ウチ、ただの行商人やで? 〜異世界転移した関西弁女子はチートスキルに物申したい〜 作:霧島 高
「エミリちゃん、それ、ダルマおとしかいな?」
それからしばらくしてある日起きたら、えらい外は大雨やった。いうてもゲリラ豪雨とちごて、しとしとぴっちゃんでずっとやまへん感じやな。
大雨言うたら、女子が傘を忘れたアピールを靴箱の前でやるのが定番や。「あれ~、もってきたはずなのにないなあ」って気になっとる男子が見えた途端言い出すんや。
そしたらその男子は自分の傘を渡して「僕は大丈夫だから!」っていいながら走り去るで。なんとその男子はマンションの隣にたまたまひとり暮らししとって、お約束どおり絶対に風邪をひくから傘を返すふりしてそのまま看病や。きったない部屋もついでに掃除して自分の歯ブラシやら用意して、そこからはもう毎日絶品料理で餌付けして半分どころか9割同棲生活や。その後は男子の忍耐力がずっと試され続けるで。
ちなみにウチの場合はな、幼馴染のこうやんを見つけてジャンプ一番飛びつくで。そのまんまだっこちゃん人形のフリしたるねん。そしたらこうやんも気付かんふりしてそのまま行くで。そのままうつらうつらしとったら、知らん間に全部脱がされて風呂に放り込まれとる。ここまでワンセットや。ちなみにもうわかっとるやろけど、ウチの家ちゃうで。こうやんちな。親も在宅や。
せやし雨いうたら、お風呂あがってなんも着んとそのままおうちんなかで遊ぶんが定番やからな。ウチはエミリちゃんと仲良う遊んどるで。ただこっちに風呂はないから服は着とる。
そもそもな、このエッサの街んあたりは、雨はあんま降らんらしいで。せやから雨降ったら基本誰も出歩かへんし、お店は基本ほぼお休みや。やっとるんはギルドと酒場ぐらいやな。
そんなんやし出かける理由がなんもあらへん。それに傘みたいなんはないわ。けどエドガーはんはなんや商人ギルドに用事があるらしゅうて、マントをカッパ代わりにしてでかけってたわ。
「ダルマってなあに? これはね、ゴブリン落としっていうんだよ」
「ほほう、これゴブリンかいな」
確かに一番上にしわくちゃ緑のこ汚いおっさんの顔がのっとる。なるほどこれがこの世界のゴブリンなんやな。うーん、あれに似とるな。不時着した宇宙戦闘機をハンドパワーでお手玉して遊んどった、あのご老人に。
「そういや、エミリちゃんなあ。ゴブリンってホンマにおるん?」
「うん、いるよ! 夜更かしした子どもにね、背が高くならない呪いをかけるんだよ」
そうか、おるんやなあ。……おるんか?
エミリちゃんが言っとるんは、冬のカラオケボックスが本来の用途で使われんくなる日あたりに出没する、ウチの靴下に木炭いれる遊びをしよるあいつやんなあ。
これは、どっちなんやろ。エドガーはんが帰ってきたら聞いてみよか。
でもな、おるんやったらみんなは歓喜して踊り叫ぶかもしれへんけど、とても地上波では放送でけへんようなってまうしな。
シスター服のねーちゃんやら剣士姿のお嬢様やらが洞穴に引き摺り込まれてって、猫じゃらしみたいなもんで全身こちょこちょされて「もうやめてぇ!」って言いながら笑いがとまらん状態になっとるとこなんて、とてもじゃないけどレーティング的に無理やな。
まったく世の中の男はあれの何が嬉しいんやろなあ。
「だからね、ミリンちゃん。大きくなれなくなっちゃうから、夜ふかしは、めっ、だからね!」
くっ、やるやん、エミリちゃん。ウチが意図的にスルーしたそこにさらに被せてくるとはな。
でも、残念やったな。ウチはもうこれ以上大きいなることあらへんねん。なんせウチはエミリちゃんより2倍年上やからな。全然信じてくれへんけど。
けど待ってや。まさか思うけど、実はこれ呪いなんやろか。ステータス画面にそんなもん表示されてへんかったけどなあ。まさかあれ、うちのチートみたいになんぞ隠されとったりせんやろな。
