アイドル至上主義の教室へ   作:EXTERMINATION

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第2話 プロデューサー綾小路

特別試験発表から一夜明けた放課後。

堀北クラスの教室には、普段とは明らかに違う空気が流れていた。

 

いつもなら帰宅する生徒や

雑談を始める生徒が入り混じる時間帯だが、その日は違う。

 

教室へ残っている生徒たちの視線は、前方へ集中していた。

 

原因は一人。

 

教卓前へ立つ綾小路清隆だった。

 

そしてもう一つ。

 

黒板いっぱいに書き込まれた意味不明な単語群である。

 

『観客心理』

『センター理論』

『視線誘導』

『ライブ構成』

『笑顔分類』

『ファンサービス』

『SNS拡散性』

『衣装印象』

『炎上回避』

 

軽井沢恵はそれを見上げ、引き気味に口を開いた。

 

「……ねえ」

「何だ」

「これ、本当にアイドルの会議?」

「そうだが」

「なんで戦争始まりそうな単語ばっか並んでるの?」

 

綾小路は淡々と答えた。

 

「人前へ立つ以上、戦略は必要だ」

「いやいや、もっとこう、キラキラした感じでやるもんじゃないの?」

「キラキラだけで勝てるなら苦労はない」

 

その言葉に、堀北鈴音は小さくため息をついた。

 

「あなた、もう少し夢のある言い方はできないの?」

「事実を言っただけだ」

「その事実が怖いのよ」

 

堀北は教卓に積まれた紙束へ視線を向ける。

そこには綾小路が一晩でまとめたと思われる資料が置かれていた。

 

厚さは軽い参考書ほどある。

 

表紙には『アイドル特別試験・初期分析資料』と書かれている。

 

軽井沢が一冊持ち上げた。

 

「重っ!」

「必要な情報を整理しただけだ」

「一晩で?」

「睡眠時間を削れば可能だ」

「寝なさいよ!」

 

櫛田桔梗が苦笑する。

 

「綾小路くん、昨日ほとんど寝てないよね?」

「一時間半ほどだ」

 

教室が静まった。

 

須藤が目を丸くする。

 

「いや怖ぇよ……」

 

池も若干引いている。

 

「なんでそこまで本気なんだよ」

 

綾小路は少し考えた。

 

「勝率を上げるためだ」

「普通そこまでやらない!」

 

軽井沢がツッコむ。

だが綾小路本人は本気だった。

その真顔さが余計に怖い。

 

綾小路はホワイトボードへ向き直る。

 

「まず前提として、今回の試験は単純な歌唱力勝負ではない」

「それは昨日も聞いたわ」

 

堀北が言う。

 

「重要なのは、観客へどんな印象を残すかだ。

短時間でもっと見たいと思わせたクラスが強い」

「つまり人気投票ってこと?」

 

軽井沢が訊く。

 

「近い。ただし、単純な見た目だけでは決まらない。

空気、演出、立ち位置、表情、動き。全部込みだ」

「なんか急に本格的ね……」

 

櫛田が小さく呟く。

綾小路は三人の名前を書いた。

 

堀北鈴音。

軽井沢恵。

櫛田桔梗。

 

その下へ線を引き、それぞれ項目を書き込んでいく。

 

「まず堀北」

「嫌な予感しかしないわね」

「姿勢、集中力、覚える速度は高い。ダンス習得も早いはずだ」

「……褒めてるの?」

「褒めている」

「その後に絶対何か来るわね」

「笑顔が硬い」

「やっぱり来た」

 

教室に笑いが漏れる。

堀北は冷たい視線を向けた。

 

「そんなにおかしい?」

 

軽井沢が肩を震わせる。

 

「いや、だって堀北さんの笑顔って、笑顔というより圧なんだもん」

 

「圧?」

「営業スマイルじゃなくて、従えって感じ」

「意味が分からないわ」

 

綾小路が頷く。

 

「近いな」

「あなたまで何なの?」

「観客へ安心感を与える必要がある。現状の堀北は、生徒会の査察に近い」

「それ褒めてないわよね?」

「改善点の指摘だ」

 

