あと遅くなりましたが、投票者20人突破に加えて総合評価9もいただけて本当に嬉しいです…!
いつも読んでくださりありがとうございます!
最近は段々と亀の如く遅い更新になってきてますが、もう少しお付き合いいただけると幸いです
カチ、カチ、カチ──と、精密な時計仕掛けが刻む乾いた音だけが、薄暗い研究室に響いている。
スネージナヤ特有の容赦ない冷気から遮断されたその部屋では、作業机の上に広げられた膨大な設計図と、鈍い銀光を放つ歯車の山が壁のように積み上がっている。
その中央で、拡大鏡を片目に当てたサンドローネが、ピンセットを握ったまま微動だにせず作業に没頭していた。
非常に繊細な操作と高度な技術を要する為、「あなた」にはまだできない事だった。
───サンドローネ、隣の資材庫から新しいぜんまいバネと、それから温かい紅茶を淹れてくるね
そんな主人を横目に、補助として机の端を片付けていた「あなた」が声をかける。
だが、主人の耳にはその声の半分も届いていないようだった。
極小の歯車の噛み合わせやパーツ同士の接合に眉根を寄せたまま、指先ひとつ動かさずに生返事を返す。
「……ん、適当にしなさい。………そこ、触らないでよね……」
───うん、すぐに戻るね
いつもの光景だ。
普段はそこまででもないが、今回のような極度の集中を要する作業に一度入ってしまうと、周囲の音が完全に遮断されるのは仕方ないと言えるだろう。
「あなた」は苦笑しつつ、彼女の邪魔にならないよう足音を忍ばせて重い扉を開け、静かに研究室を後にした。
──バタン、と。
厚い防音扉が閉まる鈍い音が、室内に小さく反響する。
しばらくの間、部屋にはいつも通りのピンセットの金属音とぜんまいの微小な駆動音だけが満ちていた。
だが、ひとつの工程が終わり、拡大鏡を外したサンドローネが「ふぅ……」と小さく息を吐き出した、その瞬間だった。
「ねえ「あなた」、そこの偏光レンズを取ってちょうだい。次の工程に入るわよ」
サンドローネの指示の声が響く。
しかし、返事はない。
「……ねえ?聞こえないの?」
確認混じりに眉をひそめ、作業机の向こうへと視線を向ける。
いつもなら、言われる前にレンズを磨いて差し出してくるはずの助手の姿が、そこにはない。
机の上に置かれたままの冷めた道具。
誰も座っていない、主の温もりを失った椅子。
「…………え?」
静まり返った部屋の中で、サンドローネの指先から、カランと音を立ててピンセットが転がり落ちた。
「「あなた」…?」
確認するようにもう一度「あなた」を呼ぶサンドローネ。
返事は、返ってこない。
「……ねえ、冗談はやめてよ、「あなた」…?」
静寂に満ちた部屋に、かすれ気味の硬い声が落ちる。
返事は、ない。
「どこに、隠れているのよ…。……か、隠れんぼなんて柄じゃ、ないでしょ…?
…ねぇ、出てきなさい。……出てきなさいってば!」
次第に声を荒げ、サンドローネは椅子を蹴るようにして立ち上がった。
部屋の隅には、スリープモードで佇む巨大なプロンニアがいる。
あるいは壁の操作盤に指を這わせ、この部屋の
だが、今の彼女の頭から、そんな天才技術者としての常識は完全に吹き飛んでいた。
──いなくなった?
──どうして?いつの間に?
──まさか、私に愛想を尽かしたの?
──ロザリンのように……アランのように、私を置いて、どこか遠くへ消えてしまったの?