まあ、そんなわけないわ。そもそもウチの背が低いんは、異世界来る前からずっとやからな。
……まさか思うけど、あの大事にとっといた木炭、呪われとったんやろか。いつかあれでキノコとか焼いてバーベキューしよ思とっただけやのに。
でもなあ、万が一ゴブリンに捕まってもたらどうしよ。
さすがにゴブリンたちに囲われて逆ハーレム状態で、体中に生えたなめこをナメナメされるんは勘弁やなあ。せめてお行儀ようお箸つこてくれたらええんやけど。
けどウチから生えてくるんはたぶん毒キノコやな。不死チート持ちのウチは食べても平気やけど、ゴブリンは勝手に小さなって倒しやすなるし、みんな大助かりかもしれん。
なんてアホなこと考えるのはやめよか。
どうせゴブリンらにもゲボ吐かれた上に、どうぞお帰りください言われるんがオチやからな。ぶぶ漬け食べさせてくれたら帰んで。
「くっ、もう1回や!」
「ミリンちゃん、へたっぴだね」
それにしても、なんでかしらんけどウチが叩くといつも全部一気に崩れよるねんな。
「上手なやり方、教えてあげよっか?」
「……おねしゃーす」
7歳からダルマ落とし、ならぬゴブリン落としのコツを教えてもらう15歳の図や。
なんか文句あるんか?
次の日は快晴や。ほんま珍しい雨やったらしいで。
ちなみに帰って来たエドガーはんに聞いたらゴブリンはホンマにいるらしい。でも女の子襲ったりするんかって聞いたら変な顔されたで。「ゴブリンはゴブリン同士で増えるからそんなことしないよお」って。
基本的にはただのモンスター扱いらしいわ。人里を襲うことはあらへんけど、増え過ぎたらどうしょうものうなってそういうこともあるらしい。いつものように冒険者に駆除される悲しき宿命を背負ってるようやな。
「そういうたら、ウサギ以外のモンスターのことウチ全然知らんな。冒険者ギルド行ったら教えてもらえたりするやろか」
で、ウチは明るいうちから冒険者ギルドに向かったで。ガッコでプールの授業があった後の教室みたいな、男子が喜びそうなむんむんな感じのする街中を歩けばすぐ到着や。エドガーはんちと冒険者ギルドは同じ西地区やからな。
どうでもええけど、男子諸君はプール授業のときは気を付けなあかんで。スイカを大きさ順に並べて品定めしてるつもりが、実はその裏でバナナの長さが評価されてるからな。勘違いしたらあかんで。君らの鼻の下のことや。
「さあて、まずは掲示板みてみよか」
冒険者ギルドきたらまずは今日の給食チェックや。いうても、なんでもおいしゅういただくけどな。もしカレーやったら、はよ食っておかわりせなあかんから、カバンの中に忍ばせたおやつたちは半分我慢やで。ウチは大きくなるためにもぎょうさん食わなあかんねん。
ん? そういやなんでここに来たんやっけ? なんか目的があったような。
まあ、そのうち思い出すやろ。
「お、これは、たぶん手紙の配達やな。……詳細が書いとるけど、100マゲカってことしかわからんな」
当然木札に書いとる文字なんて読めへんで。まだまだその域には達してへん。これはエミリちゃんに同伴してもらうべきやったか?
「まあええか。ねーちゃんに聞いてみよ」
読めへんなら聞くしかあらへん。まあこれもちゃんとした異世界転移マンガやと定番やな。
そんでウチは手を伸ばしてそれを掲示板から外そうと……。
「……」
ぴょん。すかっ。
ぴょん。すかっ。
「なあ、そこのかっこいいにーちゃん、ちょっとウチ持ち上げてくれんか? ん、そうや、にーちゃんのことやで。……ほんまおおきに、助かったで」
ウチは近くで同じように掲示板を眺めとった、ウチよりちょい年上ぐらいの男子に、たかいたかーいしてもろうて事なきを得たで。
なんであんな掲示板は高い位置にあるんやろ?
