「傀儡」と「あなた」 作:サンドローネ、実装おめでとう
バァン!!
重厚な研究室の扉が、壊れんばかりの勢いで蹴り開けられた。
部屋に入ってくるなり、いつもプロンニアに運ばれているはずの小柄な主人は、自身の足で床を激しく踏み鳴らしながら怒声をあげる。
「あーもう!!あいつはどうして口を開くとうざったいことしか言わないのよ!!
一ミリも製作に関わっていないくせに偉そうに、ほんっとうにむかつくわ……っ!!」
怒りに任せてバタンと閉められた扉は、しかし勢いが良すぎて跳ね返ってほんの少しだけ隙間が開いた状態になってしまっている。
まあ、それも今では見慣れた光景になりつつあるのだが。
「聞かせてやればいいのよ。どうせあいつは聞いていてもそうでなくとも何もしないんだもの、このぐらいどうとも思わないわ」
…とは、以前扉を閉めるべきかと聞いた際に言われた答えだ。
実にらしいと言えばらしい。
───今日もまた随分と荒れているみたいだね、サンドローネ。
手元でいじっていた機械のパーツを目の前のテーブルに置き、やれやれと肩をすくめながら「あなた」は部屋の主に対して苦笑混じりに声をかける。*1
「あなた」は、このファデュイにおいて極めて特殊な立場にある。
部下の一人も持たず、かといって戦場に真っ先に立つ兵士というわけでもない。
ただ執行官第七位『傀儡』の側に置かれ、身の回りの世話や研究の手伝いをするだけの小間使い。
……スネージナヤのとある路地裏にて行き倒れていたところを、彼女の気まぐれによって拾われて以来、「あなた」はずっと、彼女の完全な独占下にある唯一の助手だった。
「…ええ、またあの生意気なドットーレのせいでね。」
さっきまでの荒々しい入り方から一転、「あなた」を見てから落ち着きを取り戻したのか静かに対面側のソファーへと向かいゆっくりと座りながら、「あなた」にそう言う。
───なるほどね。それで、何に対して言われたの?話なら聞くよ
「そうね、せっかくだし聞いてちょうだい。…それと、今日の紅茶はそこの棚の二つ目のでお願い」
───ええ、仰せのままに
長話になると考えた「あなた」は既に立ち上がって準備に入っていたのだが、主人からの依頼を受けしっかりと該当する紅茶と、今日の種類に合うお茶請けの菓子も選び持ち運ぶ。
一通り並べて準備が完了したところで、主人ことサンドローネによる今日の愚痴が始まった。
恨みつらみや怒り混じりの言葉を要約すると、「博士」ことドットーレ様は主人の「傀儡」サンドローネが点検や整備をしていた区画の機械兵器を通りがかりに見かけた際に、まるで独り言のようにボソッと改善点や指摘ポイントを挙げていた。
ただそれがあてずっぽうとか適当などではなく、指摘の内容が無駄に正確かつ的確な部分があった為、じゃああんたがやってみなさいよ!と激しい口論に。
最終的にそれを、ドットーレ様の「よしておこう、私の研究にまで支障がでかねない」という捨て台詞で怒りの沸点が限界突破してしまった…とのことだった。
お互いの部下が止めないと危なかったらしい。
「はあ…こんなことなら、「あなた」を隣に置いて行うべきだったわ…」
───あはは…まあ、僕の方もサンドローネからやることを言われてそれをやっていたからね。ほら、そこのテーブルの端に置いてあるよ。
そう。普段ならともかく、今日はやる事が比較的多く分担して仕事を行う必要があったので、サンドローネと「あなた」はそれぞれ別の仕事を行っていたのだ。
ちなみに今日の「あなた」の仕事は、仕事に必要な器具の調達と作成。
市販のとは別で、いくつか市販では決して存在しない特殊なものを作る必要があったので、サンドローネの研究室をお借りして行っていたというわけだ。
「それもそうね……うん、まあまあの出来ね」
───それなら良かった。それで、この後はどうする?
「…まだやることが少しあるのだけど、先にこの鬱憤をどうにかしたいわ。はぁ…一発でもいいから、あいつを思いっきり殴り飛ばしてやりたいわ…」
それを聞いた瞬間、「あなた」の脳裏に名案が閃いた。
このようなサンドローネによるドットーレへの愚痴は今に始まったことではない。
そして、以前どこかのタイミングの際にも今と同じことを言っていたのを「あなた」は覚えていた。
その為、その日から仕事が終わってから密かにその発言を叶える為に作っていたものがあったのだ。
───それじゃあやろう!そのドットーレ様を殴り飛ばすっていうのを!
