「……破壊?」
「そ、破壊」
蝶野の『再生』は分かりやすい。さっき見た通りだ。
鈴谷の『棒状の物体を刃物へと変えること』など、最早名前が説明してくれている。
アイツの『不可視の物体を操作する』も視える俺にとっては分かりやすい。透明な膜を使っているだけなのだから。
しかし、破壊とはなんだ?
言葉の示す範囲があまりに広すぎる。
「それだけじゃ分かんないよねぇ? だいじょーぶ、おねーさんがこれから説明してあげるからさ」
俺の心中を見透かしたかのように莇は楽しげに笑顔を浮かべた。実際、これから自分の能力を話すのは楽しいのだろう。自ら『最強』を名乗るほどなのだから。
「私の異能である『破壊』は、
「なら、その拳銃は?」
「異能において、大事なのはイメージなのさ。例えば鈴谷ちゃん。彼女は何でも切れる……と言うが、実際には違う。彼女が
確かに鈴谷は言っていた「形あるものなら切れる」と。裏を返せば「形のないものなら切れない」、つまり何でも切れるという訳では無いのか。
「私の能力は、定めた一つのものを破壊する。んで、あれを対象にしよう、というイメージを明確化するためにモデルガンを使ってるわけ。まぁ、別に何も無くてもいいんだけど……」
そう言って莇は再び足下の石を一つ拾って手の平に乗せる。俺の前にその手が差し出されるのと同時、それは突然真ん中で二つに割れた。
いや、割れたのでは無い。
莇の顔を見ると、彼女はにっこりと笑った。
「ね? でもモデルガンを使った方が対象を定めやすいんだよ。今は目の前に一個あるだけだからいいけど、距離が離れると色んなものが目に入るからさ」
しかし、それ程の能力ならば──。
「なんで大妖を殺さなかったのか、って思ってる? それはねぇ、相性の問題さ。私の能力にも弱点、っていうか制約があってね」
そう言って莇は肩を竦める。
「高さ三メートル、直径二メートルの円柱状。それが私の
莇は人差し指を顔の前でピンと上に伸ばした。その顔には苦笑いを浮かべている。
「対象に出来るのは一つだけ。つまり、範囲攻撃が出来ないってことださ。だから雑魚掃討戦でも大して役に立たない。然程大きくない中妖程度なら殺せるが、その程度ならそこら辺の異能者で対応できるからね」
名前のインパクトこそ強いが、思ったよりも制約があるらしい。今のところ、自分を最強だと称する部分が見えてこない。
「……それの何処が最強か、と思っただろう?」
俺は無言で頷く。制約内で発揮される力自体は強くとも、それを活かせる場面が無ければ意味がないのだから。
「私は、対妖戦においては役立たずなのは認めざるを得ない。……だが、どうだ? 高さ三メートル、直径二メートル、この範囲に確実に入るものがあるだろう?」
莇は、そこで一旦言葉を切った。その口端が吊り上がり、その目には昏い光が宿り始める。
「──そう、人間だよ。どんな体躯であれ、その範囲を超えることはまずありえない。つまり私は、
莇が自信満々に言い切って小首を傾げた瞬間、俺の顔に生暖かい飛沫がかかっと。頬を手の甲で拭うと、そこには赤黒いものが広がっていた。
続けて、何かが倒れる音。視線を横に向けると、俺の横に立っていたはずの蝶野が地面に倒れ伏していた。
その体を、中心から縦に真っ二つに切断された状態で。
「……もー! だから何でそういうことするんすか!」
しかし直ぐに蝶野の体は再生され、眉間に皺を寄せて抗議の声を上げながら起き上がった。
俺は再生の過程を見ていた。今回は蝶野の左半身の断面が泡立って右半身を形作るように広がり、彼女の体は、やはり服も含めて元通りになり、残った右半身は灰のようなものになって消えていった。切断された時には蝶野の服は血に濡れていたが、今は染み一つなく、何事もなかったかのように元へ戻っている。
「え、なに。めっちゃ見てくるじゃん。もしかして、私のこと好きになっちゃった系?」
じっと蝶野のことを見ていると何を勘違いしたのか両手を頬に当てて、くねくねと体を動かしていた。勘違いも甚だしい。
「蝶野。お前、どこまでその能力は通用するんだ?」
「え? どこまで? ちょっと待ってて? んー……」
俺の言葉を受けて、蝶野は目を閉じ、右のこめかみに右手の人差し指を当てた。
暫くして、その目がゆっくりと開かれる。
