スタジアムを揺るがしていた数万人の大歓声が、まるで遠い世界の幻聴のように霞んでいく。
つい数分前まで、世界最高峰のアスリートライダーたちが激突していた国際オリンピア連盟特設メインアリーナ。その華やかな表舞台から、分厚いコンクリートの隔壁を幾重も隔てたスタジアムの裏通路は、不気味なほどに静まり返っていた。
外光の届かない無機質な地下通路を、1台のパブリック・ドローンが淡々と飛行している。そのレンズが冷酷に見下ろす先には、純白の人工芝の上で世界の頂点を競っていたはずの男――中国代表、
「う、あ……ッ、あァ……!」
陸はコンクリートの床に両手をつき、荒い息を吐き出していた。
彼の全身を包んでいた赤黒い龍の装甲――仮面ライダー
だが、肉体の痛みなど、今の陸にとっては些細な問題でしかなかった。
彼の視線は、自身の左手首に装着されたIOF公式端末のホログラムディスプレイに釘付けになっていた。
赤く明滅する液晶画面。そこに表示されているのは、彼の人生のすべてを否定する冷酷な文字列だった。
―――――
【INDEX BALANCE UPDATE】
陸旋羽:49,500,000⇒0(UNRANKED / BANKRUPT)
―――――
「ゼロ……嘘だ、嘘だろ……!? 4950万もあった僕のインデックスが……一瞬で、全部……!?」
指先がガタガタと震える。
画面をどれだけスクロールしても、叩いても、無慈悲な0の数字は変わらない。
『警告。陸旋羽選手。貴方のインデックス保有量は現在、IOF連盟規約第14条に定められた最低維持基準を下回っています』
頭上を浮遊するドローンから、感情の欠落した合成音声が響く。
『これに伴い、貴方のアスリートライダーライセンスは即座に剥奪。本スタジアム内への立ち入り権限、およびIOFが提供するすべての医療・宿泊施設の利用資格は失われました。速やかに当敷地内から退去してください。猶予時間はあと60秒です』
「待ってくれ! 頼む、もう一回だ! 次のゲームなら僕のドライブでルイの足を崩せる!まだ第1ゲームの第1ラウンドが終わっただけじゃないか!僕はまだ戦える、戦えるんだ!!」
陸はドローンに向かって必死に手を伸ばした。声を荒らげ、世界のトップランカーとしてのプライドをかなぐり捨てて懇願する。しかし、自律型のセキュリティドローンは、彼の悲痛な叫びをただのノイズとして処理するだけだった。ドローンの底面から放たれた冷たい防犯用のサーチライトが、床に這いつくばる陸の姿を哀れに照らし出す。
『要求は却下されます。IOFのシステムは完全なる成果主義です。インデックスのないアスリートは、フィールドに立つ資格がありません。繰り返し警告します。残り30秒以内に退去なき場合、強制排除プロトコルに移行します』
「くそっ……!くそおぉぉぉぉッ!!!」
陸は床を血がにじむほど強く拳で殴りつけた。
数分前まで自分を『清廉なる天才』と称え、黄色い声援を送っていた観客たちのブーイングが耳の奥でリフレインする。
『引っ込め、無能が!』
『私たちの投資を返せ!』
『二度とコートに立つな、ドブネズミ!』
彼らは陸を応援していたのではない。陸という優秀な
陸はふらつく足取りで立ち上がり、まるで追放者のように地下通路の奥へと歩き出した。セキュリティドローンは、彼がスタジアムの敷地外へ出るまで、一定の距離を保ちながら冷徹に監視を続けている。
たどり着いたのは、スタジアムの搬入口のさらに外側にある、人気のない薄暗い高架下の通路だった。
ポツポツと降り始めた雨が、コンクリートの地面を濡らしていく。陸は高架下の古びたベンチに力なく腰を下ろし、自身の頭を両手で抱え込んだ。
「何がエレガンスだ……何がライダーだ……!」
脳裏に浮かぶのは、アサルトの純白の装甲。そして、自分を完璧に見下していたルイ・シャルトリエの冷ややかな碧眼だった。
