アイドル至上主義の教室へ   作:EXTERMINATION

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第9話 中間発表

アイドル特別試験本番まで、残り七日。

堀北クラスはついに、完成した衣装データを受け取ることになった。

 

放課後。

多目的室。

 

モニターへ映し出された三着の衣装を見た瞬間、軽井沢恵は歓声を上げた。

 

「うわ、可愛い!」

 

白と淡いピンクを基調にした統一デザイン。

 

フリルは多い。

リボンも多い。

 

全体的に王道アイドル寄り。

だが、三人それぞれで細かい調整がされていた。

 

堀北鈴音の衣装は、比較的シンプルで落ち着いたライン。

軽井沢は華やかさ重視。

そして茶柱佐枝だけ、妙に高級感があった。

 

軽井沢が指差す。

 

「先生だけ高そうなピンクなんだけど」

 

茶柱は腕を組んだ。

 

「私もそう思った」

 

綾小路清隆は冷静に答える。

 

「年齢と存在感を考慮した結果です」

「今さらっと年齢って言った?」

「客観的事実です」

「お前は本当に一言多いな」

 

軽井沢はモニターを見ながら笑う。

 

「でも先生、これ絶対似合いますって」

「お前は昨日からそれしか言っていないな」

「だって本当にそう思ってるし」

 

堀北は静かに自分の衣装を見る。

数日前なら、まず拒否していただろう。

 

ピンク。

フリル。

アイドル。

 

自分とは最も遠い存在。

 

だが、今は違った。

 

抵抗感がゼロになったわけではない。

 

それでも、勝つために必要という理屈が、自分の中で優先され始めている。

 

「……派手ね」

 

軽井沢が即座に返す。

 

「アイドルだからね?」

「分かっているわ」

「分かってなさそうな顔で言わないで」

 

櫛田桔梗が椅子から微笑む。

 

「でも、堀北さん絶対似合うと思うよ」

「櫛田さんまで……」

「本当だよ。最初は想像できなかったけど、最近ちょっとずつ雰囲気変わってきたし」

 

堀北は少しだけ黙った。

 

変わった。

 

確かに変わっている。

 

笑顔を作るようになった。

 

観客を意識するようになった。

 

鏡を見る時間も増えた。

 

その変化を認めるのは少し悔しかった。

 

だが否定もできない。

 

茶柱はモニターから視線を外し、低く言う。

 

「問題は衣装ではない」

「何ですか?」

 

軽井沢が聞く。

 

「これを実際に着るという事実だ」

 

教室が静まった。

軽井沢は笑いをこらえる。

堀北は視線を逸らした。

櫛田だけが素直に言う。

 

「でも、先生なら大丈夫ですよ」

「その根拠のない信頼は何だ」

「なんとなくです」

 

茶柱は深くため息を吐く。

 

「なんとなくで教師をアイドルにするな」

 

綾小路は静かに言った。

 

「ですが、先生が衣装を着た瞬間、空気は変わると思います」

「お前は本当にそこしか見ていないな」

「勝率に直結するので」

 

軽井沢が吹き出す。

 

「清隆、最近先生を完全に戦略兵器扱いしてない?」

「近いものはある」

「否定しないんだ……」

 

その日の練習は、衣装を意識した動き確認から始まった。

 

まだ本物の衣装は届いていない。

 

だが、サイズ感やシルエットを想定して、仮の装飾を付けた状態で動きを確認する。

 

軽井沢は鏡の前でくるりと回った。

 

「やっぱフリルあるとテンション上がるかも」

 

堀北は慣れない様子で袖を気にしている。

 

「動きづらいわね」

「慣れろ」

 

茶柱が即座に言う。

 

「本番では衣装込みで動くことになる」

「先生、完全に指導側になってません?」

 

軽井沢が笑う。

茶柱は真顔だった。

 

「やるからには中途半端は許さん」

 

その声には妙な説得力がある。

実際、茶柱が加入してから、練習の質は明らかに変わった。

綾小路が理論と構成を担当するなら、茶柱は実践面を締めている。

 

