仮面ライダーダッシュ   作:山都撫子

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第4話「神の瞳のゲームメイカー」

 ガラス張りのシースルーエレベーターが行き交う、IOF・国際オリンピア連盟日本支部の高層ビル。その最上階にある巨大なメインモニターには、かつて見たこともない異常な「折れ線グラフ」が映し出されていた。

 

「……信じられん。前日比インデックス、さらに470%のプラスだと!?」

 

 高級なスーツに身を包んだIOFの幹部たちが、青いホログラムの数値を凝視しながら声を荒らげていた。

 

 画面に映し出されているのは、先日の旧実業団武道館でドローンによって世界同時中継されたダッシュの一本背負いの映像。そして、その下に刻まれたリザルト画面。

 

 オーディエンス・レート:82%

 

 ほんの数日前まで、世界最下位。誰も見向きもしなかった日本の市場価値が、今や世界中の投資家やスポンサーのマネーを急速に吸い上げる巨大なブラックホールと化していた。

 

「アメリカ代表のレックスに続き、日本の旧い伝統武道までがアスリートライダーの力として跳ね上がった。このままでは、我々IOFが構築してきた世界ランキングのパワーバランスが完全に崩壊するぞ」

 

「ならば、荒治療を施すまでだ。急激に膨れ上がった日本の市場価値が本物か、それともただの一発屋か……世界のトップランカーたちをぶつけて、力ずくで公平にしてやればいい」

 

 幹部の一人が、冷酷にデスクのエンターキーを叩いた。

 

 その瞬間、全世界の配信ネットワーク、スポーツニュース、そしてSNSのタイムラインへ向けて、IOF公式の緊急声明が一斉に射出された。

 

『緊急アナウンス。急激な市場変動を適正化するため、IOFは日本を舞台にした臨時の【アスリートライダー交流大会】の開催を表明する――』

 

 

 ジャカジャン! と、派手なスポーツ番組のオープニングテーマが、新宿の大型ビジョンや人々のスマートフォンの画面から鳴り響く。

 

『緊急速報です! IOFは本日、急遽日本国内での「アスリートライダー交流大会」の開催を発表しました! 参戦が決定したのは、イタリア、フランス、ブラジル、中国、カナダの、世界トップ5カ国!』

 

 画面には、各国の代表ライダーたちのスタイリッシュなCGモデルが並んでいく。

 

『そして! 開催国として、先日にて正式に日本代表として承認されたばかりのニューヒーロー――仮面ライダーダッシュこと速水駆選手の電撃参戦も正式に発表されました! 世界の壁が、一気に日本へ押し寄せます!』

 

 街を行く人々が足を止め、どよめきが広がる。

 

「おいおい、マジかよ!いきなり世界のトップ5と戦うのか!?」

 

「日本代表ってマジだったんだ……!」

 

「ちょっと待ってよ! 何よこれ、聞いてないわよ!!」

 

 ガレージの静寂を破ったのは、輪の悲鳴のような大声だった。

 

 デスクの上に広げられた何枚ものホログラムモニターには、IOFから一方的に送りつけられた『交流大会規約』と、天文学的な数字の違約金条項が並んでいる。

 

「イタリア、フランス、ブラジルって……全員がIOFのA級ライセンスを持ってる化け物ばっかりじゃない!なんでこんな大会が急に決まるのよ!」

 

「決まっちまったもんは、走るしかねえだろ。……おい、動くな、速水」

 

 ピットの中央。

 

 パイプ椅子に座った駆の右足首を、分厚い、タコだらけの両手でガシッと掴んでいる男がいた。

 

 ――蓮見巧。

 

 夢だった道場を失いながらも、駆と共に戦う道を選んだ元・日本代表候補。彼は今日から、チーム・ダッシュのグラップスタイル・専任コーチとしてこのガレージに合流していた。

 

「が、がうっ……!蓮見さん!痛い、痛いです……!」

 

