アイドル至上主義の教室へ   作:EXTERMINATION

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第7話 永遠の15歳

翌日の放課後。

堀北クラスの教室には、

普段の特別試験前とはまったく違う種類の緊張感が漂っていた。

 

机を囲むように座っているのは、堀北鈴音、軽井沢恵、綾小路清隆。

そして、足首を固定された櫛田桔梗。

 

櫛田は大事を取って練習には参加できないが、教室には顔を出していた。

 

「本当にごめんね」

 

櫛田が申し訳なさそうに言う。

軽井沢はすぐに首を振った。

 

「だから謝らないでって。怪我なんだからしょうがないじゃん」

 

堀北も静かに頷く。

「今は治すことを優先しなさい」

「うん……ありがとう」

 

櫛田は笑った。

けれど、その笑顔はいつもより少し弱かった。

自分が抜けたことで、クラスに大きな穴が空いた。

それを誰より分かっているのは櫛田自身だった。

だからこそ、教室の空気も重い。

 

そして今日。 その空白を埋めるために、

彼らは一つの非常識な作戦へ踏み出そうとしていた。

軽井沢が机に突っ伏す。

 

「冷静に考えてさ」

「何よ」

 

堀北が聞く。

 

「担任の先生をアイドルにするって、どう考えてもおかしくない?」

「おかしいわ」

 

堀北は即答した。

 

「そこは否定しないのね」

「否定できる要素がないもの」

 

軽井沢は顔だけ上げて綾小路を見る。

 

「なのに、なんでその本人が一番冷静なの?」

 

綾小路は資料を見ながら答える。

 

「他に勝てる手段が少ないからだ」

「それで先生出す?」

「出せるなら」

「出せるなら、じゃないのよ」

 

堀北は腕を組む。

 

「現実的に見ても、茶柱先生が了承する可能性は低いわ」

「ああ」

「なら、説得材料が必要になる」

「用意している」

 

綾小路は一枚の紙を机へ置いた。

そこには、茶柱佐枝の起用理由が箇条書きでまとめられていた。

 

『身長・姿勢による舞台映え』

『教師としての威厳を逆に特別感へ変換』

『生徒とのギャップによる話題性』

『低音寄りの声質による差別化』

『クラスの危機に協力する物語性』

 

軽井沢がそれを読んで、顔を引きつらせる。

 

「めちゃくちゃ分析してる……」

 

櫛田も苦笑した。

 

「茶柱先生がこれ見たら怒らないかな?」

「怒るだろうな」

「分かってて使うの?」

「必要なら」

 

堀北は紙を手に取り、目を通した。

 

「内容は一応、筋が通っているわね」

「本気で言ってる?」

 

軽井沢が驚く。

 

「ええ。ただし、本人の感情を完全に無視している点を除けば」

「一番大事じゃん」

 

綾小路は表情を変えない。

 

「感情面は堀北と軽井沢に任せる」

「丸投げ!?」

「オレだけでは説得できない」

「自覚あったんだ」

 

堀北は静かにため息を吐く。

 

「確かに、あなた一人で交渉したら先生は即座に帰るでしょうね」

「昨日もほぼそうだった」

「誇らしげに言わないで」

 

その時、教室の扉が開いた。

茶柱佐枝が入ってくる。

いつものスーツ姿。 疲れたような表情。

だが、その目には明らかな警戒があった。

 

「……まだ諦めていなかったのか」

 

第一声がそれだった。

軽井沢が小声で呟く。

 

「開幕から拒否モード……」

 

茶柱は教卓へ立つと、腕を組んだ。

 

「昨日言ったな。私を納得させる理由を用意しろと」

「はい」

 

堀北が立ち上がる。

 

「私たちは、先生に協力していただきたいと考えています」

「だからなぜ私だ」

 

茶柱の声は低い。

 

「教師がアイドル衣装を着て、歌って踊る。

そんなものは教育現場の範囲を超えている」

「ですが、規定では教師の協力は禁止されていません」

 

綾小路が言う。

茶柱の視線が鋭くなる。

 

「お前は黙っていろ」

「はい」

 

綾小路は素直に黙った。

軽井沢が小さく吹き出しそうになったが、必死にこらえた。

堀北は続ける。

 

