姫たる福音   作:ゆゆみみ

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第8話 蜘蛛

 

「あはは、だよねー⋯⋯。いきなり薬指はやっぱり攻めすぎか⋯⋯」

 

 俺の返答を受けて、名も知らぬ少女は腰を折ったままがっくりと肩を落とした。わざとらしいくらいに殊勝な態度で俺の手から指入りの銀箱を取ると木乃伊(みいら)をポケットへと戻す。

 自分の薬指を渡す行為にタイミングも何もない。コイツは、間違いなくあちら側(・・・・)の人間だ。ベクトルこそ違えど、その(うち)には得体の知れない狂気を内包している。

 

「⋯⋯お前、誰だよ」

「えっ、去年も今年も(ドー)クラなんだけど⋯⋯?」

 

 睨みつけるように正体を問いただすと、頭を上げた少女は目を見開く。その表情からは少なからずショックを受けていることが窺えた。

 しかし、同級生になど元々興味はなく、それに加えて今は周囲から避けられていて関わる機会などないのだ。クラスメイトの名前はおろか、顔さえもまともに把握していない。その必要性がない。

 

「でも、直接話すのは初めてだし自己紹介は必要だよね。蝶野(ちょうの) 咲依(さえ)でっす! 好きなものはユータ、趣味はグッズ(使用済み私物)集め、特技は姿と気配を消すことと、ユータに近づく色気づいた(メス)共への嫌がらせ! 以上!!」

 

 切り替えの早いタイプなのか、直ぐににっこりと笑顔を浮かべて右手を胸に当てながら、堂々と、朗々と、聞いてもいない自己紹介を行った。

 

 突っ込みどころが多すぎて、何処から触れればいいのか分からない。一先ず、どうやら学校で俺に近づいた人に何かが起きるのは、恐らくこの少女──蝶野の仕業であったことが推察できる。

 能力が可視化される以前は『万能な能力』と捉えていた故に、漠然とアイツが何かしているのだろうと思って半ばスルーしていたが、その仕組み(カラクリ)を考えてみれば、遠方かつ状況を目視することなく実行するのには無理があった。

 

 蓋を開けてみれば、この(ヤベー奴)がやっていたのだ。

 

「何が目的だ」

 

 折角目の前に姿を現してくれたのだからと、単刀直入に問いかける。

 何故、近くに潜んでいたのか。何故、何もしてこなかったのか。

 

「目的、って言われても……。えっと、好きな人がいるじゃん? そしたら、四六時中その人が何をしてるのか知りたいじゃん? ずっと見てたいじゃん? で、アタシは姿を消せる。いくら近くに居てもバレない。近くにいればグッズ取集も(はかど)る。そーゆーこと。……まぁ、最初は命じられたからだけど」

 

 最後はぼそぼそと呟いていて聞こえなかっが、話を聞く限りで俺の頭に思い浮かんだのはストーカーという言葉だった。言及はしていないが先程の歯ブラシの剣もある。つまり、俺の傍にいることそのものが蝶野の目的だということか。

 

「姿を消すことがお前の持っている能力なのか」

「んー、もっとすごいかな? んで、それは私の能力じゃなくって、この子(・・・)の能力ね」

 

 蝶野がそう言うなり、そのすぐ隣になにか(・・・)が姿を現す。蝶野の時のように(まばた)きする間の一瞬ではなく、周囲の風景に溶け込んでいたソレはゆっくりと本来の色と形を浮かび上がらせていった。

 

 巨大な、蜘蛛。

 

 その頭部は蝶野の腰の高さほどもあり、蝶野はペットに接するが如く表情を緩めて体毛の生えた頭部を撫で、蜘蛛はまるで気持ちよさそうに左右にゆらゆらを体を揺らしていた。

 そして、頭部前面に配置された四つの眼が俺へ向けられ、反射的に後ろへ下がる。

 

(あやかし)っ……!?」

 

 姿かたちこそ、ハエトリグモのような(おおよ)そ『蜘蛛』と言われて想像するスタンダードなものだが、その大きさと、鮮烈で禍々しさを覚える赤い体色は、自然のものではありえない。俺へ向けられた感情の見えない黒い四つの眼に緊張を覚え、身構えながらじりじりと後退していく。

 

「だいじょーぶだって! そんな怖がらなくても! この子は臆病で優しい子なんだから。ほらー、(くれない)ちゃんも大好きなユータに会えて嬉しいねー」

 

 ペットに接するような優しい声色は変わらず、蝶野が再び頭を撫でると、口の前に生えた二本の触肢の片方を、まるで手を振るかのように持ち上げて、こちらへ向けて左右に振っていた。蝶野(しか)り、その様子からは全く敵意と呼べるものは感じ取れない。

 少し体の力が抜けると、頬を汗がつたっていった。かなり緊張していたらしい。当たり前だ、俺の異能(チカラ)は戦闘には全く役立たないのだから。

 

 こういった状況を考えると、学校とはいえアイツが俺から離れることに疑問を感じなくもないが、そのために(あやかし)や他の異能者共々殺したのだから安心、或いは油断している部分もあるのかもしれない。