堀北の姿勢。

軽井沢の集中力。

 

二人とも、以前より動きが安定していた。

 

「堀北」

 

茶柱が呼ぶ。

 

「はい」

「ターン後の目線が下がる」

「……はい」

「観客から逃げるな」

 

堀北は小さく息を吸う。

 

「分かっています」

「分かっているだけでは意味がない。見ろ」

 

堀北は鏡を見る。

 

そこには、ピンク系の仮衣装を着た自分が映っていた。

少し前までなら、絶対に受け入れられなかった姿。

 

だが今は。

 

その姿を、どう見せるかで考えている自分がいた。

 

茶柱が静かに言う。

 

「お前は、自分が見られることを恐れすぎだ」

 

堀北が振り向く。

 

「……そうでしょうか」

「そうだ。だから表情が硬くなる」

 

軽井沢が横から口を挟む。

 

「でも最近かなりマシになってますよね」

「最初よりはな」

 

茶柱は頷く。

 

「今は、見られているから、見せるへ変わり始めている」

 

堀北は少し黙った。

その変化は、自分でも感じていた。

ただ試験をこなすだけではない。

 

観客へどう見えるか。

どう印象を残すか。

 

以前の自分なら、そんなことを考える発想自体なかった。

 

軽井沢は鏡へ向かってポーズを取る。

 

「ねぇ先生、こういうのどう?」

「軽い。軽井沢だけに」

「えー」

「だが悪くはない」

「褒めた!」

「半分だ」

「先生って綾小路くんと同じタイプ?」

「やめろ」

 

即答だった。

櫛田が笑いをこらえる。

 

「でも、二人とも分析タイプではありますよね」

 

茶柱は嫌そうな顔をした。

 

「一緒にするな」

 

綾小路は平然としている。

 

「光栄です」

「褒めていない」

 

練習が進むにつれ、三人の空気は少しずつ変わっていった。

 

前半。

堀北と軽井沢。

 

明るく、テンポ良く、観客を引き込む。

 

中盤。

照明が落ちる。

そこへ茶柱が入る。

 

ゆっくり。

堂々と。

ただ歩くだけ。

 

それなのに、多目的室の空気が変わる。

 

軽井沢が毎回呟く。

 

「やっぱ強いなぁ……」

 

茶柱は中央へ立ち、静かに視線を上げる。

綾小路はその瞬間を見逃さない。

 

『茶柱登場時、空気変化確認』

『観客視線集中率高』

 

「また書いてる」

 

軽井沢が呆れる。

 

「必要だからな」

「最近あんたのノートが怖いんだけど」

 

茶柱は中央でポーズを確認していた。

その姿は、普通の高校生アイドルとはまるで違う。

 

若さではない。

可愛らしさだけでもない。

 

むしろ、大人が本気で舞台へ立っているという異質さ。

 

それが逆に強い。

綾小路は静かに言う。

 

「先生」

「何だ」

「本番では、登場後に半拍だけ静止してください」

「なぜだ」

「観客に認識させる時間が必要です」

 

茶柱は少し考えた。

 

「……なるほどな」

 

軽井沢が目を丸くする。

 

「今ので通じるんだ」

 

堀北も頷く。

 

「最近、先生と綾小路くんの会話だけ専門用語みたいになってるわね」

「困るな」

 

茶柱が言う。

 

「私はまだ正常側のつもりなんだが」

 

軽井沢が小さく吹き出した。

 

「それはもう無理あるかも」

「軽井沢」

「はい!」

「ステップ追加」

「ごめんなさい!」

 

その頃。

他クラスでも、堀北クラスの変化は話題になっていた。

 

坂柳クラス。

 

神室真澄は端末で流れてきた噂を見ながら呆れていた。

 

「ピンク衣装の茶柱先生って何よ……」

 

坂柳有栖は楽しそうに微笑む。

 

「面白い方向へ突き抜けましたね」

 

森下藍が真顔で言う。

 

「伝説感があります」

 

神室がため息を吐く。

 

「最近その単語好きね」

 

坂柳は静かに言った。

 

