アイドル至上主義の教室へ   作:EXTERMINATION

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第1話 アイドル特別試験

高度育成高等学校の二年生たちにとって、

その日の朝はいつも通りに始まるはずだった。

 

教室にはまだ眠たげな顔をした生徒がちらほらと座り、

須藤は机に突っ伏し、池は朝からどうでもいい話で山内不在の空白を埋めようとし、

軽井沢は友人と雑談を交わしながらも、どこか面倒くさそうに携帯を眺めていた。

 

堀北鈴音はいつものように背筋を伸ばし、

授業開始前の静かな時間を利用してノートを開いていたが、

その表情にはわずかな警戒があった。

 

この学校において、何も起きない朝ほど信用できないものはない。

 

そして、その直感は正しかった。

 

チャイムが鳴り、担任である茶柱佐枝が教室へ入ってくると、

彼女はいつものように気だるげな表情で教卓に立った。

 

「今日は通常授業の前に、学校側から新たな特別試験の説明がある」

 

その一言だけで、教室の空気は一瞬にして変わった。

 

須藤が顔を上げ、池が口を半開きにし、

軽井沢の指が携帯の画面上で止まる。

 

堀北は静かにペンを置いた。

 

「また特別試験かよ……」

「今度は何をやらされるんだ?」

 

ざわめきが広がる中、茶柱は教卓の端末を操作し、

黒板上部のモニターへ資料を映し出した。

 

そこに表示された文字を見た瞬間、教室全体が沈黙した。

 

『アイドル特別試験』

 

誰もが、一度は自分の目を疑った。

 

須藤は瞬きを繰り返した。

池は笑おうとして失敗した。

軽井沢は完全に固まった。

堀北は、ほんのわずかに眉をひそめた。

 

「……先生」

 

堀北が静かに手を挙げる。

 

「質問を許可する」

「これは何かの誤表示ですか?」

「違う」

 

茶柱は即答した。

 

「今回の特別試験の正式名称は、アイドル特別試験だ」

 

再び沈黙が落ちた。

 

その沈黙は、重いというより、全員が現実の処理に失敗している種類のものだった。

 

「試験内容は極めて単純だ。4クラスそれぞれが三名の女子生徒を選抜し、

二週間後に校内ホールでライブパフォーマンスを行う。

審査は生徒、教師、外部関係者による総合評価で行われ、

一位のクラスにはクラスポイント+200、二位には+150、

三位には+100、四位には+50が与えられる」

 

「いやいやいやいや!」

 

池が立ち上がった。

 

「なんですかそれ!アイドルってあのアイドルですか!?

歌って踊って笑顔振りまくやつですか!?」

「それ以外に何がある」

 

茶柱は冷たく返した。

 

「いや、ある意味で何も間違ってないけど、間違ってるだろ!」

 

須藤が頭を抱える。

 

「俺たち、何の学校に通ってんだよ……」

「高度育成高等学校だ」

 

茶柱は淡々と答えた。

 

「社会に出れば、学力や身体能力だけでは評価されない。

人を惹きつける力、場を支配する力、

短期間で未経験分野に適応する力もまた、実力の一つだ」

 

その説明は、妙にもっともらしかった。

もっともらしかったせいで、誰もすぐには反論できなかった。

 

堀北だけは冷静に言葉を返す。

 

「つまり、今回問われるのは人気や表現力、集団への訴求力ということですか」

「そう考えていい」

「……理解はしました」

 

堀北は静かに頷いた。

 

「ですが、私は出ません」

 

早かった。

あまりにも早い拒否だった。

 

茶柱が目を細める。

 

「まだ候補者すら発表していないが」

「この流れで嫌な予感しかしません」

 

堀北は断言した。

 

「私はクラスのためなら努力はします。

ですが、アイドルとして歌って踊るという行為が、このクラスの最善手とは思えません」

「鈴音、それは逃げてんのか?」

 

須藤が思わず口を挟む。

 

「黙りなさい。あなたに言われる筋合いはないわ」

「いや、でも鈴音がアイドルってちょっと面白――」

 

須藤は言い切る前に、堀北の視線で黙った。

 

茶柱は資料を一枚進める。

 

「学校側による事前適性評価の結果、

各クラスから候補者が数名選出されている。

最終決定はクラスに委ねられるが、

基本的にはこの候補者から三名を選ぶことが推奨される」

 

教室に緊張が走る。

画面が切り替わった。

 

