熱狂と怒号が複雑に交錯するスタジアム。その中心で、駆は肩で激しく息を吐きながら、両脚をフィールドの床に力強く踏みしめていた。
白銀の装甲から立ち上る熱気が、夜風に煽られて揺らぐ。
(追いついた……! 第2ラウンドを取り返した……!)
バイザーの奥で、駆は己の掌を見つめた。昨夜までの暗い恐怖や迷いは、もうどこにもない。イザベラ・コスタという圧倒的な太陽と全力でぶつかり合い、その領域に自分の足で踏み込んだという確かな手応えが、彼の全身の血液を熱く脈動させていた。
「ハヤミ君……すごい、すごいよ!」
膝に手をついて荒い息を吐きながらも、バイザーの下で大輪のひまわりのような笑顔で駆を見上げていた。
「私の『波』を自分から掴みにくるなんて! やっぱり君と戦えて良かった!」
「ありがとうございます。貴女の走りと、その根底にある希望に……俺は救われました。だからこそ、次の最終ラウンドも、全力で勝ちにいきます!」
「あはは! 負けないよ! 私も、まだまだ見せてないものがあるんだからね!」
互いに清々しい笑みを交わし、両者は一度、それぞれのピットへと引き揚げていく。
スタジアムを埋め尽くす大歓声と、滝のように流れ落ちる世界中からの配信コメント。だが、ピットへ向かう駆の耳に届く通信回線の空気は、先ほどまでの熱狂とは一線を画す、不穏な静寂に包まれていた。
『……速水』
レシーバーから聞こえてきたのは、織田の重々しい低音だった。
『よく第2ラウンドを取り返した。グラップスタイルを軸にしたカウンター、見事だったぞ。だがな……浮かれてる暇はねえ』
「織田さん……?」
『五代、解析データを表示してやれ』
コントロールルームのモニター前に立つ輪が、キーボードを叩く指を微かに震わせながら、駆の視覚端末へと暗号化データのホログラムを転送した。
『速水くん、落ち着いて聞いて』
輪の声には、かつてない緊張が走っていた。
『イザベラ選手の身体測定データと戦闘ログ……IOFの最高防衛機密に指定されていた階層を、いま織田さんが強引に解析したわ。彼女のあの超人的な柔軟性と脱力……あれはただの才能や鍛錬の成果だけじゃない』
ダッシュの視界に浮かび上がったのは、イザベラの膨大な肉体データと、彼女が纏う『仮面ライダーウェイブ』の未知の仕様書だった。
そこには、鮮やかなターコイズブルーの『スプラッシュスタイル』とは全く異なる、重厚かつ深遠な影を纏った装甲モデルが描かれていた。深い群青色と漆黒のライン。水圧に耐えるよう重厚に強化された肩アーマーと、高圧水流を外部へ制御・噴射するための機構。
「これは……?」
『イザベラ・コスタの秘策――高低戦闘環境特化型フォーム『ディープスタイル』だ』
織田が噛み潰すように吐き捨てた。
『あいつが育ったブラジルの貧民街……そこでの過酷なストリートバトルで培われたのは、相手の力を受け流す技術だけじゃねえ。あいつはな、絶望の深さを知っているからこそ、表では太陽のように笑う。だが、本気で立ちはだかる敵を叩き潰すとき――その絶望の深さそのものを『水圧』に変えて相手に叩きつけるんだ』
『この『ディープスタイル』は、深海の超高水圧を再現した重力フィールドを周囲に展開するの』
輪の解説が重なる。
『相手の速度や推進力を力ずくで押し潰し、文字通り水底の闇へ引きずり下ろす極限の圧迫戦闘形態……。あんなに太陽みたいに笑っている彼女が、こんな……相手を窒息させるためだけのエゴを隠し持っていたなんて……』
駆は言葉を失った。
