仮面ライダージオウ Re:Starting Life in Another World 作:吉野家
盗品蔵の中には重苦しい空気が流れていた。
窓の外では夕日が傾き始めている。
赤い光が木箱や棚の輪郭を長く伸ばし、室内に薄暗い影を作っていた。
フェルトは腕を組み。
エミリアは真剣な表情で向き合う。
ロム爺は黙って二人を見守っていた。
パックはエミリアの肩の上で足を組み、退屈そうに欠伸をしている。
一見すれば静かな交渉の場だった。
だが。
スバルだけは違った。
何度も入口を見る。
閉ざされた扉。
小さな窓。
沈み始めた夕日。
その全てが嫌な記憶を呼び起こしていた。
落ち着かない。
胸の奥がざわつく。
理由なんて説明できない。
説明できるはずもない。
それでも。
来るな。
そう願ってしまう。
来るな。
まだ来るな。
いや。
できることなら。
このまま来ないでくれ。
喉が渇く。
嫌な汗が首筋を伝った。
時間だけが過ぎていく。
夕日が沈んでいく。
それが何より恐ろしかった。
そんなスバルには気付かず。
エミリアはフェルトへ視線を向ける。
「一つ聞いてもいい?」
フェルトが面倒そうに眉をひそめた。
「なんだよ」
エミリアは少しだけ言葉を選ぶ。
確証はない。
けれど。
ここまで辿り着いた勘が告げていた。
「あなたが持っている物……」
一拍。
「私の探し物かもしれないの」
盗品蔵が静かになる。
フェルトはエミリアを見つめた。
嘘を吐いているようには見えない。
だからこそ少し面白くない。
「だから?」
ぶっきらぼうな返事。
エミリアは怯まなかった。
「見せてほしいの」
フェルトは盛大にため息を吐く。
「……面倒くせぇな」
そう言いながら懐へ手を入れた。
盗品蔵の空気が少し変わる。
自然と全員の視線が集まった。
フェルトは乱暴な仕草でそれを取り出す。
「ほらよ」
夕日に照らされ。
青い徽章が静かに輝く。
精巧な装飾。
中央には赤い宝石。
ソウゴには価値が分からなかった。
綺麗な装飾品。
その程度の認識だった。
けれど。
エミリアだけは違った。
その瞬間。
張り詰めていた表情が崩れる。
探し続けていた物。
失ってはいけなかった物。
間違いない。
探していた徽章だった。
「あっ……」
小さく息が漏れる。
安堵だった。
ここまで辿り着けた。
見つかった。
それだけで胸の奥に張り詰めていたものが少しだけ緩む。
思わず手が伸びる。
だが。
フェルトはひょいと手を引いた。
「ダメだ」
そして。
徽章を握り込む。
「こいつは今、あたしのもんだ」
エミリアの指先が止まる。
一瞬だけ悔しそうに眉を寄せた。
けれど怒りはしない。
怒ったところで状況は変わらないと分かっていた。
「それは……」
「知らねぇよ」
フェルトは言葉を遮った。
「欲しいなら金を出せ」
盗品蔵らしい理屈だった。
持っている者の物。
善悪なんて関係ない。
エミリアは小さく息を吐く。
予想していた答えだった。
「……いくら?」
フェルトの口元が僅かに吊り上がる。
交渉成立。
そういう顔だった。
だが。
スバルの顔色だけは悪くなる一方だった。
―――――
前もそうだった。
夕暮れ。
盗品蔵。
フェルト。
ロム爺。
エミリア。
そして。
あの女。
忘れられるはずがない。
忘れようとしても無理だった。
今でも夢に見る。
愉しそうな笑み。
細い腕。
黒い服。
鈍く光る刃。
腹を裂かれる感触。
熱いはずなのに冷たく感じた血。
遠ざかる意識。
死。
スバルは拳を握る。
爪が掌に食い込んだ。
痛い。
だから生きている。
今はまだ。
けれど。
このままでは。
また同じことになる。
そんな確信だけがあった。
―――――
