PREY @ PREY -Daddies Displayed Drawings- 作:砂漠谷
そもそもHUNTEEってなんだよ(疑問)という根本的なツッコミどころから、マサドル=ディーゴはディーゴの方が姓なことなどの設定不注意、旧作主人公の迷走っぷりで物語の手綱を掴み切ることができませんでした。
一応、本作はエンディングまでの大雑把な道のりは決まっております。
就活中の筆者の息抜きを主目的とした作品ですので、投稿頻度を気にする方にはおすすめいたしません。
よろしくお願いいたします。
母たちの朝は忙しい。
薄桃色の光が、母のオーラから放たれ、一日が始まる。
母は、具現化した念の手、『
それぞれの手には十二色のネイルが塗られ、母のどの人格がどの手を操作しているか分かる。
白く短いネイルのエリカは、本物の腕で僕を抱いて乳を含ませ、念の手で毛布をかけている。
紫のネイルのジュンは、山で狩ってきた兎を血抜きし、捌き、ぐつぐつと湯だつ鍋に放り込んでいる。
緑のネイルのセラは、木の皮をその手とオーラで解して、寝間着の材料にするための綿のような繊維を作っている。
僕を見つめる瞳の色はころころと代わり続け、母たちは僕が母乳をこくこくと飲んでいるのを眺めていた。
――それが、僕にとっての日常だった。
念、オーラ、などという言葉を母は使わなかった。だが、それとは別の理由で、僕はこの世界の"原作"を知った。
東ゴルトー共和国の支配者、マサドル=ディーゴ。その写真が、丸太小屋の神棚じみた場所に置いてあったからだ。
念能力。ハンター協会。幻影旅団。キメラ=アント。
生まれる前、すなわち前世で読みふけっていた記憶が、僕にはあった。
母はあまり、昔のことを話さない。唯一語るといえば、「あなたの本当の名は、クレオス=テオゴンではなく、クレオス=ディーゴなのだ」という話。
それだけで、僕の出生と、山で隠れて暮らしている理由について、およそ察してしまった。
継承権争いに、後ろ盾のない妾が名乗ってしまい、命を狙われて逃げてきた。
そういう事情でもあったのではないか、と結論付けた。
ともあれ、そんな事情をなんとかできる力もない。
僕ができることは、母の乳を飲み、健やかに育ち、母の代わりに土兎を狩れるように、肉体とオーラを鍛えることくらいだ。
そうして、僕が転生してから、三年が過ぎた。
身長はようやく1メートルを越える。土兎はまだ狩れないが、外に出て、食べられる虫を漁ることは出来る。
暗い土色の体表にシダを纏う擬態能力を持つ土兎は、オーラを発現したばかりの僕では捕らえることはできなかった。
少しは母のためになっていればよいが。そう思いつつ。
「ね、クレオス! クレオス! 外の世界の話をしてよ!」
「ココ母さん、またですか……いいですよ。じゃあ、今度は別の世界の話。人間の中に妖怪が潜んでいる世界の話です。ある日、人間に化けた狐が中学校に転校してきました」
「がっこう? なにそれ、おもしろそう!」
彼女はココ。母の中でいちばん幼い人格。瞳が桃色に変わっているのを確認しなくても、その声色ですぐ分かる。
彼女は、僕がこの世界の言葉を覚えてから、よく話し相手になってくれた。精神年齢の高さから前世の記憶が露見しても、彼女は僕の記憶から語られる話題に驚き、喜び、興味を示してくれた。
ココ母さんに続くように、他の母の人格も、僕の前世を受容してくれた。
「驚いたけど、とても素敵な世界の記憶ね」とは、記憶管理担当のアヤ母さんの言葉だ。
転生してようやく気がついた。平凡だと思っていた世界は、とてもカラフルだったのだと。
少し前に乳離れをして、土兎の肉や、少し苦手だが栄養価のある虫など調理して食べるようになった。
母は僕が食事をするのを笑顔で眺めながら食卓に座っていた。
僕の器には、肉と根菜が。母の器には、ぶつ切りにされて煮られた虫がいくつかあるだけだった。
「母さんたち。あんまり食べてないよね?」
調理担当のジュン母さんが返事をする。
「いいや、味見をしすぎてお腹がいっぱいだったんだ。心配しないで、たくさん食べな」
じっとこちらを見つめられる。母の器をもう一度見ようとしたが、頭を撫でられて眠くなる。次に目を開いたら、朝日が扉から差し込んでいた。食卓の器は片付けられていた。
半年ほど後、山が目に見えて痩せてきた。木や土だけではない。兎も少なくなっている。
シダを食み、糞で山を肥やす土兎が、僕らとは違う何者かによって乱獲されているようだ。罠を仕掛けても兎がかからない日が増えてきた。僕らのものとは違う、鉄製の罠を見つけた時もあった。
そして軍靴の足跡を見つけた日、母さんは引っ越しを決意した。
当然、イチから小屋を建てなければならない。見つからないように、土兎がまだ棲んでいる、より山の奥に。
大きな木を斧で伐り倒すのは母さんがやり、僕は枝葉を鉈で切り落とす。
そうして木を積み上げ、穴を開け、丸太小屋を作り上げていく。ガラスがないため窓はないが、煙突はある。
綺麗好きな人格、レイ母さんが最後に小屋の中で念を"発"する。それだけで、虫が小屋から弾き出され、一匹もいなくなった。
