ウマ娘プリティーダービー -LEGEND OF TRIZEL- 作:カズノリ
「はっ
つまんねぇ」
学校の教室で一人ポツンと机に座り込む、リンクノエポナは小さく呟いていた。
リンクノエポナは1週間の内5日間が嫌いだ。
そして、その5日間とはもちろん月曜日から金曜日までのいわゆる「平日」のことである。
子供にとって、学校は社会の縮図という環境を学ぶ場所であり、コミュニケーション能力や流行をどれだけ先取りしクラスメートに対してマウントを取り、ドヤ顔が出来るのかが大事な空間である。
その中でも一人飛び出た才能を持つ者、努力で飛び出た者は学校内での有名人になるのだ。
無論、「ウマ娘」という存在である彼女もまた、他のウマ娘とは違い、体育での競走や体力テスト等の運動は常に1位。
であるがゆえに、子供はその凄さを見れば近づいていくものだ。
しかし、彼女の場合はそうはならなかった。
クラスメートの子供と別のクラスの子供の話し声がリンクノエポナの耳に入る。
友達なのだろう、仲良く話をしているなぁとリンクノエポナが思っていると、どうやら話題がリンクノエポナへ向けられたようだ。
「ね、ねぇ、あの子がリンクさんなの?」
「だ、駄目だよ! エポナさんは「リンク」って呼ばれるのが物凄く嫌いなの!」
「え?そうなの?」
「う、うん。先生も「エポナさん」って呼んでいるの!」
そう、この様に怖がられているのだ。
子供の声は高い為、こそこそ話をしているつもりでも、リンクノエポナの、ウマ娘の聴覚では丸聞こえだ。
「なんで、嫌いなの?」
「そんなの、わからないよ。でも「リンクさん」って呼ぶとね?物凄く怒ってくるの!「わたしのことはリンクって呼ぶなー!」って!先生が呼んでも怒ってくるから気をつけたほうがいいよ!」
「そ、そうなんだ」
リンクノエポナはそんな話を聞きながら、ため息を一つ吐く。
「(はん、あの程度の威圧だけで怖がるようじゃあ、命がいくつあっても足りねぇだろうな)」
お前は何処の修羅生まれだ。
そんなツッコミをしたくなるようなことを考えているとはつい知らずに、クラスメートの子と別のクラスの子は話を続ける。
「そ、そうなんだ。なんだか怖いね」
「うん!怖いよ、あんなに可愛いのになぁ」
「え?話とかしたこと、ないの?」
「う、うーん、あるけど、怖いんだよね
すっごい睨んでくるの!ほら、昨日の映画見たでしょ?再会した時の白龍人みたいなんだよ!」
そんな話し声を聞き流しながら、リンクノエポナはただただ早く終われと考える。
無論、授業が終われ。ではない。
さっさと、金曜日終われと考えているのだ。金曜日の授業さえ終わればやっと探しに行けるからだ。
「(あぁ、はやく、はやく。終わってくれ。でないと、アタイはあいつを探しに行けない・・・)」
学校なんて早く終われと願われては学校の関係者一同は悲しむだろう。
しかし、彼女にとってそのような事は関係ない。
彼女、リンクノエポナにとって大切な事は、「再会」。これしかないのだから。
もし、今のリンクノエポナを彼女達が見れば呆れるか、ため息をつくくらいだろう。
しかし、止めはしない。
なぜなら、彼女たちもまた求めているからだ。
主との再会を。
こうして、リンクノエポナの5日間の苦行(という名の学校生活)を終えるとすぐさま、家に帰宅し、リビングで準備を始める。
「よし、こんなもんで良いだろ」
「あら、もう、行くの?」
リンクノエポナの母親は肩掛けバッグに色んな物を詰め込んでいるリンクノエポナの様子を見ながら少し寂しそうに、心配そうにしていた。
そう、金曜日の学業を終えると金曜日から日曜日まで、リンクノエポナは朝から晩まで旅に出るのだ。
探し物を見つける為に。
金曜日は特に時間が短くなるだろうが、関係は無かった。
1日でも早く、1時間でも早く、1秒でも早く!
