……と、リアルのやること終わらせた勢いのまま、平成をキメながら書いてた時の心境でした。
初めに感じたのは、かつてあの路地裏で味わった……あの忌々しい寒気と熱っぽさだった。
まだ行く当てもなく、冷たい雪の降る路地裏で膝を抱えていた頃の記憶。
誰にも気づかれずただ一人で歯を食いしばり、小さい布切れで精一杯身体を覆い、身体の奥から湧き上がる灼熱と凍えるような寒気にじっと耐えていた、あの不快な感触。
───(おかしいな。あれは、もうずっと昔のことだったはずなのに…)
遠い過去の感覚に囚われながら、朦朧とする意識の中で脚を動かす。
自分では真っ直ぐ歩いているつもりだった。
だが、まるで濡れた泥を全身に纏っているかのように、手足の一挙一動にとてつもない疲労感と膨大な感覚のズレが生じている。
喉の奥は熱した鉄を吞み込んだかのように不快に焼きつき、吐く息が自分の唇を酷く熱した。
「…ねえ「あなた」、今度は何をしようとしてるの?怒らないから聞かせなさい?」
───(大丈夫…ただの、睡眠不足だ。あの頃みたいに我慢していれば、そのうち治る……)
朦朧とする意識のまま、自分では真っ直ぐ歩いているつもりの「あなた」だった。
だが、思考とは裏腹に足元はフワフワと浮き立ち、通りかかった棚の角に激しく腰をぶつける。
ガタガタッ、と大きな音が研究室に響き、手に持っていた工具が手元から滑り落ちて床へ転がった。
それを拾い上げようと屈んだ瞬間、世界がぐにゃりと大きく揺らぐのを感じる。
「……ちょっと「あなた」、大丈夫なの?さっきから危ないわよ?」
───だい、じょうぶ……?ぼくが……?
主人の問いかけの言葉によって、初めて自身の異常に意識が向く。
脳の奥で警報が鳴り響き、視界の端が明滅し始める。
───(あ…れ……?僕、なんでこんなに……熱──)
自覚が追いつき彼女の存在を認識した時には、もう身体の限界を超えていた。
まるで導線が切れたマシナリーのように、張り詰めていた心の緊張がふっと途切れ──膝からバタン!!と大きな音を立てて床へと崩れ落ちる。
視界から急速に光が失われ、薄れゆく意識の途切れ際。
最後に視界に映ったのは──
普段の高慢な表情を完全に破り捨て、見たこともないほど真っ青な顔で、なりふり構わずこちらへ手を伸ばして駆け寄ってこようとするサンドローネの姿だった。
「──「あなた」─────っっ!!!」
彼女の切迫した叫び声を遠くに聞きながら、「あなた」の意識は暗闇へと落ちていった。
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夢を、見ていた。
あの冷たく暗い、誰もが見向きもせず助けてくれない、路地裏の夢。
抱えた膝の隙間から凍える雪を見つめ、ただ一人で息を潜めている。
───ああ。やっぱり僕は……ずっとこの暗闇の中に、一人だけなんだ
そう諦めかけた、その時だった。
『───でして……過労と………急激な……』
『──…安静に………命が……』
暗闇の向こうから、途切れ途切れに聞こえてくる重々しい人の声。
それは
遠のく意識の糸を手繰り寄せるように、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
ぽつりと視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の部屋の天井。そして、温かな部屋の明かりだった。
「……ん…っ……」
掠れた呼吸を漏らすと、ちょうど部屋のドアが静かに閉まり、立ち去っていくファデュイの軍医らしきマントの後ろ姿が見えた。
そして──ベッドのすぐ脇。
拝むように胸の前で固く手を組み、今にも泣き出しそうな暗い顔で佇んでいるのは、自身の主人──サンドローネだった。
「……っ、「あなた」……起きた、の…?」
静寂を破ったのは、消え入りそうなほど細く、震えた声だった。
呼びかけられた「あなた」がゆっくりと視線を向けると、サンドローネの身体が大きく跳ね上がった。
組み合わされた彼女の指先は白くなるほど強く握りしめられ、その小さな唇はワナワナと絶え間なく震えている。
瞳は大きく見開かれ、目の縁は朱をさしたように赤く腫れていた。
普段の傲然とした面影など、どこにもない。
そこにいるのはただ、大切なものを今にも奪われそうになって必死に耐えている、一人の限界を迎えた少女だった。
呼吸を荒げ、何かを確かめるように「あなた」の顔を激しく見つめるサンドローネ。
だが、その視線には明確な絶望と暗い影が落ちている。
───サ…ンドローネ、
掠れた声で「あなた」が尋ねると、彼女は小さく息を吐き、固く結んだ唇をゆっくりと開いた。
「……極度の疲労と、急激な体温低下による……重度の高熱よ。……あと少し処置が遅れていたら、命に関わっていたって…っ」
ぽつり、と絞り出すように告げられた残酷な現実。
───ぼくが、いのちに……?