ルイは陸の戦術を泥棒の技術と呼び、ノイズとして切り捨てた。ルールを極限まで利用し、相手をハメ殺すビジネスマインドこそが卓球という競技の真髄だと信じて疑わなかった陸のプライドは、ルイの圧倒的なパワーの前に木っ端微塵に打ち砕かれたのだ。
「僕は間違っていない……。勝てば、勝てば官軍のはずだ。あいつが、あのシステムが僕からすべてを奪ったんだ……!」
胸の奥から湧き上がるのは、世界への、ルイへの、そして自分をあっさりと見捨てたIOFへの狂おしいほどの憎悪と焦燥感だった。もう一度、あのスポットライトの当たるコートに戻りたい。自分を嘲笑った観客たちを、あの二振りの刃で黙らせたい。勝利への執着だけが、ドロドロとしたヘドロのように彼の心を支配していく。
その時だった。
高架下の湿った空気が、一瞬にして凍りついたような奇妙な感覚に襲われる。
雨の音すらも遠のく静寂の中、陸の足元に、陽炎のような不気味な黒い霧がモヤモヤと立ち込め始めた。
「……誰だ!?」
陸が弾かれたように顔を上げると、いつの間にかベンチの数歩前に、全身を漆黒のロングコートで包んだ謎の男が佇んでいた。フードを深く被っているためその素顔は窺い知れないが、男の全身からは、IOFの洗練されたライダーシステムとは根本的に異なる、禍々しく異質なオーラが立ち上っている。
「実に見事な敗北だったね、陸旋羽選手……だった人」
フードの奥から、低く、掠れた男の声が響いた。それはまるで、地底の底から響いてくるような、不気味な残響を伴っていた。
「……何だと?」
「君のバトルは美しかった。狭い盤面を支配し、冷酷に相手を窒息させる。それこそが君の、剥き出しの勝利へのエゴだ。だが……悲しいかな、IOFのルールは『強者のための調和』を優先する。どれだけ技術を磨こうが、どれだけ冷徹に計算しようが、システムの
男の言葉は、今まさに陸が感じていた絶望の核心を容赦なく突き刺した。陸はベンチから立ち上がり、男を鋭く睨みつける。
「からかいに来たのなら失せろ。僕はインデックスを失った。今の僕には、君のような不審者に付き合っている余裕はないんだ」
「からかう? 滅相もない。私は君のその『飢え』を、誰よりも高く評価している一人だよ。すべてを失い、なおも勝利の栄光をもう一度味わいたいと願う……その狂おしいまでの執念をね」
男はコートのポケットから、ゆっくりと片手を取り出した。
その青白い指先には、一つの『メダル』が握られていた。
「……ッ!? それは……アスリートメダル……なのか?」
陸の目が驚愕に見開かれた。
しかし、そのメダルは、駆やルイが持つ、純粋な競技の輝きを放つアスリートメダルとはあまりにもかけ離れていた。
外縁のフレームはまるで何かに噛み砕かれたように歪に歪み、メダルの表面には、卓球のラケットを模したエンブレムが刻まれているものの、それはドロドロとした銅色のエネルギーによって侵食され、絶えず不気味に明滅している。
「通常のアスリートメダルは、IOFが定めた退屈なルールの枠内でしか力を発揮しない。だが、これは違う。これは、システムの枠を超えた、本当の『自由』を掴むための鍵――『ロストメダル』だ」
男は歪なメダルを弄びながら、陸の目の前へと一歩近づいた。
「これを使えば、君を縛るイエローカードのデバフも、エリア・リバウンドの境界線も、すべてが無意味になる。ルールの外側から、君を拒絶した世界を、あの白銀の王者を、君の『力』で蹂躙することができる。どうだい? もう一度、フィールドに立ちたくはないか?」
「ルールの、外側……」
陸の視線が、闇の紫に染まったロストメダルに吸い寄せられる。
それが禁忌の力であることは、直感的に理解できた。IOFの規約に違反するどころか、人道的な一線を越える危険な代物だ。これに手を出せば、二度と公式のアスリートとしては認められないだろう。
だが――今の自分に、これ以上の何を失うものがあるというのだ?
