夜明け前だというのに、空気は重かった。
森の奥から吹いてくる風は、生ぬるい。
湿気ではない。
熱だった。
俺は額の汗を拭いながら身を起こす。
焚き火は昨夜のうちに消えていた。
それでも地面へ手を当てると、ほんのりと温かい。
まるで大地そのものが熱を溜め込んでいるようだった。
「……暑い。」
少し離れた場所で、ひまわりが寝返りを打つ。
葉を掛け布団代わりにしていたが、それでも暑そうだった。
一方、ローズはすでに起きている。
赤い花々が咲く道の先を見つめ、静かに立っていた。
「おはよう。」
俺が声を掛けると、ローズは振り返る。
「おはよう。」
短いやり取りだった。
それだけで十分だった。
「眠れたか?」
「普通。」
「そっちは?」
「途中で何度か目が覚めた。」
「暑くて。」
ローズは小さく頷く。
「今日は昨日より暑くなる。」
「分かるのか。」
「風が違う。」
俺も耳を澄ませる。
吹いてくる風は乾いていた。
昨日まで歩いていた森とは明らかに違う。
湿った空気ではない。
喉の水分まで奪われそうな風だった。
「今日は、水を大事に使う。」
俺は昨日汲んでおいた水を確認する。
果皮へ入れた水は三つ。
十分とは言えない。
昨日のように泉がある保証もなかった。
「飲み過ぎないようにしよう。」
ひまわりも起き上がり、小さく頷く。
「うん。」
「もう喉乾いてるけど。」
「まだ我慢。」
「うぅ……。」
情けない声を出しながらも、ちゃんと従う。
その素直さは彼女の長所だった。
簡単な朝食を済ませる。
昨日採っておいた木の実と果実を三人で分けるだけの質素な食事だ。
それでも身体を動かすには必要だった。
食べ終えると、俺は荷物をまとめ始める。
果皮の水が揺れないように蔦で固定し、乾いた苔は水気のある葉で包む。
落とせば困る物ほど取り出しやすい位置へ。
重い物は下。
軽い物は上。
仕事で身についた癖は、こんな場所でも変わらなかった。
「また並べてる。」
ひまわりが袋を覗き込む。
「崩れると困るからな。」
「ちゃんと決まった場所へ入れておけば探さなくて済む。」
「へぇ。」
ひまわりは感心したように頷く。
ローズも黙ってその様子を見ていた。
「何だ?」
「……別に。」
またその返事だった。
最近少し分かってきた。
「別に」は、本当に何もない時には使わないらしい。
準備を終えた三人は歩き始める。
先頭はローズ。
その後ろを俺。
最後尾をひまわりが続く。
昨日よりも赤い花は増えていた。
背丈ほどある草は少なくなり、代わりに赤や橙色の花が地面を埋め尽くしている。
花弁は細く、風が吹くたび炎のように揺れた。
景色は美しい。
だが、その美しさとは裏腹に歩くたび熱気が足元から伝わってくる。
「ここ、本当に暑いね。」
ひまわりが額の汗を拭う。
「まだ入口。」
ローズが答える。
「これ以上暑くなるのか。」
「なる。」
即答だった。
聞かなければよかった。
俺は苦笑しながら周囲へ目を向ける。
木々は低くなり、黒く変色した岩が増えている。
ところどころ白い湯気が立ち上り、地面には細かな亀裂が走っていた。
「止まって。」
ローズが右手を上げる。
三人はその場で足を止めた。
前方には黒い岩場が広がっている。
赤い花道はそこで途切れていた。
岩肌には無数の亀裂が入り、ところどころから白い湯気が噴き出している。
「ここから先は気を付けて。」
ローズは近くの枝を拾い、岩を軽く突いた。
枝先が触れた場所から、小さく湯気が立ち上る。
「熱い。」
「踏む場所を間違えると火傷する。」
俺はゆっくり岩場を見渡した。
どこが安全なのか、人間の目にはほとんど分からない。
それでも進むしかない。
