アイドル特別試験本番まで、残り七日。
堀北クラスはついに、完成した衣装データを受け取ることになった。
放課後。
多目的室。
モニターへ映し出された三着の衣装を見た瞬間、軽井沢恵は歓声を上げた。
「うわ、可愛い!」
白と淡いピンクを基調にした統一デザイン。
フリルは多い。
リボンも多い。
全体的に王道アイドル寄り。
だが、三人それぞれで細かい調整がされていた。
堀北鈴音の衣装は、比較的シンプルで落ち着いたライン。
軽井沢は華やかさ重視。
そして茶柱佐枝だけ、妙に高級感があった。
軽井沢が指差す。
「先生だけ高そうなピンクなんだけど」
茶柱は腕を組んだ。
「私もそう思った」
綾小路清隆は冷静に答える。
「年齢と存在感を考慮した結果です」
「今さらっと年齢って言った?」
「客観的事実です」
「お前は本当に一言多いな」
軽井沢はモニターを見ながら笑う。
「でも先生、これ絶対似合いますって」
「お前は昨日からそれしか言っていないな」
「だって本当にそう思ってるし」
堀北は静かに自分の衣装を見る。
数日前なら、まず拒否していただろう。
ピンク。
フリル。
アイドル。
自分とは最も遠い存在。
だが、今は違った。
抵抗感がゼロになったわけではない。
それでも、勝つために必要という理屈が、自分の中で優先され始めている。
「……派手ね」
軽井沢が即座に返す。
「アイドルだからね?」
「分かっているわ」
「分かってなさそうな顔で言わないで」
櫛田桔梗が椅子から微笑む。
「でも、堀北さん絶対似合うと思うよ」
「櫛田さんまで……」
「本当だよ。最初は想像できなかったけど、最近ちょっとずつ雰囲気変わってきたし」
堀北は少しだけ黙った。
変わった。
確かに変わっている。
笑顔を作るようになった。
観客を意識するようになった。
鏡を見る時間も増えた。
その変化を認めるのは少し悔しかった。
だが否定もできない。
茶柱はモニターから視線を外し、低く言う。
「問題は衣装ではない」
「何ですか?」
軽井沢が聞く。
「これを実際に着るという事実だ」
教室が静まった。
軽井沢は笑いをこらえる。
堀北は視線を逸らした。
櫛田だけが素直に言う。
「でも、先生なら大丈夫ですよ」
「その根拠のない信頼は何だ」
「なんとなくです」
茶柱は深くため息を吐く。
「なんとなくで教師をアイドルにするな」
綾小路は静かに言った。
「ですが、先生が衣装を着た瞬間、空気は変わると思います」
「お前は本当にそこしか見ていないな」
「勝率に直結するので」
軽井沢が吹き出す。
「清隆、最近先生を完全に戦略兵器扱いしてない?」
「近いものはある」
「否定しないんだ……」
その日の練習は、衣装を意識した動き確認から始まった。
まだ本物の衣装は届いていない。
だが、サイズ感やシルエットを想定して、仮の装飾を付けた状態で動きを確認する。
軽井沢は鏡の前でくるりと回った。
「やっぱフリルあるとテンション上がるかも」
堀北は慣れない様子で袖を気にしている。
「動きづらいわね」
「慣れろ」
茶柱が即座に言う。
「本番では衣装込みで動くことになる」
「先生、完全に指導側になってません?」
軽井沢が笑う。
茶柱は真顔だった。
「やるからには中途半端は許さん」
その声には妙な説得力がある。
実際、茶柱が加入してから、練習の質は明らかに変わった。
綾小路が理論と構成を担当するなら、茶柱は実践面を締めている。
堀北の姿勢。
軽井沢の集中力。
二人とも、以前より動きが安定していた。
「堀北」
茶柱が呼ぶ。
「はい」
「ターン後の目線が下がる」
「……はい」
「観客から逃げるな」
堀北は小さく息を吸う。
「分かっています」
「分かっているだけでは意味がない。見ろ」
堀北は鏡を見る。
そこには、ピンク系の仮衣装を着た自分が映っていた。
少し前までなら、絶対に受け入れられなかった姿。
だが今は。