どうりでさっきから首が痛い思たわ。
まあ身長の低さ勝負では負けたことあらへんからな。
「毛玉のねーちゃん、これ、なんて書いとるん?」
割り込みせんとお行儀よく静かに順番待ちして、ねーちゃんのとこにやってきたで。それにしてもあいかわらずおっきなメロンやな。肩が凝るってほんまやろか。
「毛玉……? ああ、これね。『領都の冒険者ギルドまで手紙配達。報酬100マゲカ』だよ」
「ふーん、領都って歩いてどれぐらいかかるん?」
「大人なら朝早く出れば昼過ぎには着くかな」
割と近いんやな。途中で野宿とかせんでええんやったら楽勝ちゃうんか?
「でも君みたいな子どもだと夜になっちゃうかも。ゴブリンに呪い掛けられちゃうかもね?」
それは嫌やな。
「ちゃうで。なんべんもいうけどな、ウチは15歳や。ちゃんと歩けるわ!」
そりゃまあ、うちの一歩はほかの人の半歩かもしれんけど。ほかの人より距離稼がんでも万歩達成できるっちゅうお得な感じやけど。
「けどなんでこんな依頼があるん? 手紙配達だけでえらい報酬たこうないか?」
「ああ、それはね。大雨で途中の橋が壊れちゃってね、すぐには直んないんだ。だから回り道しないといけなくてね。そっちは道が狭くてどうしても徒歩になっちゃうんだ」
「そうかいな。ちゅうことはこれ、急ぎか?」
「そうだよ。木の板の周りが赤いでしょ?」
言われてみればそうやな。これだけよう目立つようになっとるわ。
「どうする? やるの? やめといたほうがいいよ?」
「ん~、そうやなあ」
領都なあ。実はいっぺん行きたかったねんな。行商人やるんやったら、やっぱ他の街のことも知っとかんといかんしなあ。
「うっし、やったるで」
領都までお出かけや!
「ひとりで大丈夫かい、ミリンちゃん?」
「ウチは大人やからな。何の問題もあらへんで」
「そうかなあ?」
「なあ、おっちゃん、それどっちの意味や?」
そんでそのまま、ウチは東門からエッサの街を出発したで。エドガーはんには偉い心配されながら見送られたわ。
ウチが大人なんを疑っとるんか、それとも何の問題もあらへん、ってのを疑ってたんかはわからん。たぶん前者やろ。
いや、せやから、ウチは冒険者の腕輪も商人の指輪も持っとるがな。成人しとらんともらえへんねん。
さあて、そんなら領都目指してレッツラゴーや。
東門から出て街道を北にまっすぐ進むだけやで。今日中には着くで。
「それにしても誰ともすれ違わへんな。あんまり交流ないんかな? けどエドガーはんは、この前行っとった気がするけどなあ」
意外とちゃんと整備されとる街道を、ウチはてくてく歩いていくで。エドガーはんと初めてでおうた南の街道は、土をただ固めただけやったけど、こっちはなんと石畳になっとる。昨日の大雨でもへっちゃらやな。
でもな、それやったら普通はもっとラマやら馬やら人やらが通っとるいうことやんな?