「基本全部? 外傷は勿論だし、毒とか呪術とかでも大丈夫。一度死ねば、全部回復した状態で復活! ……ん? そうなると『再生』っていうか『復活』とか『蘇生』、『限定的な時間遡行』とかのが正しいかも? あ、そうそう。体の内側から破壊されたら無理っぽい。異能がそう言ってる。……でも内側ってなに? 呪いとか毒で内蔵にダメージ受けても生き返るし全部無かったことになるし……。となると物理的破壊? ん? 体内から物理的に破壊されるってどゆこと? ……あー、あれか。エイリアンみたいなやつ? お腹からボーン! って何か出てくるとかだったら駄目なのかな。うえ、痛そ……。でも、寄生型の妖なんかとっくに絶滅してるし、
俺の質問に簡潔に答えた後に、はっと何かに気付いたかのように顎に手を当て、ぶつぶつと呟き始めた。その言葉は断片的にしか聞こえて来なかったが、どうやら自分の能力を完璧に理解している訳ではないようだ。
ただ、その中に一つ気になるフレーズがあった。
「異能が言ってる、ってどういうことだ?」
「……え? あ、そっか。ユータは、深く潜ったことないんだね。最初に異能を得た時の感覚ってアバウトじゃん? なんだろ、の中に深く入り込んでくイメージでぇ……。なんかこう、異能と対話する……的な? あ、でも別に異能が意思を持ってる訳でもなくてぇ……より深く知れるというか何というか……。んー! うん! そんな感じ!」
ぐっと握った拳を腕に振り上げ、にっこりと満面の笑みを浮かべる蝶野。しかし、そのあまりにも返答はあまりにも抽象的で、俺は溜め息を零した。
ただ、重要な情報ではある。深く潜れば、俺の能力の可能性が広がるかもしれないのだから。
アイツを殺すことが出来る可能性、が。
▽
私には、どうしても気になることが一つあった。
何故、飛んできたナイフが私の頬を掠めて傷を作ったのか。何故、自律防御が発動しなかったのか。
そんなことは今まで考えたことがなかった。そう、私の力は最強である故に、ただ思うままにそれを振るえば良かったのである。だから、能力を深く知ることを怠った。
だが、たかがナイフ一本だろうと私の防御を掻い潜ったからにはその原因を探らなければならない。
前にも考えた通り、そういった異能を持った人物だったのかもしれない。けれど、そうだと決めつけて思考停止するのは愚か者の所業だ。そして、私の勘もそうではないと言っている。
私に、隙があってはならない。
私は、賢くなければならない。
私は、万能でなければならない。
私は、最強でなければならなない。
だって、そうじゃないとお兄ちゃんを護れないから。
そして、お兄ちゃんが執着してくれなくなるから。
目を、瞑る。
意識を、精神の奥へ送り込む。
鎮座する異能の源へ、意識を繋ぐ。
私の異能の、詳細を探る。
正直に言って、私の異能は酷く大雑把だ。
質量を持った不可視の物体を自由に形を変えて使うだけ。攻撃に関しては能動的に使用しなければならないが、防御に関しては能動的に使わずとも、向けられた攻撃に対して自律展開されるものだと思っていた。
なのに、あの時は動かなかった。
だから、自律防御の発動条件を探る。
やはり、考えていた通りで単純だ。
しかし、それでは理由がわからない。確実に、私の異能が発動しなかった
故に、更に奥へと潜る。
発動条件に関する、もっと詳細な情報。或いは、読み取った情報から推測できるセキュリティホール。
心を巡る。最愛のお兄ちゃんの事を考えながら、思考を巡らせる。
巡って、巡って、巡って、巡って。
──辿り着いた。
発動条件の穴。
しかし、
この条件を潜り抜けられることなど、まず有り得ないからだ。
ただ、少なくとも、あのナイフを投げた人間の攻撃がもう私に届くことはない。もう、私の防御を突破することは出来ない。絶対に。
そして、その
「あはっ、あははははははははっ!」
愉悦に塗れた笑い声を上げる。
だって、そうでしょう?
「私を殺せるの、お兄ちゃんだけじゃん! お兄ちゃんなら、私を殺せるじゃん!」
そう、その条件を満たし得る可能性があるのは世界でたった一人。大好きなお兄ちゃんだけ。
けれど。
「でも、まだ無理だよね。今のお兄ちゃんじゃ。……ねぇ、おにいちゃん? 私を殺したいなら──」
愉悦と興奮。
息を荒らげて目の前のお兄ちゃんの幻影へ、甘く蕩けた表情で手を伸ばす。
「──もっと。もっと、もっと、もっと。もっともっともっともっともっと、姫華のこと、知って?」
幻影の輪郭をなぞる。
「だぁいすきだよ、おにいちゃぁん」
真っ暗な室内に、爛々とした瞳の灯火が揺れた。