「ですが、侮れません。予想外の存在は、それだけで人の記憶へ残ります」

「つまり強い?」

「ええ。少なくとも、忘れられないステージにはなるでしょう」

 

坂柳は椅子へ腰掛ける。

 

「ならばこちらも、静止するセンターを完成させなければいけませんね」

 

森下が頷く。

 

「動かないアイドルです」

 

神室がぼそっと言う。

 

「この学校、何かおかしい……」

 

龍園クラスでも、茶柱の噂は広がっていた。

 

伊吹澪は端末を見ながら顔をしかめる。

 

「本当にピンク着るの?」

 

西野武子が肩をすくめる。

 

「やるなら徹底してるね」

 

椎名ひよりは小さく笑った。

 

「少し見てみたいです」

 

龍園翔は椅子へ座ったまま、静かに口元を歪める。

 

「ククッ……」

 

伊吹が睨む。

 

「また笑ってる」

「笑うだろ。教師がピンクアイドルだぞ」

「そこだけ切り取ると終わってるわね」

「だが、それで終わらせねぇのが綾小路だ」

 

龍園は低く言う。

 

「観客は絶対に反応する。問題は、その反応を歓声へ変えられるかだ」

 

西野が冷静に頷く。

 

「最初はネタ扱いされそうだしね」

「そこで空気を掴めば勝ちだ」

 

伊吹は少しだけ考えた。

 

「……なんか悔しいけど、ちょっと見たくなってきた」

 

龍園は静かに笑う。

 

「そう思わせた時点で、向こうの勝ち筋は始まってる」

 

一之瀬クラス。

一之瀬帆波は噂を聞いて驚いていた。

 

「茶柱先生、ピンク衣装なんだ……」

 

網倉麻子が苦笑する。

 

「かなり攻めてるよね」

 

姫野ユキは静かに言った。

 

「でも、逆に強そう」

 

一之瀬が目を丸くする。

 

「姫野さんもそう思う?」

「だって普通やらないもん。だから気になる」

 

網倉が頷く。

 

「分かる。見たいって思わせた時点で強いよね」

 

一之瀬は少し考え、それから笑った。

 

「でも、負けないよ」

 

その笑顔はまっすぐだった。

 

王道。

だからこそ強い。

 

夕方。

堀北クラスの練習は終盤へ入っていた。

 

汗。

疲労。

息切れ。

 

それでも三人は動き続ける。

 

堀北は以前より自然に笑えていた。

軽井沢は最後まで空気を落とさない。

茶柱は疲れを表へ出さず、静かに場を支配している。

 

綾小路は確信し始めていた。

 

この構成は成立する。

 

いや、下手をすればかなり強い。

 

「今日はここまでだ」

 

綾小路が言うと、軽井沢はその場へ崩れ落ちた。

 

「死ぬ……」

「まだ死なない」

 

茶柱が即座に返す。

 

「先生、最近ノリノリじゃないです?」

「気のせいだ」

 

堀北は鏡を見る。

そこには、ピンク衣装を着て笑顔を作る自分が映っていた。

 

数日前なら、想像すらしなかった姿。

だが、不思議と嫌悪感は薄れていた。

 

「……慣れって怖いわね」

 

櫛田が笑う。

 

「堀北さん、ちょっと楽しそうだもん」

「それはないわ」

「あるある」

 

軽井沢も頷く。

 

「最初より絶対ノってるって」

 

堀北は少しだけ黙る。

 

否定しようとした。

 

だが完全には否定できなかった。

 

綾小路はその様子を見ながら、静かにノートへ書き込む。

 

『堀北――観客意識定着』

『軽井沢――安定』

『茶柱先生――想定以上』

 

そして最後に、一行。

 

『本番で空気を変えられる可能性あり』

 

アイドル特別試験。

 

残り七日。

 

堀北クラスは、もはや普通のアイドルグループではなくなっていた。

 

ピンク色の衣装。

 

教師のセンター。

 

異質な構成。

 

だが、それこそが武器になる。

 

少なくとも今、綾小路はそう確信し始めていた。

 

