仮面ライダージオウ Re:Starting Life in Another World 作:吉野家
路地裏に静寂が戻った。
さっきまで威勢よく騒いでいた男達は逃げ去り、残されたのは三人だけだった。
黒髪の少年は未だに呆然としている。
銀髪の少女も驚きが抜けていないようだった。
無理もない。
ソウゴ自身も少し不思議だった。
相手の動きが見えた。
正確には違う。
見えたというより、分かった。
次にどこへ動くのか。
どんな行動を取るのか。
森で目覚めてから何度も感じている感覚だった。
未来視。
そう呼ぶには曖昧すぎる。
ジオウⅡの力とも違う。
もっと不安定で。
もっと説明のつかない何かだった。
「大丈夫?」
ソウゴは銀髪の少女へ視線を向ける。
少女は少し驚いたように目を瞬かせた。
そして小さく頷く。
「ええ。本当に助かったわ」
その声には安堵が滲んでいた。
追われていた緊張がようやく解けたのだろう。
「困ってたみたいだったし」
ソウゴがそう答えると、少女は少しだけ目を丸くした。
その反応の意味を考えるより早く、横から別の声が飛んでくる。
「俺も助けたよな!?」
黒髪の少年だった。
少女は少し考える。
本当に少しだけ。
「そうね」
「今考えただろ!?」
「気のせいじゃないかしら」
「絶対考えた!」
元気な人だな。
ソウゴはそんな感想を抱いた。
少女も呆れているように見えるが、本気で嫌がっている訳ではなさそうだ。
二人のやり取りを見ていると、不思議と空気が和む。
その時だった。
カチリ。
胸の奥で何かが鳴った。
時計の歯車が一瞬だけ噛み合わなくなったような感覚。
景色が揺れる。
一瞬だけだった。
黒髪の少年が倒れている。
血塗れだった。
銀髪の少女が泣いている。
路地裏には見覚えのない血痕が飛び散っていた。
そして。
次の瞬間には全て消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「……?」
ソウゴは眉をひそめる。
未来視ではない。
そんな感覚ではなかった。
むしろ逆だ。
過去。
いや、それも違う。
そこにあったはずの時間が。
無理矢理塗り潰されたような。
そんな奇妙な感覚だった。
理解できない。
ただ一つだけ分かる。
何かがおかしい。
この少年の周りだけ。
時間の流れが少し歪んでいる気がした。
「どうしたの?」
銀髪の少女が不思議そうに聞いてくる。
「いや、なんでもない」
説明できる気がしなかった。
すると黒髪の少年が突然胸を張る。
嫌な予感がした。
「よし!」
案の定だった。
「まずは自己紹介だ!」
少女が露骨にため息を吐く。
少年は気にした様子もない。
びしっと指を天へ向けた。
「俺の名前はナツキ・スバル!」
通行人が何人か振り返る。
本人は気付いていない。
「無知蒙昧にして天下不滅の無一文!」
さらにポーズが増えた。
「ヨロシク!」
誇らしげだった。
ソウゴは少し考える。
自己紹介らしい。
たぶん。
「長いね」
「そこかよ!」
即座にツッコミが飛んできた。
少女は肩を震わせている。
笑いを堪えているらしい。
「無一文なのね」
「そっちも違う!」
忙しい人だ。
ソウゴはそんな彼を見ながら名乗る。
「俺は常磐ソウゴ」
「短っ!」
「名前だから」
「もっとこう無いのかよ!」
スバルが不満そうに言う。
ソウゴは少し考えた。
さっきの自己紹介を思い出す。
そして。
「スバル風に言うなら」
「おう!」
なぜか期待した顔になる。
「迷子の無一文かな」
数秒の沈黙。
スバルが勢いよく指を差した。
「仲間じゃねぇか!」
「そうかも」
「そうかもじゃねぇよ!」
少女が堪えきれず吹き出した。
「ふふっ」
「笑うなよ!」
「だって……」
久しぶりに心から笑ったような顔だった。
ソウゴは少し安心する。
さっきまで追われていたとは思えないほど柔らかい表情だった。
やがて少女は笑いを収め、自分の番だと思い出したようだった。
「私は――」
そこで言葉が止まる。
ほんの一瞬。
迷いにも似た沈黙。
ソウゴはそれを見逃さなかった。
何かを選んでいる。
そんな表情だった。
やがて少女は静かに口を開く。
「サテラ」
その名前を聞いた瞬間。
スバルの顔が固まった。
「は?」
少女がじろりと睨む。
「なによ」
「いや……なんでもない」
全然なんでもなさそうだった。
だがスバルはそれ以上何も言わない。
ソウゴもまた何も言わなかった。
たぶん本当の名前じゃない。
なんとなくそう思う。
けれど理由までは分からない。
なら聞く必要もない。
言いたくないことは誰にでもある。
だから。
「そっか」
それだけだった。
むしろ驚いたのは少女の方だった。
「それだけ?」
「うん」
「何も聞かないの?」
「聞いてほしいの?」
「そういう訳じゃないけど……」
少女は少し困ったように視線を逸らした。
その反応を見て、やっぱり何か事情があるんだろうなと思う。
けれど追及はしない。
初対面の相手に踏み込むことじゃない。
その時だった。
少女が何かを思い出したように顔を上げる。
「あっ」
表情が変わった。
焦りが戻る。
「どうした?」
スバルが尋ねる。
少女は真剣な顔で答えた。
「探し物をしているの」
空気が少し引き締まる。
「探し物?」
「とても大事なものよ」
その声に迷いはなかった。
スバルも頷く。
「俺もそれを手伝ってるんだ」
ソウゴは少し考えた。
そして頷く。
「じゃあ俺も手伝うよ」
二人が同時にこちらを見る。
「いいの?」
少女が少し驚いたように聞く。
「うん」
ソウゴは頷いた。
そして少し考えてから付け加える。
「なんかその方がいい気がする」
スバルが固まる。
「なんだその理由!?」
「直感?」
「軽っ!」
思わず笑ってしまう。
けれどソウゴ自身は割と本気だった。
理由を上手く説明できないだけで。
そうするべきだと思った。
ただそれだけだ。
スバルは嬉しそうに拳を握る。
「よし!」
嫌な予感しかしない。
「これで探し物捜索隊結成だ!」
「今決めたの?」
「今決めた!」
ソウゴは少し笑う。
少女は呆れたようにため息を吐いた。
それでも口元には小さな笑みが浮かんでいる。
こうして三人は王都の街へ歩き出す。
まだ誰も知らない。
探し物の先に待つ運命を。
そしてソウゴが感じる時間の歪みが、死に抗い続ける少年へ繋がっていること