あれえ? なんかおかしいな。
あ、そうや。
「橋壊れてるんやったら、誰もこーへんの当たり前やん。せやったせやった、納得や」
すっきりしたわ。ほなどんどん行くで~。
ずんずん、ずんどこ~。ウ~チは進むよどこまでも~。
「しっかしモンスターも出えへんわ、道は綺麗やわで、めっちゃ楽ちんやな。さすが領都への直通路、金掛けてんな~」
実はな、エドガーのおっちゃんにもう聞いてたんやけど、こういうおっきな街道にはモンスター除けの魔道具が仕掛けられとるんやて。
ま、よう考えたらわかる話や。街道にモンスターがいっぱいでよったら、エドガーはんがラマねーさんとだけで行商なんてでけへんわな。ラマねーさんはうまいこと逃げる思うけど、たぶんおっちゃんには無理やろ。
せやけどおっちゃんは街道外れたとこにある村も周っとるいうとったなあ。そん時はどうしてるんやろ。今度聞いてみよかな。
もしかしたら糸目だけにああ見えていろいろ隠しもっとるんかもしれん。こんなこともあろうかと、とかなんとかいいながら懐からくさやを取り出して焼き始めるかもしれん。モンスターなんてひとたまりもあらへんで。
それか、やっぱ世を忍ぶ仮の姿なんやろか。隠れたお供がおったりしてな。扇風機のちっさいもんがついたダーツで遊んどるかもしれん。
「お~、こりゃ見事に壊れとんなあ。けどもう工事始まっとるんやな」
昼前ぐらいに橋のところに着いたで。大きな河や。エッサの街の北に流れとる、ウチが日々お出ししてるもんを流ししてるところのさらに上流やな。
せやから川幅はそれなりに広いで。どれぐらい言うてもなあ、こういうのは目視ではわかりにくいな。たぶん、ピッチャーマウンドとホームベースぐらいまでの距離やな。
ほんで、ここまで石畳を歩いてきたんやけど、こいつは木の橋やな。まあ今は崩れてしもて残骸しかあらへんけど。
「な~な~そこのかっこいい監督さん。これどれぐらいで直るん?」
ウチはふっとい腕して帽子被ったおじさんに声を掛けたで。ほうれん草とか一杯食べてそうな人や。
「そうだなあ、1週間は間違いなく掛かるだろうなあ。真ん中のあたり、ずいぶん杭が流されちまったし。もうちょっと水が減らんことにはなんともなあ」
せっかくやしいろいろ聞いてみたら、この橋を作り直すんにはな。太うて長うて硬うて真っすぐなうまい棒みたいなんを川ん中に突き刺して、その上にウチみたいに真っ平らな板チョコみたいなんをぎょうさん並べるらしいで。
今やっとるんはその前段階、つまり崩れてもた橋を撤去してる段階やな。しかも材木やらはまだここにはあらんくて、これから運ばれてくるらしい。遠くに見える林で切り出し始めとるらしいわ。
「代官様からはせっつかれてるんだけどなあ、こればっかりはどうしようもないわな。いくら魔道具借りられたからって、材料がなけりゃどうにもならん」
橋の工事は両側からするみたいやで。川の向こう側でも同じように作業しとる。
「あっちの人らもおっちゃんが監督しとるん?」
「いんや、あっちは別だな。こっち半分はエッサの代官が受け持って、向こうの半分は領都の代官がやるのさ」
「なんや、ややこしいなあ。領都の代官様と領主様はちゃう人なんか?」
「そうだぜ。代官様は代官様、領主様は領主様さ」
ええと、ちょっとまってや。確かエドガーはんから聞いたな。
エッサの街のお代官はその名もエッサ子爵や。ほんでここら一体はセリン侯爵領っていうたな。せやから領都は当然セリン侯爵が治めとるん思とったけどそこも代官がおるんやな。
ふーん、あれか府知事と市長みたいなもんか。ちゃうな。あの人らはたいてい高いビルの屋上で殴り合いの喧嘩ばっかりしとるからな。現代日本やとよう説明しきれんわ。
ん~? そうや。組長と若頭やな。あかんな、もっと抗争がはげしなってもた。
そうや、あれや。学園物には定番の生徒会やな。生徒会長は生徒会室でふんぞり返っとって、生徒会メンバーが手先となって働くというあれや。ほんで外国人とのハーフな女子生徒会長は副会長の男子のことが好きなん隠しとるんやけど、ウチに似とってお喋りやからどうしても母国語でぽろっと本音を漏らしてまうねん。で、副会長以外はスマホの同時翻訳機能でちゃんと聞いとって、生暖かく見守っとるわけやな。
