ウマ娘プリティーダービー -LEGEND OF TRIZEL- 作:カズノリ
ペンとキーボードを打つ音だけが聞こえる空間にぷるるるる、ぷるるるると固定電話の着信音が鳴り響く。
この部屋の主が電話に目を向くと同時に秘書が受話器を取った。
固定電話のナンバー・ディスプレイを見るとそこには「織田 道雪」と言う名前があった。
「はい、中央トレセン学園、理事長室です。
はい。えぇ、分かりました。少々お待ちください」
そう言うと秘書の駿川たづなは部屋の主であるトレセン学園理事長である秋川やよいへ受話器を渡した。
普通ならば「保留」にしてから部屋の主へ取り次ぐのが当たり前なのだが、電話をかけてきた人物にはそのような配慮はいらない。
「秋川理事長、織田道雪様からお電話です」
「承知ッ!」
バサッ!と扇子を勢い良く広げ応える、が、受話器を受け取る時だけは恐る恐るといった様子はテンションの上り下がりが分かりやすく面白い。
「そ、そちらから連絡するとは珍しいな!」
「いや、すまん。今度名古屋でレースを、やるんだが、ちぃと見てもらいたい」
「不穏ッ! 一体何があったのだ!?」
「んー、簡単に言えばだが、うちのレースに常連になるほど参加してる奴がいる」
「驚愕ッ!」
やよいは本当に驚いた。
電話の相手、織田道雪はやよいにとって信用出来る人物である、しかし、彼が開催しているレースは危険極まりない非公式のレース。
そんなレースに常連になるほど出走しており、トレセン学園理事長である秋川やよいへ「見てもらいたい」と言わせるウマ娘がいる。
つまり、未成年のウマ娘で、何かしらの理由を持っている。
または、危険な走り方をするウマ娘をどうにかしてほしい。このどちらかであろうという、わけである。
「それで!? その子は無事なのか!?」
「当たり前だ。だが、うちの調べじゃあ、人探しをしてる見てぇだぜ?」
「感謝ッ! つまりこちらで預かればよいのだな!?」
「あぁ、うちで5年も走ってきている、何だったら中央へ推薦してもいいぜ?」
「憂慮ッ!」
更に驚きを隠せない。
公式レースでは危険行為は禁止されているのは当たり前だし、ある程度の年齢制限等もある。
しかし、非公式レースは資格さえ突破すれば年齢制限はなく、さらには一部危険行為は見逃される、いや、推奨されるのだ。
そんな非公式レースに5年も走っているなど、怪我や精神的ダメージが残ってないか気が気でない。
「道雪がわざわざ連絡してくれたのだ、大丈夫だとは思うが、その子の様子は!?」
「俺が見た感じでは、特に問題なしだな。むしろ、7歳からこんなレースに出ているんだが、なぜか始めっから非公式レースに慣れてやがる」
「動揺ッ!
そんな幼い子がそちらのレースに慣れている!?あり得ぬ!」
そう、あり得ないのだ。
ただでさえ、年齢制限なし、衝突や進路妨害等も認められているレースに対し最初から慣れているなんて、おかしすぎる。
しかし、現実に道雪が主催しているレースに出走している事は間違いない。
「まっ!流石に入学できるくれぇには成長したからよ、いつも通り一度見に来てくれ。チケットはこっちで用意しとくから」
「承知ッ! では、たずなと共に向かわせてもらうぞ!」
「あぁ、頼んだ。あの子の走り方はかなり荒々しいから覚悟しとけ」
「・・・そこまで、なのか?」
「・・・あぁ、このままウチに居たんじゃあ壊れてしまうかも知れねえと思うほどな」
「・・・了解した。いつも通り名目は視察で良いな?」
「あぁそれで頼むわ、んじゃ、またな」
「うむッ!」
通話を終え、受話器を元の位置へ戻すと、やよいの眉間が歪む。
その様子を見ていた秘書のたづなはやよいの様子を見て、事の重大さをおおよそ理解したのか、心配そうな顔でやよいを見つめる。
「秋川理事長・・・」
「たづな。
今度、道雪の所のレースが名古屋で開催される。共に行くぞ・・・!」
「はい!」
既におちゃらけた雰囲気ではいられない。
なにせ、あの織田道雪がウマ娘関連での頼み事は大体が間一髪で間に合ったパターンが多いのだ。
無論、道雪も手をこまねいているわけではない。彼は彼なりに手を尽くしているのだ。責めるわけにもいかない。
こうして、トレセン学園理事長である秋川やよいとその秘書である駿川たづなは名古屋で開催される非公式レースを視察しに行くのだが、そこで見たものは驚きと恐ろしさが入り混じるものであった。
「よぉ、どうだった?」
「驚愕ッ!