「櫛田さんが抜けたことで、私たちのチームは大きく崩れました。

代役は探しましたが、残り時間を考えると十分に仕上げるのは難しいです」

 

茶柱は櫛田へ視線を向ける。

櫛田は椅子に座ったまま、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すみません、先生」

「お前が謝ることではない」

 

茶柱の声は少しだけ柔らかかった。

 

「怪我は仕方がない」

 

櫛田は目を伏せた。

そのやり取りを見て、堀北は一歩踏み込む。

 

「先生。私たちは本気です」

「それは見れば分かる」

「なら、力を貸してください」

 

茶柱はしばらく黙っていた。

そして、低く言う。

 

「堀北。お前は本当にそれでいいのか?」

「どういう意味ですか」

「担任をステージへ立たせる。普通に考えれば、笑いものになる可能性もある」

 

軽井沢が気まずそうに視線を逸らす。

茶柱は続ける。

 

「お前たち自身もそうだ。下手をすれば、クラス全体がネタ扱いされる」

 

堀北は少しだけ黙った。

だが、すぐに顔を上げる。

 

「それでも、勝てる可能性があるならやります」

 

茶柱の目が細くなる。

 

「随分と変わったな」

「変わったつもりはありません」

「最初なら、こんな馬鹿げた案に乗らなかったはずだ」

「今でも馬鹿げているとは思っています」

 

軽井沢が小声で言う。

 

「そこは言うんだ……」

 

堀北は続けた。

 

「ですが、この試験が馬鹿げているかどうかと、勝つべきかどうかは別です」

 

茶柱は黙った。

その言葉は、堀北らしかった。

軽井沢も立ち上がる。

 

「あの、先生」

「何だ」

「あたしも最初は、正直かなり嫌でした」

「だろうな」

「でも、やってみたら分かったんです。

思ったより難しくて、思ったより本気になっちゃって」

 

軽井沢は少し照れたように髪を触った。

 

「櫛田さんが抜けて、めちゃくちゃ不安です。でも、ここで諦めたくないんです」

 

茶柱は軽井沢を見る。

いつもの軽い態度ではない。

本当に悔しがっている目だった。

最後に、櫛田が口を開いた。

 

「先生」

 

茶柱が振り向く。

 

「私は出られなくなっちゃいました。

でも、みんながここまで頑張ってきたのを見てるので……

できれば、最後まで繋げてほしいです」

 

櫛田は笑おうとした。

けれど、少しだけ声が震えた。

 

「私の代わりなんて言い方は、先生に失礼かもしれません。でも……お願いします」

 

教室は静まり返った。

茶柱は目を閉じた。

長い沈黙。

 

その沈黙の中で、綾小路だけが冷静に茶柱を見ていた。

茶柱佐枝は情を完全に捨てられる人間ではない。

むしろ、生徒への思いを持っているからこそ、それを隠している。

だからこそ、今の言葉は届く。

茶柱はゆっくりと目を開けた。

 

「……一つ訊く」

「はい」

堀北が答える。

 

「お前たちは、私に何をやらせるつもりだ」

 

軽井沢の顔が明るくなる。

 

「それって――」

「まだ了承したわけではない」

 

即座に釘を刺される。

軽井沢は口を閉じた。

綾小路が紙を差し出す。

 

「先生の役割は、三人目のメンバーです。

ただし、櫛田の完全な代役ではありません。

堀北と軽井沢を支える大人の特別枠として起用します」

 

茶柱が紙を見る。

そして眉間に皺を寄せた。

 

「大人の特別枠?」

「はい」

「ふざけているのか」

「真剣です」

「だから余計に腹立たしい」

 

綾小路は続ける。

 

「先生は高校生二人とは異なる存在感を持っています。

無理に若いアイドルへ寄せるより、伝説感を出した方がいい」

 

軽井沢が小さく頷く。

 

「それはちょっと分かるかも」

 

堀北も慎重に言う。

 

「先生には、私たちにはない雰囲気があります」

 

茶柱は頭を押さえた。

 

「お前たちは私を何だと思っている」

「担任です」

 

綾小路が答える。

 

「そして現時点で、最も勝率を上げられる候補です」

「候補と言うな」

 

