茶柱佐枝の加入によって、堀北クラスの計画は根本から組み直されることになった。
櫛田桔梗を中心に据えた王道寄りの構成は消えた。
堀北鈴音の成長物語。
軽井沢恵の華やかさ。
そして茶柱佐枝の圧倒的な違和感。
この三つをどう組み合わせるか。
それが新たな課題だった。
放課後の多目的室。
綾小路清隆はホワイトボードへ新しい構成を書き込んでいた。
『堀北――努力型センター』
『軽井沢――観客対応』
『茶柱――伝説枠』
軽井沢はそれを見て、真顔で言った。
「伝説枠って何?」
「そのままだ」
「そのままじゃ分かんないから訊いてるの」
茶柱は腕を組んだまま、低い声で言う。
「綾小路。私を妙な分類に入れるな」
「先生の存在感は通常のアイドル枠では処理できません」
「処理するな」
堀北はホワイトボードを見つめながら、わずかに眉を寄せた。
「でも、実際に先生を普通の三人目として扱うのは難しいわね」
「堀北まで何を言う」
「悪い意味ではありません。先生が入ることで、ステージ全体の印象が変わります」
軽井沢が頷く。
「うん。なんかこう、あたしたちが普通にアイドルやってる横で、
先生だけ空気違うもん」
「それは褒めているのか?」
「八割くらいは」
「残り二割は何だ」
「……畏怖?」
茶柱の眉が動いた。
軽井沢はすぐに視線を逸らす。
綾小路は淡々と説明を続けた。
「茶柱先生を無理に堀北や軽井沢と
同じ動きに合わせる必要はない。むしろ違いを活かすべきだ」
「具体的には?」
堀北が聞く。
「前半は堀北と軽井沢で若さと成長感を出す。
中盤で先生が入る。そこから曲調を少し変える」
「曲調を変える?」
「ああ。明るさだけではなく、少し大人っぽい雰囲気を入れる」
軽井沢が口を挟む。
「つまり先生だけ別ジャンル?」
「近い」
「それ、アイドルグループとして成立するの?」
「成立させる」
茶柱は深く息を吐いた。
「不安しかないな」
だが、その声に完全な拒絶はなかった。
昨日の練習で、茶柱自身も理解していた。
この試験は、ただの悪ふざけではない。
生徒たちは本気で勝とうとしている。
そして自分も、引き受けた以上は半端にできない。
「まず衣装の方向性を決める」
綾小路が言うと、軽井沢の顔が一気に明るくなった。
「衣装!」
「そこだけ反応が良いな」
堀北が呆れる。
「そりゃ大事でしょ。アイドルだよ?」
「私はあまり派手なものは避けたいわ」
「堀北さんは絶対そう言うと思った」
茶柱も腕を組んだ。
「私も過度に派手な衣装は拒否する」
軽井沢は二人を見比べ、頭を抱えた。
「このチーム、衣装会議の時点で夢がない!」
綾小路は端末を操作し、候補画像をモニターへ映した。
学校側から用意された衣装データの中から、
各クラスが選択・調整できる仕組みになっている。
王道の白系。
明るいピンク系。
クールな青系。
モニターへ映し出された衣装候補を見ながら、
軽井沢恵は真っ先にピンク系の衣装を指差した。
「これ可愛い!」
フリル。
リボン。
淡いピンクを基調にした、いかにも王道アイドルらしいデザイン。
軽井沢は目を輝かせる。
「やっぱアイドルならこういうのじゃない?」
堀北は露骨に顔をしかめた。
「却下ね」
「早っ!?」
「どう見ても装飾過多よ。動きにくそうだし、色も落ち着きがないわ」
「アイドルに落ち着き求めないで!」
茶柱も腕を組みながら低く言った。
「私も反対だ」
軽井沢が信じられないという顔をする。
「先生まで!?」
「フリルが多すぎる。あとリボンも多い」
「そこ気にするんですか!?」
茶柱は真顔だった。
「気にする」
軽井沢は頭を抱える。
「なんでこのチーム、全員すぐクール系に行こうとするの……!」
堀北は青系の衣装へ視線を向ける。
「私はこのくらいの方が――」
「却下だ」
今度は綾小路清隆が即答した。
堀北の動きが止まる。
「……は?」