覚束ない頭でその言葉の意味を理解しようとした瞬間、胸の奥が激しく軋むような痛みを覚えた。
冷たく暗いあの路地裏から自分を救い出し、温かな場所をくれたサンドローネ。
彼女を二度と不安にさせないよう、自分が強くなって守れるようになりたくて必死だったはずなのに。
だが現実はどうだ。自分は彼女にどれほどの恐怖を与え、目の前にいる大切な人を、今にも泣き出しそうなほど追い詰めてしまっている。
守りたかったはずの人を、自分自身の手で傷つけてしまったという激しい罪悪感。
そこに高熱で弱り切った心に容赦なく押し寄せる、圧倒的な申し訳なさ。
それらが一気に胸を締め付け、熱を持った目頭からツーッと静かに涙が溢れ出していた。
視界がぼやけ、彼女の震える指先すら滲んで見えなくなる。
───………ごめ……んなさ、い……っ……、ぼくの……せいで……っ…
ぽろぽろと涙を零しながら、か細い声で何度も謝罪を口にする「あなた」。
涙目で必死に自分を見つめてくるその悲痛な表情を目にした瞬間──サンドローネは、自身の心臓がぎゅっと潰されるような音を立てた。
「~~~~~っっ!もう喋らなくていいわよバカ「あなた」!誰が謝れなんて言ったのよ!!」
これ以上その悲痛な涙と謝罪を見ていられないと言わんばかりに、サンドローネは乱暴な口調で怒鳴り散らした。
恐怖と焦燥を打ち消すように勢いよく毛布を「あなた」の顔まで引き上げるが──その指先の手触りには、自身の動揺を隠しきれないほどの必死な丁寧さが乱雑に混ざっていた。
「っ、分かったなら黙って目を閉じなさい!薬が効くまで、絶対に起き上がっちゃダメなんだからね!」
「あなた」に背を向けながら必死に捲し立てられる、いつもの厳しいお小言。
本来なら病人に大声は毒にも等しいのだが、その強がりな声の裏にある彼女の真意が痛いほど伝わった「あなた」は、普段の様子のようにも見えてどこか安心感を覚えていた。
───(…すみません、サンドローネ……)
心の中でそっと呟きながら涙を拭う間もなく静かに瞼を閉じると、重熱と薬の作用によって、そのまま泥のように深い闇へと意識を落としていくのだった。
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カチ、コチ……と、部屋に置かれた時計の静かな秒針の音だけが響いている。
「あなた」の規則正しい静かな呼吸が部屋に落ち、完全に深い眠りへと就いたことを確認すると──背を向けて立ち尽くしていたサンドローネは、ゆっくりと振り返った。
その顔には、もう執行官「傀儡」としての気高さや威厳など、微塵も残っていなかった。
膝の力が抜け、立っていることすらできずその場に崩れ落ちるようにベッド脇の椅子へと腰かける。
荒い息を吐きながら、熱で赤くなった「あなた」の顔を、震える瞳で見つめる彼女。
先ほどまで流されていた助手の涙。
弱々しい謝罪。
そして、自分の手から擦り抜けていってしまいそうな、命のあまりの儚さ。
それら全てが──遥か過去、かつて自らの手で看病し、最期にはその温もりが消えていくのをただ見守ることしかできなかった、自身の創造主にして家族──アラン・ギヨタンの面影と残酷なまでに重なっていた。
「(……やだ……っ。嫌、いやよ……っ!!)」
どうして人間はこれほどまでに遠く脆く、簡単に壊れてしまうのか。
なぜ自分を置いて、勝手に遠くへ行ってしまうのか。
記憶の底に眠っていた「遺される者の絶望」と、目の前にいる大切な存在を失うという恐怖が脳内で大激突を起こし、長年抑え込んでいた感情の堤防が決壊する。
サンドローネは震える両手で「あなた」の手をそっと包み込むと、そのまま自分の額をその大きな手へと押し当てた。
ポタ、ポタ、と彼女の瞳から大きな粒の涙が溢れ落ち、助手の肌に温かいシミを作っていく。
「……嫌……お願いだから……」
掠れた、消え入りそうな声。
誰もいない静寂に包まれた部屋だからこそ漏れ出た、一人の不器用な少女としての率直な叫び。
「…私を守るなんて……大口叩いておいて……勝手に無茶して、勝手に倒れて…っ……」
