天使様は女たらしクズ野郎に救われる 作:お隣の芋女
『雨に濡れた高校生を家に入れたぁ!?』
「うるっせーな、耳元で騒ぐなよ」
ガキが風呂に入ったのを確認して、さっきまで会ってたアホに電話をした。
ガキを拾ったと言って詳しく話した瞬間この騒ぎようだ。
『お前なぁ!普段女の子をとっかえひっかえするのはもう俺も口出ししないけど、さすがに未成年は駄目だぞ!?一回り下の子は犯罪!!』
「なに俺が手出す前提で話してんだよ」
『出すだろ!?逆に今までお前と言葉を交わした子で手を出さなかった子なんているか!?』
「向こうから来たらそれはいいだろ。無理矢理でもねえんだし」
『ダメだ…ん?あ、いや良いの、か?』
相変わらずのうるささでこっちの耳が壊れそうになる。
冷蔵庫から缶の酒を取り出し空ける。
電話の向こうから、また飲むのかって突っ込まれるが、それはとりあえず無視する。
『そういえばお前さっきうちの店で話したとき、どっかの私立高の養護教諭になるって言ってなかったっけ?』
「あーそこの理事長と昔知り合いでな。今の奴が産休で休みたいらしく、急遽人が欲しくなったんだと」
『でもあれって資格とかいるだろ。持ってんの?』
「将来腐らなそうなのは一通りな」
『そういう立派なの持ってるなら普段からしっかり活用しろよ』
「なにもしなくても金が入る世界の仕組みが悪い。それにこれからはちゃんと働く様になるだろ」
『未成年を家に連れ込んでる時点でアウトだろ!そもそもなんで連れ込んだんだよ。そういう趣味もないだろ絢奈は』
「知らねえよ。今すぐ消えたいですってオーラ出して目障りだったからな。冷やかしで声掛けたんだろ」
『……お前まさか』
「違ぇよ。とりあえずガキなんて抱かねえから安心しろよ。訳ありならお前のとこ放り投げるしな。人手が欲しいって嘆いてたろ?」
『いやうちの店バーだぞ?それに人手なら絢奈がいるから大丈夫だ』
「お前のはオーセンティックだろ、なら22時までは働ける。食器洗いや掃除とかの雑務でもやらせとけ。客のガキが来ても良い様にしてんだしいけるさ」
『それとこれとは話が別だろ!』
「とりあえずお前の心配するようなことはない。高校生に欲情するほど女に困ってないし、興味もない」
『店閉じたらまた連絡するから出ろよ!いいな!』
「いや俺明日……ちっ、切りやがった」
長い様で意外とあっという間だった通話を終え、キッチンから適当にいろんな種類のティーバッグを取り出しテーブルにマグカップと取り皿を一緒にして並べて置く。
そして仕事用の鞄からファイルに入っている書類を取り出すと、そのまま酒を飲みながら記載されている内容に目を通し始めた。
「契約期間は約3年、保健室とは別に一室もらえるて今やってる仕事も兼業OKってまあまあの好待遇か?顧問とかなしっつーことは上手くやれば残業も消せる。給料もまあ教員にしてはぼちぼちだな。ただ、教員の欠員時に臨時で授業を頼む可能性があるってのはどうなんだ?私立なら細かい資格は目を瞑るってことなのか、どちらにしろめんどくさそうだな」
教員なんてぜってぇ朝早いだろ。…無理だな、最悪昼間に寝ればいい。そんなことより、あのガキの着替えをどうするかだが、……適当でいいか。
寝室から適当なスウェットの上下を持ってきて脱衣所へバスタオルと一緒に放り投げておく。
先ほどまで来ていたずぶ濡れの制服たちは、置く場所がなかったのか洗濯機に入っていた。
「おい、制服の洗濯にこだわりあるか。ねえなら今かける」
「ひゃっ!?あ、ありませんけど、そんなご迷惑をかけるわけには…」
「ねえならいい。タオルと着替えはあるから好きに使えよ」
「あ、ありがとうございます」
さて、次は何をするかだが……とりあえずもう一本開けてから考えるか。