森から帰るために。
その一歩を、三人は慎重に踏み出した。
ローズは拾い上げた枝で黒い岩肌を軽く叩いた。
乾いた音が返ってくる。
そのまま一歩踏み出す。
足元を確かめながら、ゆっくりと先へ進んでいく。
「ここ。」
短く言う。
俺はその足跡をなぞるように歩き出した。
靴底から熱が伝わる。
立ち止まる時間が長いほど、その熱はじわじわと身体へ染み込んできた。
「ひまわり。」
「うん。」
「俺の後ろを歩いてくれ。」
「分かった。」
三人は一列になって岩場を進む。
黒い岩はどれも同じように見える。
だがローズは迷わない。
枝で軽く地面を叩き、安全な場所だけを選んで進んでいく。
「見分けられるのか。」
俺が尋ねる。
「少しだけ。」
「熱の流れが違う。」
「流れ?」
「熱い場所は空気が揺れる。」
言われて目を凝らす。
確かに岩の上には、わずかに景色が歪んで見える場所があった。
夏の道路に立つ陽炎によく似ている。
「そこは踏まないで。」
「分かった。」
慎重に歩みを進める。
十分ほど進んだ頃には、額から流れる汗が止まらなくなっていた。
服も背中へ張り付いている。
喉も乾く。
思っていた以上に体力を奪われる。
「少し休もう。」
俺は足を止めた。
ローズも振り返る。
「疲れた?」
「少しな。」
「このまま歩き続けるより、一度休んだ方がいい。」
無理をして倒れれば意味がない。
配送の仕事でも同じだった。
急いで走れば早く着くとは限らない。
途中で潰れれば、それで終わりだ。
「向こう。」
ローズが少し先の岩陰を指差す。
「日が当たりにくい。」
三人はそこまで移動し、腰を下ろした。
直射日光を避けるだけで、体感はかなり違う。
俺は果皮の器を取り出す。
「一口ずつ飲もう。」
「全部は駄目だ。」
ひまわりは素直に頷いた。
「うん。」
三人は少しだけ水を口へ含む。
冷たくはない。
それでも乾いた喉には十分だった。
「オリマー、大丈夫?」
ひまわりが心配そうに覗き込む。
「ああ。」
「暑さには慣れてるつもりだったけど。」
「これは別だな。」
俺は苦笑した。
トラックの荷下ろしで汗を流すことは何度もあった。
だが、足元から熱が湧き上がるような暑さは経験がない。
ひまわりは額に汗こそ浮かんでいるものの、息は乱れていなかった。
「ひまわりは平気そうだな。」
「暑いよ。」
「でも歩ける。」
「ローズほどじゃないけど。」
そのローズは汗一つかかず、静かに周囲を見渡していた。
「ローズは本当に平気なんだな。」
「暑いとは思う。」
「でも苦しくない。」
本人にも理由は分からないらしい。
それ以上は何も言わなかった。
少し休憩すると、身体が楽になる。
俺は立ち上がり、荷物を背負い直した。
「行こう。」
「まだ歩ける。」
ローズが頷く。
「焦らないで。」
「ここは急ぐ場所じゃない。」
その言葉はもっともだった。
体力を残しながら進む。
この土地では、それが一番大切なのだろう。
三人は再び岩場へ足を踏み出した。
その時だった。
パキッ。
乾いた音が足元から聞こえる。
俺は反射的に動きを止めた。
「そのまま。」
ローズの声が飛ぶ。
俺は視線だけを落とす。
靴のすぐ横。
細い亀裂がゆっくりと広がっていた。
ローズは枝を差し込み、慎重に地面を突く。
次の瞬間。
ボコッという鈍い音とともに、白い湯気が勢いよく噴き上がった。
熱風が頬をかすめる。
あと半歩踏み込んでいたら、まともに巻き込まれていただろう。
「危なかった。」
俺が息を吐くと、ローズは静かに頷いた。
「ここは地面も敵。」
「だから急がない。」
俺はゆっくり安全な場所へ足を移す。
改めて周囲を見渡した。
敵はチャッピーだけではない。
