預かり屋
/*/ ボォス星 ナン大陸中央部 無国家地帯カステポー /*/
/*/ ナイトギルド管轄ガレージ /*/
カステポーは、国ではない。
ボォス星ナン大陸中央部。
ドラゴンロードと呼ばれる縦断街道を中心に、五つの中立自治区が寄り集まった、空白の大地帯。
自由都市。
広大な自然。
人類の侵攻を拒むような地形。
そして、騎士とファティマとMHが、どこの旗にも縛られず流れてくる場所。
トローラ・ロージンは、そのカステポーへ戻ってきた。
ただし、前と違うものが二つある。
ひとつは、隣に立つファティマ、シューシャ。
もうひとつは、ドーリーに積まれた黒鉄色のMH。
登録名、ワイマールSR2。
中身は、コーラス王朝から預けられた王騎ベルリンの外装偽装機である。
トローラはナイトギルドのガレージ前で、頭を掻いた。
「……やっぱ、カステポーに戻ると落ち着くな」
シューシャが静かに周囲を見た。
「ここが、マスターの馴染みの場所ですか」
「馴染みっつうか、ゴロツキの溜まり場だな」
「マスターに似合っています」
「褒めてるのか、それ」
「はい」
「ならいいか」
ガレージには、ドーリー、トレーラー、エアドーリーが雑然と並んでいた。
ただし、雑に見えるだけで、配置は妙に整っている。
どれも表向きは荷物扱い。
中身は不明。
だが、カステポーのナイトギルドへ来る騎士なら、誰でも分かる。
半分以上はMHだ。
いや、半分どころではない。
トローラの見立てでは、六割以上。
そんな場所の受付で、先客が揉めていた。
若い男。
顔立ちは整っているが、妙に目が鋭い。
横にはファティマがいる。
預かり屋の爺さんは、いつもの調子で両手を揉んでいた。
「本当に信用して良いのだな?」
若い男が言う。
爺さんは、何度も頷いた。
「何度も言わせないで下さいよ! この商売は信用が第一! 自慢じゃないが、トラブル皆無がこのギルドのしきたり! この中の預かり物には、指一本触れる奴はいませんよ!」
そこまではよかった。
爺さんは、いつもの悪い癖で余計なことを言った。
「たとえ……中身が……北の魔人サイレンや、最強の鉄人・破裂の人形でもね」
若い男の空気が変わった。
「何」
爺さんの顔色が変わる。
「ひええ! そんな目で、もう……誰も旦那が騎士だなんて言ってないじゃないですか! ……ファティマさんが一緒でもネ」
「貴様……」
若い男の声が低くなる。
横のファティマも、静かに目を細めた。
トローラは、少し離れたところでそのやり取りを見て、顔をしかめた。
「あー……この流れ、見覚えあるな」
シューシャが小声で問う。
「マスター?」
「しゃーない」
トローラは肩を鳴らして、受付へ近づいた。
「親父さん」
爺さんが振り返る。
「おお、トローラの兄さん! いいところに!」
「いいところに、じゃねえ。あんた、初めての客に冗談の温度を間違えたな」
「いやあ、つい」
「ついで命が飛ぶぞ」
トローラは若い男を見る。
そして、軽く片手を上げた。
「兄さん。この親父、悪い奴じゃねえ。ただし、口が滑る」
若い男は、トローラを見た。
鋭い目。
騎士の目。
トローラは内心で思った。
(やっぱりな。レイバック枢機卿と静だ、これ)
だが、口には出さない。
そういうところで余計なことを言うと、カステポーでは本当に面倒が起きる。
「親父さん。この人、冗談通じねぇから、はっきり言った方がいいぜ」
「へ、へい」
トローラはガレージの奥を指した。
「兄さん、見てみろよ。ドーリー、トレーラー、エアドーリー。中身は荷物ってことになってる。でも実際は、六割以上はMHだ」
若い男の視線が、わずかにガレージ奥へ動いた。
トローラは続ける。
「何が入ってるかなんて、誰も知らない。知らないことになってる。知ってても言わない。触らない。覗かない。それがここの商売だ」
爺さんも慌てて頷く。
「そうですよ! トラブルなんてあった日にゃ、あたしなんざ生きてませんよ!」
「そういうこと」
トローラは肩をすくめた。
「預かり屋が中身を見たら、その時点で信用が死ぬ。信用が死んだら商売が死ぬ。商売が死んだら、親父さんも死ぬ。だから触らねぇ。怖いからじゃなくて、商売だからな」
若い男は黙っていた。
横のファティマが、静かにトローラを見ている。
トローラはその視線から微妙に目を逸らした。
「で、兄さんは何のためにここへ来たんだ? 預けるためだろ。だったら預けろ。疑うなら最初からここへ来ない方がいい」
爺さんが小声で言う。
「トローラの兄さん、言い方が強い」
「俺は悪党騎士だからな。丁寧な説得は向いてねぇ」
若い男が、ようやく言った。
「お前も騎士か」
「さあな」
「隣にファティマがいる」
「いるな」