私が絢奈さんのお家に入った最初の感想は、とてもいい香りがするなってことだった。
アロマ系なのかほのかに甘く落ち着くような香り。
そしてお風呂を譲っていただいたので脱衣所に入ったら、そこでもアロマの香りがしていた。
絢奈さんのお好きな香りなのかな、と勝手に想像しながら服を脱いでいく。
綺麗に整頓されていた為、どこに置けばいいのか分からず、一先ず洗濯機に入れようとして、私の手が止まった。
なぜなら、絢奈さんの使っている洗濯機が、最新モデルの高級品だったからだ。あまりそういった機械に詳しくない私でも知っている、有名なメーカーのもの。テレビのCMで流れて金額が出た時、一人で驚いていたのを思い出した。
とりあえず脱いだ制服や下着を洗濯機に入れて浴室へ。
同じマンションの為、お風呂の使い方は問題はなかったですが、この凄い泡立ちが良くてさらさらになって香りの良すぎるシャンプーとかが凄い気になった。
恐らく別で購入したボトルに詰め替えてるため、中身はわからない。ただ、聞いたら教えてくれるでしょうか。
そういえば私をおんぶしてくれた時も、絢奈さんからは常にいい香りがしていましたね。ちょうど私の髪や身体からしているような……さっさと湯に浸かりましょう。
「はぁ~……気持ちいい」
シャワーでは温まりきれなかった体の芯が、ゆっくりとほぐされポカポカと温まっていく。
自分の家のお風呂と同じはず景色のはずなのに、どこか自分のお風呂とはまた違う感じに落ち着く。
それはこの良い匂いのせいか、それとも私を見つけてくれた人が近くにいてくれるからか。
「佐伯…綺奈さん…」
あの時、自暴自棄になっていた私に声をかけてくれた人。
消えたいと思っていた私を繋ぎとめてくれた人。
それが例えただの気まぐれだったとしても、私が救われたことに変わりはない。
『聞こえてんだろ、ガキ』
荒々しい言葉を使うわりに、声音は優しいものだった。聞き心地が良くて、どこかくすぐったくなる男性特有の低い声。
そして適度にこちらへ気を配っているような言動。
綺奈さんはこちらの心の中を見透かしているかのようにこちらを見る。
綺麗な空色の瞳で、私の曇りきった心を見透かしている。
夜空のように黒く澄んでいて、大人ぶった私とは違う、本当の大人の人。
「…綺麗だったな」
「おい、制服の洗濯にこだわりあるか。ねえなら今かける」
「ひゃっ!?あ、あありませんけど、そんなご迷惑をかけるわけには…」
ぼそっと呟いてしまった瞬間、突然声をかけられて思わず変な声が出てしまった。
いくらドア越しでこちらの姿が見えないとわかっていても、今までお風呂を入っている中で話しかけられたことはないし、そもそもドア越しに見える影ですら経験がない。
そのせいか、私の心臓が爆発しそうなほどうるさい。
「ねえならいい。タオルと着替えはあるから好きに使えよ」
「あ、ありがとうございます」
テンポよく洗濯機の操作音が響く。
普段からそういった家事はやる人なんでしょう。脱衣所も綺麗にされていましたし。
そういえば着替えもお借りしてしまってはまたご迷惑をかけてしまう。
とりあえず早く出なくては綺奈さんも雨に濡れていたし、なによりびしょ濡れの私を負ぶっていたせいで体温もきっと下がってしまっている。
早く綺奈さんもお風呂に入ってもらわないと!
そう思い私は勢いよく浴槽が出ると、ドアを少し開けてバスタオルを手に取る。
肌質の良いタオルで全身の水分を良く拭き取ってから脱衣所へ出る。
そこにはきっちりと畳まれた黒のスウェットの上下セット。
柔軟剤の匂いなのだろう。これも良い匂いで、恐らく綺奈さんはこういった匂いに敏感というか、こだわる人なのでしょう。
そんなことを考えていた私は、いつものように着ていこうとしたところであることに気づいた。
(し、下着がない!!?)