その姿を、どう見せるかで考えている自分がいた。
茶柱が静かに言う。
「お前は、自分が見られることを恐れすぎだ」
堀北が振り向く。
「……そうでしょうか」
「そうだ。だから表情が硬くなる」
軽井沢が横から口を挟む。
「でも最近かなりマシになってますよね」
「最初よりはな」
茶柱は頷く。
「今は、見られているから、見せるへ変わり始めている」
堀北は少し黙った。
その変化は、自分でも感じていた。
ただ試験をこなすだけではない。
観客へどう見えるか。
どう印象を残すか。
以前の自分なら、そんなことを考える発想自体なかった。
軽井沢は鏡へ向かってポーズを取る。
「ねぇ先生、こういうのどう?」
「軽い。軽井沢だけに」
「えー」
「だが悪くはない」
「褒めた!」
「半分だ」
「先生って綾小路くんと同じタイプ?」
「やめろ」
即答だった。
櫛田が笑いをこらえる。
「でも、二人とも分析タイプではありますよね」
茶柱は嫌そうな顔をした。
「一緒にするな」
綾小路は平然としている。
「光栄です」
「褒めていない」
練習が進むにつれ、三人の空気は少しずつ変わっていった。
前半。
堀北と軽井沢。
明るく、テンポ良く、観客を引き込む。
中盤。
照明が落ちる。
そこへ茶柱が入る。
ゆっくり。
堂々と。
ただ歩くだけ。
それなのに、多目的室の空気が変わる。
軽井沢が毎回呟く。
「やっぱ強いなぁ……」
茶柱は中央へ立ち、静かに視線を上げる。
綾小路はその瞬間を見逃さない。
『茶柱登場時、空気変化確認』
『観客視線集中率高』
「また書いてる」
軽井沢が呆れる。
「必要だからな」
「最近あんたのノートが怖いんだけど」
茶柱は中央でポーズを確認していた。
その姿は、普通の高校生アイドルとはまるで違う。
若さではない。
可愛らしさだけでもない。
むしろ、大人が本気で舞台へ立っているという異質さ。
それが逆に強い。
綾小路は静かに言う。
「先生」
「何だ」
「本番では、登場後に半拍だけ静止してください」
「なぜだ」
「観客に認識させる時間が必要です」
茶柱は少し考えた。
「……なるほどな」
軽井沢が目を丸くする。
「今ので通じるんだ」
堀北も頷く。
「最近、先生と綾小路くんの会話だけ専門用語みたいになってるわね」
「困るな」
茶柱が言う。
「私はまだ正常側のつもりなんだが」
軽井沢が小さく吹き出した。
「それはもう無理あるかも」
「軽井沢」
「はい!」
「ステップ追加」
「ごめんなさい!」
その頃。
他クラスでも、堀北クラスの変化は話題になっていた。
坂柳クラス。
神室真澄は端末で流れてきた噂を見ながら呆れていた。
「ピンク衣装の茶柱先生って何よ……」
坂柳有栖は楽しそうに微笑む。
「面白い方向へ突き抜けましたね」
森下藍が真顔で言う。
「伝説感があります」
神室がため息を吐く。
「最近その単語好きね」
坂柳は静かに言った。
「ですが、侮れません。予想外の存在は、それだけで人の記憶へ残ります」
「つまり強い?」
「ええ。少なくとも、忘れられないステージにはなるでしょう」
坂柳は椅子へ腰掛ける。
「ならばこちらも、静止するセンターを完成させなければいけませんね」
森下が頷く。
「動かないアイドルです」
神室がぼそっと言う。
「この学校、何かおかしい……」
龍園クラスでも、茶柱の噂は広がっていた。
伊吹澪は端末を見ながら顔をしかめる。
「本当にピンク着るの?」
西野武子が肩をすくめる。
「やるなら徹底してるね」
椎名ひよりは小さく笑った。
「少し見てみたいです」
龍園翔は椅子へ座ったまま、静かに口元を歪める。
「ククッ……」
伊吹が睨む。
「また笑ってる」
「笑うだろ。教師がピンクアイドルだぞ」
「そこだけ切り取ると終わってるわね」
「だが、それで終わらせねぇのが綾小路だ」
龍園は低く言う。
「観客は絶対に反応する。問題は、その反応を歓声へ変えられるかだ」
西野が冷静に頷く。