そこに表示された名前は三つ。

 

堀北鈴音。

軽井沢恵。

櫛田桔梗。

 

空気が爆発した。

 

「おおおおお!」

「軽井沢は分かる!」

「櫛田も分かる!」

「堀北!?」

「堀北がアイドル!?」

「いや美人ではあるけど!」

「笑顔が想像できねぇ!」

「殺されるぞ!」

 

堀北のこめかみに、目に見えない青筋が浮かんだ気がした。

軽井沢は椅子から半分ずり落ちそうになっていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!なんであたしまで!?」

「軽井沢はまだ分かるだろ」

 

池が言う。

 

「分かるって何よ!」

「いや、なんかこう、見た目とか雰囲気とか」

「雑すぎ!」

 

櫛田は困ったように微笑んでいたが、その笑顔の奥に明らかな動揺があった。

 

「えっと……私も、急に言われても……」

 

堀北は静かに立ち上がった。

 

「先生。私は正式に辞退を申し出ます」

「理由は?」

「適性がないからです」

「学校側はあると判断している」

「判断が間違っています」

「ずいぶん強気だな」

「事実です」

 

そのやり取りを、オレ――綾小路清隆は自席から眺めていた。

 

アイドル特別試験。

 

名前だけを聞けば冗談のような試験だが、配点は決して軽くない。

 

一位と四位の差は150ポイント。

 

今後のクラス争いを考えれば、笑って流せる数字ではなかった。

そして何より、この試験は単なる人気投票ではない。

短期間で未経験の課題に適応し、

個人の魅力を演出し、観客の心理を動かす必要がある。

学力や身体能力のように数値化しやすい能力ではなく、

もっと曖昧で、もっと厄介な能力が問われる。

 

だからこそ、面白い試験でもあった。

 

「綾小路くん」

 

堀北がオレを睨む。

 

「あなた、何か言いなさい」

「何をだ」

「この人選についてよ」

 

オレは画面に表示された三名を見た。

 

堀北、軽井沢、櫛田。

 

バランスは悪くない。

堀北は見た目と能力値が高いが、愛想が壊滅的。

軽井沢は人前での振る舞いや空気の読み方に優れる。

櫛田は対人用の笑顔と親しみやすさに関してはトップクラス。

組み合わせとしてはかなり強い。

 

問題は本人たちのやる気だけだ。

 

「適性だけで言えば、妥当だと思う」

 

オレがそう言うと、堀北の目がさらに細くなった。

 

「あなたまで何を言っているの?」

「歌とダンスは練習で補える。表情や立ち振る舞いも同じだ。

むしろ二週間という短期戦なら、最初から完成されている人間より、

成長幅を見せられる人間の方が有利になる可能性もある」

「つまり私にやれと?」

「クラスの利益を考えればな」

「あなたも出ればいいじゃない」

「男子は出場不可だ」

「残念ね」

 

まったく残念そうではなかった。

むしろ、オレを舞台へ引きずり出せないことを本気で惜しんでいるような目だった。

 

茶柱が説明を続ける。

 

「なお、衣装、楽曲、振付、演出については各クラスの自由とする。

プロデューサー役を置くことも認められる。

外部からの指導は禁止だが、校内の生徒および教員の協力は可とする」

 

その瞬間、何人かの視線がオレに向いた。

 

なぜか分からないが、嫌な予感がした。

 

「綾小路くんがプロデューサーやればいいんじゃない?」

 

軽井沢が半笑いで言った。

 

「ちょっと、勝手に決めないで」

 

堀北が即座に反応する。

 

「でもさ、こういうわけ分かんない試験って、綾小路くんが考えた方が勝てそうじゃん」

 

軽井沢の言葉に、何人かが頷いた。

 

「確かに」

「綾小路ならなんかやりそう」

「いつも何考えてるか分からんし」

 

評価されているのか、怪しまれているのか判断に困る。

 

「オレはアイドルに詳しくない」

 

そう言うと、軽井沢は肩をすくめた。

 

「そこは勉強すれば?」

「二週間しかないぞ」

「アンタなら二日で変な方向に極めそう」

 

否定しようと思ったが、完全には否定できなかった。

 

堀北は腕を組む。

 

「私はまだ了承していないわ」

「堀北」

 

オレは彼女を見る。

 

「何よ」

 

