仮面ライダージオウ Re:Starting Life in Another World 作:吉野家
「私が依頼した品をいただけるかしら?」
その言葉が盗品蔵に落ちる。
静かだった。
脅しもない。
怒気もない。
ただお願いをしているだけのような口調。
けれど。
その場にいた誰もが感じていた。
普通ではないと。
フェルトが鼻を鳴らす。
「はぁ?」
露骨に顔をしかめた。
「悪いね」
懐を軽く叩く。
そこには徽章がある。
「最初は依頼人のあんたに渡すつもりだったんだよ」
エルザは黙って聞いている。
フェルトは続けた。
「でも話が変わった」
視線がエミリアへ向く。
「もっと高く買ってくれる奴が現れたからな」
盗品蔵では珍しくもない話だった。
高く買う方へ売る。
それだけだ。
「だから今は交渉中だ」
フェルトは肩を竦める。
「欲しいならそっちより高く積みな」
ロム爺は何も言わない。
それが盗品蔵の流儀だった。
エルザは少しだけ目を伏せる。
そして。
小さくため息を吐いた。
「そう」
穏やかな声だった。
「それは困ったわ」
本当に困っているようにも聞こえる。
だが。
スバルの胃が重くなる。
知っている。
その声音を。
その表情を。
この女はまだ怒っていない。
まだ機嫌も悪くなっていない。
ただ。
交渉が成立しなかった。
そう判断しただけだ。
だから。
次へ進む。
それだけ。
「フェルト」
思わず声が出た。
フェルトが振り返る。
「なんだよ」
「渡せ」
自分でも無茶だと思った。
だが。
口を止められない。
「今すぐ渡せ」
「は?」
フェルトの眉が吊り上がる。
「何言ってんだお前」
当然だった。
説明が足りない。
いや。
説明できない。
死に戻りのことは話せない。
何度もここで死んだことも。
エルザに殺されたことも。
だから。
焦れば焦るほど言葉が足りなくなる。
「いいから!」
思わず叫んだ。
「渡せ!」
「意味分かんねぇって!」
フェルトも怒鳴り返す。
盗品蔵の空気が張り詰める。
エミリアが心配そうにスバルを見る。
パックも珍しく黙っていた。
誰も分からない。
スバルだけが知っている。
この先に何が待っているのかを。
だから苦しい。
だから焦る。
なのに。
何も伝えられない。
「ふふ」
エルザが笑った。
楽しそうだった。
まるで面白い劇でも見ているように。
その視線がスバルへ向く。
「あなた」
ぞくり。
背筋が震える。
「私のことをよく知っているのね」
心臓が嫌な音を立てた。
紫色の瞳が細められる。
獲物を観察するように。
興味深そうに。
「初対面のはずなのに」
スバルは息を呑む。
言葉が出ない。
出せない。
以前会ったことがある。
そんなはずはない。
だが。
エルザほどの人間なら。
違和感を感じ取ってもおかしくなかった。
「まるで私を知っているみたい」
笑みは変わらない。
けれど。
その視線だけは鋭かった。
スバルの嫌な予感が膨らむ。
一方で。
ソウゴは黙ってエルザを見ていた。
胸の奥で時計が鳴る。
カチリ。
カチリ。
カチリ。
止まらない。
血。
悲鳴。
銀色の刃。
見えるのはそこまでだった。
顔は分からない。
声も分からない。
男か女かさえ曖昧だ。
ただ。
銀色の刃だけが妙に鮮明だった。
まるで月明かりみたいに。
冷たく光っていた。
そして今。
エルザがゆっくりと外套へ手を伸ばす。
スバルの顔色が変わる。
知っている。
その動作を。
何度も見た。
何度も殺された。
だから分かる。
来る。
「下がれ!」
叫ぶ。
その瞬間。
するり。
黒い外套の内側から二振りの刃が姿を現した。
黒。
そして紫。
夜の闇を削り出したような妖しいククリ刀。
「――あ」
思わずソウゴの口から声が漏れる。
違う。
胸の奥の時計が見せていた刃は。
銀色だった。
月明かりみたいに。
冷たく光っていた。
だが。
目の前の刃は黒と紫。
似ている。
けれど違う。
「違う……?」
小さく呟く。
その瞬間。
ソウゴは気付いた。
今まで見てきた光景もそうだった。
血。
悲鳴。
刃。
見えるのはいつも断片だけ。
顔は曖昧だった。
声も曖昧だった。
色も。
形も。
はっきり見えたことはない。
未来が見えている。
その感覚はある。
けれど。
見えている未来は決して完全じゃない。
もしかしたら。
自分が見ているのは未来そのものじゃなく。
未来の欠片なのかもしれない。
それでも。
一つだけ確かなことがある。
胸の奥の時計は鳴り止まない。
危険だ。
目の前の女は危険だ。
それだけは間違いなかった。
エルザは楽しそうに微笑んだ。
「それじゃあ」
まるで舞踏会へ誘うような優雅さで。
二振りの刃を構える。
「始めましょうか」