それを見つけるまではリンクノエポナの辞書に諦めの言葉はない。
「あぁ、まぁ金曜日だから23時までには帰る」
「・・・そう。わかったわ。でも気をつけてね、車に引かれないようにするのよ?」
「わかってるよ、母さん」
短い親子の会話。
それ自体に、悲しみはあるがそれよりも娘であるリンクノエポナの無事を祈る日々が、始まった。
そう。リンクノエポナの母親にとって1週間の内、3日間の最も辛い期間が始まりを告げたのだ。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい・・・(どうか、無事に帰ってきてね)」
「約束」がリンクノエポナを縛っていることは分かっている。しかし、リンクノエポナがずっと探し続けないといけないほど必死である事は分かっているし、出来れば応援をしたい。
しかし、そう、しかし
「ひと目でも、良いから無事な姿が見たいのは、親の傲慢。いえ、押し付けなのかしら・・・?」
そう呟いてしまった。
早く見つかってほしい。そうすればこのような思いをしなくて良いのだから。
それとも・・・
「エポナに友達が出来れば大人しくなるのかしら?」
無茶、無理、無謀。
そのような事、学校の先生との話し合いは何度もしているのだ。
しかし、解決の糸口は全く見えない。
リンクノエポナの母親は彼女が中央トレセン学園へ連れ込まれるまで友達が一人も出来ないとは流石に思いもしなかった。
そう、リンクノエポナの母親にとって、
かの女傑がリンクノエポナを見つけるまで、後7年と少し。
さて、リンクノエポナが家を出た、丁度その頃。
ウマ娘達が夢を追いかける為に日々努力をする日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称、トレセン学園。
日本中にあるトレセン学園だが、その中でも実力者ばかりが集まる中央トレセン学園に黒色のレディスーツを着込んだ一人の茶髪の成人女性、いや成人ウマ娘の彼女は忌々しい記憶とともに再び、通っていた中央トレセン学園へ足を運んだのだった。
受付でゲストカードを左胸ポケットにクリップで挟み、中へ入る。
過去、自分自身が制服を着て通っていた頃を懐かしく思いながら第一グラウンドを目指す。
第一グラウンドに着くとそこにはスーツを着た複数のトレーナーと思われる人達とその担当ウマ娘達。
そして、グラウンドの方向にパイプイスに座る和服姿の年配の男性トレーナー。
年配だが、老いて弱っている様子は全くない。寧ろ和服の下に隠れている筋肉と覇気が今もなお現役である事を示し続けていた。
とは、言っても流石に彼女が通っていた頃を思い出せば白髪や白髭が増えたという印象はあるが。
しかし、相変わらずだなと思いつつ、ゆっくりと近づく。
と、その瞬間––
まるで重力が一気に増えた、いや周りが重くなるのを感じた。
そう、重力が上から下ではなく、年配の男性トレーナーから、自分の方へ重力が変わった気がしたのだ。
一歩、また一歩踏み込む度にその重力の強さが一段、また一段と増えて行く。
だが。
「(ふふふふ、お変わりないようですね。トレーナー。)」
喜ばしかった。
あの時のことを考えれば、このようなものは紙飛行機が飛んできた程度にしか感じない。
いつの間にか、グラウンドを走っていたウマ娘達と若いトレーナー達は全員足を止めてコチラを見つめていた。
一歩、また一歩と歩みを留めず。
年配の男性トレーナーの元へ近づいた。
「お久しぶりです。牙野トレーナー」
牙野トレーナーと呼ばれた年配の男性からいつの間にか重力が消え去っていた。
「・・・久しいな。アヌビス。お主が去ってから何年ぶりだろうか?」
「そうですね、十年位ですね」
「そうか、もうそれ程経つのか。
それで、わしに何か用か?」
「はい、厚かましい事この上なく、また恥を晒す苦行すら乗り越えて参りました。
私を今一度、鍛えてください。」
彼女、アグネスアヌビスは全く恥じることなく年配の男性トレーナー––牙野 龍二––に用件を告げると牙野の眉を一度だけピクリと動く。
「ほう?アヌビスがそこまで言うとはな。
成程、油断でもして負けたか?」
言い当てられた。
その言葉を聞いた瞬間、いや一瞬だけ。
先週の日曜日に行われた非公式レースで味わった屈辱と己の至らなさによる恥から殺気を放ってしまう。
無論、牙野には何も響かない。
周りのウマ娘達とトレーナー達が怖がっているだけだ。
おかしい。こんなにも綺麗な女性なのに怖がるところがあるとは思わないのだが・・・
「流石トレーナー。
大当たりですよ」
「お主は周りを下に見がちだからな。
それで?鍛えるにしてもお主はもう部外者。どうするつもりだ?」
「無論、サポートウマ娘制度を使用するだけですよ」
サポートウマ娘制度。
簡単に言えばトレセン学園を卒業したウマ娘がトレセン学園へ残る為の制度の事だ。
ただ残るだけではない。働かぬもの食うべからずという言葉もある。
サポートウマ娘は担当トレーナーの手伝いをすることで少ないが給料も出る仕事なのだ。
トレーナーは負担が軽減されるし、ウマ娘はトレーナーの元にいられる。
まさにWin-Winな関係なのである。
無論、「卒業したウマ娘」というのは当時トレセン学園で卒業式を迎えたウマ娘だけだし、いつまでという、期限はない。
理由は色々とあるが、それは追々。
「ほう、アレを使うか。
うむ。なら良い。わしから上に伝えておく。明日から来い」
「ありがとう、ございます」
話し合いは終わった。
アグネスアヌビスはかのウマ娘へのリベンジをするべく、鈍った牙を再び研ぎ始める。
「それで?お主は誰に負けたのだ」
「いずれ彼女はこのトレセン学園へ来るでしょう」
「!?」
「ふふふ、驚きましたか?」
「流石にな」
牙野は驚きのあまりに目を見開いた。
目の前にいるウマ娘、アグネスアヌビスはかつてクラシック三冠の称号を取った優秀なウマ娘。
例え、ブランクがあるとはいえ、まさかまだトレセン学園へ来ていない子供に負けるとは流石に思いもしなかった。
しかし、逆に納得してしまった。
このプライドの高いウマ娘が子供相手に油断し負けたというのだ。それにこの調子は全力を出した上で敗北したというところだ。
先の未来でそのウマ娘がこの中央トレセン学園へ来ることを楽しみにしながら、アグネスアヌビスの牙を研ぐ為のトレーニングを考え始めるのであった。
「へくしょん!」
とある空の下。小さな子供がくしゃみをしたが、それとは全く関係が無いだろう。多分。