よく考えればわかることでした。
当然ながら、普段から着替えを持ち歩いているわけもなく。
先ほどまで着けていたものたちは、雨で濡れて今は綺奈さんが洗濯してくれている。
…覚悟を決めるしかないですね。
一先ずスウェットの上を着てみる。
高級そうな肌触りのスウェットはサイズがとても大きく、まるでスウェットに足が生えているかのように、すっぽりと私の身体を収めた。
…大きい。それに香りと大きさのせいかなんだか綺奈さんに包まれてるような感覚に襲われる。
私はそのまま洗面台の鏡の前に立って、自分の今の姿を確認した。
大きめのサイズのおかげで、身体のラインはあまり目立っていない。
下もこの長さなら座っても見えないのでは……いや、もしかしたらがありますし、穿いた方が良いでしょう。
ただ、そうなるとこのまま何も穿かずにズボンを?そっちの方が不味いのでは…?
色々な考えが頭をよぎり、結果私は直接スウェットのズボンを穿くことにした。
当たり前だが、やはりズボンも大きく、裾を何回も折り曲げてなんとか足首が顔を出した。
なんだか下がスースーしますが、仕方ありませんね…。
髪の毛はタオルで水気を取るだけにしておきましょう。ドライヤーをするのは時間がかかりますし、今は綺奈さんに早くお風呂へ入ってもらわないと!
私はそのまま足早に洗面台をあとにして、リビングの方へと向かった。
「あ?意外と早かったな」
「お風呂先に頂いてすみません。綺奈さんもお身体が冷えてるでしょうし早くお風呂…へ…」
絢奈さんがこちらに気付いたのだろう、声を掛けてくれたので私は声のしたキッチンの方へ向いた。
すると、そこにいたのは雨で濡れたシャツを脱いだのだろう、上半身に一切何も纏わない絢奈さんがいた。
換気扇の下で煙草を咥えた彼の姿は誰が見ても大人の男性だった。
そして何より、はしたないと理解していても私の目は彼の身体から離れなかった。
それは初めて男性の身体を見たからかもしれない。なにより、その初めてで見る身体にしては絢奈さんのはあまりにも毒だった。
肩、うで、胸、お腹まで、肌が見える全ての身体が私とは全く違った。
私の何倍も太い腕は見るからにごつごつしていて、男性と特有の凹凸が良く目立っていた。
お腹も綺麗に8個に割れていて無駄な脂肪が一切なく、全体的に彫刻で作られたかのような美しさがあった。
良く彼氏や好きな異性の方がいらっしゃる女の子たちは、男性の筋肉の話や○○フェチといった話をよくしていて、私も聞かれたことを思い出した。
確か私はあの時、皆さんが良く挙げられていた筋肉が好きとは言っていなかった。そういうのが良く分からなかったし、興味もなかったから。
でも、今目の前にいる絢奈さんの身体を見てしまったら、皆さんのおっしゃっていたことが良く分かった。
あれは……まずい。
着痩せするタイプなのだろうがそれにしても限度がある。
確かにおんぶしてもらった時、全身ががっしりしていると思っていたが、まさかあれほどとは思わなかった。
目を離さなきゃいけないのに、なぜか逸らすことが出来ない。
ただ心臓の音が頭に響いて、何も考えられない。
すると、ただ静かに突っ立っている私を不思議に思ったのか、怪訝な顔でこちらを見る絢奈さん。
そしてすぐ、にやって意地悪な笑みを浮かべた。
「……エロガキ」
「…っ!!」
大きく鋭い目を細め、揶揄う様に笑う絢奈さん。魅惑的なその姿を目の当たりにした瞬間、ぶわっと全身が熱くなった。恥ずかしさやら、わからない感情で顔が真っ赤になっていくのが鏡で確認しなくてもわかる。
「ち、違います!私はただ初めて男性の身体を見てしまったので、は、恥ずかしくなっただけです!」
「ならムッツリか?まあ高校生なら色々知りたくもなるだろ。お前のそれはいたって正常、恥ずかしがらなくていいぞ~」
「か、揶揄わないでください!」