深海水圧を再現した固有能力。もし最終ラウンドで彼女がこの形態を解放してくれば、どれほどリニア・アンカーの爆発的な推進力を誇ろうと、水底の泥に囚われるように完全に殺されてしまう。
「ビビったか、速水」
通信の奥から、公式コーチである蓮見の地響きのような声が響いた。
「相手は太陽の笑顔の裏に、底なしの深海を隠し持っている。正道を進むアスリートとしての鍛錬の格、そして背負っている絶望の重さ……どれをとっても生半可な覚悟では呑み込まれるぞ」
駆は一度目を閉じ、深く息を吐き出した。
オリンピアドライバーに触れると、スプリンターメダルが微かな温もりを返してくる。
絶望を知るからこそ咲く、太陽の笑顔。
その裏に隠された、あまりにも深く、哀しいほどの強固なエゴ。
――だが。
「……いいえ」
駆は目を開けた。その瞳には、すでに一切の迷いも、恐れもなかった。
「怖くないと言ったら、嘘になります。でも……俺はもう、絶対に逃げません」
通信越しに、織田と輪、そして蓮見が息を呑むのが伝わってきた。
「ベラ選手がどれだけ深い絶望を知っていて、どれだけ重い『ディープスタイル』を隠し持っていたとしても……俺は自分の脚で、チームみんなで作り上げたこのリニア・アンカーで、その深海を切り裂いて見せます!」
『速水君!』
『……言ったな、速水!』
織田が不敵に笑い、肩に担いでいたレンチをカンと叩く音が響いた。
『よし、五代!最終ラウンド開始までの残り数分で、リニア・アンカーの耐性補強と、グラップシステムの瞬間出力を極限まで引き上げる最終調整に入るぞ!1秒も無駄にするな!』
『了解!速水くん、絶対にあの『ディープスタイル』の重圧に負けないセッティングを完成させてみせるわ!』
『お前が腹を括ったのなら、俺もセコンドとして全力を尽くそう』
ピットのクルー全員の心が、ひとつの熱量となって急速に組み上がっていく。
そして――運命の第3ラウンドを告げるブザーが、スタジアム全体に鳴り響いた。
センターコートへ歩み出る両者。
対角線上に立つウェイブの全身から、先ほどまでの軽やかなエメラルドグリーンの光が消え、深海を思わせる濃密な群青色のオーラが、静かに、そして重々しく立ち上り始めていた。
太陽の笑顔の裏に秘められた、真の怪物。
絶望を跳ね返して走り続ける速水駆の超高速と、深海の水圧が、いま決戦のコートで交錯する。
「……ハヤミ君。これが、私のもう一つの姿。私の育った場所の、底なしの暗闇だよ」
《DEEP WAVE!!!! Athlete Rider WAVeeee!!!!》
ウェイブはオリンピアドライバーに装填されたスプラッシュメダルを抜き、新たなメダルを装填しレバーを引いた。音声と共に全身を覆う装甲が深海を思わせる群青と漆黒の『ディープスタイル』へと変貌を遂げた。肩や脚部の高圧水流制御機構――グラビティ・ヴェセルが重低音を響かせて駆動し、コート全体に目に見えるほどの歪みを生み出す。
「行くよ……ッ!」
次の瞬間、ダッシュの全身に数トンの鉄塊が押しつけられたかのような絶望的な衝撃が襲いかかった。
「くっ……うあぁぁぁッ!?」
右脚のリニア・アンカーを爆発させ、白銀の閃光となって突き進もうとしたダッシュだったが、その推進力は一瞬で殺された。イザベラの『ディープスタイル』が放つ超高水圧の重力フィールドが、空間そのものをドロリとした泥のように重く変質させていたのだ。
空気抵抗すら水底の圧力へと変わり、ダッシュの超高速移動を根底から否定する。
(重い……! 脚が、前に進まない……!)
