観測者は青春の物語を見届ける   作:ユーザーA

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エデン条約編 第四章 全てを失った少女

 

エデン条約崩壊後。

 

 

トリニティ総合学園。

 

 

夜。

 

 

雨が降っていた。

 

 

静かな雨。

 

 

冷たい雨。

 

 

まるで。

 

 

世界そのものが泣いているようだった。

 

 

 

聖園ミカは一人で歩いていた。

 

 

傘も差さず。

 

 

行き先もなく。

 

 

ただ。

 

 

歩いていた。

 

 

 

終わった。

 

 

全部。

 

 

 

エデン条約。

 

 

友情。

 

 

信頼。

 

 

理想。

 

 

希望。

 

 

 

全部。

 

 

壊れた。

 

 

 

自分のせいで。

 

 

 

ナギサ。

 

 

セイア。

 

 

トリニティ。

 

 

先生。

 

 

 

みんなを裏切った。

 

 

 

みんなを傷付けた。

 

 

 

みんなを失望させた。

 

 

 

だから。

 

 

もう終わりだ。

 

 

 

そう思っていた。

 

 

 

「……」

 

 

ミカは笑う。

 

 

乾いた笑い。

 

 

 

あの日。

 

 

中庭で会った少女を思い出す。

 

 

 

クチナシ・ユメ。

 

 

 

終われた人。

 

 

 

前へ進めた人。

 

 

 

帰る場所を見つけた人。

 

 

 

羨ましかった。

 

 

 

本当に。

 

 

 

でも。

 

 

今なら分かる。

 

 

 

自分には無理だ。

 

 

 

失ったものが多すぎる。

 

 

 

壊したものが多すぎる。

 

 

 

もう。

 

 

取り返しがつかない。

 

 

 

その時だった。

 

 

「ずぶ濡れだな。」

 

 

声。

 

 

聞き覚えのある声。

 

 

 

ミカが顔を上げる。

 

 

 

そこにいた。

 

 

 

彩禍マダラ。

 

 

 

白と黒の服。

 

 

雨など気にしていないような顔。

 

 

 

そして。

 

 

その隣には。

 

 

 

ユメ。

 

 

 

傘を差していた。

 

 

 

「久しぶり。」

 

 

ユメが微笑む。

 

 

 

ミカは言葉を失う。

 

 

 

何故。

 

 

ここに。

 

 

 

何故。

 

 

今。

 

 

 

「……」

 

 

 

言葉が出ない。

 

 

 

出せない。

 

 

 

こんな姿を見られたくなかった。

 

 

 

あの時。

 

 

少し羨ましいと思った相手に。

 

 

 

今の自分を。

 

 

見られたくなかった。

 

 

 

「酷い顔。」

 

 

ユメが言う。

 

 

 

責めるような声ではない。

 

 

 

ただ。

 

 

本当に心配している声。

 

 

 

それが余計に辛かった。

 

 

 

「放っといてよ。」

 

 

ミカが言う。

 

 

 

弱々しく。

 

 

力なく。

 

 

 

「無理。」

 

 

 

即答だった。

 

 

 

ミカが少し目を見開く。

 

 

 

ユメは困ったように笑う。

 

 

 

「そういうの放っとけない性格なんだ。」

 

 

 

「私は放っといてほしい。」

 

 

 

「そう。」

 

 

 

「そうだよ。」

 

 

 

ミカの声が震える。

 

 

 

「私は全部失ったんだから。」

 

 

 

「……」

 

 

 

「全部壊したんだから。」

 

 

 

「……」

 

 

 

「終わったんだよ。」

 

 

 

涙が混じる。

 

 

 

止まらない。

 

 

 

「私とあなたは違う。」

 

 

 

「私は終われない。」

 

 

 

「受け入れられない。」

 

 

 

「許せない。」

 

 

 

「許されない。」

 

 

 

叫ぶ。

 

 

 

初めて。

 

 

 

本音だった。

 

 

 

誰にも見せなかった。

 

 

 

本当のミカ。

 

 

 

ユメは黙って聞いていた。

 

 

 

最後まで。

 

 

 

途中で遮らず。

 

 

 

ただ聞いていた。

 

 

 

そして。

 

 

静かに言う。

 

 

 

「私も。」

 

 

 

ミカが止まる。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「最初から終われた訳じゃないよ。」

 

 

 

雨音。

 

 

 

静かに響く。

 

 

 

「苦しかった。」

 

 

 

「辛かった。」

 

 

 

「死にたかった時もあった。」

 

 

 

ミカの目が揺れる。

 

 

 

初めて聞く話。

 

 

 

ユメは続ける。

 

 

 

「でもね。」

 

 

 

「終わるって。」

 

 

 

「許すことじゃないんだよ。」

 

 

 

ミカが固まる。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「許さなくていい。」

 

 

 

静かな声。

 

 

 

優しい声。

 

 

 

「間違えた自分も。」

 

 

 

「失敗した自分も。」

 

 

 

「嫌いなままでいい。」

 

 

 

「でも。」

 

 

 

そこで少し笑う。

 

 

 

「それでも生きていい。」

 

 

 

ミカの視界が滲む。

 

 

 

その言葉は。

 

 

 

今の自分が。

 

 

 

一番聞きたかった言葉だった。

 

 

 

「そんなの……」

 

 

 

涙が溢れる。

 

 

 

「そんなの。」

 

 

 

「ずるいじゃん。」

 

 

 

ユメは何も言わない。

 

 

 

ただ。

 

 

隣へ来る。

 

 

 

そして。

 

 

そっと傘を差し出した。

 

 

 

それだけ。

 

 

 

慰めもしない。

 

 

 

説教もしない。

 

 

 

答えも与えない。

 

 

 

ただ。

 

 

そこにいる。

 

 

 

まるで。

 

 

 

昔。

 

 

 

ホシノにしてもらいたかったことを。

 

 

 

今。

 

 

 

ユメがしているようだった。

 

 

 

マダラは少し離れた場所で見ている。

 

 

 

介入しない。

 

 

 

助けない。

 

 

 

選ぶのはミカだから。

 

 

 

だが。

 

 

見届ける。

 

 

 

最後まで。

 

 

 

それが観測者だから。

 

 

 

しばらくして。

 

 

ミカは泣いた。

 

 

 

声を上げて。

 

 

 

子供みたいに。

 

 

 

今まで溜め込んでいた全てを吐き出すように。

 

 

 

ユメは何も言わない。

 

 

 

ただ隣にいる。

 

 

 

雨が降る。

 

 

 

夜は深い。

 

 

 

だが。

 

 

その日。

 

 

聖園ミカは初めて。

 

 

 

終わりではなく。

 

 

 

その先を考え始めた。

 

 

 

ほんの少しだけ。

 

 

 

前へ進むために。

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