インデックスはゼロ。名誉も未来も、すべてはあの白銀の長剣によって奪い去られたのだ。
「僕は……僕は負けていない……。あいつらに、僕の力の本当の恐怖を……思い知らせてやる……!」
陸の瞳から、完全に理性という名の光が消失した。代わりに燃え上がったのは、世界を呪うどす黒い執念の炎。
陸は引き寄せられるように右手を伸ばし、男の指先からロストメダルをひったくるように奪い取った。
手のひらに触れた瞬間、氷のような冷気と、脳髄を直接かき乱すような暴力的パワーが陸の全身を駆け巡る。
「素晴らしい。やはり君は、最高のアスリートだ。さあ、ルールの外の快楽を、存分に楽しみたまえ……」
男が低く笑うと、その姿は黒い霧となって雨の中に溶けるように消え去った。
残された高架下で、陸は奪い取ったロストメダルを自身の胸へと強く押し当てる。
「あああああァァァァァッ!!!」
陸の絶叫が夜の街に響き渡る。
彼の肉体から、赤黒い不気味な血管のようなラインが急速に噴き出し、全身の骨格がミシミシと音を立てて歪んでいく。卓球のラケットダガーの意匠が、彼の右腕と融合し、肉を裂いて禍々しい巨大な漆黒のブレードへと変貌していく。
それは、IOFのシステムに合法的に精神を殺されたアスリートが、ルールの破壊者へと堕ちた瞬間。
かつての清廉なる天才・陸旋羽の姿はそこにはなく、ただ勝利への恐怖と呪詛だけをガソリンにして動く異形の怪人――ドライブ・ファールが、薄暗い雨の中にその咆哮を轟かせていた。
*
ルイ・シャルトリエが絶対的な裁定力を見せつけ、幕を閉じた公式戦。その興奮が微かに残るスタジアムの防音ガラスに囲まれた豪華なVIPルームには、重苦しい沈黙が立ち込めていた。
蓮見は、別の用事のためにすでに部屋を後にしている。室内に残されているのは、駆、織田、そし輪の3人だけだった。
駆は、先ほどまで眼下のアリーナで繰り広げられていた残酷な結末が頭から離れず、ソファに深く腰掛けたまま自身の右脚を見つめていた。画面の隅で完全に0になり、まるで最初から存在しなかったかのように消去された敗者のインデックス。名誉も未来も一瞬で剥奪され、ドローンにタンカで引きずられていったあの虚無的な目が、駆の心臓を不気味に侵食している。
「……織田さん、五代さん」
駆がポツリと、静まり返った室内に声を落とした。
「アスリートライダーって……アスリートであるのは当然ですが、ファールを倒して世界の街や人々を守る側の人間、修練を積んだ選ばれし者たちですよね?」
「当たり前でしょ」
輪がタブレットを操作する手を止め、不思議そうに駆を見た。
「IOFの連盟規約第一条にも明記されているわ。アスリートライダーは、ルールの外で暴力を振るう違法な怪人を排除し、競技の尊厳を守るための防衛システムだって。それが私たちの誇りのはずよ」
「じゃあ……なんで」
駆は拳を強く握りしめた。
「なんで、すべてを失ったアスリートの行き着く先が、あんな怪物の姿になっちゃうんですか? 守る側のはずの人間が、どうしてルールの外にある違法な闇の力なんてものを、自分から欲しがるのでしょうか?」
駆の悲痛な問いかけに、それまで窓の外を睨み据えていた織田が、ふっと鼻で冷たい笑いを漏らした。織田は腕を組んだまま、振り返りもせずに重い口を開く。
「簡単な話さ、速水。あいつらは、最初から怪物の力を欲したんじゃない。……ただ、IOFのシステムに『精神を壊された』のさ」
「システムに、壊された……?」
「そうだ。IOFのシステムは完全なる成果主義、そして極限の
織田の言葉は、IOFという華やかなスポーツビジネスの裏に隠された、底なしのドス黒い闇を冷酷に暴いていく。
「スポーツってのは本来、勝者と敗者が互いの健闘を称え合うもんだ。だが、今のこの世界は違う。勝たなければ人間扱いはされず、負ければ存在自体を抹消される。ルールを厳格に守って戦い、その結果すべてを奪われて路頭に迷う……。そんな理不尽な現実に直面した時、天才たちの心は容易くへし折れるのさ」
「……」
「そうなった奴らの前に、もし『ルールの外側なら、自分を捨てた世界をもう一度蹂躙できる力』が差し出されたらどうなる? プライドをズタズタにされたアスリートが、ルールの破壊者に堕ちるのなんて、ほんの一歩の踏み込みの差さ。彼らが求めたのはファールという怪物じゃない。失った栄光であり、自分を見捨てたシステムへの『復讐』だ。ファールってのはな……IOFという残酷なシステムそのものが生み出した、競技世界の『亡霊』なんだよ」
「亡霊……」
駆は息を呑んだ。勝てば世界の頂点。だが、負ければ人間としての尊厳すらもすべてを奪われる。アスリートたちが手を伸ばしてしまう力は、狂気へ至る逃げ道であると同時に、世界を呪う敗者たちの涙そのものだったのだ。
その時だった。
――ドオォォォォォンッ!!!!