 

アイドル特別試験本番まで、残り六日。

その日の朝、二年生全クラスへ学校側から追加連絡が入った。

 

内容は単純だった。

本番前の確認を兼ねて、各クラスの代表チームによる短時間の中間発表を行う。

 

時間は各クラス一分半。

 

衣装は不要。

本番用楽曲の一部使用は可。

審査点には直接反映されない。

 

ただし、当日の運営確認とステージ安全確認を兼ねるため、全チーム参加必須。

 

教室でその知らせを聞いた瞬間、軽井沢は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「え、もう人前でやるの?」

 

堀北は資料を見ながら眉を寄せる。

 

「審査対象外とはいえ、他クラスに手の内を見せることになるわね」

 

櫛田は椅子に座ったまま、心配そうに言った。

 

「でも、本番前にステージの感覚を掴めるのは良いことじゃないかな」

 

茶柱は腕を組み、低い声で言う。

 

「むしろ必要だ。本番で初めて舞台に立つ方が危険だからな」

 

軽井沢は茶柱を見る。

 

「先生、すっかりアイドル試験に詳しい人みたいになってません?」

「必要な範囲で理解しているだけだ」

「その言い方、綾小路くんみたい」

「やめろ」

 

即答だった。

 

綾小路は黒板横で、既に中間発表用の構成を考え始めていた。

 

本番用の全てを見せる必要はない。

むしろ見せすぎれば、他クラスに対策される。

だが、何も見せなければステージ確認としての意味が薄い。

 

一分半。

 

その短い時間で、堀北クラスの方向性を示しつつ、最大の武器は隠す。

 

「中間発表では、茶柱先生の登場を控えめにする」

 

綾小路が言うと、軽井沢が首を傾げた。

 

「え、先生出さないの?」

「出るが、本番ほど強く見せない」

 

茶柱が目を細める。

 

「私を隠し玉にするつもりか」

「はい」

「堂々と言うな」

 

堀北は少し考える。

 

「でも、先生が出ること自体は既に噂になっているわ。隠しきるのは無理よ」

「出ることは知られている。だが、どう出るかまでは知られていない」

 

綾小路はホワイトボードに流れを書いた。

 

『堀北・軽井沢で開始』

『茶柱は後半に短く参加』

『本番用の決め場面は隠す』

『ピンク衣装は未公開』

 

軽井沢が手を叩く。

 

「あ、ピンク衣装まだ見せないんだ」

「ああ。衣装込みの衝撃は本番まで残す」

 

茶柱が深く息を吐く。

 

「衝撃扱いか」

「事実です」

「お前は本当に……」

 

堀北は静かに言う。

 

「ですが、これは合理的です。

本番で一番強い印象を残すなら、今見せるべきではありません」

 

軽井沢が堀北を見る。

 

「堀北さん、最近だいぶ綾小路くん側に寄ってない?」

「不本意だけれど、理屈は分かるのよ」

「そのうち観客心理がどうこうって言い出しそう」

「もう少しで言いそうな自分が嫌ね」

 

櫛田が笑った。

 

その笑顔は少しだけ寂しそうだったが、以前より明るさが戻っていた。

 

中間発表は、放課後に校内ホールで行われることになった。

 

本番と同じ舞台。

客席には各クラスの関係者と教師、運営担当の生徒たち。

 

全校生徒が入るわけではない。

 

それでも、舞台に立つには十分すぎる数だった。

 

堀北は舞台袖から客席を見て、静かに息を吸った。

 

「……思ったよりいるわね」

 

軽井沢も少し顔を強張らせる。

 

「これで本番じゃないって、逆に怖いんだけど」

 

茶柱は普段通りに見えた。

だが、綾小路には分かる。

彼女も集中している。

 

緊張ではない。

 

舞台へ立つ前の、空気の整え方。

それは素人のものではなかった。

 

「茶柱先生」

「何だ」

「やはり、昔ステージ経験があるのでは?」

「今訊くことか」

「確認です」

「黙っていろ」

 

軽井沢が小声で言う。

 

