「手、出して」
唐突な
「これ、あげる。私からのプレゼント」
そう言って莇は俺の手の平に何かを置いた。ずっしりと感じる重み。
「これは……」
「ジェリコ941。私の好きなアニメの主人公の銃さ。男の子だったらデザートイーグルに憧れるかもだけどさ。ただ、華奢な女の手にはちょっと大きすぎてねえ、ごめんね?」
そんな憧れは持っていなかったが、手の中の拳銃に目を落とす。それは日の光を浴びて重く黒い輝きを返したいた。実物を見るのはこれが初めてだったが、感じる重みや存在感が間違いなく本物であると示していた。
しかし、こんなものを俺に渡して何のつもりだというのか。
だって。
「アイツにこんなもの通用しないだろ」
死角からの
「ま、普通ならね。……ただ、これは普通の拳銃とは違う。外装は同じでも中身──
莇はズボンのポケットから一発の銃弾を取り出し、右手の人差し指と親指で縦に摘んで俺に見せた。何の変哲もない、ただの銃弾にしか見えない。これが一体なんだというのか。
「この銃弾には、私の能力を付与している。簡単に言えば、当てた対象に私の『破壊』の異能が発現する。他の異能者の力を借りて作った特別製だよ。それを二カートリッジ分、合計三十二発準備してる」
「君に戦う
肩を竦めて|愉しげに口許が歪む。苛立ちはしても反論は出来ない。何の才能がないことは自分が何よりも分かっている。
「……攻撃はまだしも、防御はどうするんだ?」
俺は訝しんだ視線を向ける。いくら攻撃に長けているからといって、防御が疎かでは太刀打ち出来ない。
それこそ、アイツを一撃で屠《ほふ》らない限り──
……嗚呼、俺は、
「あー、それね。さっきさ、私の能力は一体しか対象に取れないって言ったでしょ? それって生物の場合なの。非生物は制限無し。つまり、妹ちゃんがアレ──呼び名が色々ややこしいな、もう”ブツ”でいいや。ブツを散弾銃みたく使っても、さっき言った円柱の範囲内に入れば壊せるんだよね。目の前に展開すれば壁的な役割も果たすってワケ」
なんて、
「一度に一つしか対象は取れないんじゃなかったのか、って?」
なんで、
「ブツはブツ、例え分散していても元は同じ存在でしょ? なら対象は一つ換算。同時に二箇所に展開できないから、防御しつつ攻撃は無理だけどさ。……我ながら後付け設定臭いな。さっき説明しておけば良かった」
──無力《愚か》なのだろうか。
俺の口からは防御手段を問う言葉が出た。自然と。何の疑問を抱くこともなく。
俺は。
俺は。
俺は。
|当たり前のように他人の力を頼りにしたのだ《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
これは俺の復讐だというのに。
俺が成すべきことだというのに。
思わず舌打ちを零した俺に、莇は底意地の悪い笑みを浮かべていた。何処までも、愉しげに。
「……何だよ」
「いやぁ? 別にぃ?」
小首を傾げるその表情には明らかな嘲りが浮かんでいたが、俺は押し黙る他ない。返す言葉を持ち合わせてはいないのだから。
「さっきも言ったけどさ、自分の復讐に私達を利用しているって考えたらいいんじゃない? それなら別に他人の力を借りたって……」
それで言葉を切り、口端を吊り上げ弧を描く。
「ま、言われなくとも元よりそのつもりか。でも、おねーさんが戦力の大半を担っている現状を前に、これは自分の復讐なのに、とか思ってるわけだ。でも今更じゃない? 前回も攻撃の主体は鈴谷ちゃんだった訳だし? とはいえ、さすがに可哀想だから戦う
最後はねっとりとした声で、囁くように莇は言葉を紡いだ。お兄ちゃん、その呼び名は俺にとっては呪われたもの。忌むべきもの。唾棄すべきもの。
「黙れ」
「おお、怖い怖い」