 駆の額からポタポタと汗が滴り落ちる。

 

「痛むのは、お前の大腿直筋と、足首のインナーパーツの連動が狂っているからだ」

 

 蓮見は厳しい目を変えぬまま、駆の脚の角度を1ミリ単位で微調整していく。

 

「グラップスタイルは、お前の速度を強引に組み手の力に変換した。だが、お前の肉体の基礎である体幹がそれについていけてない。今のまま世界の連中と当たれば、グラップスタイルの重厚な装甲を纏った瞬間に、お前の右足首は負荷で内側から粉砕されるぞ」

 

「粉砕……」

 

 駆はゴクリと唾を呑み込んだ。

 

 世界ランキング最下位からの、日本代表への正式昇格。

 

 世間は大騒ぎで自分をヒーロー扱いしているが、自分の肉体は、そしてこのオリンピアドライバーのシステムは、まだ世界のトップアスリートたちと渡り合えるほど完成されてはいない。その現実を、蓮見はコーチとして冷徹に、しかし誰よりも駆の身を案じて突きつけていた。

 

「いいか速水。柔道の基本は崩しだが、それは自分自身の『軸』が絶対にブレないという前提があって初めて成立する。スピードを殺された狭い空間でも、相手の力を巻き取って自分の有利な間合いを作る。今日からその基礎を、お前の体に叩き込む」

 

「……はい! よろしくお願いします!」

 

 駆は痛む脚をさすりながらも、真っ直ぐに蓮見を見据えて頭を下げた。会社員時代、理不尽なノルマに追われていた時も、こうして蓮見のストイックな背中を見て踏ん張ってきたのだ。この人となら、どんな世界の壁だって超えられる気がした。

 

 そんな二人の様子を、ピットの奥で缶コーヒーを口につけながら、織田が不敵な笑みを浮かべて見つめていた。

 

「フン、いい面構えになってきたじゃねえか。……五代、初戦の相手はどこだ?」

 

 輪がタブレットの画面を恐る恐るスライドさせ、メインモニターへ映し出す。

 

 そこに表示されたのは、鮮烈な青のユニフォームを纏い、世界最高峰のサッカークラブで10番を背負う、美しい一人の青年の写真だった。

 

「開幕戦――『日本 VS イタリア』。相手のライダーは、世界中から聖人のように慕われる、神の瞳を持つ司令塔……マルコ・ロッシです」

 

 その写真が表示された瞬間、ピットの空気が一気に張り詰めた。

 

 世界強豪5カ国を迎える、地獄の交流大会。その最初の巨大な壁が、すぐ目の前まで迫っていた。

 

 

――キャァァァァァァァァァァァッ!!!!!

 

 地鳴りのような黄色い歓声が、空港の到着ロビーを完全に揺らしていた。

 

 何重にも敷かれたバリケードの向こうには、カメラを構えた数百人の報道陣と、応援フラッグや特製のユニフォームを掲げた数千人のファンが、文字通り狂熱的な押し合いを繰り広げている。

 

「凄い人気ね……。さすが世界最高峰の名門クラブで10番を背負う、現役の天才司令塔(ファンタジスタ)だわ」

 

 IOFの腕章を巻いた輪が、人混みの後ろでタブレットの画面を確認しながらため息を吐いた。その隣には、日本代表のジャージに身を包み、あまりの熱気に気圧されている駆、そしてコーチとして同行している蓮見が立っている。

 

「第一試合の相手が、他国を差し置いてもう前乗りか。よっぽど日本のインデックスの急上昇が気に入らなかったと見えるな」

 

 蓮見が鋭い目でロビーの奥を見つめる。

 

 その時、自動ドアが開き、SPたちに守られて彼が姿を現した。

 

 ――無数のフラッシュが、まるで真昼の雷光のようにローム内を白く染め上げる。

 

