる?」

 

「分からない」

 

ローズは苛立ったように眉を寄せた。

 

「分からないけど、嫌なの」

 

ひまわりが振り返る。

 

「ローズ、昨日も水の中を歩いてたよね?」

 

「あれとは違う」

 

「何が?」

 

「だから、分からないって言ってるでしょ」

 

ローズの声が強くなり、ひまわりが目を瞬かせる。

 

自分でも言いすぎたと思ったのか、ローズは一度口を閉じた。それでも謝ることはせず、オリマーの服をつかんだまま顔を背ける。

 

オリマーはその手を外させなかった。

 

理由は説明できなくても、ローズが危険を感じていることまで無視する必要はない。

 

「アジサイ。遠回りしよう」

 

「その方がいい」

 

アジサイは北へ身体を向けた。

 

「私の通ったところを歩いて。浅く見えても、今日は水に入らないで」

 

今度は全員が素直に頷いた。

 

四人は水路を左手に見ながら北へ進んだ。

 

少し歩くと地面が柔らかくなり、足を置くたびに泥の隙間から水が染み出した。アジサイは草の根が密集している場所を選びながら、慎重に進んでいく。

 

昨日までなら迷わず歩いていたはずの場所で、彼女は何度も足を止めた。

 

「ここも変わってる」

 

アジサイが近くに生えた草をつかみ、茎の下側を指でなぞった。

 

泥に汚れた跡が、今の水面よりも高い位置まで残っている。

 

「一度、水がここまで来たみたい」

 

オリマーも草の汚れを見る。

 

「今は引いてるな」

 

「さっきの道では増えてたよね?」

 

ひまわりが言う。

 

「向こうへ流れるはずの水が、別の場所へ回ってるのかも」

 

「確かめられる?」

 

「今は無理。流れが多すぎる」

 

アジサイは水路の先へ目を向けた。

 

湿原を流れる水は一本ではない。細い水路が枝分かれし、離れた場所で再びつながっている。そのどこかが塞がれば、別の場所へ水が流れ込むことはある。

 

しかし、これほど広い範囲の水位が一晩で変わるなら、それだけ大きな原因があるはずだった。

 

「上流を見に行く?」

 

「行かない」

 

アジサイはひまわりのほうを見た。

 

「水がどこから来てるか分からない時に、流れを追う方が危ないから」

 

「分かった」

 

ひまわりが頷く。

 

アジサイはその返事を聞くと、すぐに前へ向き直った。

 

足取りにいつもの迷いはなかった。

 

知っている道を案内しているのではない。

 

変わってしまった湿原の中で、その場ごとに進める場所を探している。

 

それが分かると、誰も余計なことを言わなくなった。

 

やがて霧が薄れ、前方の景色が見えるようになった。

 

水路の間に、広い泥地が横たわっている。

 

もともとは水面のすぐ下にあった浅瀬なのだろう。泥の上には倒れた水草や流木が重なり、奥へ行くほど緩やかに盛り上がっていた。

 

その先には、アジサイが目指していた北側の岸が見える。

 

「あそこを渡るの?」

 

ひまわりが尋ねた。

 

「昨日は水の中だったけど、浅い場所ではあった。水が引いて出てきたんだと思う」

 

アジサイは泥地の手前で腰を落とし、枝を突き立てた。

 

柔らかい表面を抜けたところで、枝の先が硬いものに触れる。

 

場所を変えても結果は同じだった。

 

「下は硬い。表面の泥に足を取られなければ渡れる」

 

「絶対?」

 

ひまわりが念を押す。

 

アジサイは彼女を見る。

 

「水は毎日変わるって、昨日教えたでしょう」

 

「あ」

 

「だから確かめながら渡る。私が踏んだ場所から外れないで」

 

アジサイは慎重に泥地へ足を乗せた。

 

何度か体重をかけ、沈まないことを確かめてから先へ進む。

 

続いてオリマーが渡り始めた。

 

ローズはすぐ後ろからついてくる。ひまわりも最後に泥地へ上がったが、今回は脇へ逸れようとはしなかった。

 

表面には古い泥が幾重にも重なっている。

 

長い間そこにあった地面のようにも見える一方で、水草の多くは根を張らず、横倒しになったまま泥へ貼りついていた。

 

オリマーが足を下ろすたび、靴の周囲から濁った水が滲み出す。

 

それ以外に異常はない。

 

