姫たる福音   作:ゆゆみみ

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閑話 矮小な存在

 

 ──姫華が一家惨殺を行ってから、凡そ一週間ほど後のこと。

 

 それだけの時間が経ちながら、その情報(一家惨殺)は現場には知らされていなかった。上層部が知っていて隠していたのか、それとも本当に把握していなかったのかは定かではない。

 

「クソが、中妖相手って話じゃなかったのかよ! おい! あの灼熱の坊主はどうした!」

 

 体長が三メートルを超えるムカデ型の妖と戦う異能者の男が吐き捨てるように言う。事実、この程度であれば中妖、攻撃型の異能者が数人いれば十分に対処出来るレベル。しかも男は新人ではなく、それなりの場数を踏んだベテランともなれば苦戦することなく終わる任務のはずであった。

 しかし、相対して分かった。これは中妖というレベルではない。大妖とまではいかないが、そこらにいる中妖とは一線を画している。

 中妖と大妖の差は大きい、中妖であれば数人で対処できるが大妖となれば数十人は必要となる。

 

「知らねぇよ! 仲間には連絡が取れたが、蜂の(おきな)は一向に連絡が──」

「長門ぉ!」

 

 不意に名を呼ばれた通信兵ははっと上を見る。上には振りあげられた百足(むかで)型妖怪の尾があり、

 

「あん?」

 

 彼が気づいた時にはもう遅く、尾に潰されて血溜まりと化した。それを目の当たりにして、戦闘していた異能者は強く歯を噛み締めた。しかし、止まっている訳にはいかない。今度は自身を狙って振り下ろされた尾を寸でのところで回避する。

 

「西戸、辺見、北山、囲め! 呪符を使う!」

 

 通信係はいなくなった。己を含めた三人で対処する他ない。先日の大蜘蛛を仕留めた餓鬼さえいれば、と思うが、無い物ねだりをしても仕方がない。己を含めて百足(むかで)の四方を囲み、全員で同時に霊力の込められた符を投げつける。符が当たった瞬間に百足(むかで)を中心として紫電が迸る。それは簡易的な結界を作り、その中に妖を封じ込めて動きを制限すると共に、符の霊力によって内部に電撃を浴びせる。小妖程度であればこれだけで滅することができる代物だが、さすがに大物となると時間稼ぎにしかならないのだから。

 

「畳みかけろッ!」

 

 男は声を張り上げ、百足(むかで)に向けた手からは炎が迸る。続けて、他方からは同じく炎、そして冷気と風の刃が続く。

 

 実際、攻撃型の異能というのは知られている限りではそう多くない。炎を操る、水を操る、風を操る──威力の大小や細かな違いはあれどその程度。尤もそれに属さないものもあるが、このような中妖退治の任務に出向くことは少ない。

 その中で灼熱、全てを灼き尽くす業火を操る少年の存在は大きく、想定外の際の奥の手として運用される。面子などどうでもいい。人に害なす存在を滅することができるのであれば。

 ただ、連絡が取れない以上は、ここにいる四人で滅するか、或いは援軍を待つかの二択だ。長門が援軍要請をしてくれて助かった。彼を弔うのはこの戦いが終わってからになってしまうのが悔やまれる。

 

 僥倖だったのは、炎の異能の持ち主が二人いたことだ。総じて、虫の形を取った妖は火に弱い。そもそも火そのものが人類の武器だ。人類の歴史と火は切っても切れない関係にあり、火を御する術を得たからこそ、ここまで反映してきた。

 

 冷気で体表を固められ、風の刃が肉体を2傷付け、傷口から火が体内を焼く。相性の合った四人の攻撃に、身動きの取れない百足(むかで)は、声こそ上げないものの明らかに苦悶していた。

 ただ、あと一手が足りない。結界の効力もそう長くは続かない。そのためにも灼熱の異能、そうでなくても援軍が必要だった。

 

「クソがっ……!」

 

 結界に(ひび)が入り、舌打ちと共に何度目か分からない罵倒の声を上げる。虎の子の呪符はもうない。結界が切れた後、援軍が来るまでどうにかして時間を稼がなければならない。しかし、その術が──

 

「……は?」

 

 結界が破られるのと同時、百足(むかで)の身体が前後に切れた。突然の出来事に対応できなかったのだろう、百足(むかで)は体勢を崩して地に伏せ──その瞬間に縦に真っ二つに裂けた。己の目の前で頭部がぱっくりと左右に開き、紫色の体液が地面を濡らしていく。僅かに痙攣していた体は、間もなくその動きを止めた。苦戦を強いられていた百足(むかで)は呆気なく死んだ。

 否、殺された(・・・・)

 

 ──誰に?