「……………はあ?」
「あなた」が突然立ち上がって言い出したことに、サンドローネは紅茶のカップを持ったまま「あなた」を冷たい目で見ながら呆れるように息を吐く。
「あなた」がこのように突然何かを言い出すのは別に珍しいことではない。
以前も何かと持ち前の無駄に高い技術力を用いて色々なものを作っていたからだ。
だが、これはいくらなんでも突拍子がなさすぎると彼女は思った。
日頃の鬱憤が溜まっているのは事実だが、仮にも同僚、それも自分よりも階位が上位──更に言うならドットーレは執行官第二位と、かの七神にすら匹敵するほどの実力の持ち主──の執行官を殴り飛ばそうなどと正気の沙汰ではない。
そして彼女の目から見て、「あなた」はお世辞にも戦闘…ひいては武器の扱いすらもままならない素人同然なのだ。
言い出したのが自分なのはそうだが、それはそれとして彼に何かあったらたまったものではない。
「あのね…「あなた」も知らないうちに鬱憤を溜めてたなら私が聞いてあげるから、さすがに本当にやろうとするのはやめなさい。ほら、何があったの?」
───まあ見ててよ。サンドローネのために作った、特製の『おもちゃ』なんだからさ。
ゆっくりと手に持っていたティーカップを置き、はあ…というため息とともに心配を通り越して哀れみの目を向けてくる彼女に対して、「あなた」はまるでいたずらが成功した子どものような笑みを浮かべ、懐から小さな四角いデバイスを取り出す。
そしてそのスイッチを押すと、ピピッ、と無機質な音が研究所に響く。
次の瞬間、部屋全体の景色がまるでデジタルデータに吞み込まれるように上書きされていき、あっという間に様変わりした。
研究室内の家具や棚、器具などが消え去り、二人の視界に広がったのは、まるで機械の中の電脳世界に入ったような青白い光グリッド線が走る無機質なサイバー空間。
その中心には、いつもの姿のまま微動だにせずポツンと棒立ちする『博士』ドットーレの姿があった。
「……は?え、これ、どういう原理で……っ!」
───大丈夫だよ、あれホログラムのだから。
辺りを見回してから、ドットーレ様の姿を見て瞬時に身構えるサンドローネにそう伝える。
今起きたのは、この研究室一帯を包み込むようにして展開したシミュレーション空間。
そして、その中心に「博士」ことドットーレ様のホログラムだ。
ホログラムと言っても、目的のためにしっかり実体に近いように疑似再現として用意している。
そして、それ以外には何もない。だが、試験的なのもあってこれで十分だと思っている。
───確かに本物を殴ったら大問題だけど、これならどれだけボコボコにしても無罪だよ。こんな風に、ねッ!!
「!!?」
話しながらホログラムのドットーレ様に近づき、わかりやすく見せるために思いっきり力を込めて全力でドットーレ様の横顔を殴り飛ばす。
すると一切の抵抗もなくそのまま拳を受け、ドットーレ様のホログラムは大きく吹き飛ばされる。
ズザザザザ…と滑りながら大の字になって倒れこみ、滑りが止まってそのすぐ後にゆっくりと立ち上がり、またしても棒立ちの姿勢に戻った。
───どう?これなら楽しめるんじゃない?
「……ええ、そうね。原理とか色々気にはなるけど、そういう事ならとりあえず好きにやらせて貰うわよ」
───どうぞごゆっくり~、僕はここで眺めているね
さっきまで理解し切れなかったのか驚愕の表情のまま固まりかけていたサンドローネだったが、さすがの切り替え力だ。
切り替えた瞬間にすっごくいい笑顔を浮かべながら拳を握りしめ始めたサンドローネを見て、これから起こる展開にちょっとワクワクしながら観戦と洒落込んだ。
───あ、どうせなら特等席とか作っておけばよかったな~…
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「───あんたなんて──────どれだけ─────こうして────────オラァッ!!」
───わーお…こりゃすげぇ状態だ…どれだけ溜め込んでたんだろう…
あれから何時間経ったのだろうか。
主人ことサンドローネは、髪型が崩れたりぜぇはぁ言いながらも、積年の恨みとかそういうレベルじゃないくらいに叫びながらこれでもかとあの手この手でホログラムのドットーレ様をボコボコにしているし、ホログラム側は多少の殴った後などが元通りになるようにしているはずなのに、そんなのなかったように全身にボコボコにされたり関節が折れた跡とかが残っていて妙にリアルだ。
顔なんてもはや原型を留めていないとさえ言える。
…まあ流血表現は色々と汚いし嫌だろうからやらなかったが、それ以外は実感を籠らせるためにもそうできるように設計した。
……したんだけども、それでも修復すら始まろうともしないこれは予想外と言う他ないだろう。
「フ-ッ…フーッ……フゥーーッ………」
───お疲れ様、でいいのかな?はい
「……コホン。あら、ありがとう。気が利くのね」
───ここまではさすがに予想外だったけどね。でも、どうだった?