茶柱も目を細めた。
「綾小路。今何と言った」
「却下です」
軽井沢が吹き出しそうになる。
「え、清隆がピンク派なの!?」
「今回の試験において、堀北と茶柱先生へクール系を着せる意味は薄い」
堀北が腕を組む。
「説明しなさい」
綾小路は淡々と言った。
「まず、堀北と茶柱先生は、何もしなくてもクールに見える」
「……」
「だから青や黒を選ぶと、印象が予想通りになりすぎる」
軽井沢が頷く。
「あー、なんか分かるかも」
「だが、ピンク系にするとギャップが生まれる」
堀北が即座に返す。
「ギャップを作ればいいという話ではないでしょう」
「いや、今回に関しては重要だ」
綾小路はモニターを指差した。
「観客が想像する堀北像は、真面目、冷静、近寄りがたい。
茶柱先生も同じだ。だからこそ、可愛い系衣装との落差が印象へ残る」
茶柱が低く言う。
「つまり、私たちへ似合わないものを着せることで話題を取る気か」
「半分正解です」
「半分?」
「似合わないわけではありません」
教室が少し静まった。
綾小路は続ける。
「むしろ、二人とも顔立ちと姿勢が整っているので、
可愛い系衣装を着ても成立する可能性が高い」
軽井沢が勢いよく頷く。
「そう!それ!絶対いけるって!」
堀北は眉を寄せた。
「私は納得していないわ」
「堀北」
「何よ」
「観客の予想を裏切るのは強い」
「だからってピンクは極端よ」
「だが印象には残る」
「あなた、本当に全部戦略で考えるわね」
「勝つためだからな」
茶柱はモニターのピンク衣装を見つめていた。
フリル。
リボン。
ハート型のアクセント。
明らかに自分の普段の服装とは真逆。
「……私には似合わん」
軽井沢が即座に返す。
「いや絶対似合います!」
「適当なことを言うな」
「適当じゃないですって!」
「うん。先生ってスタイルいいですし、逆にギャップがあって映えると思います」
櫛田桔梗も笑顔で頷いた。
この日は櫛田も見学に来ていた。
足首はまだ痛むが、歩くことはできる。
ただし、ダンス参加は厳禁だった。
櫛田は寂しさを隠しつつも、三人のサポートへ回ろうとしていた。
茶柱の表情が少しだけ止まる。
「櫛田まで……」
堀北は腕を組んだままモニターを見る。
ピンク系衣装。
確かに、自分から最も遠い系統だ。
だからこそ、抵抗感も強い。
綾小路が静かに言った。
「堀北」
「何」
「お前は今、似合うかどうかで考えている」
「当然でしょう」
「だが、ステージで重要なのは印象に残るかどうかだ」
堀北は黙る。
綾小路はさらに続ける。
「クール系は想像通りだ。だが、普段クールな人間が可愛い系衣装を着て、
本気でステージへ立った時、人はそこへ視線を奪われる」
軽井沢がニヤニヤしながら言う。
「つまり、ギャップ萌えってやつ?」
「軽井沢、言い方」
「でも間違ってなくない?」
綾小路は否定しなかった。
堀北は深く息を吐く。
「……納得はしたくないけれど、理屈は分かったわ」
軽井沢が目を輝かせる。
「おっ、落ちた!」
「落ちてない」
「でも着るんでしょ?」
「必要なら」
茶柱はまだモニターを睨んでいた。
軽井沢が恐る恐る訊く。
「先生は……?」
茶柱は長い沈黙の後、低く言った。
「……本当にこれを着るのか?」
「はい」
綾小路が即答する。
「先生の場合、黒系でかっこいいは予想できる」
「予想されると駄目なのか」
「強さが半減します」
「何だその理論は」
「ですが、ピンク系衣装で堂々と立たれた場合、会場の空気は一瞬で変わる」
軽井沢が笑う。
「確かにインパクトやばそう」
櫛田も楽しそうだった。
「先生がピンク着て真顔だったら、絶対目立ちますよね」
茶柱は頭を押さえた。
「お前たち、私をどうしたいんだ……」
綾小路は静かに答える。
「勝たせたいだけです」
その声は真面目だった。
茶柱はしばらく綾小路を見つめる。
ふざけているわけではない。