この土地そのものが、俺たちを試しているようだった。
ローズは前を向く。
「もう少し。」
「岩場を抜ける。」
俺とひまわりは頷き、再びその背中を追いかけた。
岩場を抜けると、景色は再び赤い花に覆われた。
黒い岩肌は少なくなり、代わりに炎のような花々が一面へ咲き誇っている。
風が吹くたび、赤い花弁が波のように揺れた。
美しい。
そう思う反面、油断してはいけないとも感じる。
ここへ来てから、その感覚だけは何度も教えられてきた。
「少し休みましょう。」
ローズが近くの岩陰を指差した。
赤い花が周囲を囲むその場所は、日差しが直接当たりにくく、歩いてきた道より幾分涼しく感じられる。
俺たちは荷物を下ろし、それぞれ腰を下ろした。
俺は果皮の器を取り出し、水を少しだけ口へ含む。
乾いた喉へ水が染み渡る。
もっと飲みたい。
そう思う。
だが、ここで欲望のまま飲み干せば、この先が苦しくなる。
器へ蓋代わりの葉を戻し、袋へしまった。
「ちゃんと残した。」
ひまわりが感心したように言う。
「我慢しただけだ。」
「偉い。」
「褒められる年でもない。」
「でも偉いよ。」
ひまわりは笑いながら、自分もほんの少しだけ水を飲んだ。
ローズはというと、水へ手を伸ばそうともしない。
「飲まなくて平気なのか。」
俺が尋ねると、小さく頷いた。
「まだ大丈夫。」
「我慢してるんじゃなくて?」
「ううん。」
「本当に平気。」
その返事に嘘は感じられなかった。
暑さの感じ方そのものが、俺たちとは違うのだろう。
しばらく吹き抜ける風へ身を任せる。
熱風ではある。
それでも歩き続けている時よりは、身体が少し楽だった。
ふと、ひまわりが赤い花を見つめながら口を開く。
「きれいだよね。」
「うん。」
ローズも静かに頷く。
「好きなのか。」
俺が尋ねる。
ローズは少しだけ考え込む。
「……分からない。」
「分からない?」
「好きだと思う。」
「でも、どうして好きなのかは分からない。」
その答えは、どこか寂しげだった。
「初めて見た気もしない。」
「でも、いつ見たのか思い出せない。」
ローズは一輪の赤い花へ手を伸ばす。
花弁へ触れる指先は、とても優しかった。
「変だよね。」
小さく笑う。
「覚えてないことばっかり。」
俺は返事ができなかった。
ローズは以前も言っていた。
帰りたい。
けれど、どこへ帰ればいいのか分からないと。
それと同じなのだろう。
理由は分からない。
それでも心だけが覚えている。
そんなものが、彼女の中にはいくつも残っている。
「私はね。」
ひまわりが花を眺めながら言う。
「細かいことは考えないようにしてる。」
「考えても分からないし。」
「今が楽しかったら、それでいいかなって。」
「ひまわりらしいな。」
「えへへ。」
照れくさそうに笑う。
その笑顔を見ていると、不思議とこちらまで肩の力が抜けた。
ローズも小さく笑っている。
ほんのわずかだったが、その表情はさっきより柔らかかった。
休憩を終え、俺は立ち上がる。
「そろそろ行こう。」
二人も頷き、荷物を背負った。
その時だった。
サラサラ、と乾いた音が聞こえる。
風の音ではない。
何かが草を擦るような音だった。
三人は同時に足を止める。
ローズが静かに右手を上げる。
「動かないで。」
声は小さい。
しかし、その一言だけで空気が張り詰めた。
俺も息を潜め、音のした方向へ目を向ける。
赤い花が風に揺れている。
その奥。
黒い岩陰で、何かが動いた。
「いた。」
ローズが小さく呟く。
俺にはまだよく見えない。
だが、確かに何かいる。
花の隙間から、小さな赤い背中が一瞬だけ姿を見せた。
チャッピーではない。
もっと小さい。