「絶対あるよね」

 

堀北も小さく頷く。

 

「否定が弱いものね」

 

茶柱は二人を睨む。

 

「お前たちも黙れ。踏まれたいのか?」

「暴力反対!」

「なるほど……」

「どうしてそこで考え込むの?なるほどって何?綾小路くん……」

 

その時、舞台袖の反対側から坂柳有栖の声が聞こえた。

 

「賑やかですね」

 

坂柳クラスの三人が現れた。

 

坂柳はいつものように杖を手にし、

神室真澄は面倒そうに立ち、森下藍はなぜか小さな牛乳パックを持っている。

 

軽井沢がそれを見る。

 

「森下さん、それ何?」

「補給です」

「本番前に?」

「胸と心の準備です」

 

神室がため息をつく。

 

「私にも分からないから訊かないで」

 

坂柳は茶柱を見ると、穏やかに微笑んだ。

 

「茶柱先生が舞台へ立たれるとは、楽しみですね」

 

茶柱は嫌そうに眉を動かす。

 

「楽しむな」

「いえ、純粋な興味です。教師が生徒と共に偶像へ近づく。

なかなか見られない光景ですから」

「偶像へ近づくつもりはない」

「ですが、既に半分ほど足を踏み入れているように見えます」

 

軽井沢が口元を押さえた。

茶柱は低く言う。

 

「軽井沢」

「何も言ってません!」

 

坂柳は堀北へ視線を向ける。

 

「堀北さんも、ずいぶん表情が変わりましたね」

 

堀北は静かに返す。

 

「そうかしら」

「ええ。以前より、少し柔らかい」

「アイドルの練習の成果だと言われると複雑ね」

 

坂柳は微笑む。

 

「良いことです。人は望まぬ場所でこそ、意外な成長を見せるものですから」

 

神室がぼそっと言う。

 

「坂柳、たまに本当にそれっぽいこと言うよね」

 

森下が頷く。

 

「偶像評論家です」

「それは違うと思う」

 

そこへ、龍園クラスも姿を見せた。

龍園翔は静かに歩き、伊吹澪は不機嫌そうに、

椎名ひよりは穏やかに、西野武子は落ち着いた表情で続く。

 

龍園は茶柱を一瞥し、薄く口元を歪めた。

 

「教師まで引っ張り出すとはな」

 

茶柱は冷たく返す。

 

「文句があるのか」

「ねえよ。むしろ面白ぇ」

「面白がるな。踏まれたいのか」

「ほう……」

「いや、あんたならそこは『上等だ』と乗るところでしょ……」

 

伊吹が突っ込んだ。

 

龍園は綾小路を見る。

 

「お前らしい手だな。穴を埋めるんじゃなく、穴を看板に変えやがった」

 

綾小路は答える。

 

「勝つためだ」

「だろうな」

 

伊吹が呆れたように言う。

 

「この二人が普通に会話してると、内容がアイドルじゃないのよ」

 

ひよりが小さく笑う。

 

「でも、皆さん本気なんですね」

 

西野が頷く。

 

「ここまで来ると、もう笑って済ませられないね」

 

最後に一之瀬クラスが到着した。

 

一之瀬帆波は明るく挨拶し、網倉麻子が手を振り、

姫野ユキは少し疲れたように立っている。

 

「みんな、今日はよろしくね」

 

一之瀬の声だけで、場の空気が少し柔らかくなった。

 

軽井沢が小声で言う。

 

「やっぱ一之瀬さん、強いなぁ」

 

堀北も同意する。

 

「いるだけで空気が変わるわね」

 

綾小路も同じことを考えていた。

 

一之瀬帆波は、何も奇策を使っていない。

ただ正面から、人を惹きつける。

それが最も厄介だった。

 

中間発表は、一之瀬クラスから始まった。

 

舞台中央に一之瀬。

左右に網倉と姫野。

 

曲が流れた瞬間、空気が明るくなる。

 

王道だった。

笑顔。

手拍子。

 

親しみやすい振付。

 