先ほどの水路で感じた不安が、考えすぎだったようにも思えてくる。

 

「ローズ」

 

オリマーは歩きながら声をかけた。

 

「まだ嫌な感じがするか?」

 

「する」

 

「どこからだ?」

 

ローズは足元を指した。

 

「下」

 

迷いのない答えだった。

 

「ずっと下に、何かいる」

 

先頭を歩いていたアジサイが振り返る。

 

「動いてる?」

 

「分からない。でも、いる」

 

アジサイはローズの顔を見たあと、足元へ視線を移した。

 

「何か感じたら、すぐ言って」

 

「今言ったでしょ」

 

「そうね」

 

反論も皮肉も返さず、アジサイは泥地へ片手をついた。

 

その態度が予想外だったのか、ローズのほうが僅かに目を見開く。

 

アジサイは指先へ意識を向けていた。

 

「……何も分からない」

 

「だから言ったの。もっと下」

 

ローズが苛立った声を返した直後、足元の窪みに小さな泡が浮かんだ。

 

水を含んだ泥の表面で、音もなく弾ける。

 

少し離れた場所から、また一つ浮かぶ。

 

それを追うように、泥地のあちこちから細かな泡が湧き始めた。

 

アジサイが立ち上がり、片手を上げた。

 

「止まって」

 

全員がその場で足を止める。

 

風はまだ吹いている。それなのに、泥地の上に横たわる水草だけが揺れていなかった。

 

オリマーは息を潜め、足元へ意識を向けた。

 

靴の裏から、かすかな震えが伝わってくる。

 

最初は自分の鼓動かと思った。

 

だが、震えは次第に大きくなり、泥の表面に細かな波を作った。

 

ローズがオリマーの腕へしがみつく。

 

「動いてる」

 

今度はローズにも、はっきりと分かったらしい。

 

オリマーは周囲を見た。

 

泥地の両側に広がっていた水面が、ゆっくりと低くなっていく。

 

地面が沈んでいるのではない。

 

四人の立つ泥地そのものが、水の上へ持ち上がっていた。

 

わずかに上がったところで動きが止まる。

 

泥の端から水が流れ落ち、貼りついていた水草が音を立てて滑っていく。

 

やがて泥地は、ゆっくりと元の高さへ戻り始めた。

 

その動きに合わせて、足元から空気の抜けるような低い音が響く。

 

アジサイの顔から血の気が引いた。

 

誰も動けないまま、次の揺れを待つ。

 

しばらくして、泥と水草に覆われた地面がもう一度、大きく膨らんだ。

 

まるで、その下にいる何かが深く息を吸い込んだように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三度目の揺れは、前触れもなく訪れた。

 

足元が突き上がり、オリマーの身体が僅かに浮く。着地した時には、泥地が大きく傾いていた。

 

積もっていた泥が一斉に滑り始める。

 

泥の表面に亀裂が走り、その下から濡れた何かが覗いた。

 

岩ではなかった。

 

筋の浮かんだ表面が、泥の下でゆっくりと収縮している。

 

ひまわりが息を呑んだ。

 

「これ、地面じゃないの?」

 

答えるより先に、亀裂がさらに広がった。

 

泥の塊が剝がれ落ち、下に隠れていた表面が大きく波打つ。

 

アジサイは周囲を見回した。

 

「水へ下りれば――」

 

そこまで言って、動きを止める。

 

視線が水面から三人へ移り、再び水面へ戻った。

 

オリマーは泥地の縁を見た。

 

来た道の側はすでに水面から高く持ち上がり、周囲では水が激しく渦を巻いている。反対側には、岸から伸びた太い木の根が見えた。

 

まだ距離はあるが、地面の傾きが変われば近づく可能性がある。

 

「アジサイ。一番流れが弱いのはどこだ?」

 

呼びかけられ、アジサイがオリマーを見る。

 

「右側。でも、ここから飛び込んだら戻れない」

 

「岸に近いのは?」

 

「前。あの木の根」

 

「分かった。そこへ移る」

 

オリマーは背負っていた荷物を下ろした。

 

「必要なものだけ取れ。残りは置いていく」

 

「ごはんも?」

 

ひまわりが自分の荷物を抱える。

 

「持てる分だけだ」

 

「全部持てる!」

 

「持ったまま走れるか?」

 

ひまわりは荷物と傾いた地面を交互に見た。

 