 仕立ての素晴らしいイタリア製のスリーピーススーツを完璧に着こなし、爽やかなブロンドの髪をなびかせた青年――マルコ・ロッシだった。

 

 彼は集まったファンに向けて、非の打ち所がない、まるで絵画から抜け出してきたような聖人の微笑みを向け、エレガントに右手を振った。

 

「マルコーーッ!こっち向いてーーッ!」

 

「マルコ、日本の孤児院への寄付、ありがとう!」

 

 あちこちから飛ぶ声援に、マルコは立ち止まり、胸に手を当てて深く一礼する。その慈愛に満ちた佇まいは、世界中から『最も聖人に近いアスリート』と称賛されるのも納得のオーラだった。

 

 マルコはIOFの案内係に先導され、真っ直ぐに駆たちの元へと歩み寄ってきた。

 至近距離で見るその瞳は、すべてを見透かすような、深く澄んだ翠色――通称、神の瞳。

 

「君が、Signor(シニョーレ)ハヤミくんだね?」

 

 マルコは通訳を介さず、完璧な日本語で語りかけてきた。そして、駆の泥臭いマメだらけの手を、自身の白く綺麗な両手で優しく、包み込むように握りしめた。

 

「ブドウカン?でのグラップスタイル、実に見事だったよ。日本(ジャポーネ)の伝統の技で、歪んだ暴力を打ち破る……。ボクは画面越しに、君の誠実な情熱(パッション)に深く胸を打たれた。日本という素晴らしい国で、君のような気高きアスリートと初戦を戦えることを、心から誇りに思う」

 

「あ……ありがとう、ございます……!」

 

 あまりにも完璧な、全人類への愛を体現したような全肯定の言葉に、駆は完全に圧倒され、恐縮しながら頭を下げることしかできなかった。

 

 調印式を数分後に控えた、大理石調の豪華な控室。

 

 IOFのスタッフやメディアのカメラマンが退室し、部屋の中に駆とマルコの二人きりになった、その瞬間のことだった。

 

「フゥーーーッ!! やっと退屈なお仕事が終わったねぇぇぇ!!」

 

 さっきまでの、静謐でエレガントな『聖人』の空気が、ガラスのように粉々に砕け散った。

 

 マルコはソファにドサリと仰向けにひっくり返ると、仕立ての良い高級ジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、ネクタイを緩めてめちゃくちゃに首を振り回した。

 

「え……? あ、あの、マルコさん……?」

 

 呆気にとられる駆を他所に、マルコは跳ね起きるように立ち上がると、超陽気に、情熱的な身振り手振りを交えてマシンガントークを始めた!

 

「いやー! 驚いたよハヤミ! ほんっとうに驚いた! キミの戦い、Magnifico(素晴らしい)! 泥臭くて、泥臭くて、ダサくて、だからこそ最高にキュートだったよ! ボク、思わずプライベートジェットの中で拍手しちゃったもんね!でもね!でもねハヤミ!」

 

 マルコは信じられないほどの俊敏なステップで駆の懐に滑り込むと、駆の肩にグイッと腕を回し、顔を至近距離まで近づけてウインクした。その瞳は、超明るい笑顔のまま、一切笑っていなかった。

 

「次のFesta(試合)の主役は、誰がどう考えても、このボクなんだよね」

 

「……え?」

 

「だって、ボクの技術が、世界で一番オシャレで、世界で一番パーフェクトだからさ! なのに、日本のインデックスが妙な跳ね方をしたせいで、ボクの美しいランキングにノイズが混ざっちゃったんだよ。それはボクの美学が絶対に許さない。だからね、ハヤミ」

 

 マルコは駆の胸を、人差し指でトントンとリズミカルに叩いた。その軽快なテンポが、逆に不気味なプレッシャーとなって駆の胸にのしかかる。

 

