俺には二つの駒が出来た。仲間ではなく、駒。蝶野の想いも、鈴谷の復讐心も、利用する。鈴谷にアイツを殺す役目を譲る気持ちなど更々ない。
俺は俺として、俺個人の復讐として、アイツを殺す。もしも俺の命と引き換えにアイツを殺せるのであれば、喜んでこの命を捧げる。
──この殺意こそが、俺の
二人と出会ったその日は、互いの自己紹介だけで終わった。正直、
そして、その二日後の昼休み。
俺は再び校舎裏に来ていた。二人と再度集まることを約束していたからだ。
「やっほー!」
木に寄りかかっていた蝶野は俺を見るなり満面の笑みを浮かべて片手を振り、こちらはと小走りで駆けてくる。特徴的な八重歯が日光を反射して、何処か小悪魔めいた雰囲気を醸し出していた。尤も、当の本人にその要素がないことは一昨日の会話だけでも分かっていた。
本人の言う通り、蝶野とは同じクラスだった。授業中、初めて周囲を意識すると教室の中心にピンク色のジャージを着た後ろ姿が見えた。髪色も相まって明らかに浮いているというのに気づかなかったのは、それだけ俺が周囲を見ていなかったのか、それとも蝶野が存在を薄めていたのか。
それにしても、同じタイミングで授業が終わったというのに、昼休みが始まってから真っ直ぐ校舎裏に向かった俺よりも早く来ているのは不思議だ。だが、既に蝶野のことは深く考えても仕方がない人種だと思っているために、気にしないことにした。
その五分後、鈴谷が現れた。制服だけでは何処の高校かは分からないが、少なくとも徒歩五分圏内に他の高校はないはずだ。蝶野、鈴谷は共に特別な力を持った異能者なのだと、それだけでも分かった。そして、それとは反対に俺が一般人とほぼ変わらない存在であることも。
今回の主題は、俺と鈴谷の異能に関してだ。蝶野の──正確には蝶野の使役する大蜘蛛の──異能は既に把握している。蝶野自身の異能は秘密だと言われて確認は出来ていないが、大蜘蛛の
校舎裏は体育館の裏手に面している。体育館の裏口というべきなのだろうか、扉の前に三段のコンクリートの階段があり、そこに鈴谷はスカートを正しながら座った。
「ねぇ、ちょっとこっちに来てよ」
階段に座る鈴谷は端に寄って人ひとりが座れるスペースを作り、手招きをする。どうやら空いたスペースに座れ、ということらしい。俺は誘われるままにそこに座った。
「貴方の家族、妹さんが全員殺したらしいわね。私とは人数が違うけれど、肉親が殺されたのは同じ。あなたがアレを殺したいのは、その仇討ち?」
「そうだ。俺はアイツを絶対に許さない」
「……つらいわね」
顔を向けると、鈴谷は俺ではなく正面の空間を見つめていた。その表情は憐憫のようで、諦観のようで、正確には分からない。ただ、俺はその言葉に苛立ちを覚えた。
「つらい? どういう意味だ?」
「だって、家族の仇が家族な訳でしょう? それって、悲劇よ。安っぽい言葉だけど」
鈴谷は俺の状況を悲劇だという。その悲劇という言葉が指すのは、殺す対象が実妹であること。それは、違う。俺にとっての悲劇は家族を皆殺しにされたことだ。
「アイツは妹なんかじゃない。大切な家族を殺した犯人。それ以上でも以下でもない」
「けれど、妹は妹よ? 血の繋がった家族。悲劇が起きる前、貴方は妹を愛して、護るべき存在だと認識していたんじゃないの?」
妹は妹。血の繋がりを絶つことはできない。それはアイツにも指摘されたこと。確かに家族と愛していた過去もあった。しかし、それは全て過ぎ去ったこと。今のアイツはただの仇で、血縁関係があることは吐き気を催すほどの腐った現実に過ぎない。
「過去のことだ。護りたいものなんて、もうない」
鈴谷は何かを言いたそうに口を開けたが、言葉が見つからなかったのか、単に止めたのか、何も言わずに口を閉じた。そして、その場で立ち上がるとスカートに付いた埃を落とし、階段から降りて俺の方を見る。