「スバル?」
エミリアの声で我に返る。
「え?」
「大丈夫?」
心配そうな顔だった。
スバルは慌てて視線を逸らす。
気付かれていたらしい。
当然だ。
こんなに落ち着きが無ければ。
「別に」
自分でも苦しい言い訳だと思った。
フェルトが呆れた顔をする。
「別にじゃねぇだろ」
「さっきから入口ばっか見てるじゃねぇか」
「うるせぇ」
思わず返してしまう。
フェルトは眉をひそめた。
ロム爺まで怪訝そうな顔をしている。
「なぁ」
気付けば口を開いていた。
全員がこちらを見る。
「今日はもう帰らねぇ?」
盗品蔵が静まり返る。
フェルトが盛大にため息を吐いた。
「は?」
「今さら何言ってんだ」
ロム爺も眉をひそめる。
「交渉の途中じゃぞ」
「だから帰ろうって言ってんだろ!」
思わず声が大きくなる。
「なんか嫌な予感がするんだよ!」
パックが目を細めた。
「根拠は?」
スバルは黙る。
言えるわけがない。
死んだ。
なんて。
言えるはずがない。
「……勘」
自分でも弱いと思った。
フェルトが頭を抱える。
「アホか」
―――――
カチリ。
―――――
ソウゴの胸の奥で時計が鳴る。
まただ。
血。
悲鳴。
銀色の刃。
黒い影。
見えるのはほんの一瞬。
繋がらない映像。
意味も分からない。
誰が傷付くのかも分からない。
けれど。
良くない。
それだけは分かった。
胸の奥の時計が。
何度も何度も警鐘を鳴らしている。
ソウゴは静かに入口を見た。
閉ざされた扉。
その向こうにいる何かを見透かすように。
「……嫌な感じがする」
静かな声だった。
けれど。
その場の全員が聞いた。
―――――
スバルが振り向く。
「お前もか」
その言葉に安堵はなかった。
仲間が見つかったわけじゃない。
むしろ逆だ。
自分だけの思い込みじゃなかった。
胸の奥で膨らみ続けていた不安が、現実味を帯びてしまった。
最悪の予感が。
少しだけ近付いた気がした。
その時だった。
コン。
小さな音が響く。
盗品蔵の空気が止まる。
交渉も。
会話も。
思考さえも。
その一音に奪われた。
誰かが扉を叩いた。
コン。
もう一度。
静かなノック。
スバルの顔から血の気が引く。
知っている。
忘れられるはずがない。
あの日も。
あの時も。
同じ音だった。
そして。
女の声が響く。
柔らかく。
優しく。
どこか色っぽい声。
「こんばんは」
スバルの肩が跳ねた。
心臓が嫌な音を立てる。
「お客様かしら?」
誰も答えない。
女は気にした様子も無かった。
「少しお話したいことがあるのだけれど」
沈黙。
フェルトがロム爺を見る。
ロム爺も眉をひそめていた。
妙だった。
明らかに。
「帰れ!」
気付けば叫んでいた。
全員が振り返る。
「帰れ!」
「スバル!」
エミリアが驚く。
「帰ってもらえ!」
「だから何なんだよ!」
フェルトが怒鳴る。
スバルは歯を食いしばった。
言えない。
言えるはずがない。
けれど。
「そいつはヤバい!」
その言葉だけは止められなかった。
外から。
小さな笑い声が聞こえる。
「ふふ」
優しい声だった。
なのに。
寒気がする。
「開けてくださらない?」
女が言う。
「せっかく依頼した品がここにあるのだから」
その瞬間。
フェルトの顔色が変わった。
ロム爺も動く。
エミリアも息を呑む。
―――――
カチリ。
―――――
今までで一番大きな音だった。
断片だった映像が繋がる。
黒いドレス。
白い肌。
細い指。
鋭い刃。
鮮血。
そして。
愉しそうに微笑む女。
ソウゴは扉を見つめたまま呟く。
「この人だ」
スバルがゆっくり頷く。
震える声で。
「ああ」
そして。
絞り出すように続けた。
「最悪の奴だ」