本気で言っている。
だから余計に困る。
「……綾小路」
「はい」
「お前、本当に頭がおかしいな」
「よく言われます」
軽井沢が吹き出した。
「否定しないんだ!」
茶柱は深くため息を吐いた。
それからもう一度、ピンク系衣装を見る。
可愛い。
若い。
自分とは無縁。
本来なら絶対に選ばない。
だが。
「……やるからには、勝つんだったな」
堀北が静かに頷く。
「はい」
軽井沢も笑う。
「もちろん!」
櫛田は嬉しそうに言った。
「先生なら絶対似合います」
茶柱は再び長く沈黙した。
そして。
「……分かった」
軽井沢が立ち上がる。
「マジで!?」
「ただし条件がある」
茶柱が鋭く言う。
「絶対に笑うな」
軽井沢が目を逸らした。
「いやそれはちょっと自信ない……」
「軽井沢」
「はい!」
「笑ったらステップを倍にする」
「我慢します!」
堀北は静かにモニターを見つめていた。
ピンク系アイドル衣装。
数日前の自分なら、絶対に拒否していただろう。
だが今は。
「……ここまで来たら、徹底的にやるしかないわね」
軽井沢が笑う。
「お、覚悟決まった?」
「ええ。どうせなら観客の予想を全部裏切ってやるわ」
綾小路はその言葉を聞き、静かにメモを書き込んだ。
『方向性確定』
『全員ピンク系』
『ギャップ戦略開始』
茶柱がそれを見て言う。
「本当に記録好きだな、お前は」
「重要事項なので」
「後で消せ」
「善処します」
「だからその返事をやめろ」
多目的室に笑いが起きる。
櫛田も笑っていた。
そしてその中心には、ピンク系アイドル衣装を着せられることが決定した茶柱がいた。
誰もが少しずつ、おかしくなり始めていた。
衣装の方向性が決まった後、練習は新しい構成で始まった。
まず堀北と軽井沢が前へ出る。
二人だけで始まる前半。
堀北は以前よりも表情が柔らかい。
軽井沢は自然に観客へ手を振る。
櫛田が抜けた穴は大きい。
だが、その穴を埋めようとする二人の意識は高まっていた。
そして中盤。
音楽が少し落ち着いた雰囲気に変わる。
照明が中央へ集まる想定。
そこへ茶柱が歩き出す。
ただ歩くだけ。
だが、多目的室の空気が変わった。
軽井沢が思わず呟く。
「……うわ」
堀北も目を細める。
「存在感が強いわね」
茶柱は中央へ立ち、静かに視線を上げる。
その瞬間、場が締まった。
綾小路はメモを取る。
『茶柱先生――登場だけで空気変化』
茶柱は鏡越しにそれを見る。
「また書いたな」
「重要なので」
「後で消す」
「共有資料に入れます」
「入れるな」
練習は続く。
茶柱の動きは多くない。
だが、一つ一つがはっきりしている。
手の動かし方。
視線の向け方。
立ち止まるタイミング。
どれも自然に目を引いた。
軽井沢が休憩中に言う。
「先生、ほんとに昔何かやってたんじゃないですか?」
茶柱は水を飲みながら答えない。
堀北も少し興味を持ったようだった。
「昨日、昔少しだけと言っていましたね」
「聞き流せ」
「流せません」
「流せ」
櫛田が笑う。
「もしかして、文化祭とかでステージ経験があったんですか?」
茶柱は少しだけ遠い目をした。
「……若気の至りだ」
軽井沢の目が輝く。
「え、何それ!絶対何かあるじゃん!」
「ない」
「ありますよね!?」
「ないったらない」
綾小路が静かに言う。
「調査する価値はありそうだ」
茶柱の視線が鋭くなる。
「綾小路」
「冗談です」
「お前の冗談は冗談に聞こえない」
堀北が腕を組んだ。
「しかし、先生の経験が本番に活きるなら、確認しておくべきでは?」
「堀北まで乗るな」
「勝つためです」
茶柱は頭を抱えた。
「お前たちは本当に……」
それでも、茶柱は完全には否定しなかった。
その微妙な反応が、余計に周囲の興味を煽った。
翌日の昼休み。
茶柱加入の噂は、すでに学校中へ広がり始めていた。
「堀北クラス、茶柱先生が出るらしいぞ」