「そうね……すっっっっごくスッキリしたわ…!」
───それは良かった。じゃあ、そろそろ解除しよっか
ここまで徹底的に、それも原型を留めない程とは思っていなかったが、それでも多少は日頃の彼女の苦労に報いることができたのだろう。
生身の人間ではない彼女はどれだけ動いても汗一つかかないし、水も本来なら飲む必要がない。
それでも、限界突破していた怒りのエネルギーを全て吐き出したからか、その表情はどこかすっきりして見えていた。
渡した排熱補助の器具を使用し、さっぱりした雰囲気と共にフンスと胸を張る主人の可愛い笑顔を見られただけで、仕事終わりに夜な夜なこれを作った甲斐があったというものだ。
「フゥッ…、これ、とっても楽しかったわ。これから暫く貸してもらってもいいかしら?」
───喜んで。もとよりそのつもりだったよ
スイッチを渡したり原理を伝える前に、まずはこの空間を解除しないと。
そうして「あなた」がこの空間を解除する為に、懐のスイッチに手をかけた──その時だった。
「何が、楽しかったのかね?」
───ひっ…!?
背後からかけられた声。それはあまりにも印象強く──そして今まさに、目の前で関節があり得ない方向で転がっている男のオリジナル。
心臓が跳ね上がり、全身の血の気が一瞬で引いていく。
ガチガチとまるで機械を曲げるように「あなた」がゆっくりと振り返ると、そこには──いつの間にかシミュレーション空間の一部から仮面付きの顔だけ覗かせていた、本物のドットーレがいた。
「…っ、ド、ドットーレ……!?」
さすがのサンドローネも、直前までホログラムとはいえ本人と同じ顔を好き放題殴ったり「オラァッ!」なんて叫びながら徹底的に破壊していた気まずさからか、一瞬で顔を強張らせて平静を取り繕おうとしている。
お、終わった…。
バレてしまった以上、もはや首が刎ねられるに飽き足らず存在そのものを消されてしまいかねない。
「あなた」はガタガタと震えながら、ファデュイとしての短い一生を覚悟して目を閉じた。
…しかし、一向に何も起きない。
不思議に思い目と顔を上げると、いつの間にか全身がこのシミュレーション空間内に入っていたドットーレは「あなた」でも奥のボコボコにされたホログラムでもない、この景色全体──シミュレーション空間そのものへと視線が向けられていた。
「ふむ……これは特定の空間を別の空間として完全に上書きし、更に内部に質量を持った精密で限りなく実体に近いホログラムを形成しているのか。これはこれは、実に興味深い……!」
───え、あ、あの…?
「なんと、なんと素晴らしい…!君、これをどこで学んだのかな?それとどんな原理になっているのかね?」
───あ、は、はい!それは独学で学びまして、原理は────それで、術式はこうで───こことここの回路に─────んで、これをこうして─────!
「ほう、非常に面白い…!そして奇抜な発想とそれを可能にする確かな技術力があるようだ…。
君、もし君が良ければだが、この術式を私の研究に少し借りたい。それに、君のその発想力を
持って私の研究についての意見交換も交わしたいのだが、どうだろうか?」
───えっ!いいんですか!実は僕もドットーレ様の研究で気になっていたのがあったんです!
まさかの事態に、先程までのドットーレへの恐怖もどこかへ吹き飛んで目を輝かせる「あなた」。
端くれとはいえ技術者としての血が騒ぐのを感じながら、「あなた」はドットーレと常人にはまるで理解できない程超高度な技術と研究の談義に楽し気に盛り上がっていた。
しかし、それとは正反対に、そんな二人の横でピキピキと凍てつくような鋭い視線と殺気が膨れ上がっていく。
「(ちょっと!!なんで私の嫌いな奴と「あなた」がそんなに楽しそうに話してんのよ…!!
っていうか、私の大事な助手を勝手に引き抜こうとしないでよ…!!)」
必死に取り繕っていた間に置いてけぼりにされた寂しさと、自身の大事な「あなた」が目の前で奪われかけているという特大の嫉妬。
自身でもまだ気づけていない感情でプルプルと小さな肩を震わせていた主人が、この後「あなた」とドットーレの間に割り込むようにして入り、「あなた」の腕を掴んで「「あなた」は私の助手だから!」と叫び出し、それが更なる波乱を呼び込むのは、また別のお話───。
サンドローネ様実装決定してから書き始めたけど、自分の筆の速度が遅すぎて早々に萎えかけてます…w
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