すぐに袋を開け、食料をいくつか服の内側へ入れる。

 

「これだけ持つ!」

 

「十分だ。ローズも荷物を下ろせ」

 

「分かってる」

 

ローズも荷物を泥の上へ置いた。

 

アジサイはまだ、水の流れと地面の傾きを交互に確かめている。

 

「アジサイ」

 

オリマーが呼ぶ。

 

「お前が先頭だ。足場だけ見てくれ。全員の動きは俺が見る」

 

アジサイの目が僅かに動いた。

 

「でも――」

 

「全部一人でやらなくていい。行けるか?」

 

考えている時間はなかった。

 

足元が再び大きく膨らみ、泥地の端から水草と流木が落ちていく。

 

アジサイは一度だけ頷いた。

 

「行ける」

 

「よし。アジサイ、俺、ひまわり、ローズの順だ。前だけ見ろ」

 

四人は木の根へ向かって移動を始めた。

 

乾いて見えた泥も、表面が剝がれると粘り気を帯びていた。足を置くたびに靴が沈み、抜くたびに体力を奪われる。

 

先頭のアジサイが、安全な場所を選ぶ。

 

オリマーはその足跡をたどりながら、後ろを振り返った。

 

「ひまわり、離れるな」

 

「離れてない!」

 

「ローズは?」

 

「いるわよ!」

 

ローズの返事を聞き、オリマーは前へ向き直る。

 

泥地全体が横へ揺れた。

 

ひまわりが悲鳴を上げ、前にいたオリマーへしがみつく。

 

「急に動いた!」

 

「分かってる。止まるな!」

 

「足が抜けない!」

 

オリマーはひまわりの腕をつかみ、泥から引き抜いた。

 

その間にも地面の傾きが強くなる。

 

アジサイは先へ進もうとしていたが、三人が遅れていることに気づいて足を止めた。

 

「アジサイ、止まるな!」

 

「でも――」

 

「足場を見つけろ! 追いつく!」

 

オリマーはひまわりの背中を押した。

 

「先に行け!」

 

「オリマーは?」

 

「すぐ行く!」

 

ひまわりがアジサイを追う。

 

ローズも続こうとした。

 

その時、オリマーの足元で泥が抜けた。

 

身体が斜面へ投げ出される。

 

咄嗟に近くの水草をつかんだが、草は根から抜けた。

 

オリマーの身体が泥地の縁を越える。

 

「オリマー!」

 

ローズが腕へ飛びついた。

 

落下が止まる。

 

オリマーの身体は縁からぶら下がり、足元では濁った水が激しく渦を巻いていた。

 

「離すな!」

 

「離すわけないでしょ!」

 

ローズは両足を踏ん張り、オリマーの身体を引く。

 

小柄な身体からは想像できない力で、オリマーの胸が泥地の縁まで持ち上がった。

 

だが、その代わりにローズの右足が沈んだ。

 

泥の下に隠れていた水草の根が足首へ絡みつく。

 

ローズは体勢を崩し、オリマーと一緒に斜面を滑った。空いた手を泥へ突き立てるが、指の間から柔らかな土が逃げていく。

 

「二人とも!」

 

ひまわりが引き返そうとする。

 

「来るな!」

 

オリマーが叫んだ。

 

ひまわりの足が止まる。

 

「でも落ちる!」

 

「お前まで来たら三人になる! そこにいろ!」

 

ひまわりは泣きそうな顔で二人を見る。

 

それでも、今度は動かなかった。

 

アジサイも戻ってくる。

 

だが、ローズへ向かうべきか、オリマーを引き上げるべきか、それとも先に逃げ道を確保するべきか、一瞬判断が遅れた。

 

オリマーは息を整えた。

 

腕が痛い。

 

足元の水へ身体を引かれ、ローズの手も少しずつ滑っている。

 

余裕はなかった。

 

正しいという保証もない。

 

それでも、誰かが決めなければ全員が落ちる。

 

「ひまわり! 荷物に長い蔓が入ってる!」

 

「蔓!?」

 

「昨日使ったやつだ! 持ってこい!」

 

「分かった!」

 

ひまわりは荷物へ駆け寄り、中身を泥の上へひっくり返した。

 

「どれ!? いっぱいある!」

 

「束ねてある太いやつ!」

 

「これ!?」

 

「それだ!」

 