「ごめんなさい、脱線して。じゃあ、私の異能なんだけど……」
そう言って、鈴谷は近くに落ちていた木の枝を拾った。十五センチ程で、力を入れれば簡単に折れてしまう何処にでもある木の枝。
木の枝を右手に持った鈴谷はそれを胸元で縦に掲げ、右下へ振り下ろす。動きにつられて視線を下ろすと、そこに木の枝はなかった。
代わりにその手に握られていたのは、六十センチほどの長さを持つ真っ黒な棒、否、刃物か。その形状は日本刀の刃を想起させた。
「私の異能は、棒状の物体を刃物へと変えること。より正確に言えば
鈴谷は自慢気に目を細めて笑う。その瞳の中には、獰猛さも潜んでいた。しかし、直ぐにそれは霧散して自嘲染みたものへと変わる。
「言わずもがな、強力な能力よ。なのに、私はあの日逃げたの。私が兄様の隣に並べば、あの化け物を殺せたしれないのに。……兄様を殺したのはアイツでもあり、私自身でもある」
実際、そんな状況下で実戦経験も少ないであろう幼い子供が、周りの大人たちが殺されていく中で覚悟を決めるなど無理な話だ。
鈴谷は、アイツと、それだけではなく己にも殺意を向けている。俺と同じように。ただアイツを殺すことだけが、それだけが生きる目的。そうなれば、その意思は何よりも固い。
「……何でも切れる、っていうのは本当か?」
「少なくとも私の知る限り、実体を持つもので切れなかったものはないわ」
鈴谷は視線を落として刃を振るった。その先を見ると、コンクリートの階段の端がなくなっていた。違う、
「もっと硬いものでもあればいいのにね。その扉、切ってもいい?」
鈴谷が指差す先にあるのは体育館の裏口で、俺は溜め息をついて首を横に振った。
「器物損壊は止めてくれ……ちょっとした騒ぎになる……」
「あら、そう? 残念ね」
冗談だったのか、本気だったのか、鈴谷は楽しげな笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
「ほい!」
その時、今まで会話に参加していなかった蝶野が鈴谷に向かって何かを投げ、鈴谷は反射的にそれを斬り捨てる。
「なんだ、これ?」
「紅ちゃんの糸を丸めたやつー。めっちゃ硬いよ?」
拳くらいの大きさのボール状の物体。真っ二つになったそれの片方を持ってみると、それは羽のように軽かった。白い糸を毛玉状にしたような見た目だが、力を入れて握ってみるとその硬さがよく分かった。硬いが、僅かながら弾性も感じる。これだと、普通なら刃を当てても弾くだけで終わるだろう。だが、鈴谷はそれを切った。それは余程の切れ味がなければ出来ない芸当だ。
「どう? 手前味噌だけど、有用さは証明できたのではないかしら? ちなみにある程度は長さも変えられるわ」
鈴谷は俺の方へと顔を向けて誇らしげに口角を上げ、黒くて分からないが刀の峰と思われる部分で自身の肩を数度叩く。
「それは他人に渡すことは出来るのか?」
「それは無理ね。私が手を離せば……ほら」
鈴谷が手を離した瞬間に、黒い刃は元の木の枝に戻って地面へと落ちた。成程、他人に渡して戦力増強とはいかないらしい。
ただ、もし他人に渡せるとしてもそれはコイツの持つ力だ。俺のではない。俺が殺した事にならない。だから単なる興味本位の質問だった。
「それで、キミの異能は?」
「……アイツの、力が視える」
「それで?」
鈴谷に続きを促されるが、それ以上のものがない以上は何も答えることが出来ない。
「…………そう」
鈴谷は俺の様子を見て察したようで小さな呟きを零した。その表情には隠そうとしても落胆の色が見える。
「悪かったな、役に立たない能力で」
「……あ、いえ、ごめんなさい。他に何かあるかと思っただけよ。その能力は決して役立たずじゃない」
俺の言葉に鈴谷は首を横に振ってくれるが、そんな上辺だけの言葉など要らない。そんなものでは何も解決しない。
「同情は要らない」