櫛田が控えめに言う。

 

「でも先生、スタイルもいいですし、舞台映えすると思います」

 

茶柱の表情が止まった。

軽井沢も乗る。

 

「そうそう。普通にかっこいいし、絶対目立ちますって」

「やめろ」

「いや本当に!」

「やめろと言っている」

 

堀北は真面目な顔で頷く。

 

「客観的に見ても、先生の姿勢と声は強みになると思います」

「堀北まで……」

 

茶柱は疲れたように椅子へ座った。

 

「お前たち、私を褒めれば動くと思っていないか?」

「少しは」

 

綾小路が答えた。

 

「お前は本当に黙っていろ」

 

再び綾小路は黙った。

軽井沢は今度こそ笑いをこらえるのに失敗しそうだった。

 

茶柱は深く息を吐く。

 

「……仮にだ」

 

その一言で、全員の空気が変わる。

 

「仮に、私が協力するとして。私は歌も踊りも素人だ」

「それは問題ありません」

 

綾小路が即答する。

茶柱が睨む。

 

「なぜだ」

「残り時間を考えれば、先生に高度なダンスを求めるより、

存在感と歌、簡単な動きで構成した方が良いからです」

「私を動かさないつもりか」

「最小限にします」

「年寄り扱いするな」

「では効率的配置です」

「言い換えればいいと思うな」

 

軽井沢が小声で言う。

 

「でも先生、無理に踊るよりその方がカッコいいかも」

「……どういうことだ」

「なんか、ステージ中央で堂々としてる感じ。

若い子と同じことするより、大人の余裕みたいな」

 

茶柱は少しだけ黙った。

堀北も続ける。

 

「先生を無理に私たちへ合わせるのではなく、

先生がいることでステージ全体の印象を変える。

そういう方向なら、成立するかもしれません」

 

櫛田が笑う。

 

「先生が出てきたら、絶対みんな驚くと思います」

 

茶柱は目を閉じる。

 

「……驚くだろうな。悪い意味で」

「良い意味に変えます」

 

綾小路が言う。

 

「誰が?」

「全員で」

 

その言葉に、茶柱は静かに目を開けた。

しばらくしてから、低い声で言う。

 

「一週間だ」

 

教室が止まった。

軽井沢が恐る恐る訊く。

 

「え……?」

「一週間だけ付き合う」

 

その瞬間、軽井沢が立ち上がった。

 

「マジですか!?」

「騒ぐな。まだ条件がある」

 

茶柱は鋭い目で全員を見る。

 

「やるからには、半端な真似は許さん」

 

その声は教師のものだった。

だが、どこか違う。

教室の空気が変わる。

 

「堀北」

「はい」

「笑顔が硬い」

「先生まで……」

「軽井沢」

「はいっ」

「体力が足りない」

「うっ」

「櫛田」

「はい」

「今は治せ。無理に笑うな」

 

櫛田の表情が少しだけ揺れた。

茶柱は立ち上がる。

 

「綾小路」

「はい」

「妙な分析で私を怒らせるな」

「努力します」

「努力ではなく確約しろ」

「善処します」

「お前は本当に……」

 

茶柱はため息を吐いた。

だが、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。

 

放課後の多目的室。

茶柱は練習着に着替えて現れた。

いつものスーツではない。 動きやすい黒の上下。

それだけで、教室にいた生徒たちは少しざわついた。

 

軽井沢が小声で言う。

 

「……先生、普通にかっこよくない?」

 

堀北も否定しなかった。

 

「姿勢が綺麗ね」

 

櫛田は椅子に座ったまま、嬉しそうに見ている。

 

茶柱は鏡の前に立つ。

 

「最初に言っておく。私はアイドルなどやったことはない」

「はい」

「だが、舞台に立つ以上、手を抜くつもりはない」

 

その声には、妙な説得力があった。

 

綾小路が音楽を流す。

まずは簡単なリズム確認。

茶柱は一度だけ動きを見た。

そして、すぐに合わせた。

軽井沢の表情が変わる。

 

「え?」

 

堀北も目を見開く。

 

「……速い」

 

茶柱の動きは派手ではない。

だが、軸がぶれない。

一つ一つの所作が綺麗で、無駄が少ない。

 