「次の試合、キミはボクの言う通りのルートを走って、ボクが最もオシャレに輝くためのアシスト(踏み台)をしてよ。開始3分でボクの足技のコンボのパーツになって、綺麗にリタイアする。それがキミに与えられた、一番美しいシナリオさ。ね? 簡単な仕事だろ、ルーキーくん?」

 

「……っ!」

 

 駆は息を呑み、思わず一歩後ろへ下がった。

 

 裏の顔は、冷酷な悪人ではない。とにかく明るく、おしゃべりで、オシャレで、圧倒的に情熱的なイタリア人。

 

 しかし、その超陽気なエネルギーのまま戦場のすべての人、すべての展開が、自分の戦術通りに美しく踊ることを病的に求める、底知れない狂気的な支配欲。それこそが、世界最高峰の司令塔(レジスタ)と呼ばれる男の本質だった。

 

「ボクの瞳に狂いはない。すべてがボクの思い通りになるお祭りにしよう! チャオ!」

 

 マルコは満面の笑みで親指を立てると、再びネクタイを完璧な位置に締め直し、何事もなかったかのように『聖人』の顔に戻ってドアの向こうへと優雅に歩いていった。

 

 残された駆は、冷や汗が背中を伝うのを感じながら、自分の拳を強く握りしめるしかなかった。

 

 刹那、ガラスが内側から一斉に炸裂し、爆音とともに黒い煙が吹き出した。

 

 きらびやかな調印式の余韻に浸っていた会場の敷地内は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。

 

 煙の中から現れたのは、サル・ファール。

 

 その四肢はフットサルシューズのソールを思わせる高反発のラバー装甲で覆われ、胸部にはゴールネットが不気味に絡みついている。怪人はスライディングで警備員や会場の外壁を次々と弾き飛ばしていった。

 

 ファールの出現とほぼ同時に、上空の雲を割って、IOFのロゴが刻まれた数機のパブリック・ドローンが猛烈な速度で飛来した。レンズがカシャリと怪しく赤い光を放ち、敷地内の空間に巨大な青いホログラムスクリーンを展開する。

 

『警告。非公式戦闘を検知。IOF連盟規約に基づき――これより、全世界へリアルタイムの緊急パブリック・中継を開始します』

 

 世界中のスマートフォン、街頭ビジョン、そしてスポーツファンのタイムラインへ、このうらぶれた調印式会場の緊迫した映像が強制的にストリーミングされ始める。もう、駆にとってこれは見慣れた、そして引き返せない一戦のゴングだった。

 

「そこまでだ……ッ!」

 

 駆けつけた駆が、腰のオリンピアドライバーの中央スロットへ、まばゆい輝きを放つ共通の金色のスプリンターメダルをカチリと装填する。

 

《On your marks》

 

 陸上競技のスタート直前を告げる、静寂を孕んだ硬質な英語の待機音声が鳴り響く。

 駆は鋭い目付きで右側のレバーを力強く引き絞った。

 

「変身ッ!」

 

《START DASH!!!! Athlete Rider DAShhhh!!!!》

 

 光が弾け、仮面ライダーダッシュへと変身を遂げる。ダッシュは爆発的な一歩を踏み出し、ファールへ向けて突撃した。しかし、ここは入り組んだレセプション会場の敷地内。植え込みやオブジェ、割れたガラスの瓦礫が散乱する極めてタイトな空間だった。

 

「シャァァッ!」

 

 サル・ファールはダッシュの直線加速のベクトルを嘲笑うかのように、ピタッと足裏で地面を捉えると、一瞬のボディフェイントで真横へと鋭く切り返した。フットサル特有の、トップスピードからの完全停止と、そこからの電撃的な方向転換(アジリティ)

 

「しまっ――」

 

 加速の慣性を制御しきれないダッシュの横腹へ、怪人の強烈なタックルがクリーンヒットする。

 

「ぐはっ……!?」

 

 ダッシュの身体が激しく地面を転がり、植え込みをなぎ倒した。スプリンターの最高速度(トップギア)に達するための距離が圧倒的に足りない。

 