なんてこんなん説明せんでも、きっとみんなはいろんなもん読んどるから、貴族社会についてめっちゃ詳しいやろ。ウチはこうでもして考えんと理解できんのや。
「ほなあれか、費用も折半ちゅうことかいな」
「そういうことだな。といっても向こうがいくらもらってるかは俺は知らん。領都のほうが景気もいいだろうし、その分だけ金払いもいいだろうさ」
「せやなあ」
もちろん街の景気がよかったらな、税金も多なるやろ。
けど、ウチは知っとんで。税金は貯めとっても意味あらへん。こういう工事とかでちゃーんと庶民に戻したらんと、いつかは全部税金になって庶民の手持ちが一銭もあらへんなってまうからな。
「さて、嬢ちゃん悪いな。俺もそろそろ仕事に戻るぜ」
「おおきにな、おっちゃん。あ、せやった、忘れとった。別の橋があるて聞いてるんやけどどっちいったらええん?」
「ああ、それなら――」
「あれやな」
てくてく川を見ながら東に進んで、右手に鬱蒼とした森を見ながら、若干坂を上ったところにそれはあったで。壊れた橋からだいたい半時間程やな。
当然こんなところ石畳やのうてただの土やからな、たぶん思ったより距離は稼いでへんで。そういうやだいぶ歩いてんのにそんな疲れてへんな。
異世界補正やろか? まあ疲れてまうよりはええな。ちーこいウチやけど、元々体力はあるねん。ほんでないと喋り疲れてまうからな。
「しっかし、どうみても吊り橋やな~」
ウチはその吊り橋の近くまで来たで。ちょっと高うなっとって向こう岸とこっち側が今からぶちゅーしまっせって感じに突き出とるから、吊り橋をかけるんにちょうどよかったんやろ。
そういや吊り橋効果ってあったよなあ。
ええとどんなんやったけな。吊り橋を男女で渡っとったら、女性が美人の場合だけやけど、ちょうどええところの板が腐っとって、おなごが「きゃっ」って声出して踏み抜くってやつやな。そんとき、おっきな胸部装甲が功を奏してぎりぎり助かるねん。そこを男が助けてめでたくフォーリンラブやな。
ただし成人向けバージョンやと、神の力によりパンツが脱げとるで。せやからな、もし救出に時間がかかってしもて、その間にいろんなもん催してもやで、下は川やからなーんも問題あらへん。ちなみに救出の勢い余ってブラが脱げるおまけつきで、強制パフパフまでサービスしてくれるで。
なお2人は男子生徒と女性教師という禁断の関係やったりする。なんでこんなとこに先生がおるんや?
どうでもええやろけど、ウチの場合はそのまま下まで落ちてまうで。
そんで君が今、ウチの体のどこを見とるかも、もちろんバレとるしな。
「しょーもないこと考えてんとさっさと渡ったろ」
だいたいやな、普段から使われとる橋がそうそう落ちるもんやあらへん。
ウチはロープを掴みながらひょいひょい渡っていくで。誰もウチが「いやーん、こわいー、誰か助けてー」とか言うところなんて期待してへんやろ。フラグなんておかまいなしや。
高いところも別に大丈夫やで。それにウチの場合は吊り橋自体の揺れも少ないしな。
というわけで何事ものう渡ってしもたで。別になんかおもろいことおこらへんかなーって期待したわけやない。誰も見てへんところでそんなことしても意味ないからな。
だいたい下は川や。おちたらやばいやろ。しかも水かさが増しとるんや。もし万が一、億が一、無量大数が一にもウチの足が長うてもやな、流れがあるところに落ちたらどのみちあかんねん。
「さっきのおっちゃんに聞いてたけど、こっち側は思いっきり森やん。ええと、確か小道をそのまま進んでったら街道に出られるんやったな」
ウチは昨日の雨でちょいとばかしぬかるんでる道を行くで。うーん、そういや、向こうの世界からそのまま履いてきた運動靴で歩いとるな。丈夫で長持ちなんはええことや。
ガサガサッ。
「ん? なんや? なんぞおるんか?」
あ、やばい。よう考えたらウチ、修学旅行記念の木刀しもてるままやん。
ガサッ。
「ブモッ」
なんや豚かいな。驚かせよって。
カブみたいなでっかい大根でおなじみのとある県で有名な、まっくろくろな豚さんやな。あれって野生にもおるんやなあ。
「……」
なわけないわな。
わ、わかっとるで。れ、冷静に。い、いまこそ冷静になるべきときや。
ど、どないしよ。ええと死んだふりか?