「マジで?」
「担任がアイドル?」
「何それ見たい」
「永遠の15歳って言ったらしい」
「誰が?」
「茶柱先生が」
「情報量多すぎるだろ」
噂は本人の意思とは無関係に膨らんでいく。
堀北クラスの生徒たちは半分困惑し、半分面白がっていた。
須藤は興奮気味に言った。
「茶柱先生も出るなら勝てるんじゃねえか?」
池も頷く。
「インパクトは最強だよな」
軽井沢は疲れた顔で返す。
「インパクトだけで勝てたら苦労しないって」
堀北は冷静だった。
「注目されるということは、失敗も目立つということよ」
「それはそうだけどさ」
櫛田は静かに言った。
「でも、みんなが楽しみにしてくれてるなら、悪いことだけじゃないよ」
その言葉に、堀北は少しだけ黙った。
注目される。
見られる。
期待される。
それは、これまで堀北が避けてきた種類のものだった。
だが今は、それを避けていては勝てない。
同じ頃。
坂柳クラスでは、その噂を聞いた神室真澄が呆れた顔をしていた。
「茶柱先生が出るって本当?」
坂柳有栖は椅子に座り、穏やかに微笑んでいる。
「どうやら本当のようですね」
森下藍は牛乳を飲みながら言う。
「教師アイドルです」
神室が顔をしかめる。
「言い方」
坂柳は楽しそうだった。
「綾小路くんらしい手ですね。
欠員を単に補うのではなく、話題性ごと武器にしてきた」
「厄介?」
「ええ。非常に」
神室は少し驚いた。
「そこまで?」
「観客は予想外のものに惹かれます。
茶柱先生が本当に舞台上で成立するなら、堀北クラスは一気に印象を取れるでしょう」
森下が真顔で言う。
「大人の魅力です」
神室がため息をつく。
「また変な言い方を……」
坂柳は静かに笑った。
「ならば、私たちも負けていられませんね」
その坂柳クラスの練習も、さらに洗練されていた。
椅子に座る坂柳。
その周囲を動く神室と森下。
動かない中心。
動く周囲。
坂柳の弱点は、既に弱点ではなくなっていた。
神室は練習後、思わず言った。
「本当に椅子センターで勝負するのね」
「ええ」
坂柳は微笑む。
「私は立って踊る必要はありません。動かなくとも、視線を集めればいいのです」
「言い方が強いのよ」
森下が頷く。
「静止した台風の目です」
「その例え合ってる?」
坂柳は楽しそうに言った。
「合っています」
龍園クラスでも、茶柱加入の噂は届いていた。
伊吹澪は顔をしかめる。
「茶柱先生が出るって、本気?」
西野武子は少しだけ驚いていた。
「思い切ったね」
椎名ひよりは微笑む。
「少し見てみたいですね」
龍園翔は椅子に座り、静かに口元を歪めた。
「ククッ……」
伊吹が睨む。
「何笑ってんの」
「面白ぇ手だと思ってな」
「先生出すのが?」
「ただの代役じゃねぇ。会場の空気を一発で変える駒だ」
「アイドルを駒って言うな」
龍園は気にしない。
「綾小路らしい。まともに穴を埋めるんじゃなく、穴そのものを見せ物に変えやがった」
ひよりが少し考える。
「怪我という不利を、別の形に変えたということですね」
「そういうことだ」
西野が冷静に言う。
「じゃあ、こっちも何か変える?」
龍園は首を振った。
「必要ねぇ。こっちはこっちの形でいく」
伊吹が腕を組む。
「自信あるの?」
「ある」
即答だった。
「観客は、綺麗なものだけを見たいわけじゃねぇ」
龍園は低く言う。
「目を逸らせねぇものを見せればいい」
伊吹は呆れた。
「本当にアイドル試験の会話じゃない……」
一之瀬クラスでは、茶柱の噂を聞いた一之瀬帆波が純粋に驚いていた。
「茶柱先生が?」
網倉麻子も目を丸くする。
「すごいね。先生まで出るんだ」
姫野ユキは静かに言う。
「もう何でもありだね」
「でも、櫛田さんの代わりなんだよね」
一之瀬は少し心配そうだった。
「櫛田さん、悔しいだろうな」
網倉が頷く。
「うん」
姫野は小さく息を吐く。
