⸻
夜。
⸻
砂漠。
⸻
風が吹いていた。
⸻
アビドスから遠く離れた場所。
⸻
誰も来ない。
⸻
誰も知らない。
⸻
ただ月だけが空に浮かんでいる。
⸻
そこに二つの影があった。
⸻
黒服。
⸻
そして。
⸻
彩禍マダラ。
⸻
これで何度目だろう。
⸻
観測者と探究者。
⸻
理解不能な存在と。
⸻
理解したい存在。
⸻
二人は何度か言葉を交わしていた。
⸻
しかし。
⸻
黒服は未だに答えへ辿り着けていない。
⸻
いや。
⸻
むしろ。
⸻
会話する度に分からなくなっていた。
⸻
神秘ではない。
⸻
恐怖ではない。
⸻
色彩ではない。
⸻
概念ですらない。
⸻
なのに。
⸻
確かに存在している。
⸻
彩禍マダラ。
⸻
観測不能存在。
⸻
黒服は静かに口を開いた。
⸻
「ユメさんと話しました。」
⸻
「そうか。」
⸻
「怒らないのですね。」
⸻
「何故怒る。」
⸻
「貴方は過保護ですから。」
⸻
マダラは少しだけ笑う。
⸻
否定しなかった。
⸻
それだけで答えだった。
⸻
黒服も小さく笑う。
⸻
しばし沈黙。
⸻
風だけが流れる。
⸻
やがて。
⸻
黒服は本題を切り出した。
⸻
「一つ。」
⸻
「なんだ。」
⸻
「ずっと気になっていたことがあります。」
⸻
マダラは答えない。
⸻
続きを促すように空を見上げる。
⸻
黒服も空を見る。
⸻
無数の星。
⸻
永遠にも思える夜空。
⸻
そして。
⸻
問い掛けた。
⸻
「貴方にも終わりは来るのですか?」
⸻
静寂。
⸻
風が止まる。
⸻
月だけが見ている。
⸻
長い沈黙。
⸻
黒服は待つ。
⸻
急かさない。
⸻
この問いは。
⸻
今までのどんな問いよりも重要だった。
⸻
神秘にも終わりはある。
⸻
恐怖にも終わりはある。
⸻
文明にも。
⸻
世界にも。
⸻
宇宙にすら終わりがある。
⸻
ならば。
⸻
彩禍マダラはどうなのか。
⸻
⸻
やがて。
⸻
マダラは答えた。
⸻
「分からない。」
⸻
黒服は目を細める。
⸻
予想外だった。
⸻
「分からない。」
⸻
「そうだ。」
⸻
「貴方ほどの存在が?」
⸻
「私は未来を知っている。」
⸻
「ええ。」
⸻
「だが。」
⸻
静かな声。
⸻
「私自身の終わりだけは知らない。」
⸻
黒服は黙る。
⸻
興味深い。
⸻
実に興味深い。
⸻
「何故です?」
⸻
「観測できないからだ。」
⸻
「自分を。」
⸻
「そうだ。」
⸻
永遠の観測者。
⸻
全てを見てきた存在。
⸻
その唯一の死角。
⸻
それが自分自身。
⸻
⸻
「では。」
⸻
黒服は続ける。
⸻
「貴方は永遠かもしれない。」
⸻
「かもしれない。」
⸻
「世界が終わっても。」
⸻
「そうかもしれない。」
⸻
「色彩が消えても。」
⸻
「そうかもしれない。」
⸻
「神秘が消えても。」
⸻
「そうかもしれない。」
⸻
淡々と返ってくる。
⸻
肯定でも否定でもない。
⸻
ただ可能性。
⸻
事実として。
⸻
⸻
黒服はふと笑った。
⸻
「孤独ですね。」
⸻
その言葉に。
⸻
初めて。
⸻
マダラは少しだけ目を細めた。
⸻
「そうでもない。」
⸻
即答だった。
⸻
黒服は理解する。
⸻
誰のことか。
⸻
聞くまでもない。
⸻
「ユメさんですか。」
⸻
「そうだ。」
⸻
迷いがない。
⸻
躊躇もない。
⸻
永遠を生きる存在。
⸻
世界より古い存在。