ひまわりは蔓を抱えて戻ってくる。

 

オリマーはアジサイへ目を向けた。

 

「アジサイ。俺じゃなく、ローズの足を外してくれ」

 

「あなたは?」

 

「蔓で上がる。水に入るなよ。今飛び込んだら、流れに持っていかれる」

 

アジサイは水面を見る。

 

先ほどまで右へ流れていた水が、今は泥地の下へ吸い込まれている。飛び込めば、同じ場所へ戻れるか分からない。

 

「斜面から下りろ。お前ならできるだろ」

 

アジサイはオリマーを見る。

 

嫌悪も反発も表さなかった。

 

すぐに頷き、ひまわりが持ってきた蔓を受け取る。

 

「ひまわり。端をあの根に巻いて」

 

「結べない!」

 

「二回巻いて、持ってるだけでいい」

 

「離れない?」

 

「あなたが離さなければ」

 

ひまわりは蔓を太い水草の根へ二重に回し、端を両手でつかんだ。

 

「絶対離さない!」

 

アジサイは反対側の端を腰へ回すと、斜面を下り始めた。

 

泥へ足を置くのではなく、身体を横へ向けて重さを逃がしながら進む。足場が崩れる前に次の場所へ手を伸ばし、ローズのすぐ上まで辿り着いた。

 

「ローズ。足を見せて」

 

「先にオリマーを上げて!」

 

「俺はあとでいい」

 

オリマーが言う。

 

「よくない!」

 

ローズはつかんでいた腕を持ち直した。

 

「アタシの足は抜けないの! アンタだけなら上げられるでしょ!」

 

「二人とも上がる。ひまわり、蔓をこっちへ投げろ!」

 

ひまわりが蔓の途中をつかみ、オリマーへ投げる。

 

届かない。

 

「もう一回!」

 

「うん!」

 

ひまわりはできるだけ前へ出て、もう一度投げた。

 

今度はオリマーの肩へ蔓が当たる。

 

オリマーは片手でそれをつかみ、腕へ巻きつけた。

 

「ローズ、もう離していい」

 

「本当に上がれる?」

 

「上がる。だからアジサイに任せろ」

 

ローズは迷った末に手を離した。

 

オリマーの身体が僅かに下がる。

 

「ひまわり、引け!」

 

「分かった!」

 

ひまわりが両手で蔓を引く。

 

力を込めすぎて足が滑り、その場へ尻餅をついた。

 

それでも蔓は離さない。

 

「重い!」

 

「知ってる! そのまま引け!」

 

「重いって!」

 

オリマーも泥の斜面へ腕をかけ、自分の身体を押し上げる。

 

ひまわりは水草の根へ両足を当て、何度も蔓を引いた。

 

「早く上がって!」

 

「今やってる!」

 

ようやくオリマーの胸が縁へ乗る。

 

ひまわりが蔓から片手を離し、服をつかんだ。

 

二人で転がるように斜面から離れる。

 

「上がった!」

 

ひまわりが叫ぶ。

 

オリマーはすぐに身体を起こした。

 

「まだだ。蔓を持て!」

 

アジサイは泥に沈んだローズの足へ手を伸ばしている。

 

泥の中を探り、水草の根が絡んでいる向きを確かめる。

 

「ローズ。力を抜いて」

 

「早くして!」

 

「抜かないと外れない」

 

足元の巨体がまた大きく動いた。

 

泥地が横へ傾き、二人の身体が斜面を滑る。

 

ひまわりが悲鳴を上げた。

 

「アジサイ!」

 

「蔓を持ってて!」

 

「持ってる! でも引っ張られてる!」

 

オリマーはひまわりの後ろへ回り、蔓を一緒につかんだ。

 

「まだ引くな! 二人まとめて落ちる!」

 

「じゃあどうするの!?」

 

「アジサイが足を外すまで耐えろ!」

 

ひまわりは唇を噛み、両手で蔓を握り直した。

 

その時、湿原の奥で水が弾けた。

 

地面から何かが抜け出すような、重く湿った音だった。

 

水面が大きく盛り上がる。

 

泥と水草に覆われた黒い柱が、ゆっくりと姿を現した。

 

周囲の木々よりも太く、持ち上がるたびに泥水が滝のように流れ落ちている。

 

柱の先端が水面から抜けた。

 

そこには地面を押し潰すために作られたような、幅の広い足がついていた。

 