堀北は額へ手を当てた。

 

「どうして私はアイドルの話をしているはずなのに、尋問官扱いされているのかしら……」

 

櫛田が笑う。

 

「でも、堀北さんは本当に綺麗だから、笑顔が柔らかくなれば絶対強いと思うよ」

「……そういう言い方をしなさい」

「善処する」

「あなたに善処は期待していないわ」

 

綾小路は次に軽井沢を見る。

 

「軽井沢」

「はいはい、今度はあたしね」

「対人対応能力が高い。

観客へ自然に視線を向けられるし、場の空気を読むのも上手い」

 

軽井沢が少し得意げになる。

 

「まあね」

「アイドル適性そのものは高い部類だと思う」

「おっ」

「ただし弱点もある」

「知ってた」

「疲労や不満が顔へ出やすい」

「うっ」

「ライブ中は常に見られている。少しでも面倒そうな顔をすると印象へ響く」

 

軽井沢は腕を組んだ。

 

「でもアイドルって、完璧じゃなきゃダメじゃん?」

「完璧?」

「そう。汗も掻かないし、トイレも行かないし、ずっとキラキラしてる存在なの」

 

沈黙。

堀北が真顔になる。

 

「……何を言っているの?」

「だってそういうイメージあるじゃん!」

「ないわ」

「あるって!」

 

綾小路が冷静に口を開いた。

 

「いや普通に汗は掻く」

「夢がない!」

「人間だからな」

「そういうリアルはいらないの!」

 

櫛田が笑いをこらえている。

 

「でも、軽井沢さんの理想のアイドル像って感じはするかも」

「でしょ?」

「ただ、水分補給はちゃんとしてね?」

「それはする」

 

堀北が深く息を吐いた。

 

「開始十分でこの有様なのだけれど、本当に大丈夫なの?」

「現状は問題ない」

 

綾小路は即答した。

 

「むしろ方向性が見えてきた」

「どこがよ」

「軽井沢は理想のアイドル像への意識が強い。

観客から見られることへの感覚がある」

 

軽井沢が少し照れたように髪を触る。

 

「まあ、そういうのは分かるし」

「ただし誤解も多い」

「そこ毎回セットなのやめてくれない?」

 

綾小路は最後に櫛田を見る。

 

「櫛田」

「うん」

「三人の中で最も初期完成度が高い。

笑顔、声、立ち振る舞い、空気作り。

王道アイドルとして必要な要素を一通り持っている」

「ありがとう」

 

櫛田は自然に微笑む。

男子たちが少しざわついた。

綾小路はその反応を見て頷く。

 

「今のが強みだ。空気を柔らかくできる」

「でも?」

 

櫛田が苦笑する。

 

「……でも、があるんだよね」

「ある」

「即答なんだ」

「完成度が高い分、意外性に欠ける。

短時間で強い印象を残すには、もう一段階の個性が必要かもしれない」

 

櫛田の笑顔がほんの少し止まる。

堀北が綾小路を睨んだ。

 

「あなた、本当に言葉選びが下手ね」

「必要な分析だ」

「鈍器みたいな分析なのよ」

 

軽井沢が頷く。

 

「分かる」

 

だが櫛田はすぐ笑顔へ戻った。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと考えてくれてるのは分かるし」

 

その言葉に、教室の空気が少し和らぐ。

 

綾小路はホワイトボードへ新たな文字を書き込んだ。

 

『堀北――成長型』

『軽井沢――空気支配型』

『櫛田――王道安定型』

 

「役割を分けるの?」

 

櫛田が聞く。

 

「ああ。三人とも同じ方向を目指す必要はない。むしろ違う魅力を持たせた方が強い」

 

「じゃあ私は?」

 

堀北が腕を組む。

 

「センター候補だ」

 

教室がざわついた。

 

軽井沢が目を丸くする。

 

「マジで?」

 

「まだ確定ではない」

 

綾小路は続ける。

 

「ただし、堀北を中心に置く構成はかなり強い」

 

「理由は?」

 

「観客は“変化”を好むからだ」

 

堀北は眉をひそめる。

 

