もう詰んでる
/*/ 星団暦2988年・アドラー ユーバー城周辺戦域 /*/
/*/ MHバルンシャ コックピット内 /*/
目が覚めた瞬間、俺は死にかけていた。
比喩ではない。
視界いっぱいに、黄金の腕が迫っていた。
モニターの中、黄金の電気騎士がこちらへ手を伸ばしている。
K.O.G.
ナイト・オブ・ゴールド。
アマテラスとラキシスが動かす、星団最悪の理不尽。
その名を理解した瞬間、俺の中で何かが噛み合った。
トローラ・ロージン。
ユーバー・バラダに雇われた傭兵騎士。
デコース・ワイズメルの相棒。
そして、ここでK.O.G.に潰される男。
「――っざけんな!」
声が出た。
自分の声だ。
だが、自分の声ではない。
この身体の喉から出た、トローラ・ロージンの声。
黄金の腕が近い。
速い。
速いなんてもんじゃない。
避ける?
無理だ。
受ける?
死ぬ。
斬る?
届く前に潰される。
なら、何を捨てる。
一瞬で決めた。
「沈め、バルンシャ!」
操縦桿を押し込む。
いや、押し込んだというより、全身で叩きつけた。
脚部サスペンションを沈める。
膝を殺す。
首を落とす。
頭を差し出す。
黄金の腕が、バルンシャの頭部を掴んだ。
次の瞬間、世界が砕けた。
モニターが白く弾ける。
頭部センサーが死ぬ。
外部映像が断裂する。
火花。
警告音。
装甲破砕。
フレーム変形。
だが、胸部コックピットへの直撃線は外れた。
たった半歩。
たった一沈み。
それだけで、俺は死の中心から外れた。
代わりに、エトラムルが逝った。
制御信号が途切れる。
機体の反応が消える。
俺を守るために、機体とエトラムルが死んだ。
「……すまん」
言葉が漏れた。
「俺の身代わりになってくれ」
返事はない。
エトラムルに返事を期待するようなものでもない。
だが、言わずにはいられなかった。
バルンシャはもう制御を失っている。
頭部を潰され、上体を引き倒され、巨体が傾く。
高度差。
姿勢角。
落下。
十四メートル。
普通の人間なら死ぬ。
だが、騎士の身体なら。
たぶん。
たぶん大丈夫だろう。
大丈夫じゃなくても、もう選択肢はない。
その時、無線に声が飛び込んできた。
『よくもトローラを!』
デコース。
デコース・ワイズメルの声だった。
怒っている。
本気で怒っている。
あのデコーズが、俺の名を呼んで怒っていた。
「馬鹿、来るな……!」
声は届いたか分からない。
無線はノイズで潰れかけている。
視界はない。
警告音だけが、棺桶の中の鐘みたいに鳴っている。
だが、分かる。
デコースがK.O.G.へ向かっている。
あいつならそうする。
相手が誰だろうが、怒ったら突っ込む。
だから俺は、壊れたコックピットの中で怒鳴った。
「デコース、死ぬなよ!」
自分で言って、笑いそうになった。
何を言っている。
相手はK.O.G.だ。
アマテラスだ。
ラキシスだ。
この組み合わせに、誰がどう勝つ。
デコースだろうが、トローラだろうが、名のある騎士だろうが、化け物だろうが、あんなものは等しくワンパンで沈む。
強い弱いの問題ではない。
災害だ。
いや、神災だ。
バルンシャの巨体が完全に倒れ始めた。
内臓が浮く。
骨が軋む。
シートベルトが身体に食い込む。
残っていた予備モニターに、途切れた空が映った。
青い空。
その端を、黄金が横切る。
そして地面が来た。
「ぐ、あ――!」
衝撃。
肺から空気が消える。
全身の骨が鳴る。
視界が黒く潰れる。
だが、まだ痛い。
痛いということは、生きている。
俺は生きている。
トローラ・ロージンは、K.O.G.に潰されて死ぬはずだった。
だが、死ななかった。
頭部は潰された。
機体は終わった。
エトラムルは助からない。
だが、胸は残った。
コックピットは残った。
俺は残った。
暗闇の中で、無線の向こうから、またデコースの叫びが聞こえた。
それも、すぐに衝撃音とノイズに飲まれる。
俺は血の味のする口で笑った。
「……死ぬなよ、デコース」
意識が落ちる。
落ちる直前、俺は一つだけ理解していた。
ここは、俺が知っている物語だ。
だが、俺はもう死んでいない。
死ぬはずのトローラが、生き残った。
なら、この先は変わる。
変えてやる。
K.O.G.に負けた?
上等だ。
この星団で一番でかい負けから始められるなんて、そうそうあることじゃない。
負けたまま終われるか。
俺は、もう一度立つ。
砕けた空の下で、そう決めた。