VIPルームの強固な防音ガラスが、ビリビリと激しく震えた。地底から響くような、不気味で巨大な地鳴り。
それと同時に、スタジアムの構造材そのものが悲鳴を上げるような、金属の強烈な破壊音が鳴り響いた。
「な、何!? 地震!?」
輪が思わずよろめき、ソファの背もたれに掴まる。
「違う……この音は、すぐ下だ!」
織田が鋭い眼光でガラスの向こう、アリーナを見下ろした。
メインアリーナの照明はすべて落とされ、本来なら無人であるはずの純白の人工芝のセンターコート。その中央で、不気味な赤黒い火花が爆発的に吹き荒れていた。
煙が晴れたそこに立っていたのは、人間の形を完全に失った異形の怪人――ドライブ・ファールだった。
かつて仮面ライダー甲龍として洗練されていた美しい龍の装甲は、全身が歪に肥大化し、紫色の血管のようなスリットが明滅している。特に右腕は、卓球のラケットダガーの意匠を残しながらも、肉体そのものと融解して一体化した巨大な漆黒のブレードへと変貌していた。
「ルイィィィッ! どこだルイ・シャルトリエェェッ!!僕のゲームはまだ終わっていない! 僕の力は、まだ止められていないはずだァァァッ!!」
陸の面影を残すその怪人は、狂ったように右腕のブレードを振り回し、IOFの象徴である美しいスタジアムの設備や壁を、もの凄い超振動の衝撃波で次々と粉砕していく。
「陸さんが……ファールに……!?」
駆は叫び、部屋のドアへと飛び出した。
「待て、速水!ひとりで突っ込むな!」
織田の制止の声も聞かず、破壊の嵐が吹き荒れるアリーナのコートへと飛び出していった。織田と輪も、その後を必死に追う。
広大なアリーナの中央で、ドライブ・ファールは狂ったように高速のステップを踏み続けていた。
その前に、息を切らせた駆が立ちはだかる。
「陸選手、やめてください!そんな姿になってスタジアムを壊したって、インデックスは戻らない!あなたが命を懸けて磨いてきた卓球の技術まで、全部汚すことになるんだ!」
「うるさい、うるさい、うるさい!!汚すだと!? 綺麗事を言うなァッ!」
ドライブ・ファールが動きを止め、不気味に明滅するバイザーを駆へと向けた。
「ルールを守って惨めに消え去るくらいなら、僕はルールをぶち壊して、この手で栄光を奪い返す!来いよルーキー、君のその自慢の足も、僕のこの力で綺麗に切り刻んであげるよ!」
「……行きます」
駆の優しい顔立ちから笑みが消え、アスリートとしての、および仮面ライダーとしての純粋なエゴの炎がその瞳に宿る。
「あなたの絶望は……俺のスピードで、救ってみせる!」
駆は手元のアスリートメダルをオリンピアドライバーへとスロットインし、力強く叫んだ。
「変身ッ!!」
《START DASH!!!! Athlete Rider DAShhhh!!!!》
「ハハッ、その程度の細い足で、僕の超振動を受け止めきれるかな!?」
――刹那、ドライブ・ファールが爆発的な推進力で突進してきた。
公式戦を縛っていたイエローカードの拘束が存在しないファールの踏み込みは、恐るべき神速と化していた。一瞬でダッシュの懐へと滑り込み、右腕の巨大なブレードを容赦なく振り上げる。
「速い……ッ!」
ダッシュは持ち前の反射神経で上体を後ろに逸らし、刃を紙一重で回避する。しかし、ドライブ・ファールは即座に手首の角度を狂わせ、卓球の高速バックハンドの軌道で、逃げるダッシュの脇腹へとブレードを鋭角に切り返した。
強烈な火花が散り、ダッシュの身体が横へと弾き飛ばされる。
アリーナのキャットウォークから戦況を見つめる輪が、青ざめた顔で携帯アナライズタブレットを叩いた。しかし、画面は激しいノイズで埋め尽くされている。
「どうしたルーキー!公式戦のコートみたいに、僕をハメ殺してくれる電撃壁はここには無いぞ!君を助けてくれるオーディエンスも、投資のゲージも、ここには何一つ存在しないんだァァッ!」
ドライブ・ファールは、まるで狭い卓球台の上で無限の高速ラリーを仕掛けるように、死角、極小の隙、あらゆる角度から連続的な突きと斬撃を繰り出していく。
「くうぅ……ッ、あァッ!」