 

 突然の出来事に呆然としながらも、周囲に頭と視線を回して下手人を探す。しかし、周囲には誰もいなかった。

 仲間に視線を送る。誰もが突然の出来事に呆然としていた。仲間の誰かがやった、という僅かな線も途切れる。

 

 その半刻後に援軍がやってきたが、下手人が誰なのかは最後まで分からなかった。

 

 

 

 百足(むかで)が倒れ伏した後、その腹部から拳よりも一回り小さな蜘蛛が這い出たことには誰も気づかなかった。平凡な中妖レベルの妖が過大な力を持っていた原因が寄生した蜘蛛であること、何よりその蜘蛛が滅した筈の『牛鬼』の成れの果てであることなど誰も知らない。

 

 耐久力と逃げ足に特化していた妖は、本体が死ぬ間際に小さな分け身を作っていたのだ。分け身は小さな体躯を生かして、森の中を駆けていく。今は霊力もさほどなく、それを隠す術も元々持ち合わせている故に、異能者に感知される可能性は限りなく低い。

 

「中妖程度ではこんなものか。まぁ、良い。業腹ではあるが今は身を潜め、いずれ天下を獲ってやろうぞ……」

 

 己が寄生、もとい操ることで有象無象の妖はどの程度の力を得るのかという実験であった。成果は上々。本来であれば数人の異能者を前にすれば呆気なく滅されていただろう存在で、あそこまで善戦することが出来た。最後の瞬間こそ怖気が走るほどの膨大な力を感じたが、本体を滅した小生意気な小僧の力を考えれば同等の存在が他にいてもおかしくはない。

 それでも、あれ程の力を持った存在を探知できなかったのは落ち度ではあるが、能力自体はあの中妖依存なのだから感知能力も然して高くはなかったのだろう。

 

 牛鬼は、自らの失態をそう評した。それが見当違いだとも知らずに。

 

「あ、いたいた」

 

 突然聞こえた声に、牛鬼は足を止める。周囲を見渡すと大樹の枝を椅子代わりにした少女がこちらを見下ろしていた。

 齢は十ほどだろうか。己の百分の一も生きていない少女に見下ろされているのは酷く気分が悪かった。恐らく異能者ではあるのだろうが、所詮は少女、所詮は一人。今の己でも対処できると判断した牛鬼は細く硬い糸を高速で吐き出し──それは、少女に当たる前に何かによって阻まれた。まるでそこに見えない壁があるかのように。

 

「ぬぅ?」

 

 脳天を貫くはずの一撃が防がれたことに疑問を抱くが、永く生きた牛鬼の判断は早い。今のを防ぐ手段があるのだとすれば、それに等しい攻撃手段を持っている可能性は十分にある。そう考えた瞬間に、目眩しのための柔らかい糸を網のように放射状に撒き散らし、今だけはプライドを投げ捨てて少女に背を向け全速力で距離を取る。逃げる、否、戦略的撤退だ。今はまだ、その時ではない。

 

「ねぇ、いきなり逃げるのは酷いんじゃない?」

 

 先程まで樹上に居たはずの少女が正面に現れ、牛鬼は反射的に動きを止めて後ろに跳ねる。どうやってこの少女はここまで来たのか。息を切らした様子もないというのに。

 眼前の少女は己を前にして薄ら笑みを浮かべており、そうかと思いきや小さく欠伸を漏らした。

 

 ──まるで、こちらが取るに足らない存在であるかのように。

 

 明らかに見下され、格下だと判断され、牛鬼ははっきりとした怒りを感じるが、感情的に動くことはなく退路を探す。感情を抑えることが出来ることも、牛鬼が生き延びてきた理由の一つでもあった。感情的に動くことで事態が好転することなどありはしない。

 

「雑魚ね。まぁ、おにいちゃんのために全部消すって決めたから例外はないけど」

「……っ! 死ねぇ! 小娘ぇ!」

 

 蔑みの視線。雑魚という言葉。大妖の四柱と評された己が矮小な存在だと判断され、遂に牛鬼の堪忍袋が切れて鋼鉄をも貫く糸を射出する。

 

「ばいばい」

 

 鋼鉄をも貫く糸はやはり少女に届くことはなく、友人に告げるかのような気軽い声を掛けられ──牛鬼の意識は断絶した。

 

 

 

 

 

「うぇ、気持ちわる」

 

 不可視の刃で両断した蜘蛛から紫色の体液が流れ出るのを見て、少女は眉根を寄せて舌を突き出す。少女は兄のため、害をなす存在を全て消し去ろうと考えていた。だからこそ、こんな雑魚(・・)ですら逃すことはない。

 先程の異能者たちも例外ではないが、百足(むかで)の腹から出てきた小さな蜘蛛が妙に気になって追ってきていた。結局のところ、そこらの小妖程度で拍子抜けしたのだが。

 

 そうして、かつて四柱の一画として恐れられた存在は、誰にも知られることなくひっそりと消滅した。

 

 

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