観測者は青春の物語を見届ける   作:ユーザーA

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対策委員会編 終わった物語

 

ホシノ救出から数日後。

 

 

アビドスは束の間の平穏を取り戻していた。

 

 

対策委員会の生徒達も。

 

 

先生も。

 

 

それぞれの日常へ戻り始めている。

 

 

だが。

 

 

全てが終わったわけではない。

 

 

世界の裏側では。

 

 

今も観測者達が動いていた。

 

 

 

夜。

 

 

誰にも知られない場所。

 

 

誰にも辿り着けない場所。

 

 

マダラとユメだけの家。

 

 

暖かな灯り。

 

 

静かな空気。

 

 

テーブルには飲みかけの紅茶。

 

 

ソファには読みかけの本。

 

 

どこにでもありそうな光景。

 

 

だが。

 

 

この世界の誰一人として辿り着けない場所。

 

 

その窓際で。

 

 

ユメは一人、本を読んでいた。

 

 

マダラは出掛けている。

 

 

珍しく。

 

 

本当に珍しく。

 

 

一人の時間だった。

 

 

ページをめくる。

 

 

静寂。

 

 

その時。

 

 

「失礼。」

 

 

声が響いた。

 

 

ユメは驚かない。

 

 

本を閉じる。

 

 

ゆっくり顔を上げる。

 

 

そこには。

 

 

黒服が立っていた。

 

 

「こんばんは。」

 

 

ユメは穏やかに微笑む。

 

 

「こんばんは。」

 

 

まるで来客を迎えるような自然さ。

 

 

黒服は少し笑った。

 

 

「驚かないのですね。」

 

 

「驚いた方が良かった?」

 

 

「いえ。」

 

 

黒服は肩を竦める。

 

 

「貴女ならそうでしょう。」

 

 

部屋を見回す。

 

 

そして理解する。

 

 

ここは異常だ。

 

 

空間座標が存在しない。

 

 

位置情報が存在しない。

 

 

因果的な接続が存在しない。

 

 

理論上。

 

 

侵入など不可能。

 

 

だが。

 

 

マダラが許可している。

 

 

だから入れている。

 

 

それだけだった。

 

 

「彼は留守ですか。」

 

 

「うん。」

 

 

「残念です。」

 

 

黒服は本心からそう言った。

 

 

マダラとの会話は実に有意義だった。

 

 

理解できないからこそ面白い。

 

 

だが。

 

 

今日は別の目的がある。

 

 

「今日は貴女に興味がありまして。」

 

 

ユメは首を傾げる。

 

 

「私?」

 

 

「ええ。」

 

 

黒服は椅子へ腰掛ける。

 

 

許可もなく。

 

 

しかしユメは気にしない。

 

 

「聞きたいことがあるのです。」

 

 

「どうぞ。」

 

 

少しの沈黙。

 

 

そして。

 

 

黒服は問う。

 

 

「何故。」

 

 

静かな声。

 

 

「何故貴女は過去を捨てられたのです?」

 

 

部屋が静まる。

 

 

時計の音だけが響く。

 

 

ユメは考える。

 

 

数秒。

 

 

そして。

 

 

少し困ったように笑った。

 

 

「捨ててないよ。」

 

 

黒服の目が細くなる。

 

 

「ほう。」

 

 

「みんな勘違いするんだよね。」

 

 

ユメは紅茶を一口飲む。

 

 

そして続ける。

 

 

「私はアビドスを嫌いになったわけじゃない。」

 

 

「ホシノちゃんも。」

 

 

「みんなも。」

 

 

「大好きだったよ。」

 

 

過去形。

 

 

しかし。

 

 

そこに偽りはない。

 

 

黒服にも分かる。

 

 

この少女は本当に愛していた。

 

 

アビドスを。

 

 

後輩達を。

 

 

自分の居場所を。

 

 

心から。

 

 

「ならば何故。」

 

 

黒服は問う。

 

 

「戻らないのです。」

 

 

ユメは窓の外を見る。

 

 

夜空。

 

 

星々。

 

 

静かな世界。

 

 

「終わったから。」

 

 

あまりにも簡潔な答え。

 

 

黒服は理解できない。

 

