仮面ライダージオウ Re:Starting Life in Another World 作:吉野家
「もっと見せて」
エルザの声は甘かった。
恋人へ囁くように。
友人へ微笑みかけるように。
けれど。
その場にいる誰もが理解していた。
あの言葉に込められているのは好意ではない。
興味だ。
獲物への興味。
遊び相手への興味。
そして。
長く楽しめそうな相手を見つけた喜び。
ロム爺は拳を握る。
視線はエルザから外さない。
たった数度の攻防。
それだけで十分だった。
目の前の女は強い。
それも。
想像を超えるほどに。
長く生きてきた。
強い奴も見た。
腕自慢も見た。
裏社会で名を売った連中も知っている。
だが。
目の前の女は違う。
根本的に何かが違う。
経験が警鐘を鳴らしていた。
少しでも油断すれば死ぬ。
そう理解していた。
だから退かない。
後ろにはフェルトがいる。
それだけで十分だった。
フェルトはそんな背中を見ていた。
大きな背中だった。
昔から変わらない。
腹が減った時は飯をくれた。
怪我をした時は手当をしてくれた。
帰る場所がなかった自分に居場所をくれた。
血の繋がりはない。
だが。
家族だった。
だから怖い。
失いたくない。
そんな感情が胸の奥を掻き回す。
「ロム爺……」
小さく呟く。
だが。
返事はない。
ロム爺は前だけを見ていた。
スバルはそんな二人を見ながら歯を食いしばる。
胸が痛い。
嫌な予感しかしない。
知っているからだ。
ロム爺がどれだけ強いか。
そして。
エルザがどれだけ異常か。
何度も死んだ。
何度も失敗した。
何度も守れなかった。
その記憶が頭の奥から離れない。
ロム爺が倒れるかもしれない。
フェルトが泣くかもしれない。
エミリアが傷付くかもしれない。
そんな光景ばかりが浮かぶ。
「やめろよ……」
思わず声が漏れた。
誰に向けた言葉なのか自分でも分からない。
運命か。
エルザか。
それとも。
何もできない自分自身か。
エミリアもまた前へ出ていた。
銀髪が揺れる。
冷気が周囲へ広がる。
盗品蔵の温度が少しずつ下がっていく。
彼女も理解していた。
ロム爺一人では危険だと。
だから戦う。
守るために。
助けるために。
それがエミリアだった。
スバルはそんな彼女を見て思う。
変わらない。
どんなに危険でも。
どんなに怖くても。
目の前で困っている人を放っておけない。
だから守りたい。
失いたくない。
その想いだけが膨らんでいく。
カチリ。
ソウゴの胸の奥で時計が鳴る。
血。
悲鳴。
黒い影。
刃。
断片が流れ込む。
未来は見える。
だが。
曖昧だった。
誰が傷付くのか。
何が起きるのか。
そこだけが見えない。
けれど。
ソウゴは気にしなかった。
未来を見ることは目的じゃない。
未来を知ることも目的じゃない。
守るための手段。
ただそれだけだ。
見えないから動かない。
知らないから立ち止まる。
そんな理由にはならない。
弱いこと。
運が悪いこと。
何も知らないこと。
それは誰にだってある。
仕方のないことだ。
だが。
何もしない理由にはならない。
ふと。
遠い記憶を思い出す。
歴史の中で出会った先輩。
未来のために戦い続けた人。
弱さを知っていて。
痛みを知っていて。
それでも前を向き続けた人。
その言葉は今も胸のどこかに残っている。
だから。
ソウゴは前へ出た。
自然に。
当たり前のように。
ロム爺の横。
フェルトの前。
皆が見える場所へ。
「ソウゴ?」
エミリアが驚いたように声を上げる。
スバルも振り返る。
ソウゴは答えない。
ただ静かに立つ。
焦らない。
慌てない。
騒がない。
未来が見えるからじゃない。
勝てる自信があるからでもない。
ただ。
そうするべきだと思ったからだ。
王とは何か。
昔はよく分からなかった。
王になりたいと思っていた。
格好良いから。
偉そうだから。
そんな理由だった気がする。
けれど。
今は少しだけ分かる。
王とは。
皆が不安な時に。
安心できる存在であること。
それが全てではない。
だが。
大切なことだと思う。
だから。
ソウゴは静かに立つ。
「大丈夫」
ぽつりと呟く。
誰に向けた言葉かは分からない。
けれど。
不思議とその一言は重かった。
スバルは思わず目を見開く。
なんでそんなに落ち着いていられるんだ。
そう思った。
自分は怖い。
胸が潰れそうだ。
今にも逃げ出したい。
なのに。
ソウゴは違う。
根拠なんてないはずなのに。
そこにいるだけで。
不思議と安心できる。
エルザもまたソウゴを見ていた。
紫色の瞳が細まる。
先程まではロム爺だけを見ていた。
だが。
今は違う。
目の前に。
もう一人面白い存在を見つけてしまった。
普通なら怯える。
普通なら下がる。
なのに。
この少年は違う。
だから。
面白い。
エルザは笑った。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「あなた」
妖しく口元を吊り上げる。
「本当に面白い子ね」
次の瞬間だった。
エルザの姿が消える。
床を蹴る音すら聞こえない。
黒い影だけが走る。
速い。
あまりにも速い。
ロム爺でもない。
エミリアでもない。
狙いは。
ソウゴだった。
スバルの心臓が大きく跳ねる。
だが。
ソウゴは動じない。
胸の奥で時計が鳴る。
カチリ。
迫る刃。
黒い影。
そして。
今。
目の前にある現実。
それだけで十分だった。
ソウゴは静かに右足を引く。
エルザの刃が目前まで迫る。
そして――。