ひまわりが見上げる。

 

「何、あれ……」

 

柱ではない。

 

四人を乗せた巨大な身体を支える、一本の脚だった。

 

「脚だ!」

 

オリマーの声に、アジサイが顔を上げる。

 

脚は水上でゆっくりと曲がり、別の場所へ運ばれていく。

 

その動きに合わせ、四人の足元がさらに傾いた。

 

「来るよ!」

 

ひまわりが叫ぶ。

 

「どこかに下りる! 絶対下りる!」

 

「その前にローズだ!」

 

オリマーも声を張る。

 

「アジサイ、外せるか!」

 

「根が食い込んでる。無理に引いたら足を痛める」

 

「痛めても動けるなら外せ!」

 

ローズが顔を上げた。

 

アジサイも一瞬だけオリマーを見る。

 

「折らない程度にやれ! 時間がない!」

 

アジサイはすぐにローズの膝を曲げ、足首へ手を添えた。

 

「力を抜いて」

 

「だから無理だって!」

 

「ローズ!」

 

オリマーが叫ぶ。

 

「アジサイを信じろ!」

 

ローズが息を呑む。

 

それでも反論はせず、歯を食いしばりながら足から力を抜いた。

 

アジサイは根の向きに合わせて足首を回し、一気に引く。

 

ローズが声を上げた。

 

足が泥の中から抜ける。

 

「抜けた!」

 

ひまわりが叫ぶと同時に蔓を引いた。

 

「まだ――」

 

アジサイが止めるより早く、二人の身体が斜面を上り始める。

 

ひまわりは全身を使って蔓を引いた。

 

「絶対離さないから!」

 

「オリマー、ひまわりを支えて!」

 

アジサイの声が飛ぶ。

 

オリマーは後ろからひまわりの腰を支えた。

 

「せーので引くぞ!」

 

「うん!」

 

「せーの!」

 

二人が同時に後ろへ下がる。

 

アジサイの手が泥地の縁へ届いた。

 

オリマーは蔓をひまわりに任せ、その腕をつかむ。

 

反対の手でローズの服をつかみ、二人を続けて引き上げた。

 

四人が硬い場所へ集まる。

 

だが、巨大な脚はすでに水面へ下り始めていた。

 

まだ触れてもいないのに、水が押し退けられ、湿原に大きな波が広がっていく。

 

アジサイは呼吸を整えながら周囲を見た。

 

「どこへ行く?」

 

オリマーは持ち上がった脚と、水面へ伸びる木の根を見比べた。

 

脚が落ちれば、今いる場所も大きく揺れる。

 

水へ飛び込めば流される。

 

残された場所は一つしかない。

 

「あの根へ移る」

 

「脚が落ちる場所に近い」

 

「だから今だけ泥地が岸へ寄ってる。離れたら届かなくなる」

 

アジサイが木の根までの距離を確認する。

 

「……行ける」

 

「アジサイが先。ローズ、ひまわり。俺が最後だ」

 

「オリマーが先に行った方がいいんじゃない?」

 

ひまわりが不安そうに言う。

 

「お前が飛ぶ時に押す奴がいるだろ」

 

「でも」

 

「全員で行く。話はあとだ」

 

オリマーが言い切る。

 

アジサイは反論せず、木の根へ向かって走り出した。

 

泥地はさらに傾き、水面までの高さが増していく。

 

木の根まで、あと数メートル。

 

アジサイが先に飛び移り、振り返る。

 

「ローズ!」

 

ローズが跳ぶ。

 

伸ばされた手をアジサイがつかみ、そのまま木の根へ引き寄せる。

 

ひまわりは距離を見て、一瞬だけ足を止めた。

 

「無理!」

 

「走れ!」

 

オリマーが背中を押す。

 

「わああっ!」

 

ひまわりは目を閉じたまま跳んだ。

 

身体が木の根へぶつかり、ローズとアジサイが両側から受け止める。

 

「飛べた!」

 

「まだ終わってない!」

 

ローズに怒鳴られ、ひまわりが慌てて振り返る。

 

オリマーが跳ぼうとした瞬間、泥地が斜めに沈んだ。

 

踏み切る場所が遠ざかる。

 

「オリマー!」

 

三人の声が重なった。

 

オリマーは助走もつけられないまま、木の根へ向かって跳んだ。

 

指先が届く。

 