「チャオ! アマチュア諸君、ボクの最高のゲームへようこそ!」

 

 その時、上空でホバリングするドローンのカメラの前に、場違いなほど超陽気で、軽快な声が響き渡った。

 

 会場のテラスの屋根の上に立っていたのは、いつの間にか腰にドライバーを装着したマルコ・ロッシだった。彼は一切の躊躇なく、懐から取り出した眩い金色にサッカーのピクトグラムが描かれたストライカーメダルをスロットへ滑り込ませる。

 

《Kick off》

 

 サッカーの試合開始を告げる、どこか華やかで緊張感のある英語の待機音声が響き渡る。マルコはカメラに向かってニカッと完璧なウインクを飛ばすと、右側のレバーを優雅に、しかし力強く引き絞った。

 

Henshin(変身)!』

 

《KICK AND GO!!!! Athlete Rider REGISTaaaa!!!!》

 

 スタジアムの大歓声をサンプリングしたかのような華やかなファンファーレとともに、ダッシュとは違い、洗練された装甲に利き足であろう右脚に超高密度のチタン合金で成形された脚部装甲。まさにマルコとイタリアを彷彿とさせる戦闘装甲へと昇華させた姿が現れる。白と緑を基調とし、胸元には黄金メダルが刻まれている。

 

 仮面ライダーレジスタ。

 

 そのバイザーは美しい翠色――「神の瞳」の輝きを放ち、全世界の中継画面の隅に表示された彼の市場価値(インデックス)の数字が跳ね上がった。

 

 レジスタは軽やかに屋根から飛び降りると、ダンスを踊るような、あるいはサッカーのステップを踏むような超精密なレッグワークで、サル・ファールの目の前へと着地した。

 

「ギィッ!?」

 

 ファールが激昂し、容赦のない凶暴なスライディングをレジスタの足元へ向けて放つ。コンクリートが火花を散らして削れる。だが、レジスタは自身の軸足をピタッと固定したまま、もう片方の足を滑らかに引くトラップのような挙動だけで、その反則の一撃をミリ単位で、紙一重で完全に見切って回避した。

 

「ノンノン、キックが軽いよ! ボクのステップに付いてこれてないなぁ!」

 

 レジスタは流れるようなモーションのまま、完全に無防備になった怪人の顎の下へ向けて、目にも留まらぬ速さの、そして極めて洗練された美しいカカト落としを完璧なタイミングで叩き込んだ。

 

「ギェアッ!?」

 

 怪人の巨体が大きく浮き上がる。レジスタの戦闘スタイルは、ボールという道具に頼らない、自身の圧倒的な身体能力から繰り出される『超精密な格闘足技』。その威力と美しさは、ドローンの超高解像度カメラを通して世界中へ鮮烈に焼き付けられていく。

 

「さあハヤミ!ぼやぼやしないで、そこから右に5歩バックだ!怪人がそっちの死角に逃げるから、キミが壁になって動きを止めて!」

 

「え!? あ、でも……!」

 

 地面から立ち上がったダッシュが戸惑い、自分の意思で怪人の正面へ回り込もうとした、その瞬間だった。

 

「ボクの指示(タクト)を無視しちゃダメだよぉ!」

 

 レジスタは陽気に笑いながら、怪人の側面へ目にも留まらぬ速さの連続ローキックを叩き込んだ。その一撃一撃が、ファールの逃げ道を完全に塞ぎ、まるで正確無比なショートパスを繋ぐかのように、怪人の巨体をダッシュの言葉通りの位置、つまり右に5歩下がった目の前へ力ずくで誘導(パス)してきたのだ。

 

「うおっ!?」

 

 突如として目の前に弾き飛ばされてきた怪人の質量を、ダッシュはまともに正面から受け止める形になり、強烈な肉弾戦へ強制的に引きずり込まれる。

 