バイザーの奥で駆の表情が苦痛に歪む。非合法改造によって限界まで高めたリニア・アンカーの駆動系が、過負荷のために激しい悲鳴を上げ、関節部から凄まじい火花が散った。
「ハヤミ君、諦めて! この深海の中で、速さは何の意味も持たないよ!」
ウェイブが、重厚なステップで接近してくる。その動きには、先ほどのスプラッシュスタイルにあった軽快さや華やかさはない。だが、一歩踏みみ出すごとに周囲の水圧を増幅させ、相手の可動域を文字通り押し潰す凶悪な質量が宿っていた。
ウェイブの重圧を纏った拳が、ダッシュの胸部装甲を強打する。水圧を凝縮させた波動が装甲を透過し、駆の内臓にまで直接達するような鈍い衝撃が走った。
「ガハッ……! ぐあぁぁッ!」
吹き飛ばされることすら許されず、重力フィールドによってその場に縫い付けられたまま、ダッシュは膝をついた。HPゲージが暴烈な勢いで削られていく。
『な、なんだこの圧迫感はぁぁぁ!? 仮面ライダーウェイブの秘策『ディープスタイル』! 圧倒的な高重力水圧フィールドの前に、仮面ライダーダッシュの自慢の超高速が完全に封じ込められた! まるで水底に沈められた金づちだぁぁぁ!』
実況の絶叫が届く中、コントロールルームからの通信がノイズ混じりで途切れ途切れに響く。
『速水くん! アナライズデータが出たわ……ダメ、今のダッシュの基本スペックじゃ、あの重力フィールドを破るための瞬間出力が圧倒的に足りない! スプリンタースタイルのフレーム構造そのものの限界よ……!』
『チッ……! 直線的な推進力も、グラップスタイルの体軸固定も、空間そのものが重圧で歪められてちゃ意味をなさねえ! 駆動系が焼き切れるぞ、速水! 一度距離を取れ!』
「距離を……取ったって……っ!」
ダッシュは血の混じった唾を飲み込み、震える腕でコートの床を掴んだ。距離を取ろうにも、一歩動くことすら深海で巨大な錨を引っ張るような重労働なのだ。
イザベラは、かつて過酷な貧民街で味わった絶望そのものを、この形態の力に変えている。他者を窒息させ、身動きを奪い、闇へと引きずり下ろす極限のエゴ。
(俺の……スプリンタースタイルの限界……。このままじゃ、追いつくどころか、ただ沈められて終わる……!)
バイザーの赤色アラートが点滅し、視野が急速に狭まっていく。4年前のトラウマ、足の途切れた感覚、闇に飲み込まれる恐怖が、再び駆の背筋を冷たく撫で上げた。
「……ここまで、なのか」
心が挫けかけたその時、駆の耳に、静かに、しかし力強く鳴り響く音があった。
――トクン、トクン。
それは、重圧の中で悲鳴を上げる己の心臓の鼓動。そして、目の前で深海の重圧を放ちながらも、なお哀しげな目を向けてくるイザベラの脈動だった。
「ハヤミ君……ごめんね。でも、これが私の背負ってきたものなの。誰も救ってくれなかった、暗くて冷たい水底の日常……」
イザベラの声が震えていた。彼女は、相手を押し潰すこの『ディープスタイル』を振るう時、かつて自分が苦しんだ絶望の闇を、再び自らの魂に呼び覚ましているのだ。
(ベラ選手……君は、こんなに重いものを一人で抱えて……それでも表では太陽みたいに笑っていたのか……!)
駆の胸の奥で、激しい熱情が弾けた。
恐怖に怯える自分を捨てろ。敗北を恐れるエゴを捨てろ。
今、目の前にいるのは、圧倒的な敵などではない。絶望の深海の中で、誰よりも強く「希望」を求めて光を放とうとしている、最高のライバルだ。
(逃げるんじゃない……! 彼女の絶望を、重圧を、拒絶するな……! 全て受け止めて、同調(シンクロ)するんだ!)
「五代さん! 織田さん! リニア・アンカーのリミッターを……解除してください!」
『な、何言ってるの速水くん!? リミッターを外したら、この水圧の中でフレームが負荷に耐えきれずに破砕するわ!』
「いいえ……壊れません! 俺の脚は……俺たちの走りは、こんなところで終わらない!」
駆はバイザーの奥で瞳を血走らせ、ベルトのスプリンターメダルを強く噛み締めるようにイメージした。
拒絶するから重圧になる。ならば、この絶望の水圧そのものを己の推進力の一部として取り込む。イザベラが背負う深海の重みと、己が背負ってきた挫折の重み――その二つの絶望を同時に抱え込み、爆発的なエネルギーへと昇華させる!