「変化?」

 

「最初は笑顔も不自然だった人間が、本番で成長する。その流れは印象へ残る」

「私を成長物語にするつもり?」

「勝つためには有効だ」

「あなた、時々本当に容赦ないわね」

「必要だからだ」

 

軽井沢が笑う。

 

「でも確かに、堀北さんが本番で笑顔決めたら、なんか会場ざわつきそう」

「どういう意味?」

「えっ笑った!?みたいな」

「軽井沢さん?」

「ごめんって」

 

教室の空気が少し柔らかくなる。

 

 

その頃、坂柳クラスでも会議が行われていた。

 

坂柳有栖は優雅に椅子へ腰掛け、

神室真澄は心底面倒そうに壁へ寄りかかっている。

 

森下藍は机へ牛乳パックを並べていた。

 

神室が嫌そうな顔をする。

 

「……何それ」

「胸を膨らませるためです」

 

森下は真顔だった。

 

「あんた、急に何言い出すの……」

「男性人気へ影響します」

「分析すんな」

 

坂柳が紅茶を置く。

 

「ですので毎日牛乳を飲みましょう」

「悪くないですね」

「乗るの?」

 

神室が振り向く。

坂柳は微笑んだ。

 

「舞台へ立つ以上、ルックスも重要です。私は苺牛乳がいいですね」

 

神室が少し目を丸くした。

 

「意外と可愛いのを所望なのね……」

「普通の牛乳は少々味気ありませんから」

「そこなんだ理由」

 

森下が頷く。

 

「苺には夢があります」

「何その雑な理論」

 

坂柳は楽しそうだった。

 

「森下さんの発想は面白いですね。

少しズレているくらいの方が、人の記憶には残ります」

「褒められていますか?」

「ええ。十分に」

 

神室は頭を抱えた。

 

「このチーム絶対変よ……」

 

一方、龍園クラスの空気はもっと低温だった。

龍園翔は椅子へ深く座り、静かに資料を眺めている。

 

騒いでいるわけではない。

だが、どこか危険だった。

 

伊吹澪は不機嫌を隠そうともしていない。

 

椎名ひよりは穏やかな笑顔を浮かべ、

西野武子は落ち着いた様子で話を聞いている。

 

「ライブってのはよ」

 

龍園が低い声で言った。

 

「結局、空気を支配した奴が勝つゲームだ」

 

伊吹が顔をしかめる。

 

「また始まった……」

「歓声を上げさせる。熱狂させる。思考を止める。

やってることは群衆操作と変わらねぇ」

「アイドル論なのに治安悪すぎでしょ」

 

西野がぼそっと言う。

龍園は気にしない。

 

「照明、音、リズム、全部人間の感情を煽るための装置だ。

だったら徹底的に使えばいい」

 

ひよりが小さく笑う。

 

「龍園くんらしい考え方ですね」

「悪くねぇだろ」

「ちょっと怖いですけど」

 

その直後だった。

龍園がおもむろに懐から黒いサングラスを取り出した。

 

伊吹が目を細める。

 

「……何それ」

 

龍園は静かに装着する。

そして腕を組み、少し顎を上げた。

 

「フッ……大物プロデューサーってのは、こういう余裕を見せるもんだ」

 

沈黙。

 

西野がじっと龍園を見る。

 

数秒後。

 

「……歌舞伎町にいそうなチ◯ピラね」

 

龍園の動きが止まる。

石崎なら爆笑していたところだが、この場にいるのは龍園クラスの面々だった。

 

ひよりは少し困ったように笑っている。

 

伊吹は真顔になった。

 

「……ああ、なんか分かる」

 

龍園が眉をひそめる。

 

「は?」

 

西野は冷静だった。

 

「黒いサングラスに黒い服装で腕組みしてるからよ。

プロデューサー感はあるんだけど、ちょっと方向性が違うかな」

 

ひよりも申し訳なさそうに頷く。

 

「た、確かに……少しだけ、そちら寄りかもしれません」

 

龍園は不服そうな顔になる。

 

「おい」

 

だが、反論しようとして口を開く。

 