「この試験で四位でも50ポイントは入る。だが一位なら200だ。

上位との差を詰める機会としては悪くない」

「それは分かっているわ」

「なら、勝つために最も適した手を選ぶべきだ」

「だからといって私がアイドルになる理由にはならない」

「ある」

「ないわ」

「ある」

「ない」

 

教室全体が妙な空気になった。

 

オレと堀北のやり取りを、軽井沢が呆れた顔で見ている。

櫛田は苦笑している。

須藤はなぜか少し楽しそうだった。

 

オレは少し考えた。

 

堀北を納得させるには、合理的な説明だけでは足りない。

彼女は理屈で理解していても、感情で拒絶している。

ならば、少し別の角度から押す必要がある。

 

「堀北」

「何」

「アイドルは若さだけで決まるものではない」

「当然でしょうね」

「だが、一般的なイメージとしては年齢による印象差もある」

「……何が言いたいの?」

「まあ、年齢的にもギリギリだな」

 

次の瞬間だった。

堀北が無言で距離を詰めた。

 

速かった。

 

教室にいた誰もが反応する前に、彼女の拳がオレの腹部へめり込んだ。

 

「ぐふっ」

 

空気が抜けた。

机に手をつく。

 

教室が一瞬静まり返り、その後、須藤が吹き出した。

 

「ぶはっ!」

 

それを合図に、あちこちから笑いが漏れる。

 

「今のは綾小路が悪い!」

「さすがにデリカシーなさすぎ!」

「堀北さん、ナイス腹パン!」

 

軽井沢まで口元を押さえて笑っていた。

 

「アンタ、たまに本当に最低なこと言うよね」

「事実を述べたつもりだった……」

「それが最低なのよ」

 

堀北はオレを見下ろしていた。

その顔は笑っていない。

 

「訂正しなさい」

「……ギリギリではない」

「他には?」

「十分に可能性がある」

「他には?」

「クラスのために必要だ」

「他には?」

 

オレは少し迷った。

 

「……堀北さんはうら若き乙女です」

 

教室が再びざわついた。

堀北は一瞬だけ言葉を失い、すぐに顔を背けた。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

だが、先ほどより拒絶の温度が少しだけ下がったように見えた。

そのわずかな変化を、茶柱は見逃さなかったらしい。

 

「では暫定的に、堀北、軽井沢、櫛田を本クラスの代表候補とする。

正式決定は放課後までに行え」

「先生、勝手に進めないでください」

「時間は有限だ。文句があるなら、クラス全体を説得しろ」

 

堀北は教室を見渡した。

しかし、そこには期待と好奇心に満ちた視線があった。

 

須藤は親指を立てている。

池は完全に面白がっている。

 

女子たちの中にも、軽井沢や櫛田なら見てみたいという空気があり、

堀北に対しても怖いもの見たさに近い興味が集まっていた。

 

「……最低ね、このクラス」

 

堀北が小さく呟いた。

 

茶柱は資料を閉じる。

 

「他クラスの候補者についても、現時点で一部情報が共有されている。

坂柳クラスは坂柳有栖、神室真澄、森下藍。

龍園クラスは椎名ひより、伊吹澪、西野武子。

一之瀬クラスは一之瀬帆波、網倉麻子、姫野ユキが有力とされている」

 

その名前の並びに、教室がまたざわつく。

 

一之瀬は分かる。

 

坂柳も、意外性はあるが納得できなくはない。

 

ひよりは癒し系として強いだろう。

 

問題は、伊吹や神室や姫野のように、

明らかに嫌々やりそうな面々が混ざっていることだった。

 

「伊吹がアイドル……?」

「神室さんも想像できない」

「姫野さん、絶対やる気なさそう」

「森下ってどんな感じなんだ?」

 

軽井沢がオレに小声で聞いてくる。

 

「他クラスもなかなか地獄じゃない?」

「ああ」

「なんでちょっと楽しそうなの?」

「楽しそうにはしていない」

「してる」

 

オレは表情を変えていないつもりだった。

だが、今回の試験には確かに興味があった。

 

普段の学力試験や体力試験とは違う。

個性、演出、印象、空気。

そういった不確定要素が多い試験ほど、勝ち筋を組み立てる余地がある。

 

 

放課後。

教室には、候補者三名と数人のクラスメイトが残っていた。

 

堀北は最後まで不満そうだったが、

クラスの総意とポイントの重要性に押され、完全な拒否はできなくなっていた。

 

櫛田は笑顔を保っていたが、どこか緊張している。

 

軽井沢は椅子に座って足を組み、明らかに面倒くさそうな顔をしていた。

 