ひまわりが両腕を伸ばし、オリマーの手をつかんだ。

 

「つかんだ!」

 

一人では支えきれず、ひまわりの上半身も木の根から落ちる。

 

ローズが腰をつかむ。

 

アジサイも迷わず前へ出て、オリマーの腕をつかんだ。

 

その手が触れた瞬間、アジサイは僅かに目を見開いた。

 

だが、今度は身体を引かなかった。

 

「引くよ!」

 

アジサイの声に合わせ、三人が一斉に後ろへ下がる。

 

オリマーの身体が木の根へ乗り上げた。

 

四人が折り重なるように倒れた直後、巨大な足が落ちた。

 

湿原そのものが沈んだような衝撃が走る。

 

踏み砕かれた木の根と泥が高く舞い上がり、押し出された水が壁となって四人へ迫った。

 

「伏せろ!」

 

オリマーは叫びながら、木の根へ腕を回した。

 

ローズがひまわりの身体を押さえ、アジサイも空いている根へ手を伸ばす。

 

次の瞬間、水の壁が四人を呑み込んだ。

 

視界が濁った水で埋まる。

 

木の根へ叩きつけられ、肺の中に残っていた空気が押し出された。

 

オリマーは目を閉じ、腕に力を込めた。

 

水が身体を持ち上げようとする。

 

つかんでいる根も大きく軋み、表面の樹皮が指の下で剝がれていった。

 

近くに誰がいるのか分からない。

 

自分の腕がいつまで保つかも分からなかった。

 

それでも、根を離せば終わる。

 

オリマーは歯を食いしばった。

 

やがて水の勢いが僅かに弱まった。

 

顔を上げようとしたところで、もう一度強い流れが押し寄せる。

 

身体が横へ流され、片腕が根から外れた。

 

「オリマー!」

 

濁った水の中から声が聞こえた。

 

誰かの手が肩をつかむ。

 

ローズだった。

 

片腕で根につかまりながら、もう一方の手をオリマーへ伸ばしている。

 

その後ろでは、ひまわりがローズの腰へしがみついていた。

 

「離すな!」

 

声を出した途端、水が口へ入った。

 

オリマーは咳き込みながら、外れた手でもう一度根をつかむ。

 

その横を、大きな流木が流れていった。

 

流木は木の幹へぶつかり、鈍い音を立てて砕ける。

 

「頭を下げて!」

 

アジサイが叫んだ。

 

三人が根へ身体を押しつける。

 

砕けた木片が水面を飛び、オリマーたちの頭上を通り過ぎた。

 

しばらくして、ようやく水位が下がり始めた。

 

押し寄せた水が湿原の低い場所へ流れ込み、木の根が再び水面へ現れる。

 

オリマーは根を離さないまま、周囲を確認した。

 

ローズがいる。

 

その後ろに、ひまわり。

 

少し離れた場所では、アジサイも別の根につかまっている。

 

四人とも流されていない。

 

それを確認してから、オリマーは大きく息を吐いた。

 

「無事か?」

 

「びしょびしょ!」

 

ひまわりが答えた。

 

「そうじゃなくて、怪我は?」

 

「分かんない! 今は全部痛い!」

 

「なら動けるな」

 

「それでいいの!?」

 

ひまわりは抗議しながらも、自分の腕や足を確かめ始めた。

 

ローズも呼吸を整え、右足を動かしている。

 

先ほど根が絡んでいた足首には赤い跡が残っていたが、立てないほどではないらしい。

 

「ローズは?」

 

「平気」

 

ローズは髪へ手を伸ばした。

 

泥と水に濡れた赤髪の中に、蔓で作られた小さな髪飾りが残っている。

 

指先で形を確かめたあと、ローズは安堵したように手を下ろした。

 

アジサイが木の根の上を移動し、三人の近くへ来る。

 

濡れた青髪が顔へ貼りついていた。

 

「ここも長くは持たない」

 

水面へ出ている根の一部が折れ、流れに合わせて揺れている。先ほどの足がもう一度近くへ下りれば、今度こそ幹ごと砕かれるかもしれない。

 

オリマーは巨大な生き物のほうを見た。

 

四人が乗っていた背中は、すでに大半が泥の下へ沈んでいる。

 

それでも全体の形は分からない。

 

見えている部分だけで、小さな丘ほどの広さがある。

 

踏み下ろされた一本目の脚は、湿原の底へ深く沈んでいた。

 