⸻
そんなものが。
⸻
たった一人の名前を口にするだけで。
⸻
少しだけ優しい顔になる。
⸻
黒服は思わず笑う。
⸻
「不思議ですね。」
⸻
「何がだ。」
⸻
「貴方ほどの存在が。」
⸻
「たった一人に救われている。」
⸻
沈黙。
⸻
マダラは否定しない。
⸻
それどころか。
⸻
小さく頷いた。
⸻
「その通りだ。」
⸻
黒服は目を見開く。
⸻
少し驚いた。
⸻
認めるとは思わなかった。
⸻
「私は長い時間を生きた。」
⸻
マダラが言う。
⸻
「世界の始まりも。」
⸻
「終わりも。」
⸻
「数え切れないほど見た。」
⸻
静かな声。
⸻
どこまでも静かな声。
⸻
「多くを知った。」
⸻
「多くを失った。」
⸻
「多くを見送った。」
⸻
「そして。」
⸻
そこで言葉が止まる。
⸻
⸻
「飽きていた。」
⸻
黒服は何も言わない。
⸻
ただ聞く。
⸻
「世界に。」
⸻
「時間に。」
⸻
「永遠に。」
⸻
「全てに。」
⸻
「意味を見出せなくなっていた。」
⸻
その言葉は。
⸻
恐ろしいほど重かった。
⸻
世界そのものに飽きた存在。
⸻
それが彩禍マダラ。
⸻
⸻
「だが。」
⸻
マダラは続ける。
⸻
「ユメに出会った。」
⸻
夜風が吹く。
⸻
優しい風。
⸻
どこか暖かい風。
⸻
「初めてだった。」
⸻
「未来を知っていても。」
⸻
「結果を知っていても。」
⸻
「救いたいと思ったのは。」
⸻
黒服は静かに聞く。
⸻
まるで。
⸻
告白だった。
⸻
永遠の観測者による。
⸻
たった一度の本音。
⸻
「だから。」
⸻
「もし私に終わりが来るなら。」
⸻
黒服の目が細まる。
⸻
⸻
「それはユメの後だ。」
⸻
短い言葉。
⸻
しかし。
⸻
そこに込められた意味は大きい。
⸻
ユメが生きている限り。
⸻
終わらない。
⸻
終われない。
⸻
それが答えだった。
⸻
⸻
黒服は空を見上げる。
⸻
星々が輝いている。
⸻
永遠にも見える。
⸻
だが。
⸻
いつか消える。
⸻
全ての星は。
⸻
いつか。
⸻
⸻
「なるほど。」
⸻
黒服は呟く。
⸻
「私は勘違いしていたようです。」
⸻
「何をだ。」
⸻
「貴方は永遠の観測者ではない。」
⸻
マダラは黙る。
⸻
黒服は続ける。
⸻
「ただの恋する男でもない。」
⸻
「女だ。」
⸻
「失礼しました。」
⸻
珍しく。
⸻
本当に珍しく。
⸻
黒服は笑った。
⸻
楽しそうに。
⸻
心から。
⸻
そして。
⸻
最後に言う。
⸻
「彩禍マダラ。」
⸻
「なんだ。」
⸻
「もし終わりが来たら。」
⸻
「来たら?」
⸻
「その時は教えてください。」
⸻
マダラは少し考え。
⸻
そして。
⸻
ほんの僅かに笑った。
⸻
「覚えていたらな。」
⸻
黒服も笑う。
⸻
⸻
それが。
⸻
対策委員会編における。
⸻
観測者と探究者。
⸻
最後の対話となった。
⸻
その後。
⸻
黒服は去る。
⸻
マダラも帰る。
⸻
それぞれの場所へ。
⸻
そして。
⸻
誰も辿り着けない家の灯りが見える。
⸻
窓辺には一人の少女。
⸻
クチナシ・ユメ。
⸻
帰りを待っている。
⸻
その光景を見て。
⸻
マダラは静かに歩き出した。
⸻
永遠の観測者としてではない。
⸻
世界の外側の存在としてでもない。
⸻
ただ。
⸻
帰る場所のある一人の少女として。
⸻
月明かりの下を。