オーラを使った土木作業で疲弊した母が熟睡するため、床板を磨き、ぼろぼろになった虎の毛皮――かつて母が狩ったのだという――を敷いて布団を被せ、寝かせた。
虎の毛皮に包まれる母は、毛皮より小さく見えた。今でも、この獣を狩れる力はあるのか。
この日常が、永遠に続くわけではないのだと。そう感じてしまう引っ越しだった。
その日から、母をより支えられるように、念の修行を本格化させた。
母は天才だ。ただし独覚の。「纏」「絶」、そして「発」すら、誰に教わることなく発明をした。多重人格による多面的な内観ゆえだろうか。
だが、一つ気になることがあった。
「母さん、"練"って知ってる? こう、オーラをぶわって出して力を強くする方法なんだけど」
ジュン母さんはそれに疑問を呈する。
「貴重な生命力を、揮発しやすい素の状態でわざわざ体外に出すのは、エネルギーの無駄じゃないか? そんなことをして何になる。試してみたが、体の内側で生命力を励起した方が効率的だ」
その合理性に納得しそうになった。
しかし、少なくとも"原作"において、それは主流の方法ではない。主流の方法ではないということは、メリットよりデメリットのほうが大きいということ。
少量のオーラだけを使うのであれば、母の言う手法が確かに高効率だ。
だが、それでは身体の容積にオーラを詰め込まなければならず、使用できるオーラ量に限界がある。
結果として、母は、オーラ効率は非常に高いが、潜在・顕在オーラ量が高くはないという状態になっていた。
それならば、オーラ量による身体能力は、きっと僕の役目だ。
オーラ効率に関しては母に学びつつも、原作の修行法などでオーラ量と出力を鍛えつづけ、身体能力の強化率を高めていく。
素の身体能力に関しても、本格的な重量トレーニングはしていないが、飛んだり跳ねたり、ぶら下がったり走ったり、といった幼児として自然な運動は意識して行った。
母が起きている間だけ、修行を見守ってくれた。受け身などを教えてもらうこともあった。
最近は寝ている時間が増えている。それが少し、将来への不安を感じさせた。
翌年の誕生日に、母からは手製のマフラーを貰った。
何か返したいと思い、思いついたのは土兎を生け捕りすること。餌付けすれば母の念で操作できる。家畜化も、もしかすると可能かもしれない。
この日のために、一ヶ月ほど試行錯誤して「円」を身につけた。半径は
そう思っていた。野生生物を舐めていた。
まず、円を維持しながら歩き回るのが大変である。それ以上に、土や根の起伏に紛れた兎の起伏を「円」で見つけ切るほど、僕の感知精度は高くなかった。
何度か発見して捕まえようとしたものの、ダニかゴキブリのような瞬発力で、生け捕りどころか狩ることもできなかった。
そもそも母の狩りで念の脅威を学んでいるここいらの土兎である。現状の実力で狩ることは無理だと悟った。
五歳になった。体の年齢は平均的な八歳男児ほどの大きさ。発育は優れていた。
だが最近、母が日中も夜も、かなり長い時間寝ている。起きているときにも、具現化された念の手は二組から三組が限界になっているようだ。
うたた寝して、涙を流す母。瞳の色は桃色――ココ母さん。彼女は良く笑い、良く泣くため、消費カロリーも多く、表に現れる頻度は最近減っていた。
「クレオス……おかあさんなのに泣いちゃって、ごめんね」
「大丈夫。ココ母さんの光は暖かくて、僕、大好きだよ。ゆっくり休んで。元気になってまた会おうね」
それきり、ココ母さんが表に出ることは更に減った。今では月に一度か二度しか現れない。
小屋の近辺は、切り株が増え、赤土が雨でむき出しになり、腐葉土の湿った茶色はまばらになり、木漏れ日は直射日光に変わっていく。
山が明らかに痩せていた。軍人ではなく、それなりの数の民間人が山に踏み入っているようで、雑な狩り方で兎を乱獲し、木を伐り倒している。
だが、再度引っ越しをする体力的余裕は、もはやなかった。
母のための栄養が、足りなくなってきた。昆虫の類は念能力を用いて除毒しないと、とてもではないが食べられないし、除毒にも体力を使う。それがいらない土兎など、ほとんど見かけなくなった。
そのために、あまり表に出てこないノア母さんの念能力で、食事を摂らなくていい冬眠状態に入っている。
母が街に出ることはできない。おそらくだが、不敬罪で逃亡犯。顔がバレたら即座に捕まってしまうだろうから。
そのために、僕がいる。
念能力者の子は念能力者。母に愛され、その念を一心に受けて育ち、鍛え続けてきた僕だ。
きっと、母に食料を持って帰れるはず。
あの頃はできなかった土兎の狩り。今ではなんとかできるようになった。
血眼で探した一匹の土兎、その干し肉を木の葉に包み、母の側においておく。
目が醒めた時に、空腹に苦しまないように。そう祈りつつ。
「クレオス、無事に帰ってきてね」
ナオ母さんが、色のない虹彩で僕を見つめる。横たわりながら、浮遊する一つの念の手で、力なく僕の頭を撫でる。
その瞳孔は揺れていた。踵を返し、振り返らない。振り返ると、母の胸に戻りたくなってしまうから。
生まれ育った山を、一歩、踏み出した。
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