観測者は青春の物語を見届ける   作:ユーザーA

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エデン条約編 第三章 終わった人と、終われない人

 

トリニティ総合学園。

 

 

夕暮れ。

 

 

校舎裏の中庭。

 

 

人通りは少ない。

 

 

木々が風に揺れる。

 

 

静かな場所だった。

 

 

ユメは一人で歩いていた。

 

 

マダラは別行動。

 

 

珍しいことではない。

 

 

どれほど一緒にいても。

 

 

四六時中離れない訳ではない。

 

 

互いに一人の時間もある。

 

 

信頼しているから。

 

 

 

「んー……」

 

 

ユメは伸びをする。

 

 

平和だった。

 

 

本当に。

 

 

少し前まで死んでいたことになっていた人間とは思えないくらい。

 

 

穏やかな時間。

 

 

 

その時だった。

 

 

「あなた。」

 

 

声が掛かった。

 

 

振り返る。

 

 

そこにいたのは。

 

 

聖園ミカ。

 

 

ティーパーティーの一角。

 

 

トリニティでも屈指の有名人。

 

 

 

「こんにちは。」

 

 

ミカは笑う。

 

 

天使みたいな笑顔。

 

 

誰からも好かれそうな笑顔。

 

 

だが。

 

 

その笑顔の奥にあるものを。

 

 

ユメは見逃さなかった。

 

 

 

「あ、こんにちは。」

 

 

ユメも笑う。

 

 

 

初対面。

 

 

だが。

 

 

不思議な空気だった。

 

 

 

ミカはユメを見ている。

 

 

じっと。

 

 

観察するように。

 

 

 

「どこかで会った?」

 

 

ユメが聞く。

 

 

「ううん。」

 

 

ミカは首を振る。

 

 

「初めて。」

 

 

「だよね。」

 

 

「うん。」

 

 

 

沈黙。

 

 

だが。

 

 

ミカは立ち去らない。

 

 

 

何か気になる。

 

 

そんな顔だった。

 

 

 

やがて。

 

 

ミカは口を開く。

 

 

「変なこと聞いていい?」

 

 

「いいよ。」

 

 

「あなた。」

 

 

少しだけ迷って。

 

 

そして。

 

 

言った。

 

 

「幸せそう。」

 

 

 

ユメは一瞬だけ目を丸くした。

 

 

そして。

 

 

少し笑う。

 

 

 

「そうかな。」

 

 

「うん。」

 

 

ミカは即答した。

 

 

 

「凄く。」

 

 

 

その言葉に。

 

 

嘘はなかった。

 

 

 

ミカには分かる。

 

 

理屈ではなく。

 

 

直感で。

 

 

 

目の前の少女は。

 

 

本当に幸せなのだ。

 

 

 

演技じゃない。

 

 

強がりじゃない。

 

 

偽りじゃない。

 

 

 

心の底から。

 

 

 

それが。

 

 

少しだけ羨ましかった。

 

 

 

「ミカちゃんは?」

 

 

ユメが聞く。

 

 

 

ミカは笑う。

 

 

いつもの笑顔。

 

 

完璧な笑顔。

 

 

誰もが好きになる笑顔。

 

 

 

でも。

 

 

ユメには見えていた。

 

 

 

少しだけ苦しそうだった。

 

 

 

「私は幸せだよ。」

 

 

ミカが言う。

 

 

 

ユメは何も言わない。

 

 

 

否定しない。

 

 

肯定もしない。

 

 

 

ただ。

 

 

静かに見ている。

 

 

 

それが逆に。

 

 

ミカには辛かった。

 

 

 

見透かされた気がした。

 

 

 

「……変だね。」

 

 

ミカが笑う。

 

 

 

「初対面なのに。」

 

 

 

「そうだね。」

 

 

 

「でも。」

 

 

ミカは空を見る。

 

 

 

夕焼け。

 

 

赤く染まる空。

 

 

 

「なんか。」

 

 

 

「似てる気がしたんだ。」

 

 

 

ユメは少し驚く。

 

 

 

似ている。

 

 

 

初めて言われた。

 

 

 

マダラにも。

 

 

ホシノにも。

 