先ほどの姿が頭から離れなくて思わず大きな声を出してしまった。それに面食らったのか、絢奈さんはきょとんとした目でこちらを見ていたかと思えば、一瞬、本当に僅かな瞬間だが、どこかこちらの無事に安堵したかのように優しく微笑んだ気がした。
「おら、さっきの菓子の中身はケーキだった。好きな紅茶でも淹れて好きなの食え」
顎でリビング側を差したのでそちらを向けば、ソファの前にあるテーブルの上に可愛いティーカップと籠に入った数種類のティーバッグ、そして雨の中持っていた菓子の箱があった。
私がお風呂に入っている間に準備してくれていたのだろうか。
今までされたことのない対応に、妙な嬉しさと気恥ずかしさと、謎の期待感が込み上げてくる。
だからだろう、普段なら言わないだろう余計な事を聞いてしまうのは。
「……私のために、準備してくれたのですか?」
自分でも馬鹿だと思う。そんなに緊張して声を震わせるぐらいなら、聞かなければ良いのに。
つい数時間前に、期待を裏切られたばかりなのに。
それでも、もしかしたらって期待して聞いてしまった。
絢奈さんは、ない言ってんだこいつって言いたげな、失礼だが間抜けな顔をしていた。
あぁ、やっぱり私の勘違いでした。
こんな自惚れて、全く学習しない人「それ以外に誰がいんだよ」……え?
今、なんて…
「お前は俺があんな可愛らしいの使うと思うか?」
「い、いえ」
確かにあそこに置かれているものたちは、絢奈さんの趣味とは違うような気がする。
「なら後はわかるだろ。ここにいるのは俺とお前、あれを俺は使わねえ。ならあれを使うのは誰だ?」
呆れたように話す彼は、もうこちらを見ずに左手でスマホをいじりながら、煙草を嗜んでいる。
一見、こちらに興味がないようなふるまい。だけど、あのテーブルに置かれているカップたちが、脱衣所の方から聞こえる洗濯機の稼働音が、傘を差していたのにびしょ濡れになったシャツが、全て私の為にしてくれた結果だと教えてくれる。
お仕事だからとかではなく、ただ純粋で気まぐれで、でも確かに私の事を思ってくれての、他人からの厚意。
意地悪で言葉が荒くて身体が大きくてお人形さんの様に綺麗な人。
恐らく色んな女の人と関係を持っているだろう、きっと世間的に言うなら悪い男の人。
でも、私を見つけてくれて、私の欲しい言葉をくれる人。
別に好意を抱いたわけではありません。
ただ、初めての事で嬉しくて、どうこの気持ちを落ち着かせればいいのかわからないのです。
だから今は、初めて自分の気持ちに正直になって行動したいと思います。
私は溢れる感情のまま、勢いよく絢奈さんへ抱きついた。
「おい!?急に何してんだ!」
絢奈さんは突然のことで驚いて愚痴りながらも、一切よろける事無く、しっかりと私を受け止めてくれた。
「急にタックルすんな。煙草吸ってんのわかるだ「ありがとうございます」……」
絢奈さんは吸っている最中の煙草を灰皿に捨てた。被せてしまったが、今も彼は煙草の火を気にしていた。
やはりこの人は、言葉は荒いけど他人を大切にしている。
それが分かったからか、なんだか少し可愛く思えてくる。
その代わり、抱きしめる力を少しだけ強くしてみる。
「ありがとうございます。わざわざ私のためにご準備していただいて」
顔が見えないように、もう少し頭を押し付ける。
「初めてこういう風に人からしてもらったので、その…嬉しくて。思わず飛びついちゃいました」
何とか震えそうになるのを我慢して言葉を繋げる。
それに気づいたのか、それともただの優しさか、絢奈さんはポンポンと優しく小刻みに背中をあやす様に叩いてくれた。
それがなんだかくすぐったくて、心地よくて、暖かくて、思わずずっと続けばいいのになんて思ったりして。
ただそれを悟られるのは少し気恥ずかしい。
だから今は感謝の気持ちで塗りつぶして、私は彼をもう一度強く抱きしめた。