 実際、ごく稀に仇討ちやら何処かの刺客やらが来ても、それはアイツに対して向けられるものだ。そして、それらは全て鎧袖一触で処理されている。その圧倒的強さが響いてか、当初こそ何度かあった襲撃も、最早数えるほどしかない。

 

 つまり、俺の近く、それも物理的な意味で直ぐ傍にいて、尚且つ俺を目的としている蝶野は紛れもなくイレギュラーなのだろう。

 しかし、アイツに感知されないのもそうだが、そもそも俺の家、それも部屋の中にまでどうやって入っているのか、そしてどうやって出ているのかが分からない。姿や気配を消すだけで、出来るものなのだろうか。

 

「ふふん、この子のチカラ知りたいでしょー? あ、ちなみに名前は(くれない)ね! アタシが付けたの!」

 

 そんな俺の考えを読んだかのように蝶野は不敵な笑みを浮かべた。名前などどうでもいいが。

 

「この子が持っているのは、隠形(おんぎょう)。でも、単に姿を消すわけじゃないよー? 存在している次元そのものをずらす(・・・)。んー、正確には次元じゃないかな? 同じ絵の中だけどレイヤーが違う、っていうのが正しいかも? まぁ、要するに、姿を消している間、アタシも(くれない)ちゃんもこの世界に存在しない(・・・・・)の。消えているアタシはいないのと同じ。だから、壁だってすり抜けられちゃう!」

 

 得意げに向けられたピースマーク。

 

「このチカラ、融通(ゆーずー)の利き方がエグいんだよねー。限定的な解除。例えばこうやって片腕だけ消したりー」

 

 ピースマークが消える。

 いや、手だけではなく肩から先が丸ごとなくなっている。

 

「透明なまま触れたりー」

 

 蝶野が二歩ほど前に出る。

 左頬を、何かが撫でた。撫でるだけでなく(つね)っているようで頬に僅かな痛みを覚える。

 

「逆に、見える状態で触れなかったりー」

 

 再び右腕を可視化させた蝶野は俺の肩を叩こうとして、その手は何の感触もなく俺の体内へと吸い込まれた。視線を落とすと、右の手首から先が俺の心臓の辺りから生えている、というなかなか衝撃的な光景がそこにはあった。

 

「……このまま右手を実体化させたらどうなるんだ?」

「……え、なにそれ。発想がエグすぎ。やりたくない」

 

 俺のちょっとした呟きに蝶野は右手を胸から急いで抜き、非難するような目を向けてきた。正直、蝶野(ストーカー)にそんな事を言われる筋合いはない。

 

「あ、ちなみに今はユータの前でだけ実体化……というか姿を見せてる状態ね。だから(はた)から見たらユータは一人芝居を演じる変人、ってワケ。妹ちゃんでも分かんないと思うよ。だって、存在している場所が違うんだから。実際、今までバレてないしねー」

 

 くすくすと、楽しそうに蝶野は笑みを漏らした。

 

「それがその蜘蛛の能力だとして、それを使役するのがお前の異能か?」

「その蜘蛛じゃなくて(くれない)だし、お前じゃなくて蝶野だから! ……えっと、それはアタシの家自体が代々受け継いでるもので、固有のものじゃないの。私と(くれない)ちゃんは小さい頃から一緒に過ごしてて、文字通りの一蓮托生。片方が死ねばもう片方も死ぬ。命が繋がってるからこそ私はこの子のチカラを使える、って感じ」

 

 こちらが一を聞けば、それ以上の情報が帰ってくる。情報過多ではあるが、蝶野の使う『隠形』が有用な能力であるのは確かだ。

 何よりも、その存在をアイツが感知していないというのが大きい。蝶野の言葉を信じるなら、例え感知しても消えさえすれば攻撃も通じない。攻撃性こそないが、防御性能、回避性能は一級品といえるだろう。

 

 そんなことを考えながら視線を向けると、(くれない)とやらが出したと思われる白い糸で蝶野はあやとりをして無邪気に遊んでいた。やはり蜘蛛、糸を出すことも出来るらしい。

 

「蜘蛛の使役が異能でないなら、蝶野の異能はなんなんだ?」

「んー? それは秘密! その方がミステリアスでしょ?」

 

 そう言って、横に傾けたピースマークを目に当てる。自身の能力の開示はしない、隠形については細かく話した故に一切の情報を開示しないことには違和感を覚える。だが、そこは敢えて追求しなかった。

 

 蝶野の、正しくは蜘蛛の能力は絶対的なアドバンテージになる。蝶野が本気で俺の事を好きなのかは、まだ分からない。けれど、俺は妹を殺すためならなんだってする。なんだって利用する。

 

「付き合うのは無理だけど、まずは友達から、ってことでどうだ?」

 

 俺は蝶野に向けて片手を差し出す。

 

「えっ、いいの! マジ!? やったー! これから宜しくね、ユータ!」

 

 蝶野は俺の手と顔に何度も忙しなく視線を移動させてから、キラキラと目を輝かせて両手で俺の手を包んで、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。跳ねる度に肩までの長さのポニーテールがまるで犬の尾のように揺れた。

 

 対する俺の笑みは、何処までも歪んでいた。

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