「最初はネタ扱いされそうだしね」
「そこで空気を掴めば勝ちだ」
伊吹は少しだけ考えた。
「……なんか悔しいけど、ちょっと見たくなってきた」
龍園は静かに笑う。
「そう思わせた時点で、向こうの勝ち筋は始まってる」
一之瀬クラス。
一之瀬帆波は噂を聞いて驚いていた。
「茶柱先生、ピンク衣装なんだ……」
網倉麻子が苦笑する。
「かなり攻めてるよね」
姫野ユキは静かに言った。
「でも、逆に強そう」
一之瀬が目を丸くする。
「姫野さんもそう思う?」
「だって普通やらないもん。だから気になる」
網倉が頷く。
「分かる。見たいって思わせた時点で強いよね」
一之瀬は少し考え、それから笑った。
「でも、負けないよ」
その笑顔はまっすぐだった。
王道。
だからこそ強い。
夕方。
堀北クラスの練習は終盤へ入っていた。
汗。
疲労。
息切れ。
それでも三人は動き続ける。
堀北は以前より自然に笑えていた。
軽井沢は最後まで空気を落とさない。
茶柱は疲れを表へ出さず、静かに場を支配している。
綾小路は確信し始めていた。
この構成は成立する。
いや、下手をすればかなり強い。
「今日はここまでだ」
綾小路が言うと、軽井沢はその場へ崩れ落ちた。
「死ぬ……」
「まだ死なない」
茶柱が即座に返す。
「先生、最近ノリノリじゃないです?」
「気のせいだ」
堀北は鏡を見る。
そこには、ピンク衣装を着て笑顔を作る自分が映っていた。
数日前なら、想像すらしなかった姿。
だが、不思議と嫌悪感は薄れていた。
「……慣れって怖いわね」
櫛田が笑う。
「堀北さん、ちょっと楽しそうだもん」
「それはないわ」
「あるある」
軽井沢も頷く。
「最初より絶対ノってるって」
堀北は少しだけ黙る。
否定しようとした。
だが完全には否定できなかった。
綾小路はその様子を見ながら、静かにノートへ書き込む。
『堀北――観客意識定着』
『軽井沢――安定』
『茶柱先生――想定以上』
そして最後に、一行。
『本番で空気を変えられる可能性あり』
アイドル特別試験。
残り七日。
堀北クラスは、もはや普通のアイドルグループではなくなっていた。
ピンク色の衣装。
教師のセンター。
異質な構成。
だが、それこそが武器になる。
少なくとも今、綾小路はそう確信し始めていた。
◯
アイドル特別試験本番まで、残り六日。
その日の朝、二年生全クラスへ学校側から追加連絡が入った。
内容は単純だった。
本番前の確認を兼ねて、各クラスの代表チームによる短時間の中間発表を行う。
時間は各クラス一分半。
衣装は不要。
本番用楽曲の一部使用は可。
審査点には直接反映されない。
ただし、当日の運営確認とステージ安全確認を兼ねるため、全チーム参加必須。
教室でその知らせを聞いた瞬間、軽井沢は露骨に嫌そうな顔をした。
「え、もう人前でやるの?」
堀北は資料を見ながら眉を寄せる。
「審査対象外とはいえ、他クラスに手の内を見せることになるわね」
櫛田は椅子に座ったまま、心配そうに言った。
「でも、本番前にステージの感覚を掴めるのは良いことじゃないかな」
茶柱は腕を組み、低い声で言う。
「むしろ必要だ。本番で初めて舞台に立つ方が危険だからな」
軽井沢は茶柱を見る。
「先生、すっかりアイドル試験に詳しい人みたいになってません?」
「必要な範囲で理解しているだけだ」
「その言い方、綾小路くんみたい」
「やめろ」
即答だった。
綾小路は黒板横で、既に中間発表用の構成を考え始めていた。
本番用の全てを見せる必要はない。
むしろ見せすぎれば、他クラスに対策される。
だが、何も見せなければステージ確認としての意味が薄い。
一分半。
その短い時間で、堀北クラスの方向性を示しつつ、最大の武器は隠す。
「中間発表では、茶柱先生の登場を控えめにする」
綾小路が言うと、軽井沢が首を傾げた。
「え、先生出さないの?」
「出るが、本番ほど強く見せない」
茶柱が目を細める。