足の周囲には大きな窪みができ、そこへ周囲の水が流れ込んでいる。

 

昨日までとは反対向きの流れだった。

 

「これが原因か」

 

オリマーの言葉に、アジサイも水面を見る。

 

脚が地面を踏み抜いたことで水底の形が変わり、それまで別の水路へ流れていた水が窪みへ集まっている。

 

夜の間に道が沈んだ理由。

 

場所によって水位が増えたり減ったりしていた理由。

 

そのすべてが、今目の前で起きていた。

 

「歩いてるだけで、水路が変わってる」

 

アジサイが呟いた。

 

「こんなのが何度も動けば、昨日の道なんて残らないな」

 

オリマーが答える。

 

その時、生き物の反対側で水面が盛り上がった。

 

一本目とは別の黒い柱が、泥水を押し退けながら現れる。

 

ひまわりが木の根へしがみついた。

 

「また出た!」

 

二本目の脚だった。

 

大量の水草をまとったまま、ゆっくりと持ち上がっていく。

 

続いて、さらに離れた場所でも水面が膨らんだ。

 

三本目。

 

三本の巨大な脚が、広い背中を囲むように水中から伸びている。

 

「あれ、全部同じ生き物なの?」

 

ひまわりが信じられないように尋ねる。

 

「そうみたいね」

 

ローズの声が硬い。

 

脚が一本動くだけでも、周囲の水が大きく引かれる。三本が順番に位置を変えるたび、湿原全体が波打っているように見えた。

 

やがて二本目の脚が下りる。

 

先ほどよりも遠い。

 

湿原へ重い衝撃が伝わり、木の根がまた揺れた。

 

今度は水の壁までは届かなかった。

 

代わりに、四人が渡ろうとしていた泥地が大きく移動する。

 

地面だと思っていた背中が、水草と流木を乗せたまま湿原の奥へ進んでいく。

 

泥が剝がれ落ちた一角から、硬いものが一瞬だけ覗いた。

 

濁った水の中で、不自然に整った面が光を返す。

 

岩とは違う輝きだった。

 

オリマーが目を凝らした時には、再び泥水に覆われている。

 

「今、何か光らなかった?」

 

ひまわりも見ていたらしい。

 

「見えた」

 

「何だったの?」

 

「分からん」

 

生き物は身体の向きを変え、ゆっくりと深い水域へ向かい始めた。

 

追いかける理由はない。

 

今は少しでも距離を取るべきだった。

 

それでもローズだけは、生き物から目を逸らさなかった。

 

顔色は悪く、木の根をつかむ手にも力が入っている。

 

「ローズ」

 

オリマーが呼ぶ。

 

「知ってるのか?」

 

ローズはすぐには答えなかった。

 

巨大な背中が沈んでいく様子を見つめたまま、僅かに頷く。

 

「前にもいた」

 

「どこで?」

 

「泉」

 

オリマーは、ローズと初めて出会った頃のことを思い出した。

 

水面が鏡のように静かな、大きな泉。

 

その底を横切った黒い影。

 

あの時、ローズは普段の彼女からは考えられないほど怯え、理由も説明せずにオリマーを水辺から連れ出した。

 

「あの影か」

 

「たぶん」

 

ローズは自分の腕を抱く。

 

「姿は見てない。でも、同じ感じがする」

 

「泉にもこんなのがいたの!?」

 

ひまわりが声を上げた。

 

「何で今まで言わなかったの?」

 

「何を言うのよ。大きい影がいたって言えばよかった?」

 

「それでも言ってよ!」

 

「言ったって、何もできないでしょ!」

 

ローズの声が強くなる。

 

ひまわりは何か言い返そうとしたが、オリマーが手で止めた。

 

「あの時は逃げられた。それで十分だ」

 

ローズは不満そうに口を閉じる。

 

アジサイは沈みかけた巨大な背中を見たあと、オリマーへ顔を向けた。

 

「その泉、ここから遠い?」

 

「何日か歩いた。正確な距離は分からない」

 

「水はつながってるかもしれない」

 

「同じ奴が移動してきたってことか?」

 

「そこまでは分からない。同じ種類が別の場所にいる可能性もある」

 

アジサイは水面へ視線を戻した。

 

「でも、別の生き物だと思わない方がいい」

 

泉の主。

 

湿原を歩く巨大な生物。

 

