観測者は青春の物語を見届ける   作:ユーザーA

6 / 28
対策委員会編 生きていてほしかったのに

⸻

 

夕方。

 

⸻

 

アビドス高校。

 

⸻

 

校舎の屋上。

 

⸻

 

空は赤く染まり始めていた。

 

⸻

 

ユメとマダラが去ってから。

 

⸻

 

どれくらい経っただろう。

 

⸻

 

ホシノはまだそこにいた。

 

⸻

 

フェンスにもたれながら。

 

⸻

 

ただ空を見ていた。

 

⸻

 

何も考えたくなかった。

 

⸻

 

考えると苦しくなるから。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

考えないことなど出来なかった。

 

⸻

 

「……」

 

⸻

 

静寂。

 

⸻

 

風の音だけが聞こえる。

 

⸻

 

その時。

 

⸻

 

屋上の扉が開いた。

 

⸻

 

振り返らなくても分かる。

 

⸻

 

先生だった。

 

⸻

 

「ここにいたのか。」

 

⸻

 

「いたよー。」

 

⸻

 

いつもの調子。

 

⸻

 

いつもの声。

 

⸻

 

いつものホシノ。

 

⸻

 

そう演じる。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

先生は騙されなかった。

 

⸻

 

何も言わず。

 

⸻

 

ホシノの隣へ来る。

 

⸻

 

そして同じように空を見る。

 

⸻

 

沈黙。

 

⸻

 

数分。

 

⸻

 

誰も喋らない。

 

⸻

 

それでも不思議と居心地は悪くなかった。

 

⸻

 

先生は待ってくれる。

 

⸻

 

無理に聞かない。

 

⸻

 

だから。

 

⸻

 

ホシノは少しだけ安心してしまった。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

ぽつりと呟く。

 

⸻

 

「先生。」

 

⸻

 

「なんだ?」

 

⸻

 

「おじさんさ。」

 

⸻

 

笑う。

 

⸻

 

自嘲気味に。

 

⸻

 

「最低かもしれない。」

 

⸻

 

先生は答えない。

 

⸻

 

続きを待つ。

 

⸻

 

ホシノは俯く。

 

⸻

 

「先輩が生きてた。」

 

⸻

 

「うん。」

 

⸻

 

「ずっと願ってたんだよ。」

 

⸻

 

震える声。

 

⸻

 

「生きててほしいって。」

 

⸻

 

「助かっててほしいって。」

 

⸻

 

「何回も。」

 

⸻

 

「何回も。」

 

⸻

 

「何回も。」

 

⸻

 

指が震える。

 

⸻

 

押さえようとしても止まらない。

 

⸻

 

「なのにさ。」

 

⸻

 

声が掠れる。

 

⸻

 

「生きてた方が辛いなんて思いたくなかった。」

 

⸻

 

先生は何も言わない。

 

⸻

 

ただ聞く。

 

⸻

 

ホシノが初めて吐き出す本音を。

 

⸻

 

「死んでた方が良かったなんて思ってない。」

 

⸻

 

「そんなこと思えるわけない。」

 

⸻

 

「先輩が生きてて嬉しい。」

 

⸻

 

「本当に嬉しい。」

 

⸻

 

涙が零れる。

 

⸻

 

止まらない。

 

⸻

 

「でも。」

 

⸻

 

「でもさ。」

 

⸻

 

「おじさんだけだったんだ。」

 

⸻

 

「ずっとあの日で止まってたの。」

 

⸻

 

唇を噛む。

 

⸻

 

痛い。

 

⸻

 

でも。

 

⸻

 

心の方が痛い。

 

⸻

 

ずっと。

 

⸻

 

ずっと。

 

⸻

 

置いていったのは自分だと思っていた。

 

⸻

 

守れなかったから。

 

⸻

 

助けられなかったから。

 

⸻

 

だから。

 

⸻

 

追い続けていた。

 

⸻

 

謝りたかった。

 

⸻

 

もう一度会いたかった。

 

⸻

 

もう一度笑ってほしかった。

 

⸻

 

でも。

 

⸻

 

現実は違った。

 

⸻

 

「先輩はもう終わってた。」

 

⸻

 

「整理してた。」

 

⸻

 

「前に進んでた。」

 

⸻

 

「幸せになってた。」

 

⸻

 

「おじさんだけ置いてかれてた。」

 

⸻

 

先生は静かに聞いている。

 

⸻

 

ホシノは涙を拭う。

 

⸻

 

拭っても。

 

⸻

 

また溢れる。

 

⸻

 

「おじさんね。」

 

⸻

 

笑う。

 

⸻

 

泣きながら。

 

⸻

 

「ちょっと期待してたんだ。」

 

⸻

 