「私を隠し玉にするつもりか」
「はい」
「堂々と言うな」
堀北は少し考える。
「でも、先生が出ること自体は既に噂になっているわ。隠しきるのは無理よ」
「出ることは知られている。だが、どう出るかまでは知られていない」
綾小路はホワイトボードに流れを書いた。
『堀北・軽井沢で開始』
『茶柱は後半に短く参加』
『本番用の決め場面は隠す』
『ピンク衣装は未公開』
軽井沢が手を叩く。
「あ、ピンク衣装まだ見せないんだ」
「ああ。衣装込みの衝撃は本番まで残す」
茶柱が深く息を吐く。
「衝撃扱いか」
「事実です」
「お前は本当に……」
堀北は静かに言う。
「ですが、これは合理的です。
本番で一番強い印象を残すなら、今見せるべきではありません」
軽井沢が堀北を見る。
「堀北さん、最近だいぶ綾小路くん側に寄ってない?」
「不本意だけれど、理屈は分かるのよ」
「そのうち観客心理がどうこうって言い出しそう」
「もう少しで言いそうな自分が嫌ね」
櫛田が笑った。
その笑顔は少しだけ寂しそうだったが、以前より明るさが戻っていた。
中間発表は、放課後に校内ホールで行われることになった。
本番と同じ舞台。
客席には各クラスの関係者と教師、運営担当の生徒たち。
全校生徒が入るわけではない。
それでも、舞台に立つには十分すぎる数だった。
堀北は舞台袖から客席を見て、静かに息を吸った。
「……思ったよりいるわね」
軽井沢も少し顔を強張らせる。
「これで本番じゃないって、逆に怖いんだけど」
茶柱は普段通りに見えた。
だが、綾小路には分かる。
彼女も集中している。
緊張ではない。
舞台へ立つ前の、空気の整え方。
それは素人のものではなかった。
「茶柱先生」
「何だ」
「やはり、昔ステージ経験があるのでは?」
「今訊くことか」
「確認です」
「黙っていろ」
軽井沢が小声で言う。
「絶対あるよね」
堀北も小さく頷く。
「否定が弱いものね」
茶柱は二人を睨む。
「お前たちも黙れ。踏まれたいのか?」
「暴力反対!」
「なるほど……」
「どうしてそこで考え込むの?なるほどって何?綾小路くん……」
その時、舞台袖の反対側から坂柳有栖の声が聞こえた。
「賑やかですね」
坂柳クラスの三人が現れた。
坂柳はいつものように杖を手にし、
神室真澄は面倒そうに立ち、森下藍はなぜか小さな牛乳パックを持っている。
軽井沢がそれを見る。
「森下さん、それ何?」
「補給です」
「本番前に?」
「胸と心の準備です」
神室がため息をつく。
「私にも分からないから訊かないで」
坂柳は茶柱を見ると、穏やかに微笑んだ。
「茶柱先生が舞台へ立たれるとは、楽しみですね」
茶柱は嫌そうに眉を動かす。
「楽しむな」
「いえ、純粋な興味です。教師が生徒と共に偶像へ近づく。
なかなか見られない光景ですから」
「偶像へ近づくつもりはない」
「ですが、既に半分ほど足を踏み入れているように見えます」
軽井沢が口元を押さえた。
茶柱は低く言う。
「軽井沢」
「何も言ってません!」
坂柳は堀北へ視線を向ける。
「堀北さんも、ずいぶん表情が変わりましたね」
堀北は静かに返す。
「そうかしら」
「ええ。以前より、少し柔らかい」
「アイドルの練習の成果だと言われると複雑ね」
坂柳は微笑む。
「良いことです。人は望まぬ場所でこそ、意外な成長を見せるものですから」
神室がぼそっと言う。
「坂柳、たまに本当にそれっぽいこと言うよね」
森下が頷く。
「偶像評論家です」
「それは違うと思う」
そこへ、龍園クラスも姿を見せた。
龍園翔は静かに歩き、伊吹澪は不機嫌そうに、
椎名ひよりは穏やかに、西野武子は落ち着いた表情で続く。
龍園は茶柱を一瞥し、薄く口元を歪めた。
「教師まで引っ張り出すとはな」
茶柱は冷たく返す。
「文句があるのか」
「ねえよ。むしろ面白ぇ」
「面白がるな。踏まれたいのか」
「ほう……」