「…やだ……っ」
思考が最悪の方向へと暴走し始め、胸の奥がキュッと締め付けられる。
かつて味わった事のある、身を切るような孤独と喪失の恐怖。
カチカチと無機質に時を刻み続ける時計の音すら、自分を嘲笑っているかのように思えて、サンドローネの青い瞳にじわりと涙が滲み出した。
「……うそ、嘘でしょう、「あなた」……!私を、一人にしないで……っ」
視界が涙で滲むのも構わず、彼女はドレスの裾を乱暴に持ち上げると、重い研究室の扉へと駆け寄った。
普段の気品も尊大さもかなぐり捨て、小さな手で扉を押し開ける。
そして──半泣きになりながら、がらんとした工廠の廊下へと必死の形相で飛び出していったのだった。
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一方その頃。
頼まれていた上質なぜんまいバネと、湯気を立てる二客の紅茶を乗せたトレイを両手に抱え、「あなた」は鼻歌混じりに工廠の廊下を歩いていた。
───(喜んでくれるといいな。作業が一段落したら、少し休めるようにお茶の準備もしなきゃだ…)
そんな呑気なことを考えながら、研究室のある角を曲がろうとした──その時だった。
タタタタタッ!と、静かな廊下に響き渡る慌ただしい足音。
作業用ブーツではなく、華奢なヒールが石畳を激しく叩くその音に驚いて顔を上げた瞬間、「あなた」の視界に飛び込んできたのは──普段の冷静沈着な姿からは想像もつかない、涙で瞳を潤ませた主人の姿だった。
「……っ、あ、「あなた」……!?」
角から現れた「あなた」を視認した瞬間、サンドローネの青い瞳が大きく見開かれる。
絶望の表情から一転、溢れ出さんばかりの安堵と縋りつくような感情をその顔に浮かべ、彼女はなりふり構わず両手を広げて駆け寄ってきた。
「ばかぁっ……!どこに、行っていたのよぉぉ……!!」
───えっ、サンドローネ!?ちょっと、危な──
泣きじゃくりながら胸元へ飛び込もうとする彼女の勢いに驚きつつも、「あなた」は咄嗟にトレイを脇の棚へと滑り込ませ、彼女を受け止めようと腕を広げた。
だが──勢い余ったサンドローネの細い足先が、廊下の隅に転がっていた予備の大型歯車にガツンと派手に引っかかってしまう。
「ひゃうっ!?」
───……あ。
漫画のように前のめりにつんのめり、ノーガードのまま宙へとダイブするサンドローネ。
突進の速度に足のもつれが加わったその小さな質量は、受け止めようとした「あなた」の身体へと勢いよく直撃した。
ドタァァァンッ!!!
派手な激突音とともに、もつれ合いながら床へと倒れこむ二人。
勢い余って身体が回転し、結果として──「あなた」が下になったサンドローネに覆いかぶさり、完全に上から押し倒す形になっていた。
───い、痛たた……。大丈夫、サンドローネ……?
もつれ合って倒れ込んだ身体を起こそうと、「あなた」は無我夢中で支えとなる床へと手をついた。
……手をついたはずだった。
──むにゅっ。
「ん……っ」
───……?
石畳の冷たく硬い感触のはずが…手のひらに伝わってきたのは、驚くほど柔らかく、弾力のある、得体の知れない感触。
───(あれ?何かクッションでも落ちてたかな……?)
そう勘違いした「あなた」は、バランスを取るために──無意識にその柔らかい何かを、ぎゅっ、むにゅっと、しっかりと
「ぁ………んんっ」
耳元で微かに漏れた、聞いたこともないほど甘くかすれた吐息。
そこでようやく、「あなた」は自分の視線の先にあるものと、手元の感触の正体に気が付いた。
床に押し倒されたサンドローネ。
はだけかけたドレスの襟元。
それによって見え隠れする鎖骨。
そして、「あなた」の右手がガッツリと鷲掴みにしている──彼女の、柔らかな胸の膨らみ。
───………あ
息がかかるほどのゼロ距離で、パチリと二人の視線が交錯する。
恐怖と安堵で涙ぐんでいたサンドローネの顔が、状況を理解するにつれてカァッと音を立てるように赤く染まり、耳どころか首筋まで真っ赤に沸騰していった。
「………………っ!!」
───ち、違うんだサンドローネ…!これは、床だと思ってて、その、不可抗力で──
「…こ、この変態いぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!!!」
ドゴォォォォォォンッッ!!!
工廠全体を揺るがすほどの絶叫とともに、サンドローネの小さな拳──いや、至近距離からフルスイングで叩き込まれた渾身の右ストレートが、「あなた」の顔面にクリティカルヒットした。
吹き飛ばされて壁に激突する身体。
星が散る視界。
薄れゆく意識の向こうで、涙目で胸元を押さえ込みながら真っ赤になってプルプル震えている主人の可愛い顔を最後に見て、「あなた」の意識はプツリと暗転したのだった。
「………バカ、こんな形じゃなかったら……」
「傀儡」→満更でもなかった。
「あなた」→申し訳ない気持ちと、凄かったという感触だけ残ってる。何にやろなぁ…
案で今来ているのはひとまずここまでですね。
募集自体はしていますが、書くのはこちらのタイミングになります。
間にいくつか挟んだりはしますが、最終回までの目途が立ってきたのでちまちまと進めていこうと思います~
今後の話(あるいは番外編みたいなもの)での指標として。「あなた」は本編ストーリー(魔神任務)に出てもいいのか?(あくまでも参考にするだけなので、票数次第ではあるものの実際に書くかどうかはまだ考えさせてください。)
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イッテイイヨー!(作者好み展開かも)
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シリアスなのはダメ!死刑!