 

黒服にも。

 

 

言われたことがない。

 

 

 

「私と?」

 

 

 

「うん。」

 

 

 

ミカは頷く。

 

 

 

「でも。」

 

 

 

少し笑う。

 

 

寂しそうに。

 

 

 

「今は全然違う。」

 

 

 

その言葉。

 

 

ユメは理解してしまった。

 

 

 

ああ。

 

 

この子は。

 

 

 

まだ終われていないんだ。

 

 

 

 

ミカは気付いていない。

 

 

 

自分がどれほど追い詰められているのか。

 

 

 

どれほど過去に縛られているのか。

 

 

 

どれほど自分を責めているのか。

 

 

 

まだ。

 

 

気付いていない。

 

 

 

「ねぇ。」

 

 

ミカが聞く。

 

 

 

「一つだけ聞いていい?」

 

 

 

「うん。」

 

 

 

「どうしたら。」

 

 

 

そこで言葉が止まる。

 

 

 

本当は聞きたくなかった。

 

 

 

答えが怖いから。

 

 

 

それでも。

 

 

聞いてしまった。

 

 

 

「どうしたらそんな顔になれるの?」

 

 

 

静寂。

 

 

 

ユメは少し考える。

 

 

 

難しい質問だった。

 

 

 

だが。

 

 

やがて。

 

 

小さく笑う。

 

 

 

「終わったからかな。」

 

 

 

ミカの瞳が揺れる。

 

 

 

終わった。

 

 

 

その言葉。

 

 

 

どこかで聞いた気がした。

 

 

 

でも。

 

 

理解できない。

 

 

 

まだ。

 

 

自分には。

 

 

 

「終わるって?」

 

 

 

ユメは答える。

 

 

 

「受け入れること。」

 

 

 

静かな声。

 

 

 

「失ったものも。」

 

 

 

「間違えたことも。」

 

 

 

「戻れないことも。」

 

 

 

「全部。」

 

 

 

ミカは黙る。

 

 

 

聞きたくなかった。

 

 

 

だが。

 

 

目を逸らせない。

 

 

 

「私は。」

 

 

ユメが続ける。

 

 

 

「昔のアビドスに戻りたいって思わない。」

 

 

 

「戻れないから?」

 

 

 

「ううん。」

 

 

 

首を振る。

 

 

 

「もう必要ないから。」

 

 

 

ミカは息を呑む。

 

 

 

必要ない。

 

 

 

そんな風に言えるのか。

 

 

 

大切だったものを。

 

 

 

本当に。

 

 

 

その時。

 

 

後ろから足音が聞こえた。

 

 

 

振り返る。

 

 

 

そこにいた。

 

 

 

彩禍マダラ。

 

 

 

白と黒。

 

 

巨大なリボルバー。

 

 

 

そして。

 

 

ユメを見る目だけが少し柔らかい。

 

 

 

ミカは気付く。

 

 

 

理由。

 

 

 

この人だ。

 

 

 

ユメが終われた理由。

 

 

 

前へ進めた理由。

 

 

 

帰る場所。

 

 

 

それがある。

 

 

 

だから。

 

 

終われた。

 

 

 

ミカにはまだ無い。

 

 

 

だから苦しい。

 

 

 

だから。

 

 

終われない。

 

 

 

「迎え?」

 

 

ユメが笑う。

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

短い返事。

 

 

 

それだけ。

 

 

 

それだけなのに。

 

 

 

ユメは嬉しそうだった。

 

 

 

本当に。

 

 

 

ミカは二人を見る。

 

 

 

そして。

 

 

少しだけ。

 

 

羨ましいと思った。

 

 

 

その感情を。

 

 

誰にも言わないまま。

 

 

 

夕焼けの中。

 

 

二人は去っていく。

 

 

並んで。

 

 

自然に。

 

 

当たり前のように。

 

 

 

残されたミカは。

 

 

一人空を見上げる。

 

 

 

そして。

 

 

誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

「終われるのかな。」

 

 

 

その問いに答える者は。

 

 

まだ誰もいなかった。

 

 

エデン条約が。

 

 

彼女を飲み込むまでは。

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