「いや、あんたならそこは『上等だ』と乗るところでしょ……」
伊吹が突っ込んだ。
龍園は綾小路を見る。
「お前らしい手だな。穴を埋めるんじゃなく、穴を看板に変えやがった」
綾小路は答える。
「勝つためだ」
「だろうな」
伊吹が呆れたように言う。
「この二人が普通に会話してると、内容がアイドルじゃないのよ」
ひよりが小さく笑う。
「でも、皆さん本気なんですね」
西野が頷く。
「ここまで来ると、もう笑って済ませられないね」
最後に一之瀬クラスが到着した。
一之瀬帆波は明るく挨拶し、網倉麻子が手を振り、
姫野ユキは少し疲れたように立っている。
「みんな、今日はよろしくね」
一之瀬の声だけで、場の空気が少し柔らかくなった。
軽井沢が小声で言う。
「やっぱ一之瀬さん、強いなぁ」
堀北も同意する。
「いるだけで空気が変わるわね」
綾小路も同じことを考えていた。
一之瀬帆波は、何も奇策を使っていない。
ただ正面から、人を惹きつける。
それが最も厄介だった。
中間発表は、一之瀬クラスから始まった。
舞台中央に一之瀬。
左右に網倉と姫野。
曲が流れた瞬間、空気が明るくなる。
王道だった。
笑顔。
手拍子。
親しみやすい振付。
一之瀬の声は明るく、観客を自然に巻き込む。
網倉はそれを支え、姫野は少し控えめながらも、
意外と落ち着いた雰囲気で全体を引き締めている。
「姫野さん、思ったより馴染んでるね」
軽井沢が言う。
「ええ。嫌々ながらも逃げていないのが逆に味になっているわ」
堀北が答える。
綾小路は客席を見る。
運営の生徒たちが自然に手拍子をしている。
強い。
一分半という短時間でも、一之瀬クラスは“楽しい”という印象を確実に残した。
次は龍園クラス。
空気が一変した。
曲の低音が強い。
ひよりが中央へ立つ。
その柔らかい雰囲気とは対照的に、伊吹の動きは鋭く、西野は安定している。
王道ではない。
だが、目を離しづらい。
「なんか……変だけど見ちゃう」
軽井沢が呟く。
堀北も頷く。
「龍園くんの狙い通りでしょうね」
綾小路は龍園の構成を分析する。
ひよりで柔らかさを作り、伊吹で緊張感を出し、西野で崩れを防ぐ。
見た目以上に計算されている。
龍園は舞台袖で静かに見ていた。
表情は大きく動かない。
ただ、満足そうに目を細めている。
中間発表で全ては見せていない。
それは向こうも同じだった。
三番目は坂柳クラス。
舞台中央に置かれた椅子を見た瞬間、客席がざわついた。
坂柳はその椅子へ静かに座る。
神室と森下が左右へ立つ。
曲が始まる。
坂柳は立たない。
踊らない。
ただ座ったまま、歌い始める。
その瞬間、ざわめきが消えた。
動かないセンター。
それは弱点を隠すどころか、強みに変えていた。
神室と森下が周囲を動く。
坂柳だけが中心に残る。
その構図は、明らかに他クラスとは違った。
「……これは強いわね」
堀北が呟く。
軽井沢も黙っていた。
茶柱は腕を組み、静かに言う。
「自分の弱点を理解している者の構成だな」
綾小路も同感だった。
坂柳は踊れない。
ならば、踊らないことを演出にした。
これは簡単そうに見えて難しい。
弱点を受け入れ、それを堂々と提示する必要があるからだ。
坂柳は一分半を静かに支配した。
最後に森下がなぜかギニューのポーズを取り、
神室が小さく睨んでいたが、それすら妙な味になっていた。
軽井沢が小声で言う。
「森下さん、ズレたのに逆に印象残ったね」
堀北が答える。
「あれが狙いなのか偶然なのか判断に困るわ」
綾小路は言った。
「どちらでも結果が同じなら問題ない」
そして最後。
堀北クラスの番が来た。
舞台袖で、軽井沢が大きく息を吐く。
「うわ、やっぱ緊張する」
堀北も表情は硬い。
「中間発表とはいえ、見られるのは本番と変わらないわね」
茶柱は二人を見る。
「今さら逃げるな」
「逃げません」
堀北が答える。
軽井沢も頷く。
「分かってますって」