アレ程の恐ろしい走り方を見たのは初めてだ!道雪!フォームの修正はしなかったのか!?」
主催者の部屋で二人を待っていたのは、椅子に座ったままで二人を出迎える一人の少年。東洋人特有の黒髪に黒色の瞳を持ち、どこかのヤクザと思わせる高級感あふれるスーツを着込んだ、その男の名は織田道雪。(童顔で背が小さいのが悩みの種)
織田家の若き当主であり、様々な会社の運営や非公式レースを主催している張本人である。
また道雪の後ろには赤色の瞳に薄紫色の長髪と耳と尻尾を持つウマ娘がレディスーツでビシッと着こなすクールビューティーな秘書が立っていた。
そして座ったままの道雪に対してやよいは責め立てる様に声を荒げる。
「んなもん、最初からしたっつーの。けど、あのバカ、こっちの話聞きやしねぇ」
「だが、あのままでは本当に怪我をしてしまうぞ!?」
「まぁ、落ち着きな。そっちに座れよ」
道雪がソファの方へ座るとやよいは深呼吸をした後、反対側のソファへ座る。
さて、ハリボテエレジーの走り方はプロの目線から見ればまったくなっていない。
まるで子供の頃からの走り方、フォームをそのままにして走っているかのようだ。
恐ろしいのは、それで勝ててしまう天性の才能を持っている事だ。
だが、初めて見るやよいとたづなはウマ娘にとって、命ともいえる脚を何とかしたい。たづなも二人の会話から先ほどのレースを思い出しながらフォームの修正を考える。
「そうですね、あの走り方では脚への負担がとても大きいです、何とかしないといけませんね」
「おうよ、だからよ、俺から推薦出すからさ、そっちで面倒見てくれね?」
「承知ッ!
任せておけ!」
いつも、こうなのだ。
非公式レースという裏のレースに出走するウマ娘達はいずれも問題を抱えている事の方が多い。
荒々しいレースが好きならば、ともかく、賞金狙いならば、話は別だ。
未成年ならばトレセン学園への入学をさせ、成人ならば状況に応じて会社やレース会場のスタッフとして雇い入れる。
非公式レースとは、ウマ娘の救済をするための見極めでもあるのだ。
「さて、オーラルケア。例のものを」
不意に織田道雪が声をかけると、後ろに立っていた薄紫色のウマ娘(秘書)は、「はい」と返事をしてから、手に持っていた半透明のリングファイルを道雪へ渡す。
「こちらでございます」
「ん。
やよい、コレがアイツのこれまで出走したレース結果とウチが雇っている契約トレーナーの意見をまとめたものだ」
「あぁ。早速、読ませてもらうぞ」
「あぁ、それ自体は持って帰っても良いが、個人情報だからな。その辺は気をつけてくれや」
「はい、分かりました。理事長?私が後で保管致しますね。
・・・? 理事長?」
道雪から受け取った資料を早速読み始めるやよいに対し、たづなはいつも通りに個人情報の保管方法について話をした、が。
やよいの耳にそれは入らない。
何故なら、既にやよいは勢い良くハリボテエレジーの資料を読み漁っていたのだ。
それも恐ろしく厳しい顔つきで。
その事に気が付いたたづなは後ろからその資料をそっと見ると、中々恐ろしい事が書かれていたのだ。
「・・・道雪」
「おう」
「コレは誠か?」
「おうよ、何だったら映像資料もコピーでもしていくか?
今までレース内容は全て残しているぜ?」
「・・・あぁ、それは後で頂こう」
やよいは資料をたづなへ手渡し、道雪に内容の確認をする。今までの子とは境遇が違いすぎる、嘘だと言ってほしい。
だが、道雪から出た言葉は証拠もいるか?とまるで自販機のジュースを奢るかのように簡単に言うのだから、やってられない。
「で?どうする?さっきも言ったように、俺としてはそっちに渡してぇんだが?」
「承知ッ!
道雪よ、後のことは任せておけ!と言いたい所だが、道雪の対応とこの資料をみる限り、かなりのじゃじゃウマ娘なのは間違いないな」
「たりめぇーよ。出なきゃ、とっくにウチでアルバイトでもさせてるぜ?」
「だろうな。
たづな!」
「は、はい!」
「ハリボテエレジーを、いや、リンクノエポナをスカウトしに行くぞ!」
「はい!」
その言葉と同時にやよいは部屋から飛び出し、一直線に控室の方へ走って行く。
走り出すやよいを追いかけるようにたづなもまた、走り出し部屋から出ていった。
部屋に残るのは道雪とオーラルケアの二人だけになった。
道雪はオーラルケアがいつの間にか出していたコーヒーカップを手にし、はちみつミルク(ホット)をちびちびと飲んでいく。
「オーラルケア。
エレジーは、リンクノエポナは、どうなると思う?」
「そうだね。わたくしはやよいちゃんがエポナちゃんを納得させるか、あるいは妥協でもさせると思うよ?」
「だろう、やよいはあぁ見えてかなりのやり手だ。あと石頭ならぬ、鋼鉄頭でも何とかできるだろ」
道雪はオーラルケアの言葉に自分自身を納得させながら、「もし」の事を考える。
納得、あるいは妥協が出来れば良い。
道雪がこれまで契約トレーナーを差し向ける事でフォームの改善を促したり、はたまた契約トレーナーと契約させてから、地方のトレセン学園へ入学をさせようとしたり、社員のウマ娘やオーラルケアにレースへ出て貰い、敗北させる事でプライドを刺激してみたり、これまで様々な手を尽くしてきた。
しかし、そのいずれもリンクノエポナには引っかからなかった。
まるで、どんなルアーや餌を使っても食いつかない魚のようだった。
「ま、後は頼んだぜ。やよい」
天井に向かって呟くように婚約者へ後のことを頼む道雪は、次の仕事に取り掛かった。