いやそれは熊やし、熊やとしてもまちごうた対応や。
あかん。イノシシってあんなでかいんか? ウチが乗ったことのあるポニーさんより背が高いやん。
しかもなんや、マンモスみたいな牙がついとるで。イノシシにあんな牙ついとったっけ? 絶対ないわ。あれどうみてもやばげなモンスターやん。
さすがのウチも脚ががくがくや。今にも漏れそうや。さっき川んとこで、どっちともしとけばよかったわ。
「ブモモッ!」
ええと、なんやっけ、なんやっけ?
もーれつあたったろう、とかそんなやつや。イノシシがこっちに向かって四駆郎してきよる。
しゃーない、ウチの華麗なタントをお見せしたるで。
でんでろでんでろ、でんでろでんでろ、でんっ!
「さっ!」
ウチは架空の赤い布をひらひらしながら、土佐犬のごとくイノシシをひらりと躱し……きれるわけのうて、そのまま吹き飛ばされたで。
「ぶへっ」
そんでな、あいたたたたたたたたたたた、ウチはもう死んでもた、みたいなこと思いながらそのままゴロンゴロン転がって、舞台から消えていくで。そしたらイノシシが「まてまてどこいくねん!」て言いながら追いかけてそのまま一緒に舞台から消えよる。
え? ネタがわからんて? なんば駅と日本橋駅の中間あたりにいけばええで。ニホンバシとちごてニッポンバシな。これまちごうたらあかん。まちごうたらウナギを使うたお菓子のある県あたりになってまうからな。
ほんで、そこに大きなステージがあるから見てみたらええで。たまに海外でもやっとたりするから、実はワールドワイドでみれんで。
けどウチはお腹ぼりぼり掻きながら、テレビん前でせんべえ片手に見とったけどな。マッパでみとる、だいたいな。土曜のお昼時の4チャンネルや。関西圏ではな。東京やと9チャンネルやった。引っ越ししても見られたんはよかったで。
ピンポーン。はーい、ちょっとまってやあ、今出るわあ。荷物でも届いたんかな。ドタバタ。なんやこうやんか、せっかくやし一緒にテレビ見ようや、おもろいとこやで。
「……はっ!」
なんや今のは、これが走馬燈か。馬やのうてイノシシやけどな。
あれ? ウチどうなったんや?
なんやこう気持ちいい風を背中に受けとるな。ウチがぎりぎり身長制限に引っ掛からんかったジェットコースターが、急に後ろ向きに下がっていくような爽快感が……。
「おっふ」
なんちゅうこっちゃ。ウチはイノシシの牙に絡み取られて、そのままその頭に引っ付いとった。刺さっては……おらんな。痛くはないで。服が絡まってるだけや。さっきまで刺さっとったんが抜けたんかもしれん。調べる余裕があらへんわ。
視界不良で前方不注意になっとるイノシシは、顔にべったりへばりついとるちいこい羽虫を振り払おうと首をぶんぶん振りながら、ものすっごい勢いで走っとる。けど、そんなんしとるから、ウチはどんどん絡み取られてくで。
なんせ服はいつもの幼女Bスタイル。シュミーズがべろんべろんにはみ出しとるんや。
こりゃ買い替えやなあ。ボロボロになっとる。予備をポーチに詰め込んどいてよかったで。だいぶ容量を圧迫しとるけどな。
「こりゃ、どない、したら、ええん、やろ、なあ」
イノシシはめっさ早い。軽トラが走るぐらいのスピードや。しかも走っとるんは森の中や。
「あだっ! いだっ! うだっ! えだっ! おだっ!」
そんで木やら枝やらそこら中ぶつけまくりよる。
これはもう、あれや。もはやウチだけやとどうにもできん。
せやし、たまたま森の中のちっこい泉に水浴びしにきとる、男1女3ぐらいの強そうな冒険者パーティに助けてもらうしかあらへんな。
「へ、へるぴ、みー!」
あほか、そんなもん都合よくおらんわっ!
ドドドドドドドッ。
土煙を上げながらイノシシはどこまでも走り続けよる。
「おっ?」
けど、うまいことシュミーズが破けてきよったで。なんとかこれでピンチは脱出しそうや。乙女の別のピンチになるかもしれんけど、そんなもんウチにはあらへんからな。
「おおっ!?」
びりっ!
