観測者は青春の物語を見届ける   作:ユーザーA

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対策委員会編 もう戻らない場所

 

昼下がり。

 

 

アビドス高校。

 

 

珍しく平和な日だった。

 

 

ヘルメット団の襲撃もない。

 

 

カイザーの動きもない。

 

 

ただ砂漠の風だけが吹いている。

 

 

対策委員会の面々は各々の仕事をしていた。

 

 

先生は書類。

 

 

アヤネは会計。

 

 

セリカはアルバイトの予定確認。

 

 

ノノミはお茶の準備。

 

 

シロコは校内の見回り。

 

 

そして。

 

 

ホシノは屋上にいた。

 

 

一人。

 

 

フェンスにもたれ掛かりながら。

 

 

空を見る。

 

 

何も考えないようにしていた。

 

 

考えると苦しくなるから。

 

 

だが。

 

 

忘れられるはずもなかった。

 

 

ユメ。

 

 

生きていた先輩。

 

 

そして。

 

 

もう自分を見ていない先輩。

 

 

「……はぁ。」

 

 

大きなため息。

 

 

その時だった。

 

 

屋上の扉が開く。

 

 

振り返る。

 

 

そこにいたのは。

 

 

ユメだった。

 

 

「やっほー。」

 

 

いつものような穏やかな笑顔。

 

 

ホシノの心臓が跳ねる。

 

 

未だに慣れない。

 

 

夢ではない。

 

 

本当にいる。

 

 

本当に生きている。

 

 

「先輩。」

 

 

「ん?」

 

 

「どうしたの?」

 

 

ユメは隣へ歩いてくる。

 

 

自然に。

 

 

昔と同じように。

 

 

だが。

 

 

どこか違う。

 

 

決定的に違う。

 

 

昔のユメなら。

 

 

アビドスを見ていた。

 

 

後輩達を見ていた。

 

 

学園を見ていた。

 

 

でも今は違う。

 

 

ホシノには分かる。

 

 

ユメの視線は。

 

 

いつもどこか別の場所へ向いている。

 

 

あの人のいる場所へ。

 

 

彩禍マダラのいる場所へ。

 

 

 

しばらく沈黙が続いた。

 

 

風が吹く。

 

 

砂が舞う。

 

 

昔なら。

 

 

もっと色々話せた気がする。

 

 

なのに。

 

 

今は何を話せばいいのか分からない。

 

 

だから。

 

 

聞いてしまった。

 

 

本当は。

 

 

聞きたくなかったことを。

 

 

「先輩。」

 

 

「うん。」

 

 

「もう……」

 

 

喉が詰まる。

 

 

怖い。

 

 

聞きたくない。

 

 

でも。

 

 

聞かなければ前に進めない気がした。

 

 

「もうアビドスには戻らないの?」

 

 

風が止まる。

 

 

時間が止まる。

 

 

そんな錯覚。

 

 

ユメは少しだけ驚いた顔をした。

 

 

そして。

 

 

静かに考える。

 

 

ごまかさない。

 

 

嘘もつかない。

 

 

ユメはそういう人だった。

 

 

だから。

 

 

ホシノは理解していた。

 

 

返ってくる答えを。

 

 

それでも。

 

 

どこか期待していた。

 

 

ほんの少しだけ。

 

 

「たまには来ると思うよ。」

 

 

ユメが言う。

 

 

ホシノの胸が少しだけ軽くなる。

 

 

だが。

 

 

次の言葉で。

 

 

再び重くなる。

 

 

「でも。」

 

 

「帰ってくることはないかな。」

 

 

ホシノの呼吸が止まる。

 

 

「……そっか。」

 

 

分かっていた。

 

 

分かっていたはずだった。

 

 

なのに。

 

 

こんなにも苦しい。

 

 

「なんで?」

 

 

気付けば聞いていた。

 

 

子供みたいに。

 

 

情けなく。

 

 

みっともなく。

 

 

それでも。

 

 

聞かずにはいられなかった。

 

 

「なんで?」

 

 

「アビドスだよ?」

 

 

「先輩が守ろうとした場所だよ?」

 

 

「先輩の学校だよ?」

 

 