「ほらほらハヤミ、サボらないで!次は怪人の左腕をガードして、ボクの美しいボレーの踏み台になってよ!その方が画面映えが最高にオシャレだろ?ボクのビートを合わせて!」

 

 レジスタの声が、インカムを通して駆の脳内に響き渡る。

 

 敵であるサル・ファールの不規則な攻撃だけでなく、味方であるはずのレジスタの、あまりにも楽しげで、しかし一切の妥協を許さない強制的なゲームメイク。

 

 ダッシュの走るルートも、攻撃のタイミングも、すべてがマルコの足技コンボを繋ぐためのパーツとして消費されていく。自分の走りが、自分の意思が、完璧な支配者の手のひらの上で完全にコントロールされていく恐怖に、駆は息が詰まるような感覚を覚えるのだった。

 

「ハハッ! 素晴らしいよハヤミ! 最高のディフェンダーだ!」

 

 インカムから弾けるレジスタの陽気な声とは裏腹に、ダッシュの全身の駆動システムは、サル・ファールの猛攻と、レジスタによる強制的なルート誘導のせいで完全にオーバーヒート寸前だった。

 

「ギィィィッ……!」

 

 レジスタの精密なローキックとステップに追い詰められ、自分の盤面が完全に支配されていることに気づいた怪人が、ついにヤケクソ気味に凶暴な咆哮を上げた。

 

 ファールはラバー装甲の右脚を限界まで後ろに引き絞ると、フットサルの強烈なトーキックの構えを取る。だが、その凶器のような足先が向けられたのは、レジスタでもダッシュでもなかった。

 

 崩れた会場の外壁の陰で、腰を抜かして怯えている数人のレセプションの一般客。

 

「シャァァァッ!!!」

 

 怪人の足先から、コンクリートの破片を巻き込んだ超高速の空気の刃が、無慈悲に一般客へ向けて放たれた。

 

「あちゃー! それはボクの美しい戦術だと『見捨てる一手』だね! 残念だけど、アマチュアの君たちがそこに残っていたのが計算違いさ!」

 

 レジスタは自身の美しいステップを一切崩さない。バイザーの奥の『神の瞳』は、その犠牲すらも自分が最も美しく怪人を仕留めるための、わずかなノイズとして冷徹に処理し、スルーしようとしていた。

 

 ――だが。

 

 その冷酷な最適解を、誠実なエゴが、真っ向から拒絶した。

 

「見捨てるなんて……絶対にさせないッ!!!」

 

 ダッシュはレジスタが指定していた予測ルートをあえて完全に破棄した。

 

 右足首に走る鋭い激痛。しかし、ガレージで蓮見から叩き込まれた体幹の捻りと軸の制御が、駆の肉体を極限の泥臭い爆発力へと変える。

 

 スプリンターの直線加速ではない。グラップの基礎を応用した、地面を文字通り『抉る』ような強烈な一歩。

 

 ダッシュは空気の刃の軌道上へと強引に割り込み、自身の両腕の装甲を交差させて真っ向からその一撃を受け止めた!

 

「ぐああぁぁぁっ……!!」

 

 火花が激しく飛び散り、ダッシュの胸部装甲が悲鳴を上げる。しかし、彼の肉体は蓮見のコーチングによってブレない軸を得ていた。ミリ単位の狂いもなくその場に踏み留まり、背後のレセプションの一般客を完璧に守り切ったのだ。

 

「おっと……!アドリブを入れちゃうわけ?」

 

 レジスタのバイザーの奥の翠色の瞳が、初めて驚きに僅かに揺れた。

 

 しかし、彼は本物の天才だった。ダッシュがルートを外れて命懸けで攻撃を受け止めたことすら、ほんの一瞬で、自身の新たな戦術の一部へと強制的に組み込んでみせた。

 

「でも……悪くないパッションだ!完璧なラストパス、受け取ったよハヤミ!」

 

