姫たる福音   作:ゆゆみみ

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第2話 殺意

 

「あっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ──!」

 

 俺は声にならない叫び声と共に目を覚ました。絶望のあの日、それは今になっても俺を(さいな)む。

いや、しかし、それでいい。あの日を忘れるな、あの絶望を忘れるな。

 

 ただ、その悪夢のせいで睡眠不足が続いているのは問題だった。己が目的を達成するためには、少なくとも肉体的には健康であるべきだからだ。

 ぐっすりと眠れたのは、睡眠薬を使った一度だけ。薬を使ったからだ。その辺の病院にに行っても、俺は相手にされない。大抵の事は自由だが、病院には圧がかけられているらしい。理由は知らない。

 

 だから、アイツに隠れて個人輸入サイトを使って入手したものだ。だが、それがアイツにバレない訳が無い。金の流れ、配達物、サイトの閲覧履歴、俺の捨てたゴミ。恐らく全て把握されている。

 悪夢を見ずにすっきりと目覚めた朝、目の雨にはアイツがいた。その手に、俺の買った薬を持っていて。

 そして、こんなの体に悪いでしょ、と言ってアイツに取り上げられた。乾いた笑いが出た。あの悪夢を作り上げた元凶が何を言うのか。

 

 直後、スマートフォンのアラームが鳴った。そんなもの意味が無いのに、一応設定しているもの。学生であれば、朝のアラームは必須だろう。だから、自分が普通の学生であると言い聞かせるために設定している。

 

 あぁ、なんて下らない。

 

 胸中の苛立ちのままにそれを掴んで壁に向かって叩きつけようと投げつけ──それは壁にぶつかる前に中空で止まり、ゆっくりと床に落ちて(下ろされて)いった。

 

 姫華がやったのだろう。室内に姿は無いが、こんなことが出来るのはアイツしかいないのだから。あの時、兄の頭は適当に、乱雑に、放り投げたというのに。

 

 俺以外の家族は全員首を切られて殺されていた。一人の例外もなく。鮮やかな()に染まった室内に転がってた頭部は、全員が苦悶の表情を浮かべていた。

 血の繋がった家族の命には何の関心も向けず、たかが俺の持ち物一つを丁重に扱う。その明確とも言える差にどうしようもない怒りを覚えた。

 

 あの悪夢の日から、五年が経っていた。俺は高校二年で、アイツは中学二年だ。

 アイツはあの悪夢から一年も経たずに、小学五年生という(よわい)やり遂げた(・・・・・)

 

 ──もう、おにいちゃんを害するモノは無いよ!

 

元気で、底抜けに明るい声。

 姫華は(あやかし)の残りの三柱を、いとも簡単に滅した。その敗残兵達も含めて

 多くの犠牲があった。この国の異能者のほぼ全て、それら多くの犠牲の下に、この世は平和になった──

 

 ──訳ではない。俺は知っている。

 

 全てアイツがやった。大妖だけでなく、その他も全て。人類に害をなす存在を無くしたとしても、少しでも力を持つ人間が残ることを危惧したのだろう。(あやかし)殲滅にかこつけて、アイツは他の人達を巻き込んだ。巻き込んで、全てを抹殺したした。一切の容赦なく、ただ俺のためという、ただそのひとつだけの理由で。

 各国の中枢は察しているはずだ。今の平和は、たった一人の少女によって(もたら)されたことを。しかし、そのことは公表されなかった。元々、現代の人々が妖の存在を知らなかったということもなる。

 しかし、各国のトップは恐れたのだ。味方すらも巻き込んで、たった一つの理由を知って。いや、恐らくアイツ自身が直接釘を刺したのだろう。

 

 (ようや)く世界に平和が訪れた。

 

 そして、それに寄与した少女の存在は秘匿され、アイツと俺という狭い世界に追いやることを選んだ。そうすれば、この平和は維持されるのだから。触らぬ神に祟りなし、ということだろう。

 

 平和を齎《もたら》した英雄? そんなものじゃない。

 

 ──邪悪。紛れもない邪悪だ。

 

 それ(鏖殺)は当たり前のことで、何も疑問に思うことなんてないと言わんばかりの天使(悪魔)のような笑みを浮かべて。しかしその内側は底無しの泥沼が広がっている。

 だってそうじゃないか。なんで、その場にいた味方たる異能者を殺す必要があった。全く不必要な犠牲じゃないか。それを知っていて、やった。何も疑問に思うことは無かったのだろう、躊躇なんてものもありはしなかっただろう、単に邪魔になるかもしれないからやった。アイツはそういう思考回路をしている存在(バケモノ)なのだ。

 

 そう、世界に真なる平和は訪れていない。

 巨大な邪悪が残っている。

 

 悪意には、鉄槌を。

 因果には、応報を。

 

 だから、俺がやる。俺が()らなければならない。だって、その罪の大元は自分自身にあるのだから。姫華が俺を愛した。だからこそ、アイツはその凶行をやりとげたよだから。

 しかし、結局のところ、背負った罪なんて大それたものではない。邪悪を討伐する、なんて大それたものではない。これはただの復讐だ。

 

 大好きな家族を奪われた、復讐。

 

 床に落ちたスマートフォンを拾い、小さく息を吐いて、机に立て掛けた金属バットを手に持って部屋を出る。

 

 リビングに行くと丁度姫華は朝食の準備を終えて、テーブルにそれを並べている所だった。無防備に、背中を向けている。俺は足音を立てないように気をつけながら、躊躇無く手に持ったバットを頭をかち割るよう振り下ろして──先程のスマートフォンと同じようにそれは届くことなく、濡れ羽色のロングヘアーの直前で不可視の壁に阻まれる。グミのようなクッション性のある物体叩いたかのような感触の後、バットは中心から音もなくへし折れた。

 

 絶望。

 一体何度目だろうか。

 

 力無くバットを床に落とすと、それは小刻みに振動して、やがて音もなく、圧倒的な水圧に襲われたかのように小さな鉄塊になるまで押しつぶされた。

 

「おはよう、お兄ちゃん。遊んでるなら顔洗ってきなよ」

「⋯⋯⋯⋯死ね」

 

 もう身支度も整えているのか、セーラー服に身を包んだ見た目(ガワ)だけの美少女は何事も無かったように微笑んだ。俺の怨嗟の声は、届くことは無い。

 

 けれど。

 けれど。

 けれど。

 

 コイツ()は。

 コイツ(姫華)だけは。

 

 殺す。

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