一之瀬の声は明るく、観客を自然に巻き込む。

 

網倉はそれを支え、姫野は少し控えめながらも、

意外と落ち着いた雰囲気で全体を引き締めている。

 

「姫野さん、思ったより馴染んでるね」

 

軽井沢が言う。

 

「ええ。嫌々ながらも逃げていないのが逆に味になっているわ」

 

堀北が答える。

綾小路は客席を見る。

運営の生徒たちが自然に手拍子をしている。

 

強い。

 

一分半という短時間でも、一之瀬クラスは“楽しい”という印象を確実に残した。

 

次は龍園クラス。

 

空気が一変した。

曲の低音が強い。

 

ひよりが中央へ立つ。

 

その柔らかい雰囲気とは対照的に、伊吹の動きは鋭く、西野は安定している。

 

王道ではない。

だが、目を離しづらい。

 

「なんか……変だけど見ちゃう」

 

軽井沢が呟く。

堀北も頷く。

 

「龍園くんの狙い通りでしょうね」

 

綾小路は龍園の構成を分析する。

 

ひよりで柔らかさを作り、伊吹で緊張感を出し、西野で崩れを防ぐ。

 

見た目以上に計算されている。

 

龍園は舞台袖で静かに見ていた。

表情は大きく動かない。

ただ、満足そうに目を細めている。

中間発表で全ては見せていない。

それは向こうも同じだった。

 

三番目は坂柳クラス。

 

舞台中央に置かれた椅子を見た瞬間、客席がざわついた。

 

坂柳はその椅子へ静かに座る。

神室と森下が左右へ立つ。

 

曲が始まる。

坂柳は立たない。

踊らない。

ただ座ったまま、歌い始める。

その瞬間、ざわめきが消えた。

 

動かないセンター。

 

それは弱点を隠すどころか、強みに変えていた。

 

神室と森下が周囲を動く。

坂柳だけが中心に残る。

 

その構図は、明らかに他クラスとは違った。

 

「……これは強いわね」

 

堀北が呟く。

軽井沢も黙っていた。

茶柱は腕を組み、静かに言う。

 

「自分の弱点を理解している者の構成だな」

 

綾小路も同感だった。

 

坂柳は踊れない。

ならば、踊らないことを演出にした。

これは簡単そうに見えて難しい。

弱点を受け入れ、それを堂々と提示する必要があるからだ。

 

坂柳は一分半を静かに支配した。

 

最後に森下がなぜかギニューのポーズを取り、

神室が小さく睨んでいたが、それすら妙な味になっていた。

 

軽井沢が小声で言う。

 

「森下さん、ズレたのに逆に印象残ったね」

 

堀北が答える。

 

「あれが狙いなのか偶然なのか判断に困るわ」

 

綾小路は言った。

 

「どちらでも結果が同じなら問題ない」

 

そして最後。

堀北クラスの番が来た。

舞台袖で、軽井沢が大きく息を吐く。

 

「うわ、やっぱ緊張する」

 

堀北も表情は硬い。

 

「中間発表とはいえ、見られるのは本番と変わらないわね」

 

茶柱は二人を見る。

 

「今さら逃げるな」

「逃げません」

 

堀北が答える。

軽井沢も頷く。

 

「分かってますって」

 

茶柱は静かに言う。

 

「失敗しても止まるな。観客は完璧かどうかだけを見ているわけではない」

 

堀北が茶柱を見る。

 

「先生」

「何だ」

「今の、少しアイドルの先生みたいでした」

 

軽井沢が吹き出した。

 

「確かに!」

 

茶柱は目を細める。

 

「堀北。後で笑顔練習追加だ」

「なぜですか」

「余計なことを言ったからだ」

「理不尽です」

 

その軽いやり取りで、堀北の表情が少しだけ緩んだ。

綾小路はそれを見逃さなかった。

 

「今の顔でいけ」

 

堀北は一瞬だけ目を丸くする。

そして、小さく頷いた。

 

舞台へ出る。

堀北と軽井沢が先に立つ。

茶柱はまだ袖に残る。

 