 ダッシュが身を挺してキックをブロックした瞬間、サル・ファールの動きは完全に止まっていた。

 

 ――それこそが、レジスタが最初から狙っていた、あるいはダッシュのアドリブによって生み出された、自分が最も優位に、最も美しくトドメを刺せる最高のシチュエーションだった。

 

 レジスタは流れるような優美な助走から、ダッシュの肩をポンッと軽く踏み台にして、空中へ向けて高く跳躍した。

 

《ADDITIONAL TIME》

 

 逆光となる夕陽を背に浴びながら、レジスタの右脚の装甲に、翠色の莫大なエネルギーが収束していく。

 

「これで、ゴールだ!!」

 

 宙を舞うレジスタの身体が美しい放物線を描き、ファールの脳天へ向けて、すべてのエネルギーを乗せた超高速のオーバーヘッドキックが叩き込まれた!

 

《STRIKER FINISH!!!》

 

REGISTA ZONE STRIKE(レジスタ・ゾーン・ストライク)!!!」

 

 スタジアムのゴールネットが引きちぎれるかのような爆音が響き渡り、サル・ファールは一撃で美しく、青い光の粒子となって爆散した。おいしいところをすべて、自分の華麗な戦術と格闘足技のコンボ通りに回収してみせたのだ。

 

 上空でホバリングしていた数機のパブリック・ドローンが、一斉に戦闘終了の電子音を鳴らす。

 

 激しく数値を更新し続けるグリッド線の向こう側で、IOFのメインシステムがこの緊急戦闘のリザルトを冷徹に弾き出し、空間に巨大な青いホログラムスクリーンを展開していった。

 

 ―――――

 

 緊急迎撃戦:終了(GAME SET)

 勝者:仮面ライダーレジスタ(ゲームメイク率:98%)

 アシスト:仮面ライダーダッシュ

 イタリア・インデックス:高値維持(STABLE)

 戦術逸脱率:仮面ライダーダッシュ12%(WARNING)

 

 ―――――

 

 世界中の画面に映し出されたそのリザルト。レジスタの98%という圧倒的な数字の横で、ダッシュには戦術逸脱率12%という不穏な警告が刻まれていた。

 

 レジスタは、ドローンカメラのレンズに向かって、いつもの聖人のような完璧な笑顔で投げキッスを送ってみせた。画面の向こうで、再びイタリアのインデックスが爆発的に跳ね上がる音が聞こえるようだった。

 

 カシャ、と静かに変身を解除し、仕立ての良いスーツ姿に戻ったマルコ・ロッシは、ハァハァと膝をついて息を切らしている駆の元へと歩み寄ってきた。

 

 マルコは超明るい、いつもの陽気な笑顔のまま、駆の肩をガシッと力強く抱き寄せた。そして、周囲のメディアや一般客には絶対に聞こえない極小の、しかしゾッとするほど明瞭な声で、駆の耳元で囁いた。

 

「最高にエキサイティングだったよ、ハヤミ!キミのアドリブ、ボクちょっと感動しちゃった!でもね……」

 

 マルコは駆の肩を抱く手の力を、ギリギリと骨が鳴るほどの強さへ強めた。笑顔のまま、ウインクを飛ばす。

 

「次が本番の公式戦だ。次もボクの完璧なゲームメイクから外れて盤面を汚すなら……(アモーレ)を込めて、その安物の心、今度こそ完全にへし折っちゃうからね? チャオ!」

 

 マルコはパッと手を離すと、集まってきた報道陣の波の中へと、再び世界中から愛される聖人10番の顔で優雅に手を振りながら消えていった。

 

 世界強豪5カ国を迎える大決戦の、これが最初の1カ国目。

 

 圧倒的な足技の実力と、笑顔の裏に底知れない狂気を孕んだ司令塔――――マルコ・ロッシ。かつてない世界の壁の高さと緊張感に包まれながら、チーム・ダッシュの本当の激闘が幕を開けようとしていた。

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