探索委員会編 観測者と亡霊
⸻
砂漠の風が吹く。
かつて栄華を誇った学園都市。
アビドス。
今ではその大半が砂に埋もれ、残された生徒達はわずか五人。
借金を抱えながらも学園を守り続ける少女達。
それがアビドス高等学校対策委員会だった。
⸻
「先生、こっちです!」
奥空アヤネが手を振る。
その後ろでは黒見セリカが不機嫌そうに腕を組み、十六夜ノノミが微笑み、小鳥遊ホシノが欠伸をしていた。
そして砂狼シロコは静かに周囲を警戒している。
連邦捜査部SCHALE顧問。
通称、先生。
キヴォトスへ来て間もない彼は、今まさにアビドスの問題へ巻き込まれ始めていた。
⸻
その日の戦闘は終わったばかりだった。
ヘルメット団。
いつもの襲撃。
いつもの銃撃戦。
いつもの勝利。
だが。
今日だけは少し違った。
⸻
アビドス校舎へ戻る途中。
先生は一人の少女を見つける。
校門近く。
古びたフェンスに寄り掛かるように立っていた。
⸻
白。
そして黒。
その二色で統一された服装。
腰には巨大なリボルバー。
明らかに異質な存在感。
だが。
不思議と威圧感はない。
⸻
ただそこにいる。
それだけ。
⸻
「……誰だ?」
先生が呟く。
⸻
少女はゆっくり視線を向けた。
金色にも見える瞳。
その瞳には奇妙な静けさがあった。
⸻
「こんにちは、先生。」
⸻
初対面のはずだった。
しかし彼女は当然のように先生の名前を呼ぶ。
⸻
「俺を知っているのか?」
「知っている。」
「どこで?」
「色々と。」
⸻
答えになっていない。
だが不思議と嘘を言っているようにも見えなかった。
⸻
「君は?」
「彩禍マダラ。」
⸻
少女は言った。
⸻
「万事屋だ。」
⸻
それだけ。
所属も。
肩書きも。
経歴も。
何一つ語らない。
⸻
先生は少し困った顔になる。
⸻
「アビドスの生徒か?」
「違う。」
「他校?」
「違う。」
「じゃあ……」
「どこにも所属していない。」
⸻
本当に変な少女だった。
⸻
しかし。
先生は知らない。
⸻
彼女が。
⸻
この世界の始まりより前から存在していることを。
⸻
キヴォトス誕生以前。
神秘誕生以前。
色彩出現以前。
⸻
遥か昔から。
彼女は存在していた。
⸻
ただ見続けていた。
⸻
無数の世界。
無数の歴史。
無数の選択。
⸻
そして今も。
⸻
先生を見ている。
⸻
目の前の男が。
この世界にとってどれほど重要な存在か。
誰よりも知っている。
⸻
だが教えない。
⸻
なぜなら。
⸻
選択には価値がある。
⸻
それが彩禍マダラという存在の信念だった。
⸻
「依頼なら受ける。」
マダラが言う。
「ただ今は休業中だ。」
⸻
「休業中?」
「家族との時間だからな。」
⸻
家族。
その言葉だけ僅かに柔らかかった。
⸻
先生が違和感を覚えたその時。
⸻
校舎の方から足音が聞こえた。
⸻
ゆっくり。
ゆっくり。
⸻
誰かが歩いてくる。
⸻
マダラは振り返らない。
既に気付いているからだ。
⸻
「起きたのか。」
⸻
「うん。」
⸻
女性の声。
穏やかな声。
優しい声。
⸻
その瞬間だった。
⸻
欠伸をしていたホシノの身体が止まる。
⸻
まるで時間が止まったように。
⸻
呼吸すら忘れる。
⸻
その声を。
彼女は知っていた。
⸻
知りすぎるほど知っていた。
⸻
忘れられるはずがなかった。
⸻
ゆっくりと振り返る。
⸻
そこにいたのは。
⸻
一人の少女。
⸻
長い髪。
穏やかな笑顔。
⸻
見間違えるはずがない。
⸻
絶対に。
⸻
あり得ない。
⸻
死んだはずだから。
⸻
「……え?」
⸻
ホシノの口から声が漏れる。
⸻
世界が揺れる。
⸻
思考が止まる。
⸻
理解が追い付かない。
⸻
「ユ……メ……先輩……?」
⸻
少女はホシノを見る。
⸻
数秒。
⸻
ただ見つめる。
⸻
そして。
⸻
「あぁ。」
⸻
静かな声。
⸻
「ホシノちゃんか。」
⸻
その言葉を聞いた瞬間。
ホシノの目から涙が溢れた。
⸻
会いたかった。
⸻
ずっと。
⸻
ずっと。
⸻
ずっと。
⸻
会いたかった。
⸻
救えなかった人。
失った人。
人生そのもの。
⸻
その相手が。
⸻
今。
⸻
目の前にいる。
⸻
「先輩……!」
⸻
ホシノは駆け出した。
⸻
だが。
⸻
ユメの反応は。
⸻
あまりにも。
⸻
あまりにも。
⸻
淡白だった。
⸻
「そう。」
⸻
一言。
⸻
「元気そうで良かったね。」
⸻
ホシノが止まる。
⸻
涙が止まる。
⸻
心臓が凍る。
⸻
想像していた再会ではなかった。
⸻
何年も何年も。
追い続けた。
悔やみ続けた。
泣き続けた。
⸻
その相手は。
⸻
まるで昔の同級生に会った程度の反応しか示さなかった。
⸻
「せ、先輩……?」
⸻
ユメは首を傾げる。
⸻
「どうしたの?」
⸻
本気で分からないように。
⸻
ホシノは理解してしまう。
⸻
ユメは。
⸻
もう。
⸻
アビドス生徒会長ではない。
⸻
自分の知るクチナシ・ユメではない。
⸻
彼女は既に。
⸻
前へ進んでいた。
⸻
ホシノだけを残して。
⸻
「……あぁ、そう。」
⸻
ユメは静かに呟く。
⸻
「そんな顔するんだ。」
⸻
悪意はない。
⸻
だからこそ残酷だった。
⸻
ホシノの人生を支配した喪失。
⸻
その中心にいた少女は。
⸻
既に整理を終えていた。
⸻
過去として。
⸻
思い出として。
⸻
終わった物語として。
⸻
そして。
⸻
ユメは自然な動作でマダラの隣へ立つ。
⸻
迷いなく。
⸻
当然のように。
⸻
マダラもまた自然に肩を寄せる。
⸻
二人の距離は近い。
⸻
近すぎるほど。
⸻
まるで。
⸻
世界で二人だけが完結しているように。
⸻
ホシノは理解した。
⸻
もう。
⸻
自分の居場所はない。
⸻
ユメの世界の中心は。
⸻
自分ではない。
⸻
アビドスでもない。
⸻
先生でもない。
⸻
目の前の少女。
⸻
彩禍マダラ。
⸻
ただ一人だった。
⸻
そしてマダラは静かに空を見上げる。
⸻
誰にも聞こえないほど小さく。
呟く。
⸻
「これもまた、一つの選択だ。」
⸻
その言葉の意味を。
この場で理解できる者は誰もいない。
⸻
ただ一人。
⸻
永遠を生きる観測者だけが。
⸻
知っていた。
⸻
これはまだ。
⸻
始まりに過ぎないことを。
⸻
どうも、自己満投稿ですが楽しんで頂けたのなら幸いです