 

だから聞く。

 

 

「終わった?」

 

 

「うん。」

 

 

ユメは頷く。

 

 

「人ってさ。」

 

 

「ずっと同じ場所にはいられないんだよ。」

 

 

「学校も卒業するし。」

 

 

「仕事も辞めるし。」

 

 

「家も出る。」

 

 

「別れもある。」

 

 

穏やかな声。

 

 

優しい声。

 

 

「大事だったものが。」

 

 

「大事じゃなくなるわけじゃない。」

 

 

「ただ。」

 

 

「終わるだけ。」

 

 

黒服は黙る。

 

 

その発想は。

 

 

彼にはない。

 

 

ゲマトリアは観測者だ。

 

 

歴史を蓄積する。

 

 

情報を保存する。

 

 

過去を解析する。

 

 

だが。

 

 

ユメは違う。

 

 

終わった物語を。

 

 

終わったまま受け入れている。

 

 

「ホシノは。」

 

 

黒服が言う。

 

 

「未だ貴女を追っています。」

 

 

ユメの表情が少しだけ曇る。

 

 

「知ってる。」

 

 

「苦しんでいます。」

 

 

「知ってる。」

 

 

「それでも戻らない。」

 

 

「うん。」

 

 

即答だった。

 

 

迷いなく。

 

 

罪悪感はある。

 

 

申し訳なさもある。

 

 

それでも。

 

 

答えは変わらない。

 

 

「私はホシノちゃんの人生になっちゃ駄目だから。」

 

 

黒服が目を見開く。

 

 

ユメは続ける。

 

 

「私がいる限り。」

 

 

「ホシノちゃんは私を追い続ける。」

 

 

「だから。」

 

 

「いつか前を向いてほしい。」

 

 

静かな願い。

 

 

それは愛情だった。

 

 

かつての後輩への。

 

 

今でも変わらない愛情。

 

 

だが。

 

 

恋情ではない。

 

 

執着でもない。

 

 

ただ。

 

 

先へ進んでほしいという願い。

 

 

 

黒服は理解する。

 

 

ようやく。

 

 

なぜマダラがこの少女を救ったのか。

 

 

少しだけ。

 

 

本当に少しだけ。

 

 

理解できた気がした。

 

 

「では。」

 

 

黒服が言う。

 

 

「今の貴女は幸せですか。」

 

 

ユメは笑った。

 

 

迷いなく。

 

 

即座に。

 

 

「うん。」

 

 

その一言だけ。

 

 

だが。

 

 

それだけで十分だった。

 

 

黒服は知る。

 

 

この答えは本物だ。

 

 

嘘ではない。

 

 

強がりでもない。

 

 

演技でもない。

 

 

本当に。

 

 

心の底から。

 

 

幸せなのだ。

 

 

「そうですか。」

 

 

黒服は立ち上がる。

 

 

もう聞くことはない。

 

 

答えは得た。

 

 

十分すぎるほど。

 

 

出口へ向かう。

 

 

その時。

 

 

ユメが呼び止めた。

 

 

「ねえ。」

 

 

黒服が振り返る。

 

 

「なんでしょう。」

 

 

ユメは少し考えて。

 

 

そして言った。

 

 

「マダラのこと。」

 

 

「うん?」

 

 

「困らせないであげてね。」

 

 

黒服は一瞬だけ固まる。

 

 

そして。

 

 

初めて声を上げて笑った。

 

 

「それは難しい相談ですね。」

 

 

「ふふ。」

 

 

「そうかも。」

 

 

穏やかな笑い声。

 

 

黒服は去っていく。

 

 

そして。

 

 

扉が閉じる直前。

 

 

最後に呟いた。

 

 

誰にも聞こえないほど小さく。

 

 

「なるほど。」

 

 

「だから貴方は。」

 

 

「この少女を選んだのですか。」

 

 

その言葉は。

 

 

夜の闇へ消えていった。

 

 

そして遠く。

 

 

帰路につくマダラは。

 

 

何も見ていないようで。

 

 

全てを知っていた。

 

 

ただ一つ。

 

 

ほんの少しだけ。

 

 

嬉しそうに目を細めながら。

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