俺が目を凝らした、その瞬間。
その影は慌てるように岩陰へ飛び込み、あっという間に姿を消してしまった。
「逃げた……?」
俺が呟く。
ローズは警戒を解かず、岩陰を見つめ続けていた。
「追わない方がいい。」
「敵なのか。」
「分からない。」
ローズは静かに首を横へ振る。
「でも、この辺にいる子は臆病だから。」
「自分から近付いてくることは、ほとんどない。」
その言葉を聞き、俺は岩陰へもう一度視線を向ける。
結局、何も姿を現すことはなかった。
灼熱花道には、チャッピー以外にも生き物がいる。
その事実だけが、新たに胸へ刻まれた。
俺たちは再び歩き始める。
赤い花が揺れる道は、まだ終わりが見えない。
その奥で、この土地は静かに次の試練を待っていた。
「風を避けながら進むのか。」
「うん。」
「ここは、その方が疲れない。」
ローズは当たり前のように言う。
この土地で生きてきた者だからこそ分かる歩き方なのだろう。
俺はその背中を見ながら、小さく頷いた。
「勉強になるな。」
「何が?」
「土地ごとに歩き方が違う。」
「人間の町でもそうなの?」
ひまわりが興味深そうに尋ねる。
「ああ。」
「山道には山道の歩き方がある。」
「雪道には雪道。」
「雨の日なら荷物が濡れないように積み方を変える。」
「同じ道でも、季節や天気で運び方は変わる。」
「ここも同じだ。」
「暑い土地なら、それに合わせて歩けばいい。」
ひまわりは感心したように頷く。
「オリマーって、何でも知ってる。」
俺は苦笑した。
「知ってるわけじゃない。」
「仕事で覚えただけだ。」
「荷物は一つでも壊せない。」
「一つでも遅らせられない。」
「だから、どう運べば安全かを考える癖が付いただけだ。」
ひまわりは目を丸くする。
「失敗したことないの?」
少しだけ考え、静かに首を横へ振った。
「運ぶ仕事で、一度も届け損ねたことはない。」
「途中で諦めた荷物もない。」
「運ぶと決めた以上、最後まで届ける。」
それだけは、誰にも負けない自信があった。
ローズは黙ってその話を聞いていた。
やがて、小さく呟く。
「最後まで……。」
その言葉は、どこか自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
「どうした?」
俺が尋ねると、ローズはゆっくり首を横へ振る。
「……ううん。」
「何でもない。」
そう答えるものの、その視線はしばらく足元へ落ちたままだった。
俺はそれ以上聞かなかった。
言葉にできない何かが、彼女の中にある。
そんな気がしたからだ。
風が少し強くなる。
熱風に混じって、甘い香りが鼻をかすめた。
「この匂い。」
ひまわりが辺りを見回す。
「花かな?」
俺も赤い花へ目を向ける。
さっきまでと同じ花に見える。
しかし、よく見ると一部だけ花弁の色が濃かった。
ローズも立ち止まる。
「……近付かないで。」
その声色が少しだけ変わる。
「どうした?」
「この花。」
「さっきまでと違う。」
俺は目を凝らす。
確かに赤い。
だが、色が濃いだけにしか見えない。
「違いが分からない。」
「だから危ない。」
ローズは近くに落ちていた小枝を拾い、その花へ向かって軽く投げた。
枝が花へ触れた瞬間だった。
ボッ。
小さな炎が音を立てて噴き上がる。
ほんの一瞬。
枝は燃え上がり、そのまま黒く焦げて地面へ落ちた。
俺もひまわりも思わず息を呑む。
「花が……燃えた?」
「違う。」
ローズは静かに首を横へ振る。
「あの花が燃えたんじゃない。」
「火を吹いたの。」
熱風が静かに吹き抜ける。
目の前では、何事もなかったように赤い花が揺れていた。
美しい景色は変わらない。