俺が睨みつけると、莇は飄々とした様子で両手を挙げた。無論、そこに反省の色はなく小馬鹿にするような視線も笑みもなくなることはない。俺はこの短時間でコイツの人となりをよく理解した。いや、させられた、という方が正しいだろうか。
強大な
「真剣さが足りない、とでも言いたそうだね? ……正直、それはこっちの台詞なんだけどなぁ」
こちらの胸中を見透かしたような言葉。
「どういう意味だ」
「言葉の通りだけど?」
「俺が真剣じゃないっていうのか」
莇の言葉に怒りが込み上げてくる。俺の何処が真剣ではないというのか。俺の胸中には、アイツへの確かな殺意が渦巻いている。これは偽りのない気持ち。あの日から持ち続けている、俺の
「うーん、ちょっと言い方に語弊があるか。なんていうか……そうだねぇ。もっとさ、真摯に向き合おうよ」
「真摯? 何にだ?」
「アレを殺すことに対してに決まっているだろ。他に何があるっていうんだい?」
その言葉の意味を考える。
真摯に向き合う、というのはどういうことだ。
「えーっと、『真面目で、ひたむきなさま』だってさ」
莇は手に持っていたスマートフォンの画面を俺に向けた。ウェブブラウザに映っているのは検索サイトでの『真摯』の検索結果で、俺はその手を払い除ける。
「言葉の意味くらい知ってる」
「案外、普通に使ってても、ちゃんとした意味を知らない言葉ってあるでしょ? 自分で言っといてだけど、ちゃんと言いたいことと合っているか確かめたかったのさ。うんうん、真面目、ひたむ……ん? ひたむきってどんなだろ。ニュアンスは分かるけど……」
「そんなのどうだっていいだろ。で、言いたいことはなんなんだよ」
そう言って再びスマートフォンを操作し始めた莇に、俺は苛立ちを込めた声をぶつけた。
「さっきと同じで言葉通りの意味。よく分からないなら自分で考えなよ。自分の胸に手を当てて、さ。そんなんだから、いつまで経っても
半端者。出会い頭に言われた言葉。それは俺だけではなく、蝶野にも向けられていた。
今になっても、何をしたいのかが判然としない。
例えば鈴谷──脳裏を
それを指して、半端者、と呼ぶのかもしれない。
ならば、俺は?
俺は何故、半端者と呼ばれる。
何が『半端』なのか。
単に莇が、俺を苛立たせるためだけに言った可能性もある。そういう女であることは、この短時間でよく分かった。だが、きっとこれはそういったものではない。莇《あざみ》は何かを指して、俺の中の何かに対して、『半端者』と言っている。
──アイデンティティが迷子になっている。
莇の言葉が脳内で再生される。
俺の
俺は復讐者だ。家族を殺された復讐を目的とした男。それ以外には、なにも、ない。
「はいはーい。自分の世界に入るのは一旦ストップね」
パンパンと、目の前で手を打ち鳴らす音で、俺ははっと我に返った。目の前にあるのは首を僅かに横に傾けて、俺の顔を覗き込む莇の姿。目が合う。色素の薄いヘーゼルナッツ色の瞳は、俺の心の中を見透かしているようで、俺は視線を切った。
「そいじゃ、訓練始めよっか!」
莇は右手を腰に当て、左手をを真上に振り上げた溌溂とした声を上げた。
「訓練?」
「そ、訓練。少年は銃を撃ったことがあるのかい? 付け焼刃だろうと最低限の知識と経験がなければ話にならない」
俺は、片手に握った拳銃に視線を落とす。莇の言う通りだ。どんなに小さくとも、手に入れた俺の牙。頼りなくはあっても、この牙を以って、俺はアイツを殺す。
「二週間」
莇は、不敵な笑みとともにピースマークを形どった左手を俺の眼前へと降ろす。
「それがタイムリミット。少年を失ってアイツが茫然自失になって動けるようになるまで一週間はかかると思う。そして、私たちを見つけるまでが一週間。ただ、急ぐに越したことはないだろうね。だって……」
莇の口が徐々に弧を描いていく。
「──善良な一般市民が殺されるのは嫌だろう?」
その瞳には、ぼんやりとした