「生きてたら。」

 

⸻

 

「また一緒にアビドスやれるかなって。」

 

⸻

 

「また先輩がいて。」

 

⸻

 

「みんなで。」

 

⸻

 

「昔みたいに。」

 

⸻

 

叶うはずのない夢。

 

⸻

 

でも。

 

⸻

 

願ってしまった。

 

⸻

 

少しだけ。

 

⸻

 

ほんの少しだけ。

 

⸻

 

「馬鹿だよねー。」

 

⸻

 

先生は首を振る。

 

⸻

 

「馬鹿じゃない。」

 

⸻

 

短い言葉。

 

⸻

 

ホシノが少し目を見開く。

 

⸻

 

「そうかな。」

 

⸻

 

「そうだ。」

 

⸻

 

即答だった。

 

⸻

 

迷いもなく。

 

⸻

 

「会いたかった相手がいる。」

 

⸻

 

「その人が生きていた。」

 

⸻

 

「昔みたいに戻りたいと思った。」

 

⸻

 

「それは普通のことだ。」

 

⸻

 

ホシノは黙る。

 

⸻

 

普通。

 

⸻

 

その言葉が少しだけ救いだった。

 

⸻

 

「でも戻れなかった。」

 

⸻

 

先生が続ける。

 

⸻

 

「うん。」

 

⸻

 

「それも普通だ。」

 

⸻

 

ホシノの目から涙が落ちる。

 

⸻

 

また。

 

⸻

 

ぽろりと。

 

⸻

 

静かに。

 

⸻

 

「人は変わる。」

 

⸻

 

先生は空を見る。

 

⸻

 

「前に進む。」

 

⸻

 

「止まったままではいられない。」

 

⸻

 

「ユメも。」

 

⸻

 

「ホシノも。」

 

⸻

 

「きっと同じだ。」

 

⸻

 

ホシノは聞いている。

 

⸻

 

何も言わず。

 

⸻

 

ただ聞いている。

 

⸻

 

「ホシノはまだ進んでないと思ってるかもしれない。」

 

⸻

 

「でも。」

 

⸻

 

先生は少し笑う。

 

⸻

 

「俺はそう思わない。」

 

⸻

 

「え?」

 

⸻

 

「ホシノはアビドスを守った。」

 

⸻

 

「対策委員会を守った。」

 

⸻

 

「みんなを支えた。」

 

⸻

 

「前に進んだから出来たことだ。」

 

⸻

 

ホシノは言葉を失う。

 

⸻

 

そんな風に考えたことはなかった。

 

⸻

 

ずっと。

 

⸻

 

自分は止まったままだと思っていたから。

 

⸻

 

「だから。」

 

⸻

 

先生は言う。

 

⸻

 

「ユメと違う道を歩いただけだ。」

 

⸻

 

「置いていかれたわけじゃない。」

 

⸻

 

その言葉。

 

⸻

 

どこかで聞いた気がした。

 

⸻

 

マダラが言った言葉。

 

⸻

 

『ユメが進んだだけだ』

 

⸻

 

少しだけ似ている。

 

⸻

 

不思議だった。

 

⸻

 

先生とマダラ。

 

⸻

 

全然違うのに。

 

⸻

 

同じ答えに辿り着いている。

 

⸻

 

「……そっか。」

 

⸻

 

小さく呟く。

 

⸻

 

まだ苦しい。

 

⸻

 

まだ辛い。

 

⸻

 

まだ諦めきれない。

 

⸻

 

でも。

 

⸻

 

少しだけ。

 

⸻

 

本当に少しだけ。

 

⸻

 

呼吸が楽になった。

 

⸻

 

「先生。」

 

⸻

 

「なんだ。」

 

⸻

 

「ありがと。」

 

⸻

 

先生は笑う。

 

⸻

 

「どういたしまして。」

 

⸻

 

それだけ。

 

⸻

 

特別なことは何もない。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

ホシノにとっては十分だった。

 

⸻

 

夕陽が沈む。

 

⸻

 

長い一日が終わる。

 

⸻

 

ユメは戻らない。

 

⸻

 

きっとこれからも。

 

⸻

 

だが。

 

⸻

 

だからといって。

 

⸻

 

ホシノの物語が終わるわけではない。

 

⸻

 

ユメはユメの道を歩く。

 

⸻

 

マダラと共に。

 

⸻

 

そして。

 

⸻

 

ホシノもまた。

 

⸻

 

自分の道を歩いていく。

 

⸻

 

アビドスで。

 

⸻

 

仲間達と共に。

 

⸻

 

まだ少しだけ痛む胸を抱えながら。

 

⸻

 

それでも前を向いて。

 

⸻

 

歩き始めるために。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。