「うおおぉぉぉぉぉぉッ――――――!!!」
ダッシュの全身から、これまでの白銀とは異なる、蒼く澄み渡るプラズマの光彩が爆発的に噴出した。
オリンピアドライバーが限界突破の過回転音を上げ、ダッシュの右脚――リニア・アンカーが、限界を超えた高負荷によって真っ赤な高熱を帯び、さらには蒼い雷光を纏い始める。
「な……なに……!? 私の水圧のなかで、出力が上昇している……!?」
ウェイブが目を見張る。
ダッシュは、押し潰してくる重力フィールドの圧力の方向を、全身で完璧に感知し、そのすべての重圧をリニア・アンカーの圧縮エネルギーへと変換していた。敵の重力を己の跳躍力に変える――覚悟の
「ベラ選手……! 君の絶望も、君の重さも、全部まとめて……俺が連れていく!」
《OVER LIMIT FINAL LAP》
ズガンッ! とセンターコートの床が崩落するように破砕した。
深海水圧の重力フィールドを力ずくで切り裂き、ダッシュの身体が「光」となって解き放たれる。スプリンタースタイルの限界を超えたその姿は、水底から天空の太陽へと向かって一直線に突き抜ける、一筋の蒼き流星そのものだった。
「ハヤミ君……ッ!!」
超絶的な加速が重力を置き去りにし、二人は光と影が交錯する、運命の最終局面へと突入していく。
絶望の水圧を突っ切り、大気を焼き焦がしながら上昇する蒼き流星。その軌跡の先、センターコートの上空数百メートルで、空間が波紋のように歪んだ。
ピキィン―――!
静寂を破る澄んだ高音がスタジアム中に響きわたる。ダッシュのオリンピアドライバーから溢れ出る紅光と、イザベラが纏う深海の水圧が激しく摩擦を起こすその中心に、眩い「光の結晶」が凝縮されていく。
それは、ただの力ではない。恐怖に屈せず、ライバルの背負う絶望すらも全て受け止めて走ると誓った駆の覚悟が生み出した、新たな可能性の塊だった。
光がはじけ飛び、一枚の新たなアスリートメダルが虚空に舞う。
表面には、爆発的な推進力を生み出すアンカーと、限界を超えて走り抜けるスプリンターのシルエットが眩いゴールドとコバルトブルーの双光で刻まれていた。
「あれは……新しいメダル……!?」
ダッシュは上空で身体を翻し、白銀のグローブを力強く伸ばした。指先が、旋回するメダルを捉える。
掌に収まった瞬間、駆け巡る圧倒的な熱量。駆は一切の迷いなく、右脚のリニア・アンカーを回転させながら、オリンピアドライバーの追加スロットへそのメダルを叩き込んだ。
《On your marks》
《EVOLUTION SONIC DASH!!!! Athlete Rider DAShhhh!!!!》
大気が爆発した。ダッシュの全身を包んでいた白銀の装甲が、眩いコバルトブルーと鮮烈なシルバーの流線型フレームへと一瞬で再構築されていく。
肩部と胸部には高圧噴射用の機構が新設され、右脚だけに装着されていたリニア・アンカーは両脚、そして両腕のプロテクターへと連動拡張。全身がひとつの巨大な超高速推進機関へと変貌を遂げていた。そして、その背後には光の粒子で形成された巨大な輝く幻影が、翼のように羽ばたいている。
『なぁぁぁぁにぃぃぃぃぃッ!!!? なんという奇跡だぁぁぁッ! 仮面ライダーダッシュ、過酷極まる水圧の中で新たなるアスリートメダルを掴み取り、未知の進化形態へと覚醒を果たしたぁぁぁぁッ!!!』
実況の絶叫がスタジアムの音響を破壊せんばかりに響き渡る。
全天を覆うホログラムスクリーンに、新フォームの圧倒的な輝きが映し出された瞬間、観客席からは地鳴りのような大歓声が沸き起こった。
『うおおおおおおお!! マジかよ!! 試合中に新スタイル解放とか熱すぎるだろ!!』
『格好良すぎる!! あの深海水圧を力に変えて進化しやがった!!』
『行けぇぇぇダッシュ!! 日本のスピードを見せてやれ!!』