ダッシュは必死にステップを踏み、スプリンタースタイルの超高速回避で刃を避け続けようとする。しかし、ファールの仕掛けるインファイトは、刃同士が擦れ合うたびに不気味な超振動をダッシュの全身へと流し込み、彼の体幹を確実に、物理的に狂わせていった。
自分を守ってくれるシステムが一切作動しない恐怖。それが、じわじわとダッシュの動きを鈍らせていく。
空間に、決定的な瞬間が訪れた。
「終わりだ、その貧弱な足を貰うよ!」
ドライブ・ファールはわざと大振りの一撃を放ち、ダッシュに回避のステップを強要した。ダッシュが咄嗟に右脚を軸にして大きくバックステップを踏んだ瞬間、ファールのバイザーが獰猛に輝く。最初からそれが狙いだったのだ。
ファールはダッシュが着地する寸前、ルールのない戦いだからこそ許される、完全な不意打ち――足元の瓦礫を超高速で蹴り飛ばし、ダッシュの顔面へと目潰し代わりに放った。
「しまっ――」
視界を一瞬遮られ、ダッシュの着地の軸がわずかにブレる。
その僅かな隙を見逃すほど、陸は甘いアスリートではなかった。
ドライブ・ファールは地を滑るような超低空の回転斬りを放ち、ダッシュの右脚――アキレス腱の古傷があるその部分を、正確無比に、および容赦なくブレードの腹で強烈に薙ぎ払った。
「が、あああああああああああッッ!!!!」
無人のスタジアムに、駆の凄まじい絶発生がこだました。
弱点へのダイレクトアタック。装甲の内側にある駆の右脚のアキレス腱へ、限界を超えた衝撃が直接伝達される。あまりの激痛に、ダッシュのシステムは維持限界を迎え、火花を散らしながら強制的に変身が解除された。
装甲が消滅し、コンクリートの床へと激しく転がっていく駆。
右脚のサポーターは無残に壊れ、駆は激痛に顔を歪めながら、右足首を抱えて転げ回ることしかできない。額からは脂汗が滝のように流れ落ち、呼吸をすることすらままならないほどの衝撃が彼を襲っていた。
「速水くん!!!」
輪が手すりを乗り越えて駆け下りようとするが、それを織田が強い力で引き戻す。
「離して、織田さん! 速水くんの脚が本当に壊れちゃう!」
「バカ野郎、今お前が行けば確実にあの刃で細切れにされる!歯を食いしばって見てろ!」
床に這いつくばる駆を見下ろし、ドライブ・ファールは壊れた機械のようにクスクスと笑い声を漏らした。右腕のブレードから放たれる不気味な紫の光が、駆の顔を冷たく照らす。
「あはは……あはははは!なんだ、アイツに選ばれた期待のルーキーが、たった一撃でこのザマか!弱い, 弱すぎるよ速水駆!ルールに守られた温室の中でしか走れないお前に、僕のこの泥沼の執念は崩せない!」
ドライブ・ファールはブレードをゆっくりと振り上げ、トドメを刺すかのように駆の脳門へと狙いを定める。駆は痛みに身体を震わせながら、迫り来る死の刃をただ見上げることしかできなかった。
だが、陸の目的は駆の命そのものではなかった。
彼の脳裏に再びフラッシュバックしたのは、自分をゴミのように見捨てたIOFの白いアリーナ、およびルイ・シャルトリエの傲慢な姿だった。
「いや……君をここで殺しても意味は無いな。僕のインデックスを奪ったのは君じゃない……あの白い王子だ。僕はあいつを、あのシステムを、この力で叩き潰さなきゃならないんだ……!」
陸の意識は完全に混濁し、自身の復讐の幻影に囚われていた。彼は振り上げたブレードをゆっくりと下ろすと、駆に見向きもせず、壊れた壁の向こうへと再び歩き出した。
「ルイ……どこだ、ルイ……。僕の、僕のゲームはまだ終わっていないんだァァッ!!」
狂気的な叫び声を夜空に響かせながら、ドライブ・ファールの巨体は、スタジアムの闇の奥へと消え去っていった。
静寂が戻ったアリーナ。
「はぁ、はぁ、くそ……っ……!」
駆は床に頭を押し付け、悔しさと激痛で拳を強く握りしめていた。
公式戦のシステムがないだけで、自分はこれほどまでに無力だったのか。陸の放ったルールのない純粋な暴力の前に、自分の自慢のスピードは、何一つ通用せずに完敗した。
アキレス腱が、まるで燃えるように熱く痛んでいた。
遠ざかっていく怪人の足音を聞きながら、駆の意識は、深い絶望の闇へと沈んでいくのだった。