「みんな待ってたんだよ?」

 

 

「ずっと。」

 

 

「ずっと。」

 

 

声が震える。

 

 

涙が滲む。

 

 

ユメは静かに聞いていた。

 

 

最後まで。

 

 

途中で遮らず。

 

 

優しく。

 

 

ただ聞いていた。

 

 

そして。

 

 

ゆっくりと答える。

 

 

「そうだね。」

 

 

「大事だった。」

 

 

「本当に。」

 

 

その言葉に嘘はない。

 

 

ホシノにも分かる。

 

 

ユメはアビドスを愛していた。

 

 

誰よりも。

 

 

本当に。

 

 

だが。

 

 

過去形だった。

 

 

「でもね。」

 

 

ユメは空を見る。

 

 

青い空。

 

 

どこまでも広い空。

 

 

そして。

 

 

小さく笑った。

 

 

幸せそうに。

 

 

本当に幸せそうに。

 

 

「今の私の帰る場所は別にあるんだ。」

 

 

ホシノは何も言えない。

 

 

言葉が出ない。

 

 

聞かなくても分かった。

 

 

誰のことか。

 

 

どこのことか。

 

 

「私はもう。」

 

 

「アビドス生徒会長じゃない。」

 

 

「クチナシ・ユメでもない。」

 

 

「ただのユメ。」

 

 

静かな声。

 

 

穏やかな声。

 

 

そして。

 

 

幸せな声。

 

 

「だから。」

 

 

「帰りたい場所に帰るよ。」

 

 

ホシノの視界が滲む。

 

 

それ以上聞けない。

 

 

聞く必要もない。

 

 

ユメの答えはもう出ている。

 

 

帰る場所。

 

 

居場所。

 

 

大切な人。

 

 

全部。

 

 

もうそこにある。

 

 

アビドスではない場所に。

 

 

ホシノではない誰かの隣に。

 

 

 

その時だった。

 

 

屋上の扉が開く。

 

 

一人の少女が現れる。

 

 

白と黒。

 

 

見慣れた服装。

 

 

彩禍マダラ。

 

 

「終わったか。」

 

 

短い言葉。

 

 

ユメが笑う。

 

 

「うん。」

 

 

それだけ。

 

 

たったそれだけ。

 

 

なのに。

 

 

二人の間には。

 

 

誰も入れない何かがあった。

 

 

言葉も。

 

 

視線も。

 

 

空気も。

 

 

全てが自然だった。

 

 

積み重ねた時間。

 

 

共有した日々。

 

 

互いだけが知るもの。

 

 

ホシノは理解する。

 

 

完全に。

 

 

負けたとか。

 

 

奪われたとか。

 

 

そういう話ではない。

 

 

もっと単純だった。

 

 

ユメは。

 

 

幸せになった。

 

 

ただそれだけ。

 

 

そして。

 

 

その幸せの中心にいるのは。

 

 

自分ではなかった。

 

 

それだけだった。

 

 

マダラはホシノを見る。

 

 

何も言わない。

 

 

慰めない。

 

 

哀れまない。

 

 

ただ見届ける。

 

 

選ぶのはホシノだから。

 

 

 

ユメは最後に微笑む。

 

 

昔と変わらない笑顔で。

 

 

でも。

 

 

昔よりずっと穏やかな笑顔で。

 

 

「ホシノちゃん。」

 

 

「うん。」

 

 

「ありがとう。」

 

 

その一言だけを残して。

 

 

ユメはマダラの隣へ歩いていく。

 

 

そして。

 

 

二人は去っていく。

 

 

並んで。

 

 

自然に。

 

 

当たり前のように。

 

 

 

残されたホシノは。

 

 

しばらく空を見上げていた。

 

 

泣かなかった。

 

 

もう泣けなかった。

 

 

ただ。

 

 

静かに。

 

 

静かに理解する。

 

 

ユメは生きている。

 

 

幸せになった。

 

 

だから。

 

 

自分も前へ進かなければならない。

 

 

それが。

 

 

先輩が残した最後の宿題なのかもしれないと。

 

 

そう思いながら。

 

 

ホシノは夕焼けの空を見続けていた。

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