世界中から寄せられる数億のコメントが、ホログラムの滝となってスタジアムを埋め尽くす。
そして――何より誰よりも、その光景に胸を躍らせていたのは、対角線上に立つウェイブその人だった。
「あはは……! あははははっ!!!最高……最高だよ、ハヤミ君っ!!」
群青色の装甲の奥で、イザベラは全身の血が激しく沸騰するのを感じていた。
絶望の水圧で押し潰し、相手の心を折るはずだった闇の重圧。それを拒絶するどころか、己の進化の糧として飲み込んでみせた目の前の少年。その眩しすぎる輝きに、彼女の胸の奥に眠っていた純粋なアスリートとしての歓喜が限界突破で弾けた。
「私の絶望を飛び越えて、そんなに輝くなんて……! 本当に、君は最高のライバルだよ!!」
「お待たせしました、ベラ選手……! これが、俺たちの新しい走りです!」
ダッシュ――いや、スプリントアンカースタイルの駆は、両脚のプロテクターを激しく踏み鳴らした。
《ANCHOR BATON》
駆動音とともに、両腕のマニュピレーターから高密度のコバルトブルーのエネルギーが噴出し、それが実体化して1本の短棍――専用武器『アンカーバトン』へと形を成した。リニア・アンカーの爆発的推進力をそのまま打撃力へと変換する、超高速戦闘専用の打撃ギアである。
「行くよ、ハヤミ君! この深海を、全部叩きつけてあげる!」
「来てください!」
ウェイブが両腕のグラビティ・ヴェセルを全開にし、スタジアム全体を破壊するほどの重力水圧の波を放つ。深海の闇が空間そのものを押し潰さんと襲いかかる。
だが――スプリントアンカースタイルとなったダッシュには、もはやその水圧はただの追い風でしかなかった。
《1st LAP》
ダッシュの姿が消えた。
音速を超えた移動が生み出すショックウェーブが重力水圧を真っ二つに切り裂く。次の瞬間には、イザベラの目の前にダッシュが肉薄していた。
「速い……ッ!?」
「はぁぁぁぁッ!」
ダッシュが手にしたアンカーバトンが、残像すら残さぬ超高密度で閃光を描く。
反射的に両腕のウェイブフィンでガードを固めるが、バトンから繰り出される一撃一撃の重みは、先ほどまでの比ではなかった。単なる打撃ではない。打撃が命中した瞬間にバトン内部のリニア・アンカー機構が爆発し、衝撃波を相手の装甲内部へと打ち込まれていく。
「くっ……あぁぁッ!?」
あまりの打撃速度とノックバックの威力に、重圧を誇るディープスタイルのウェイブの体勢が大きく揺らぐ。
「受け流せない……打撃のテンポが、私の脱力を上回ってる……!?」
『すごい、すごいわ速水くん!』
コントロールルームで、輪が叫ぶようにデータを読み上げる。
『アンカーバトンの打撃は、リニア・アンカーの推進エネルギーをインパクトの瞬間に点爆発させているの! 脱力して衝撃を逃がそうとする前に、再度爆発エネルギーが装甲を押し抜く……! これなら、どんな柔軟な筋肉でも受け流せない!』
『よくやったぞ速水! 攻め立てろ! 相手に思考の時間を与えるな!』
織田が拳を握りしめて怒鳴る。
「ハアァァァッ!」
ダッシュはアンカーバトンでウェイブのフィンを弾き飛ばし、ガラ空きになった胸元へ再びバトンで超高速の三連突きの突きを叩き込む。
「きゃああっ!」
火花が盛大に散り、ディープスタイルの重厚な装甲に亀裂が走る。
だが、イザベラもただやられるだけの選手ではなかった。世界のトップ8に君臨する怪物としての意地が、彼女の動きを覚醒させる。
「まだ……まだ終わらないよっ!」
ウェイブは意図的に自身の装甲の一部を解放し、超高圧の水流を全方位へと噴射。至近距離からの広範囲衝撃波によってダッシュの連続攻撃を強引に中断させると、低姿勢からの鋭いダイビングスライディングでダッシュの足元を崩しにかかった。
「そこだっ!」
空間を歪める重力蹴りが、ダッシュの膝関節を狙う。
しかし、ダッシュはアンカーバトンをコートの床へ突き立てた。