シューシャが丁寧に礼をする。
「シューシャと申します」
若い男のファティマも、かすかに礼を返した。
場の空気が、少しだけ落ち着く。
若い男は、預かり証を受け取った。
「よかろう。預ける」
爺さんはほっと息を吐いた。
「へい、確かに。指一本触れませんとも!」
「余計なこと言うなよ、親父さん」
「へい……」
若い男は、最後にトローラを見た。
「名前は」
「トローラ・ロージン」
「覚えておこう」
「できれば忘れてくれ。俺は目立ちたくない」
若い男は答えず、ファティマとともにガレージを後にした。
その背中を見送りながら、トローラは深く息を吐いた。
「怖ぇ客だな」
シューシャが言う。
「マスターも、かなり踏み込んでいました」
「踏み込まねぇと親父さんが死ぬ空気だった」
爺さんが両手を合わせる。
「いやあ、助かりましたよ、トローラの兄さん」
「助けたんだから、保管料まけろ」
「それとこれは別で」
「商売人め」
爺さんは帳簿を取り出した。
「で、トローラの兄さん。ツケ、払ってくれるんですかい?」
シューシャがぴくりと反応する。
「ツケ」
トローラは平然と胸を張った。
「おう。金が入ったからな」
「本当に?」
「ハグーダ戦で稼いできたぜ」
爺さんが目を丸くする。
「ハグーダ戦?」
「ついでにファティマとMHも拾ってきた」
シューシャが静かに言う。
「マスター。拾われたわけではありません。私はマスターを選びました」
「分かってるよ。言い方だ」
「MHも拾ったわけではありません。コーラス王朝からの貸与です」
「分かってる。言い方だ」
爺さんは、トローラとシューシャを交互に見た。
「……兄さん。まさかとは思いますが、そのドーリーの中身」
「荷物だよ」
トローラは即答した。
「ここでは、そういう約束だろ」
爺さんは、一瞬だけ目を細めた。
それから、にやりと笑った。
「へい。荷物ですね」
「そう。大事な荷物だ」
シューシャが少しだけ微笑む。
「はい。大事な荷物です」
爺さんは帳簿へ書き込む。
「登録名は」
トローラは少し嫌そうに答えた。
「ワイマールSR2」
「へぇ。洒落た名ですな」
「俺が付けたんじゃねぇ」
「中身は」
「荷物」
「所有者は」
「書類上はコーラス王朝。運用責任者が俺とシューシャ」
爺さんの手が止まった。
ゆっくり顔を上げる。
「……兄さん?」
「言うな」
「また面倒なものを背負ってきましたね」
「言うなって」
爺さんは、今度こそ声を落とした。
「王朝絡みの荷物を、うちで預かれと」
「王家の旗は出さない。楔文字も隠してある。登録も変えてある。黒鉄色だ。遠目には怪しい改修機にしか見えねぇ」
「近くで見たら?」
「見ないのがこの商売だろ」
爺さんは、しばらくトローラを見た。
それから、苦笑した。
「そうでした。見ません。触りません。聞きません」
「それでいい」
「ただし、保管料は高いですぜ」
「今なら払える」
「ハグーダ戦で稼いだ、と」
「おう」
「悪党騎士が戦勝報酬でツケを払う日が来るとはねえ」
「うるせぇ」
シューシャが穏やかに言う。
「マスターは、戦場でよく働きました」
「シューシャ、やめろ。褒めるな。ここの連中に聞かれると値段が上がる」
爺さんは笑いながら、預かり札を差し出した。
「では、ワイマールSR2。ドーリーごとお預かりします。中身は荷物。触れず、覗かず、詮索せず。ナイトギルドのしきたりにかけて」
トローラは札を受け取った。
「頼むぜ」
「へい。……それと兄さん」
「あ?」
「おかえりなさい」
トローラは一瞬だけ黙った。
カステポーの風が吹く。
王宮の華やかさとは違う。
砂と油と酒場の匂い。
騎士の嘘と本音が混ざった場所。
ゴロツキが帰ってくるには、ちょうどいい場所。
トローラは、少しだけ顔を背けた。
「ただいまだなんて言わねぇぞ」
「言ってませんよ」
「言っただろ」
「へへ」
シューシャが隣で微笑んだ。
「マスター。ここは良い場所ですね」
「良い場所かどうかは知らねぇが、まあ、俺には合ってる」
トローラは預かり札を懐にしまった。
「行くぞ、シューシャ。まず飯だ。次に宿。あと、ツケを払って身軽になった記念に酒だ」
「飲みすぎは推奨しません」
「ファティマが初日から生活指導してくる」
「マスターのファティマですので」
「強いな、お前」
シューシャは少し笑った。
ガレージの奥では、ドーリーが静かに格納されていく。
その中に眠る黒鉄色のワイマールSR2。
コーラス王家の楔文字を胸の奥に隠した、王騎の影。
カステポーのナイトギルドは、それをただの荷物として預かった。
誰も触れない。
誰も覗かない。
何が入っているかなど、誰も知らない。
それが、この無国家地帯の信用だった。