「わほーい!!」
びりびりっ、すぽーん!
「あ~れ~?」
ってな感じで、ウチは振り落とされてもた。シュミーズがたいそう破れてもて、チュニックの新しい切れ込みからウチの淫らなふとももちゃんが露出しとるけど、構わへん。
あれ? 千切れたほうの布っ切れはどこいったんやろか?
ドドドドドッ!
ふと見たら、ウチの汚い下着の切れ端を顔に被らされて強制的に紳士仮面な感じになってもたイノシシが、そのまんまちょうどそこにあった洞窟の中に突撃していきよったで。中からはえらい地響きが聞こえてくる。
なんやそれだけやのうて、ギャーとかグァーとか聞こえる気がすんな。
……まあええか。
「ポーチも無事やし、このまんまおひさんの方向いったらええかな。街道には出られるやろ。イノシシが戻ってこーへんうちに、さっさとずらかんで」
きっとたぶんおそらくなんかの巣穴やろけどな、ウチには関係あらへん。さっさとお手紙届けにいかなあかんな。
「はーるばるきたぜ~、領都へ~」
ついに、ついにウチは辿り着いた。
あれから林を抜けるんにえらい苦労したで。まあ道なんてあらへんかったからな。そこまで木ぃだらけやのうておひさんが見えてたし、方向だけはわかったからよかったわ。
せやけどな、薬屋さんの前に陣取りながら地球征服を企んどったらTシャツで押しつぶされてもて、そのまんまデコメガネ少年の一部になってしもたみたいなやつのでっかいバージョンに、何回も襲われたねん。黄色やなくて緑色やったけどな。
そんでウチは当然、ゲロゲロなそいつの舌で巻き取られてお口でぱっくんちょや。もちろんお口の中から赤ウサギ角ぶっすーしたったで。時代劇でお殿様が天井に向かってやるやつやな。なんでいつも忍者がおるねん。忍者のくせに、簡単に見つかりすぎやろ。
ええ根性しとる緑ガエル倒したら、なんや肝臓みたいなん落としよった。ちょっとしたホラーやな。カラカラに乾いとったし、レバーいうたら足の親指がいとうなることで有名な食べもんや。たぶん売れるやろから、一応ポーチに詰め込んどいたで。
こういうのポーチに入れなあかんのやったら、山の上にぴんっと張って大自然を楽しむ遊びに使う、なんとかラインみたいな名前の便利な小分け袋、どっかに売ってへんかなあ。
「でっけー!」
それにしてもな、さっすが領都やな。
いうても城壁の高さはエッサとおんなじやな。こんな近くからやと実際の広さはようわからんけど、城門の向こう側の街並み見ただけで、迷子にならへんほうがおかしいやろっちゅうレベルや。
さて、迷子センターのお世話にならんためにも、あらかじめ衛兵さんに道聞いとかんと――。
「へへっ、ゴブリン退治なんて久しぶりだなっ!」
ん? なんや? どっからどうみても冒険者な感じの集団が、満員電車から降りてきたとこみたいに出てきよったで。
「腕が鳴るぜ!」
「ちょっと、油断しないでよね」
「ま、巣穴見つけて全滅させるぐらい、俺たちなら余裕さ」
……。
さて、ウチはウチの仕事すんで。
「なあ、かっこいい衛兵のにーちゃん、冒険者ギルド行きたいんやけど、どういったらええん?」
「ん? お嬢ちゃん、どうしたんだい? 服がボロボロじゃないか?」
「どうもないし、気にせんとって。森でいろいろなもんに引っ掛けただけやしな」
せや、いろいろあってウチはやっと気付いたんや。
街道やないところにはな、魔物避けの魔道具なんて仕掛けられてへんってことにな。
……ん? もっと気にせなあかんこと、他にあるんちゃうかって?
そうやなあ、ゴブリンとあのイノシシ、どっちが強いんやろなあ。
まあ、あの人ら、ウチとちごてめっちゃ強い冒険者やろし、きっとあのイノシシにも余裕で勝てるやろ。
「ふーん? ま、いっか。冒険者ギルドはね――」
さあて、次回の領都では~。
……何事ものう、穏やかーに、過ごせたらええなあ。