同じものなのか、同じ種類が複数いるのかは分からない。

 

ただ、無関係ではない。

 

それだけは確かだった。

 

三本目の脚が水中へ沈む。

 

巨大な背中も少しずつ低くなり、やがて泥と水草に覆われた一部だけが水面へ残った。

 

離れてしまえば、最初に見た中州と変わらない。

 

何も知らずに近づけば、また地面だと思って上へ乗ってしまうだろう。

 

ひまわりはその姿を見送りながら、木の根へ座り込んだ。

 

「もう歩けない」

 

「さっき腕も足も動いてただろ」

 

「怪我してなくても疲れるの!」

 

「ここは危ない。もう少しだけ動くぞ」

 

「もう少しってどれくらい?」

 

「安全な場所が見つかるまでだ」

 

「それ一番長いやつ!」

 

ひまわりは抗議したものの、立ち上がろうとはしている。

 

ローズがその腕をつかんで引いた。

 

「ほら、立って」

 

「ローズも疲れてるでしょ」

 

「アンタよりは元気」

 

「さっき足挟まってたのに?」

 

「うるさい」

 

二人のやり取りを聞きながら、オリマーは周囲の地形を確認した。

 

先ほど目指していた北側の岸は、大きな足跡から流れ出した水によって分断されている。

 

来た道もない。

 

荷物の大半も流された。

 

残っている食料と道具だけで、進める場所を探さなければならない。

 

「アジサイ。高い場所はどっちだ?」

 

尋ねると、アジサイはすぐに湿原の奥を指した。

 

「北西。ここからなら、あの木を二本越えた先」

 

「水へ入らずに行けるか?」

 

「途中までは根を使える。その先は見ないと分からない」

 

「分かった。そこへ行こう」

 

オリマーはローズとひまわりの状態を確認する。

 

どちらも疲れているが、まだ歩ける。

 

アジサイはそんなオリマーを見ていた。

 

「何だ?」

 

「さっき」

 

アジサイは一度言葉を止めた。

 

「どうして、あの順番にしたの?」

 

「順番?」

 

「私を先にして、あなたが最後に残った」

 

「お前なら向こうへ渡ったあと、他の二人を引き上げられる。俺が先に行ったら、ひまわりを押す奴がいなくなる」

 

オリマーはそれだけ答え、腰へ結んだ袋を確かめた。

 

残った食料は多くない。

 

今夜の分と、明日の朝まで持てばいいほうだった。

 

「他に方法が思いつかなかっただけだ」

 

「怖くなかったの?」

 

「怖かったに決まってるだろ」

 

オリマーは濡れた腕を軽く振った。

 

今になって手が震えている。

 

「でも、誰かが決めないと全員落ちてた」

 

アジサイは震える手を見た。

 

「……そう」

 

それ以上何も言わず、これまでのようにオリマーから距離を取ることもなく、すぐ隣で北西へ続く道を確かめ始める。

 

「最初の根までは私が見る。そのあとは、あなたも確認して」

 

「ああ」

 

オリマーは自然に頷いた。

 

アジサイも、その返事へ嫌そうな顔をしなかった。

 

四人は木の根を伝い、北西へ向かって移動を始めた。

 

先頭はアジサイ。

 

その後ろにオリマー。

 

ローズとひまわりが続く。

 

今までと同じ順番だった。

 

それでも、アジサイが自分だけで進路を決めなくなったことで、四人の歩き方は少しだけ変わっていた。

 

二本目の木へ移ろうとした時、アジサイは対岸の葦の間に人影を見た。

 

赤い髪。

 

小柄な身体。

 

一瞬、ローズが先へ行ったのかと思う。

 

だが、ローズはオリマーのすぐ後ろを歩いている。

 

アジサイはもう一度、対岸へ目を向けた。

 

赤い人影は葦の奥へ消えていた。

 

「どうした?」

 

オリマーが尋ねる。

 

「……何でもない」

 

水面の反射を見間違えたのかもしれない。

 

今は確かめに行ける場所でもなかった。

 

アジサイは前へ向き直る。

 

その背後で、遠くの水面が再び大きく盛り上がった。

 

泥に覆われた三本の脚のうち、一本がゆっくりと持ち上がる。

 

脚が下りた先から新しい窪みが生まれ、そこへ向かって水が流れ始めた。

 

四人が進もうとしている、その先へ。

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