茶柱は静かに言う。
「失敗しても止まるな。観客は完璧かどうかだけを見ているわけではない」
堀北が茶柱を見る。
「先生」
「何だ」
「今の、少しアイドルの先生みたいでした」
軽井沢が吹き出した。
「確かに!」
茶柱は目を細める。
「堀北。後で笑顔練習追加だ」
「なぜですか」
「余計なことを言ったからだ」
「理不尽です」
その軽いやり取りで、堀北の表情が少しだけ緩んだ。
綾小路はそれを見逃さなかった。
「今の顔でいけ」
堀北は一瞬だけ目を丸くする。
そして、小さく頷いた。
舞台へ出る。
堀北と軽井沢が先に立つ。
茶柱はまだ袖に残る。
曲が始まる。
前半は二人だけ。
堀北は中央で視線を上げる。
軽井沢が隣で華やかに動く。
最初の数秒。
堀北の表情は少し硬かった。
だが、客席から小さなざわめきが聞こえる。
「堀北さんだ」
「本当にアイドルやってる」
「かわいい」
その声が届いたのか、堀北は一瞬だけ目を伏せそうになった。
しかし、踏みとどまる。
観客から逃げない。
見られるのではなく、見せる。
茶柱に言われた言葉を思い出す。
堀北は顔を上げた。
そして、少しだけ笑った。
軽井沢が横で気づく。
「いいじゃん」
小さな声。
堀北は返事をしない。
だが、その言葉で少しだけ肩の力が抜けた。
中盤。
曲調が落ち着く。
ここで茶柱が入る。
中間発表では、本番ほど強い演出はしない。
衣装も練習着のまま。
それでも、茶柱が舞台へ出た瞬間、客席がざわついた。
「茶柱先生だ」
「本当に出るんだ」
「何この組み合わせ」
「かわいい」
茶柱は動じない。
ただ中央の後方へ立つ。
それだけで、場が締まる。
堀北と軽井沢の可愛らしさに、茶柱の存在感が加わる。
奇妙だった。
だが、目を引いた。
最後のポーズ。
三人が揃う。
一分半が終わる。
客席は一瞬だけ静まった。
そして、拍手が起きた。
大きくはない。
だが確かな拍手だった。
軽井沢が小さく息を吐く。
「……終わった」
堀北も静かに息を吐いた。
茶柱は表情を変えない。
だが、綾小路には分かった。
悪くない手応えだった。
舞台袖へ戻ると、櫛田が待っていた。
「すごく良かったよ!」
軽井沢は照れたように笑う。
「ほんと?」
「うん。鈴音ちゃんもすごく自然だった」
堀北は少しだけ視線を逸らす。
「……ありがとう」
茶柱は綾小路を見る。
「どうだった」
「中間発表としては十分です」
「本番は?」
「まだ上げられます」
茶柱は小さく頷いた。
「ならいい」
その様子を、少し離れた場所から龍園が見ていた。
「ククッ……」
伊吹が眉をひそめる。
「何?」
「やっぱり面白ぇな」
「茶柱先生が?」
「いや、堀北クラス全体がだ」
龍園は低く言う。
「最初は完全にネタだと思ったが、形にしてきやがった」
坂柳もまた、静かに微笑んでいた。
「綾小路くんらしいですね」
神室が聞く。
「警戒する?」
「もちろんです」
森下が牛乳を飲みながら言う。
「ピンク色の本番が怖いです」
神室は頭を抱えた。
「言い方……」
一之瀬は素直に拍手していた。
「堀北さんたち、すごかったね」
網倉も頷く。
「茶柱先生の存在感、すごかった」
姫野は静かに言う。
「本番、ちょっと怖いね」
中間発表は終わった。
だが、それは単なる確認ではなかった。
各クラスは互いの武器を見た。
王道の一之瀬。
独特の龍園。
静止の坂柳。
そして、異質な堀北クラス。
残り六日。
ここから先は、ただ完成度を上げるだけでは勝てない。
どれだけ観客の記憶に残れるか。
どれだけ空気を奪えるか。
アイドル特別試験は、いよいよ本番の熱を帯び始めていた。
その夜。
綾小路はノートに一行を書き込んだ。
『中間発表――各クラス、想定以上』
そして少し間を置いて、もう一行。
『本番では、ピンク衣装と茶柱先生の登場演出を最大化する』
戦うことは、運命だった。
モチベ維持のために感想・評価をもらえると幸いです。