手を上げる。

足を引く。

視線を向ける。

ただそれだけなのに、妙に絵になる。

 

綾小路は静かに目を細めた。

 

予想以上だった。

 

茶柱は音楽が止まると、息を乱すことなく言った。

 

「この程度なら問題ない」

 

軽井沢が口を開けた。

 

「先生、何者……?」

 

茶柱は少しだけ視線を逸らした。

 

「昔、少しだけな」

「昔?」

 

堀北が訊く。

茶柱は答えない。

代わりに、鏡へ向かって立ち位置を確認する。

その姿には、ただの教師ではない何かがあった。

 

軽井沢が半分冗談で言う。

 

「まさか先生、昔アイドルだったとか?」

 

茶柱はゆっくりと振り返った。

そして、真顔で言った。

 

「私は永遠の15歳だからな」

 

沈黙。

多目的室の空気が完全に止まった。

 

堀北は目を逸らした。

軽井沢は反応に困った。

櫛田は笑顔のまま固まった。

綾小路だけがメモを取った。

『茶柱先生――自己設定あり』

 

茶柱の眉が動く。

 

「綾小路、何を書いた」

「重要事項です」

「消せ」

 

軽井沢が耐えきれず吹き出した。

 

「先生、それ本気で言ってます?」

「何だその反応は」

「いや、ちょっと……想像以上に強い設定で……」

 

堀北が静かに言う。

 

「先生。永遠の15歳は、さすがに少々無理があるかと」

「堀北」

「はい」

「次の練習量を倍にする」

「発言を撤回します」

 

櫛田が笑った。

久しぶりに、無理のない笑顔だった。

その笑顔を見て、茶柱は一瞬だけ表情を緩める。

そしてすぐ、厳しい顔に戻った。

 

「笑っている場合ではない。今日から一週間、徹底的にやる」

「はい」

 

堀北が頷く。

 

「はいはい」

 

軽井沢も疲れたように返事をする。

 

「返事は一回だ」

「はい!」

 

茶柱の声が多目的室に響く。

 

「まず堀北。お前は動きより表情だ。鏡の前に立て」

「はい」

「軽井沢。お前は体力。ステップを繰り返せ」

「えっ」

「返事」

「はい……」

「綾小路。お前は曲と構成を修正しろ。私を入れるなら、今の流れでは合わない」

「分かりました」

 

指示が速い。

しかも的確だった。

綾小路はすぐに理解する。

茶柱はただ協力するだけではない。

完全に指導側にも回れる。

 

これは大きい。

 

軽井沢はステップを踏みながらぼやいた。

 

「なんか、プロデューサーが二人に増えた気がする……」

 

堀北は鏡の前で茶柱に笑顔を直されていた。

 

「堀北、口角だけ上げるな。目が笑っていない」

「難しいです」

「難しくてもやれ」

「はい」

「お前は真面目すぎる。観客を採点官だと思うな」

 

堀北は少しだけ黙った。

 

「観客を何だと思えばいいんですか」

 

茶柱は鏡越しに堀北を見る。

 

「味方にしろ」

 

その一言に、堀北は息を呑んだ。

 

「評価されると思うから硬くなる。味方にすると思え」

 

綾小路はその言葉を聞いて、静かにメモへ書き込んだ。

 

『茶柱先生――指導適性高い』

 

茶柱は振り返らずに言う。

 

「綾小路」

「はい」

「また何か書いたな」

「有益な記録です」

「後で確認する」

「分かりました」

 

軽井沢が小声で言う。

 

「完全に先生に主導権取られてるじゃん」

「問題ない」

 

綾小路は答えた。

 

「勝率は上がった」

 

茶柱佐枝。

担任。

教師。

 

そして、本人曰く永遠の15歳。

 

誰も予想しなかった形で、堀北クラスの三人目は決まった。

櫛田の負傷によって生まれた空白。 それは大きな損失だった。

だが同時に、堀北クラスはまったく別の武器を手に入れた。

 

若さではない。

 

可愛さだけでもない。

 

経験、威厳、違和感、そして圧倒的な存在感。

 

茶柱がステージに立つ。

 

その事実だけで、アイドル特別試験はさらにおかしな方向へ進み始めていた。




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