曲が始まる。

前半は二人だけ。

 

堀北は中央で視線を上げる。

軽井沢が隣で華やかに動く。

 

最初の数秒。

 

堀北の表情は少し硬かった。

 

だが、客席から小さなざわめきが聞こえる。

 

「堀北さんだ」

「本当にアイドルやってる」

「かわいい」

 

その声が届いたのか、堀北は一瞬だけ目を伏せそうになった。

 

しかし、踏みとどまる。

観客から逃げない。

見られるのではなく、見せる。

茶柱に言われた言葉を思い出す。

 

堀北は顔を上げた。

 

そして、少しだけ笑った。

 

軽井沢が横で気づく。

 

「いいじゃん」

 

小さな声。

堀北は返事をしない。

だが、その言葉で少しだけ肩の力が抜けた。

 

中盤。

 

曲調が落ち着く。

 

ここで茶柱が入る。

 

中間発表では、本番ほど強い演出はしない。

 

衣装も練習着のまま。

それでも、茶柱が舞台へ出た瞬間、客席がざわついた。

 

「茶柱先生だ」

「本当に出るんだ」

「何この組み合わせ」

「かわいい」

 

茶柱は動じない。

ただ中央の後方へ立つ。

それだけで、場が締まる。

 

堀北と軽井沢の可愛らしさに、茶柱の存在感が加わる。

 

奇妙だった。

だが、目を引いた。

 

最後のポーズ。

 

三人が揃う。

一分半が終わる。

 

客席は一瞬だけ静まった。

 

そして、拍手が起きた。

 

大きくはない。

 

だが確かな拍手だった。

 

軽井沢が小さく息を吐く。

 

「……終わった」

 

堀北も静かに息を吐いた。

茶柱は表情を変えない。

だが、綾小路には分かった。

 

悪くない手応えだった。

 

舞台袖へ戻ると、櫛田が待っていた。

 

「すごく良かったよ!」

 

軽井沢は照れたように笑う。

 

「ほんと?」

「うん。鈴音ちゃんもすごく自然だった」

 

堀北は少しだけ視線を逸らす。

 

「……ありがとう」

 

茶柱は綾小路を見る。

 

「どうだった」

「中間発表としては十分です」

「本番は?」

「まだ上げられます」

 

茶柱は小さく頷いた。

 

「ならいい」

 

その様子を、少し離れた場所から龍園が見ていた。

 

「ククッ……」

 

伊吹が眉をひそめる。

 

「何?」

「やっぱり面白ぇな」

「茶柱先生が?」

「いや、堀北クラス全体がだ」

 

龍園は低く言う。

 

「最初は完全にネタだと思ったが、形にしてきやがった」

 

坂柳もまた、静かに微笑んでいた。

 

「綾小路くんらしいですね」

 

神室が聞く。

 

「警戒する?」

「もちろんです」

 

森下が牛乳を飲みながら言う。

 

「ピンク色の本番が怖いです」

 

神室は頭を抱えた。

 

「言い方……」

 

一之瀬は素直に拍手していた。

 

「堀北さんたち、すごかったね」

 

網倉も頷く。

 

「茶柱先生の存在感、すごかった」

 

姫野は静かに言う。

 

「本番、ちょっと怖いね」

 

中間発表は終わった。

 

だが、それは単なる確認ではなかった。

各クラスは互いの武器を見た。

 

王道の一之瀬。

独特の龍園。

静止の坂柳。

 

そして、異質な堀北クラス。

 

残り六日。

 

ここから先は、ただ完成度を上げるだけでは勝てない。

 

どれだけ観客の記憶に残れるか。

どれだけ空気を奪えるか。

 

アイドル特別試験は、いよいよ本番の熱を帯び始めていた。

 

その夜。

綾小路はノートに一行を書き込んだ。

 

『中間発表――各クラス、想定以上』

 

そして少し間を置いて、もう一行。

 

『本番では、ピンク衣装と茶柱先生の登場演出を最大化する』

 

戦うことは、運命だった。




モチベ維持のために感想・評価をもらえると幸いです。
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