「で、プロデューサー様は何から始めるわけ?」

 

軽井沢が言う。

 

「まず情報収集だ」

 

オレは答えた。

 

「アイドルの基本構造を理解する必要がある」

「基本構造?」

 

「楽曲、振付、表情、ファンサービス、衣装、立ち位置、照明、

観客心理、拡散性、炎上対策、評価軸。二週間で勝つなら、全部整理する」

 

軽井沢が真顔になった。

 

「……ねえ、もうちょっと軽い感じでやらない?」

「軽い感じで一位は取れない」

「そうだけどさぁ」

 

櫛田が控えめに手を挙げる。

 

「綾小路くん、私たちって具体的にどんな方向性でいくのかな?」

「それを決めるために、まず各自の適性を見る」

「適性?」

 

「堀北は素材と成長物語。軽井沢は対人対応と空気作り。

櫛田は初期完成度と親しみやすさ。この三つをどう組み合わせるかだ」

「素材って言い方が気に入らないわ」

 

堀北が即座に反応する。

 

「では原石」

「もっと嫌ね」

「未加工戦力」

「黙りなさい」

 

軽井沢が笑う。

 

「堀北さん、もうツッコミ担当として完成してるじゃん」

「私はアイドルではなくツッコミ担当になった覚えはないわ」

「大丈夫。今のところ笑顔よりツッコミの方が上手い」

「軽井沢さん?」

 

空気が少しだけ柔らかくなる。

この三人が本当に舞台に立つのか。

 

まだ誰も実感していなかった。

 

その頃、別の教室では龍園翔がモニターに映された試験概要を眺めていた。

椅子に深く座り、片肘をつき、いつものように冷めた目をしている。

 

「アイドル特別試験、ねぇ」

 

伊吹は露骨に不機嫌だった。

 

「私はやらないから」

「決定権がお前にあると思ってんのか」

 

龍園の声は静かだった。

伊吹が睨む。

 

「アンタ、まさか本気でやる気?」

「当たり前だろ。200ポイントが転がってる」

「だからって歌って踊れって?」

「違う」

 

龍園は薄く笑った。

 

「群衆を支配しろって話だ」

 

伊吹の顔が歪む。

 

「……何言ってんの?」

「ライブってのは、音と光で人間の感情を揺さぶる装置だ。

歓声を上げさせ、思考を止め、熱狂させる。やってることは支配と変わらねぇ」

 

椎名ひよりは困ったように微笑んだ。

 

「龍園くんらしい解釈ですね」

 

西野武子は腕を組んだまま、妙に落ち着いていた。

 

「まあ、勝てるならやるしかないんじゃない?」

 

伊吹が信じられないものを見る目を向ける。

 

「西野、あんた平気なの?」

「嫌だけど、騒いでも変わらないし」

「肝据わりすぎでしょ……」

 

龍園は立ち上がる。

 

「ひより、お前が中心だ」

「私ですか?」

「ああ。お前の空気は使える」

「空気……ですか」

「伊吹は不機嫌なままでいい。西野は動じるな。それで形になる」

 

伊吹が叫ぶ。

 

「雑すぎる!」

 

だが龍園は本気だった。

その本気さが、余計におかしかった。

 

一方、坂柳クラスでは、坂柳有栖が優雅に試験資料を眺めていた。

 

神室真澄は壁にもたれ、心底面倒くさそうにしている。

 

森下藍は資料の「アイドル」という文字をじっと見つめていた。

 

「面白い試験ですね」

 

坂柳が微笑む。

 

「どこが?」

 

神室が即座に返す。

 

「アイドルとは偶像です。

人は手の届かない存在に憧れながら、同時に手が届きそうな錯覚を求める。

その矛盾を操る競技と考えれば、なかなか奥深い」

「いや、普通に歌って踊るだけでしょ」

「それだけでは勝てません」

 

坂柳は静かに首を振る。

 

「私たちは美しさで支配します」

 

神室は顔をしかめた。

 

「もう嫌な予感しかしない」

 

その横で、森下がぽつりと言った。

 

「アイドルは食べ物ではないのですね」

 

神室が振り向く。

 

「当たり前でしょ」

「名前にドルが入っているので、何かの単位かと思いました」

「どういう発想?」

 

坂柳は楽しそうに微笑んだ。

 

「森下さん、その感性は武器になります」

「本当ですか」

「ええ。普通ではないということは、記憶に残るということです」

 