「なっ……!?」
突き立てたバトンを軸にして、ダッシュは全身をコマのように高速回転。ウェイブの蹴りの軌道を間一髪で空中へ飛び越えて回避すると、そのまま遠心力をすべて乗せたバトンの一撃を、上空からウェイブの脳天へと振り下ろす。
「ぐ、あぁっ……!」
強烈な叩きつけを受け、ウェイブの身体がコートの床を破砕しながらバウンドする。ディープスタイルのHPゲージが、ついに危険領域である黄色から赤色へと急降下していった。
『捉えたぁぁぁぁッ! 新専用武器『アンカーバトン』の超速連撃が、あの鉄壁の『ディープスタイル』を完全に圧倒している! 空間を支配していた重力水圧が、ダッシュの推進力によって打ち破られていくぅぅっ!』
スタジアムの大声援は最高潮に達していた。
だが、床に倒れ伏したウェイブは、装甲の隙間からパチパチと激しい火花を散らしながらも、ゆっくりと……しかし確かな意志を持って立ち上がった。
「ふふ……あはは……。強いな、本当に……ハヤミ君は」
彼女の肩が激しく上下している。限界が近いのは明白だった。しかし、そのバイザーの奥にある瞳は、澄み切った太陽のような輝きを取り戻していた。
「逃げるために走ってた君が……誰かを救うために、こんなに強くなるなんて。なら……私も、全部をぶつけなきゃ嘘だよね!」
両手を大きく広げると、ディープスタイルの全身のグラビティ・ヴェセルが限界を超えて過熱、赤黒い重力波動が彼女の周囲に集束していく。
「最後の勝負だよ! 私のすべての絶望と希望……受け止めて!!」
イザベラの全身から解き放たれたのは、深海水圧の重力と、彼女のアスリートとしての情熱が融合した、超巨大な漆黒とエメラルドの渦巻く津波のホログラムだった。
《Home Straight》
《DEEP FINISH!!!》
「来て……ハヤミ君!!!」
天空へと跳躍したウェイブが、巨大な津波そのものとなって、コート全体を消滅させる勢いで急降下ダイブを繰り出す。スタジアムの空気が凄まじい風圧で破裂し、観客たちが思わず息を呑んだ。
その絶対的な絶望の濁流を前にして、駆は静かに呼吸を整えた。
胸の中にあるのは、清々しいほどの静寂。
4年前の挫折、暗い過去、恐怖……それら全てが、いま目の前で全力を叩きつけてくるライバルの輝きによって、美しい思い出へと変わっていく。
(ありがとう、ベラ選手。貴女と戦えて……俺は、本当の自分の走りを思い出せた)
駆は地面に突き刺していたアンカーバトンを片手で固く握りしめ、もう片方をオリンピアドライバーのレバーを握りしめた。
《2nd LAP...3rd LAP...FINAL LAP》
「いくぞ……ッ!」
ダッシュの脚部から、蒼と銀のプラズマが爆発的に噴出した。
次の瞬間、スタジアム中の誰もが己の目を疑う光景が展開される。
ダッシュが足を踏み鳴らした瞬間、彼の身体から「光の残像」が分裂。1人、2人、3人……と。完全に実体と同等の質量と速度を持った4人のダッシュが、コート上に立ち現れたのだ。
「な……分身……!? 速度が速すぎて、光の残像が実体化しているの……!?」
輪が悲鳴のような歓声を取り上げる。
『う、嘘だろぉぉぉぉッ!? 1人じゃない、ダッシュが4人に分身したぁぁぁぁッ!!?』
「ハヤミ君が……4人……!?」
降下するウェイブの視界に、四方から同時にアプローチを開始する4筋の光の閃光が飛び込んできた。
1人目のダッシュの軌跡を描く蒼き閃光が、津波の右翼へと躍り出る。
2人目のダッシュの重厚な体軸を持つ金の閃光が、津波の左翼へと肉薄する。
3人目のダッシュが、津波の真下へ潜り込む。
「そして……これが俺たちの、限界を超えた走りだぁぁぁぁッ!!!」
4人目――本体のダッシュが、3つの分身が切り開いた光の道を通り、津波の中心、ウェイブの真下へと垂直に跳躍した。