「一之瀬さんは、そこをまず心配するんだ」
「え?」
「何でもない」
一之瀬は少し考え、それから言った。
「私たちは私たちのステージをやろう」
その言葉に、網倉は頷き、姫野も小さく頷いた。
夕方。
堀北クラスの練習は、新構成の通しに入っていた。
堀北と軽井沢の前半。
茶柱の中盤登場。
三人での後半。
最初は違和感が強かった。
高校生二人と担任教師。
普通に考えれば、まとまるはずがない。
だが。
何度も繰り返すうちに、不思議と形が見え始めた。
堀北の真面目さ。
軽井沢の華やかさ。
茶柱の存在感。
三つの違う色が、ぶつかりながらも一つのステージになりつつあった。
「堀北、今の入りは良い」
綾小路が言う。
「軽井沢、後半の表情が少し落ちた」
「はいはい、分かってますー」
「茶柱先生、登場後の間を半拍長くしてください」
「分かった」
軽井沢が汗を拭きながら言った。
「先生が一番返事素直じゃない?」
「私は無駄な反発はしない」
「私たちが無駄に反発してるみたいに言わないでくださいよ」
茶柱は軽井沢を見る。
「違うのか?」
軽井沢は黙った。
堀北が小さく笑った。
ほんの一瞬。
しかし、茶柱は見逃さなかった。
「堀北」
「はい」
「今の顔だ」
「え?」
「今みたいに自然に笑え」
堀北は固まった。
軽井沢がすかさず言う。
「そうそう!今ちょっと良かった!」
櫛田も椅子から拍手する。
「うん、すごく良かったよ!」
堀北は明らかに困惑していた。
「今のを再現しろと言われても……」
茶柱は淡々と言う。
「考えるな。お前は考えすぎるから硬くなる」
「それは……」
堀北は言い返せなかった。
綾小路も頷く。
「先生の指摘は正しい。堀北は表情を作ろうとすると硬くなる」
「あなたまで」
「自然な反応を引き出す構成を入れる必要がある」
軽井沢が手を挙げる。
「じゃあ私が本番で先生いじればいい?」
「やめろ」
茶柱が即答する。
「でも堀北さん笑うかも」
「お前が先に処される」
「処される!?」
多目的室に笑いが起きる。
櫛田も笑っていた。
その空気は、数日前にはなかったものだった。
櫛田が怪我をした。
計画は崩れた。
茶柱が加入した。
普通なら混乱だけで終わってもおかしくない。
だが今、堀北クラスは別の形でまとまり始めていた。
練習終了後。
茶柱は衣装データを再度確認していた。
ピンクを基調にしたステージ衣装。
普段のスーツ姿とはまるで違う。
それを見つめる茶柱の表情は複雑だった。
軽井沢が横から覗き込む。
「先生、やっぱり似合うと思いますよ」
「まだ着ていない」
「絶対似合います」
「軽井沢」
「はい」
「本番で変な煽りを入れるなよ」
「えー」
「えーではない」
堀北が静かに言う。
「でも、先生が登場する場面はかなり重要になりますね」
「ああ」
綾小路が答える。
「観客の反応次第で、勝負が決まる可能性もある」
茶柱は深く息を吐いた。
「重い役を渡してくれるな」
「先生ならできます」
櫛田が言った。
茶柱は櫛田を見る。
櫛田は笑っていた。
悔しさはある。
でも、それ以上に期待があった。
「……簡単に言う」
茶柱はそう呟きながらも、完全に拒絶はしなかった。
その夜。
綾小路は自室で構成表を眺めていた。
櫛田が抜けた時点で、堀北クラスの計画は一度崩壊した。
だが、茶柱加入によって新たな形が生まれた。
これは賭けだ。
成功すれば、圧倒的な印象を残せる。
失敗すれば、ただの悪ふざけとして処理される。
しかし。
綾小路はペンを動かした。
『茶柱登場シーン――最大の勝負所』
その下へ、もう一行。
『堀北の自然な笑顔を引き出す構成を追加』
アイドル特別試験。
残り八日。
堀北クラスは、王道から大きく外れた。
だが、その外れた道の先にこそ、勝機がある。
少なくとも綾小路は、そう判断していた。
モチベ維持のために感想・評価をもらえると幸いです。