「本当よ? 私が式神を放った一番の目的は、アレの異能の正体を知ること。それが分からなければ、対策のしようがないもの。でも、君のお陰でそれが分かる。それで?」
鈴谷が促すのと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったが、誰もその場を動こうとはしなかった。
俺はアイツの異能と自身の異能について、鈴谷に説明した。蝶野も横でしきりに頷いて聞いているが、コイツは家の中の様子を見ていたのだから何となく分かっているだろう。
一瞬視線を向けると小さく手を振ってきて、真剣に説明をしているが故に軽く苛立ったが、コイツのやることを一々気にしないのが一番良いのは分かっていた。
その間、鈴谷は余計な口は挟まず、片手を顎に当てながらじっと聞いていた。蝶野は途中から蜘蛛の糸で綾取りをして遊んでいた。ちらりとこちらを見るが当然無視する。
説明すればする程に、アイツの異能が如何に強力か、そして自分の能力が他の二人に比べて圧倒的に弱々しく、汎用性もないことに気付かされて惨めさを痛感させられる。
「……分かったわ。それなら
俺の説明を聞き終わった鈴谷は、真剣な表情で言い切った。俺は無言でその続きを促す。
「大事なのは、その
鈴谷は、僅かであれ突破口を見つけたことに怜悧な笑みを浮かたる。
「それに、貴方がいればリアルタイムでその膜の動きが視える。有能な観測手よ。戦闘中、現在どんな動きを、形をしているのか、それが分かるのは明確なアドバンテージ。……あぁ、あの時は不可視の弾丸が式神の頭を吹き飛ばしたのね。貴方達に血飛沫が付かなかったのも、どういった原理なのか疑問には思っていたの」
どうやら、あの時の戦闘を見ていたらしい。斥候として突っ込ませたのだから当然か。
そして、俺も自らの能力がアイツを殺害するために必須である分かり、鈴谷と同様の笑みを浮かべる。
「ちなみにああいった人体を素体とした式神は、最大三体までなら使役できるわ。数が増えるほど、与えられる命令は簡素になってしまうけれど。ただ、式神に私の
あの時襲ってきた少女は、その鬼気迫る表情も相まってとても紛い物とは思えなかった。式神という存在自体は知っていても、そうだったとは気付けなかった。恐らくはアイツも。興味が無かっただけかもしれないが。式神は役目を終えると形代に戻る、という先入観もあったのかもしれない。
形代、そういえば。
「人体を素体に、と言っていたな」
「そうよ、通常のように紙形代ではなくて人体を
それが、あの無惨な遺体が残った理由。
鈴谷は、さも当然のことのように、寧ろ自信を持って語った。どのような経路を辿って入手しているのかは分からないが、真っ当なものではないだろう。
俺の中の倫理観が、僅かな嫌悪を覚える。しかし、そんなものは直ぐに打ち消した。死体を使っているから何だというのだ。倫理観など、アイツを殺すためには必要が無い。
俺は、捨てる。アイツを殺すために不必要な全てを。怒り、憎悪、殺意。俺の動かす原動力となるものは、負の感情だけでいい。
倫理観?
友情?
そんなもの、なんの役に立つというのだ。
アイツを殺せるなら、何だっていい。
俺自身、どうなっても構わない。例え壊れようが、死のうが、アイツをこの世から消せるのであれば。
蝶野は、最大の盾となり得る。
鈴谷は、最大の矛となり得る。
やはり俺自身の存在が霞むような気がするが、そんなコンプレックスめいたものも、必要のない感情だ。即座に切り捨てる。
この二つの駒を上手く使えば、確実とは言えずとも、アイツを殺せる可能性は十分に生じ得る。その為にも、具体的な作戦を練らなければならないだろう。しかし、今までにはなかった具体的なイメージに昏い感情が持ち上がる。
──今、俺はどんな表情を浮かべているのか。
鈴谷は、一歩
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