「あなた」の手をぎゅっと、自分の存在を確かめるように強く握りしめる。
「……お願いだから…私のもとから……いなくならないでよ、「あなた」……っ…!!」
涙で顔をくしゃくしゃに濡らしながら、何度も、何度も繰り返される切実な懇願。
「私を、一人にしないでよ……バカ「あなた」……っ……」
まるで悲鳴のような独白を絞り出し、彼女はそのまま助手の手に額を預けたまま、溢れる涙を止めることができない。
張り詰めていた糸が切れた安心感と、「あなた」が起きるまでの看病での疲労、そして絶え間ない涙によって、やがて彼女も意識が段々と遠のいていく。
「あなた」の温もりを手の中で抱きしめたまま、サンドローネはベッドの縁に頭を乗せる形で、静かに眠りに落ちていくのだった。
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翌日。
カーテンの隙間から差し込むかすかな朝日が、静まり返った部屋を柔らかく照らし始める。
───…ん……っ
ふと「あなた」が目を覚ますと、昨夜までの頭を叩き割るような重熱と不快な寒気は綺麗に引き、身体が先日よりも随分と軽くなっていることに気づいた。
熱がだいぶ下がり、思考がはっきりとクリアになっていく。
───熱。下がったのかな……。
安堵の息を漏らし、自身の額に手を当てようと腕を動かした瞬間、何か別の感触があることに気付く。
何かと思いベッドの脇へと視線を滑らせた瞬間、「あなた」は息を吞んだ。
「スー……スー…」
自分の布団にちょこんと頭を乗せ、自分の手をぎゅっと握りしめたまま、小さく丸くなって眠っているサンドローネの姿があったからだ。
普段の整った髪は少し形が崩れ、その目の縁は昨夜流した涙のせいで微かに赤く腫れている。
主人としての威厳などどこへやら、自分の手にすがりつくようにして眠るその姿は、あまりにも健気で、愛おしかった。
───(サンドローネ…ずっと、ついていてくれたんだ……)
自分の軽率な行動のせいで、彼女にどれほど過酷な夜を過ごさせてしまったか。
申し訳なさと同時に、胸が痛むほどの愛おしさが込み上げてくる。
───こんなところで寝ていたら、今度はサンドローネが風邪を引いてしまう…
起き上がって毛布をかけてあげようと、握られている手をそっと引き抜こうとした──その時だった。
「……ん……っ…いなく……ならないでよ……「あなた」……っ……」
ギュッと握る手に力が込められサンドローネの口から漏れ出たのは、小さな、けれど切実な寝言だった。
うなされるかのように眉をひそめ、去っていこうとする温もりを引き留めるかのように指先を握りしめてくる。
その言葉と仕草に、「あなた」の胸がギュッと締め付けられた。
昨夜、夢とうつつの狭間で聞いた彼女の叫びが、自分にとってどれほどかけがえのない存在であるかという事実が、温かい濁流となって心に流れ込んでくる。
───(──いかないよ、どこにも)
起こそうと伸ばしかけた手を引っ込め、「あなた」は静かに呼吸を整える。
そして、自分を離すまいと必死に握られている彼女の小さな手の上に、自身の大きな手を優しく、包み込むようにそっと重ね合わせた。
「ここにいるよ」と伝えるように、じんわりと温もりを分け与える。
すると、うなされていたサンドローネの眉間の皴がふっと解け、ふにゃ…と心底安心したような、無防備で穏やかな寝顔へと変わっていった。
重ねた手から伝わってくる、愛しい主人の確かな体温と鼓動。
───(もう少しだけ……このままでいよう)
彼女の手をしっかりと握り返しながら、「あなた」は穏やかな安心感に包まれて、静かに瞼を閉じた。
吹き荒ぶ外の猛吹雪をよそに、温かな部屋の中で、二人は寄り添うようにして心地よい二度寝へと落ちていくのだった。
「傀儡」→非常に手際の良い看病をした。以前に経験があるようだ
「あなた」→人間の身体って、脆いんだね
悲報:次で日常のネタ切れ
何か書いてほしい日常ネタあったら活動報告の方にでも書いてくれると嬉しいです。
採用するかどうかは自分の気分で決めます。
感想や高評価もくれると、嬉しいです(強欲の壺)