閉じる。

 

また開く。

 

閉じる。

 

反論材料が見つからない。

 

伊吹が吹き出した。

 

「反論できてないじゃない」

 

龍園は舌打ちした。

 

「チッ……」

 

西野が小さく笑う。

 

「まあでも、似合ってはいるわよ」

「慰めになってねぇ」

 

伊吹が肩を震わせる。

 

「今日はダメだ……なんかツボに入った……」

 

ひよりも口元を隠しながら笑っていた。

龍園はサングラスを外し、静かに机へ置く。

 

「……没だな」

「判断が早いですね」

「傷が浅いうちに撤退するのも戦略だ」

 

伊吹は頭を押さえた。

 

「このクラス、本当に大丈夫なの……」

 

一之瀬クラスでは、対照的に明るい空気が流れていた。

一之瀬帆波は教室前方で笑顔を浮かべている。

網倉麻子は穏やかに頷き、姫野ユキは既に少し疲れた顔をしていた。

 

「まずは楽しくやることが大事だと思うの」

 

一之瀬が言う。

姫野は机へ頬杖をついた。

 

「私は既に疲れた」

「まだ始まってないよ!?」

「始まる前から帰りたい」

 

網倉が吹き出す。

 

「姫野さん、そのテンション逆にキャラ立ってるよ」

「立ちたくない」

 

一之瀬は苦笑しながらも明るかった。

 

「でも、三人でやれば絶対大丈夫だよ」

 

姫野は少しだけ一之瀬を見る。

その笑顔を前にすると、完全に拒否しきれない。

 

「……やるだけはやる」

 

一之瀬の顔がぱっと明るくなった。

 

「ありがとう!」

「抱きつかないで」

「ごめんね!」

 

その頃、堀北クラスでは初回レッスンが始まっていた。

最初に行われたのは、歌でもダンスでもなく、歩き方の確認だった。

 

「舞台上では歩くだけでも印象が変わる」

 

綾小路が言う。

 

「まず堀北」

「どうして毎回最初なのかしら」

「センター候補だからだ」

「まだ認めていないわ」

 

そう言いながらも堀北は立ち上がる。

 

姿勢は綺麗だった。

動きも無駄がない。

 

だが。

 

「威圧感がある」

「またそれ?」

 

軽井沢が吹き出した。

 

「確かにステージっていうより、生徒会の監査感ある」

「軽井沢さん?」

「ごめんって!」

 

次に軽井沢。

彼女は自然に手を振り、視線を流し、途中で小さく笑顔を作る。

 

男子たちが少しざわついた。

 

「なんかそれっぽい」

「普通にアイドル感ある」

 

軽井沢は得意げに笑う。

 

「まあ、私にかかればこんなもんよ」

「調子に乗ると崩れる」

「一言余計!」

 

最後に櫛田。

 

柔らかい笑顔。

自然な動き。

安心感のある空気。

 

教室全体が少し明るくなる。

 

綾小路は頷いた。

 

「やはり安定している」

「ありがとう」

「ただし予想の範囲内だ」

 

櫛田の笑顔が少し止まる。

堀北が綾小路を見る。

 

「あなた、本当に鈍器ね」

「改善点を言っているだけだ」

「だから言い方を考えなさい」

 

軽井沢が笑いながら椅子へ座る。

 

「でもさ、ちょっと楽しくなってきたかも」

「もう?」

 

堀北が呆れる。

 

「だって、せっかくやるなら勝ちたいじゃん」

 

櫛田も頷いた。

 

「うん。どうせなら楽しみたいな」

 

堀北は二人を見る。

そして小さく息を吐いた。

 

「……そうね」

 

完全に乗り気ではない。

だが、昨日より拒絶感は薄れていた。

 

綾小路は三人を見ながらメモを書き込む。

 

『現時点の連携は悪くない』

 

そしてもう一行。

 

『問題はここから』

 

本格的なレッスンが始まれば、疲労も不満も出る。

 

他クラスも確実に仕上げてくる。

 

アイドル特別試験。

 

それは想像以上に、人間性が出る試験になりつつあった。




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