けれど、その美しさの中には、確かな危険が隠れていた。
三人はその場を動かなかった。
目の前には赤い花が群生している。
風が吹くたび、炎のような花弁が静かに揺れていた。
さっき枝を燃やしたとは思えないほど穏やかな光景だった。
「どういう仕組みなんだ……。」
俺は焦げた枝を見つめる。
枝が触れた瞬間だけ炎を吹いた。
今は何事もなかったように揺れている。
まるで獲物を待ち構えているようだった。
「近付かない方がいい。」
ローズが静かに言う。
「危ない。」
「回り道は?」
俺は周囲を見渡した。
赤い花は道を塞ぐように広がっている。
左右は黒い岩壁。
遠回りできそうな場所は見当たらなかった。
「無理。」
ローズは短く答える。
「ここを通るしかない。」
俺は花を見つめる。
どう考えても人間が通る道ではない。
「どうする?」
その問いに、ローズは少しだけ黙り込んだ。
やがて、小さく息を吐く。
「私が行く。」
「駄目だ。」
思わず声が出た。
「危険すぎる。」
ローズは静かに首を横へ振る。
「大丈夫。」
「分からないだろ。」
「分かる。」
その返事には迷いがなかった。
「私なら平気。」
理由は説明しない。
いや、説明できないのだろう。
ローズ自身も、自信の根拠を言葉にできないようだった。
ひまわりも不安そうな表情を浮かべる。
「本当に?」
「うん。」
ローズは一歩前へ出る。
赤い花との距離が縮まる。
俺は思わず手を伸ばした。
「ローズ!」
止める間もなく。
ボォッ!!
赤い花が炎を噴き上げた。
熱風が頬を叩く。
思わず腕で顔を庇う。
炎は数秒で消えた。
恐る恐る前を見る。
ローズは立っていた。
何事もなかったように。
服も焦げていない。
髪も燃えていない。
本人だけが平然と炎の前へ立っている。
「……え?」
思わず声が漏れる。
ローズは自分の腕を見下ろした。
「やっぱり。」
「平気。」
「火傷してないのか?」
「してない。」
「熱くない?」
「熱い。」
少し考えてから続ける。
「でも。」
「我慢できる。」
本人も不思議そうだった。
どうして平気なのか。
それはローズ自身にも分からない。
ただ、昔からそうだった。
そんな感覚だけが残っている。
ローズは赤い花へ近付く。
右手を軽く握る。
次の瞬間。
ドゴッ!!
鋭い音が響いた。
拳が花の茎へめり込む。
一撃だった。
太い茎は根元から折れ、赤い花は力なく地面へ倒れる。
同時に周囲へ漂っていた熱気が少しだけ弱まった。
「消えた……。」
俺は目を見開く。
炎は噴き上がらない。
道が一本開いている。
ローズは倒れた花を見下ろし、小さく呟いた。
「これで通れる。」
まるで当たり前のことをしたような口調だった。
俺は倒れた花とローズを交互に見る。
「……お前。」
「何者なんだ。」
その問いに、ローズは困ったように笑う。
「知らない。」
「私も分からない。」
「どうして火が平気なのか。」
「どうして壊せるのか。」
「何も。」
その答えは嘘ではなかった。
本当に知らないのだ。
知らないまま、この力だけを持っている。
ひまわりが嬉しそうに駆け寄る。
「すごい!」
「ローズ、かっこいい!」
「別に。」
照れ隠しなのか、ローズはそっぽを向く。
しかし耳だけが少し赤くなっていた。
俺は苦笑しながら倒れた花を跨ぐ。
「助かった。」
「ありがとう。」
ローズは少しだけ目を丸くし、それから小さく頷いた。
「……うん。」
短い返事だった。
だが、その声はどこか嬉しそうに聞こえた。
三人は新しく開いた道をゆっくりと歩き始める。
灼熱花道は、まだその先へ続いている。
そして俺は改めて思う。
ローズには、まだ本人すら知らない秘密があるのだと。