神室は頭を抱えた。

 

「このチーム、絶対おかしい……」

 

さらに一之瀬クラスでは、一之瀬帆波が明るく手を叩いていた。

 

「みんな、せっかくだから前向きに頑張ろう!」

 

網倉麻子は苦笑しながら頷く。

 

「帆波ちゃんが言うなら、やるしかないよね」

 

姫野ユキは机に肘をつき、魂の抜けた顔をしていた。

 

「帰りたい」

「姫野さん!」

 

一之瀬が慌てて近づく。

 

「まだ始まってもいないよ!」

「始まる前から帰りたい」

「早いよ!」

 

網倉が笑いをこらえる。

 

「でも、姫野さんがそういう感じなの、逆に個性かも」

「そんな個性いらない」

 

一之瀬はそれでも笑顔だった。

 

「大丈夫。三人でやればきっと楽しいよ」

 

姫野は少しだけ一之瀬を見る。

その真っ直ぐな笑顔を前に、完全に拒絶することはできなかった。

 

「……一之瀬さんって、たまに本当にずるい」

 

こうして、四つのクラスは同じ試験に向けて動き出した。

 

あるクラスは理論で。

あるクラスは支配で。

あるクラスは美で。

あるクラスは王道で。

 

そして堀北クラスでは、その日の夜、オレの机の上に大量の資料が積み上がっていた。

 

アイドルの歴史。

ライブ映像。

振付の基礎。

観客心理。

成功事例。

失敗事例。

炎上対策。

短期育成法。

笑顔の分類。

 

読むべきものは多い。

だが、やることは明確だった。

 

二週間後、堀北たちを勝たせる。

 

そのために必要なら、アイドルという分野を一から学習するだけだ。

 

翌朝。

教室に入ると、軽井沢が俺の顔を見て固まった。

 

「……綾小路くん?」

「何だ」

「目、死んでない?」

「少し寝不足だ」

「少し?」

 

堀北もこちらを見る。

 

「あなた、まさか本当に徹夜で調べたの?」

「徹夜ではない」

「何時間寝たの」

「一時間半」

 

軽井沢が引いた。

 

櫛田も笑顔を保ったまま、わずかに後ずさった。

 

「綾小路くん、すごいね……」

「褒めてる顔じゃないぞ」

「うん、ちょっと怖い」

 

オレは鞄からノートを取り出した。

そこには、昨夜まとめた資料がびっしりと書き込まれている。

 

「まず結論から言う」

 

三人が俺を見る。

 

「この試験は、アイドルごっこをしたクラスから落ちる」

 

教室が静まった。

 

「観客を支配した側が勝つ」

 

堀北は呆れたように息を吐いた。

 

「あなたまで龍園くんみたいなことを言い出したわね」

「似ているようで違う」

「違うの?」

「オレは合法的に勝つ」

「そこを強調しないといけない時点で不安なのよ」

 

軽井沢が小さく笑った。

櫛田も苦笑する。

堀北は頭を押さえながら、それでも資料に目を落とした。

 

そして、しばらくしてから小さく言った。

 

「……本気なのね」

「ああ」

「なら、こちらも中途半端なことはできないわね」

 

その言葉に、軽井沢が目を丸くした。

 

「え、堀北さん、やるの?」

「やらないとは言っていないわ」

「昨日めちゃくちゃ言ってたじゃん」

「状況が変わっただけよ」

 

堀北はオレを一瞥する。

 

「ここまで異常な準備をされて、こちらが逃げるわけにはいかないでしょう」

「異常と言うな」

「異常よ」

 

櫛田がふふっと笑った。

 

「でも、ちょっと安心したかも。

綾小路くんがここまで考えてくれるなら、頑張れる気がする」

 

軽井沢も肩をすくめた。

 

「まあ、やるしかないならやるけどさ。負けるのは嫌だし」

 

堀北は静かに立ち上がった。

 

「いいわ。アイドルだろうと何だろうと、やるからには勝つ」

 

その瞬間、試験はようやく始まったのだと実感した。

 

だがオレは、まだ知らなかった。

 

この二週間が、学力試験や無人島試験とはまったく別の意味で、

クラスの常識を破壊することになるとは。

 

この時のオレたちは、まだ知らなかった。

 

二週間後。

この教室で最もアイドルから遠い存在だと思われていた人物が、

ステージ中央へ立つことになるなど。

 

少なくとも、この時点では誰一人として想像していなかった。




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