「ユータと友達……これで関係性がステップアップ。この調子でいけば恋人だって……そしたら、くひひひっ……」
先程までの喜びようとは打って変わって、蝶野は見開いた目をこちらに向けて何やらぶつぶつと呟いていた。見開いているのにも関わらず、その目は光を帯びておらず光を失い淀みを帯びていることから
「あ、そうだ! 友達になった記念!」
瞳の中の淀みが消えたかと思いきや、今度はキラキラとした目を俺の方へと向けた。次いで、その視線は広げた自身の両手へと落ちる。
「えーと、どれだろ、左手の親指かな。困難を達成する、っていうし。あっ、でも親指ないと物を掴めなくなるから困るか……。んー……そうだ! 左手の小指でもいーい? 確か願望達成とかなんだよね。親指よりも弱いけど……。──
再び小声で呟やき始めるが、その物騒すぎる内容は俺の耳へと届いていた。こちらへ問いかけつつも勝手に話を進め、名を呼ばれた大蜘蛛はその鋭い牙をシャキシャキと動かして──
「やめろっ!」
「えっ、どしたん?」
取り返しのつかない事になる前に蝶野へと駆け寄り、その肩を掴んで大蜘蛛から引き剥がす。俺の行動が理解できないのか、蝶野も大蜘蛛も不思議そうに首──蜘蛛に首があるかは分からないが──を傾げていた。
「指は要らない! どういう思考回路してんだよ、クソっ……」
「えっ? 指って大事なモノじゃん? しかも、それぞれにちゃんと意味があるし。だから、大切な人に持っててもらいたくない?」
「大事なモノっていう自覚があるなら、もっと大切にしてくれ……。じゃあ、俺がもし指を千切ってお前にやるって言ったら喜んで受け取るのか?」
「だだだだだだダメだよ! ゆゆゆゆゆゆユータの大切な体なんだからっっ!」
俺の言葉を受けて、蝶野はこれ以上はないと言うほどに慌てて顔を激しく左右に振る。己は
「……
最早、そういうタイプ、と思うことにして思考を放棄した。俺は別段この蝶野という少女そのものに興味がある訳では無いのだから。
「それでも友達になってくれるの……? 何も対価は必要ないの……? お友達料とか……」
対価。
普通友人関係になるのにそんなものは必要ないだろう。しかし、蝶野は今にも泣き出しそうに眉根を下げていた。恐らく、今までまともに友達付き合いをしたことがないのだろう。だからといって、平気で自分の指を渡そうとする思考は全く理解できない。お友達料とやらも理解できない。コイツの全てが俺の理解を超えている。
「……それなら、アイツを殺すのを手伝え」
もしも第三者がいるなら、と考えていた。行動からこちらに敵意がないことは想像できたから。友達を作るのに対価を求めるということであれば、それを利用する。
正直に言ってしまえば、俺に力はない。悔しいが、単独ではどうしようもない。使える駒は増やしておくに越したことはない。
「妹ちゃんのことだよね。もちろん! アタシに出来ることなら何だってするよ!」
元気の良い返事と共に任せろと言わんばかりに軽く握った拳で胸の中心をとんっ、と叩く。
己の
「…………むー、折角の出会いなのに、空気の読めないヤツが来た」
突然、蝶野が俺の背後へと視線を向け、忌々しげな表情を浮かべると、舌打ちと共に近くの木へと移動していく。その行動に疑問符を浮かべて後ろを振り向くと、一人の少女が此方に歩いてくるのが見えた。
緩くウェーブがかったミルクティー色のボブカットに、この学校ではない赤いリボンのセーラー服。少女は真っ直ぐに俺の目の前まで来ると、右手で己の髪を軽く払った。
「こんにちは。キミ、アイツのお兄さんなんだってね。あの化け物の」
仏頂面を浮かべたその出で立ちに何処か既視感を覚えて記憶を探り、程なくして先日アイツに襲いかかって頭を弾き飛ばされた少女であることに気づいた。
「お前……」
「あら、覚えてるのね。先日はどうも」
片手を腰に当てて、不機嫌そうな表情を浮かべる姿。その言葉もあって確信を得たが、頭の半分から上を失ったというのに生きているのは有り得ず、驚愕に目を丸くする。
「この前のは式神よ。式神っていっても人体を素体にしてるから、死体は残る。何か得られるものがあればって思って放ってみたものの、成果としては何一つ得られなかったけれど」
その声には自嘲が滲んでいた。それはそうだろう、近づく前に一撃で処理されたのだ。戦いにすらなっていない。そうして、ふとあの時の言葉が蘇った。
「兄様の仇、とか言ってたよな」
「……そうよ。私の兄様は、アイツに殺された。私もその場にいたわ。──
その時の事を思い返しているのか、少女は斜め上の空へと視線を向けていた。俺は無言で続きを促す。
「そこにいたのは、一人の少女だったわ。幼く可憐な少女。その真横には、彼女と同じくらいの大きさの物体が転がっていた。彼女がその物体に生えた
きっと、その鬼は苦悶の表情を浮かべていただろう。首を切り飛ばされた祖父の姿が脳裏を過ぎる。祖父は決して褒められる存在ではなかった。けれど、あのように殺されていいほどではなかった。祖母は、父は、母は……そして兄は、殺されるようなことなど何もしていなかった。気がつけば、奥歯を強く噛み締めていた。
「あまりに想定外の事態に誰もが息を呑んだわ。そして、今回の陣頭指揮を執るはずだった九条家の
俺の知らなかった惨劇が語られる。きっと、その時のアイツには特に何の感情もなく、ただ作業として行っていたことは容易に想像がつく。邪魔だから。俺にとって害をなす存在となりうるから。ただ、それだけの理由。
「兄様は私を逃がすために逃げずに立ち向かったの。私は走って、走って……振り向いた時に見たのは、首が落ちる兄様の後ろ姿だった」
その時の光景を思い出したのか、強く噛んだ下唇から血の線が垂れている。コイツも、肉親を目の前で惨殺された被害者だったのか。
「聞いたわ、キミはあの化け物を殺したいのでしょう? 私も、兄様の仇を討ちたい」
「……誰に聞いた」
「黒髪で紫のインナーが入った女。名前は知らない」
記憶を漁ってみても該当する人物はいない。俺と
「目的が同じなら、手を組んだ方が良いに決まってるわ。私は
鈴谷と名乗る少女は俺に右手を差し出す。その瞳にはアイツへの怒りと、憎しみと、目的の為なら手段を選ばない冷徹さが浮かんでいる。
「俺は、アイツを殺す。その為なら、協力は惜しまない」
俺はその手を躊躇無く握り返す。年頃の少女とは思えない手の平の硬さと、無数の
嗚呼、そうだとも。
絶対に、殺してやる。
「え、待って。
蝶野は目の前で起きた