3人のダッシュがウェイブの真下へと再び現れると、本体のダッシュの前へ現れ3人がクラウチングスタートのような体制へと変わる。そして、ダッシュが分身に向かって駆け抜けていく。
刹那、ダッシュのスピードが分身に重なると同時に一気に加速していき最後の1人が重なると、そのスピードは音速の領域へと突破する。
《SPRINT ANCHOR FINISH!!!》
音声と同時に、音速に到達したダッシュは右脚を全力でウェイブに向けて突き出した。音の槍となったダッシュの一撃がまるで、流星の如くウェイブを貫いた。
スタジアムを吹き飛ばすほどの光の爆発。
「あはは……見事だよ……ハヤミ君……っ!」
光の中で、イザベラが愛おしそうに呟く声が聞こえた。
彼女のディープスタイルの装甲が、眩い光の粒子となって砕け散っていく。
静寂。
そして――
衝撃波とともに、コートの中央へふたつの影が着地した。
ひとりは、変身が解除され、背中から倒れたが晴れやかな顔で空を見上げるイザベラ・コスタ。
もうひとりは、静かに残煙の中で佇む仮面ライダーダッシュ。
ピィィィィーッ!!!!!
スタジアム全体に、試合終了を告げる甲高いシグナルが鳴り響いた。
―――――
勝者:日本(仮面ライダーダッシュ)
勝利理由:強制変身解除(TKO)
日本・インデックス:爆発的上昇(MAX OVER)
ブラジル・インデックス:爆発的下落
【市場価値残高の更新】
速水駆:+500,000,000(第72位 ⇒ 第10位)
―――――
『決まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!! 勝者、仮面ライダーダッシュ! 絶望の深海を打ち破り、世界第8位の『リズム・クイーン』を相手に見事な大逆転勝利を収めましたぁぁぁぁッ!!!』
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
スタジアムが、いや、世界中が爆発した。
割れんばかりの歓声、降り注ぐ紙吹雪、鳴り止まない拍手。
「勝った……勝ったのね、速水くん……!」
コントロールルームで、輪が感極まって涙を流し、デスクに突っ伏した。織田は不敵に笑いながら、固く握った拳でデスクを力強く叩く。蓮見もまた、重々しく頷きながら、バイザーを脱いだ少年の健闘に静かな拍手を送っていた。
コート上では、ダッシュの装甲が光の粒子となって消え去り、駆の姿に戻っていた。
激しい疲労で脚が震えていたが、駆はしっかりと自分の足でコートを踏みしめていた。そこへ、変身の解けたイザベラが、少し痛そうに腰を押さえながら、歩み寄ってくる。
「ふふ、完敗だよ、ハヤミ君」
イザベラはそう言うと、最高の笑顔で右手を突き出した。
「君の走り、本当に眩しかった。私、もっともっと君と泳ぎたくなっちゃったな」
「ベラ選手……」
駆はその手を、両手で力強く握り返した。
「ありがとうございました。貴女がいてくれたから……俺は、自分の走りを越えることができました」
「もー! だからベラって呼んでってば!」
イザベラがいたずらっぽく笑うと、二人は顔を見合わせ、晴れやかに笑い合った。
スタジアムの天井が開かれ、澄み渡った夜空に満天の星が広がっていく。
トラウマを乗り越え、世界の壁を破った少年スプリンター。その胸には、新たなメダルの温もりと、どこまでも続いていく未来へのロードが、どこまでも強く輝いていた。
お世話になっております。
山都撫子です。
仮面ライダーダッシュを最後まで拝読頂き
本当にありがとうございました。
一応は続く形にはなるかと思いますが
一旦はここで一区切りとして
仮面ライダーダッシュの更新は最後になります。
色々と作品を通して二次執筆してみたい作品があるので
そちらを投稿するかと思いますが
また気が付いたときに更新していこうと思います。
改めまして、12話まで拝読して頂きありがとうございました。