/*/ 自由都市区画 オープンテラスのカフェ /*/
昼のカステポーは混沌としている。
行商人。
騎士。
ファティマを隠した護衛車。
武装した運送屋。
裏社会の使い走り。
金持ちの観光客。
追われている者。
追っている者。
その全部が、同じ通りを歩いている。
トローラはオープンテラスのカフェで、目当ての男を見つけた。
ヒッター子爵。
相変わらずの洒落者だった。
仕立ての良い服。
緩い笑み。
隣には女性。
しかも、さっきから別の女性の視線も集めている。
この男はどこの街でも変わらない。
「ヒッター子爵」
トローラは近づいた。
「ギルドの会費を納めに来た」
ヒッター子爵はグラスを持ったまま、目を細めた。
「おやぁ。トローラ君じゃないか」
「覚えてたか」
「もちろん。会費の話で来る騎士の顔は、忘れないようにしているんだよ」
「嫌な覚え方だな」
「信用と会費は、ナイトギルドの大事な柱だからねぇ」
「だったら、今日はその柱を補強しに来たんだよ。ハグーダ戦で金が入った」
「それはそれは」
ヒッター子爵は笑い、ふとテラスの端へ視線を動かした。
「かわりに、あの揉めごとを治めてきてくれるかい?」
トローラもそちらを見る。
別のテーブルで、ゴロツキ騎士が一般女性の腕を掴んでいた。
女性は明らかに嫌がっている。
周囲の客は見て見ぬふり。
騎士同士の揉めごとに巻き込まれたくないのだ。
混沌。
実にこの街らしい。
トローラは顔をしかめる。
「会費何か月分だ?」
「そうだねぇ……」
ヒッター子爵が言いかけた時だった。
揉めごとの前に、気の弱そうな青年が立った。
「やめましょう、騎士の方」
声は細い。
だが、よく通った。
ゴロツキ騎士が振り返る。
「ああ?」
「女性は嫌がっておいでですが……騎士は騎士らしくなさってください」
周囲が静まった。
トローラは思わず足を止めた。
「おや」
ヒッター子爵が、楽しそうに呟いた。
ゴロツキ騎士は、青年を見下ろした。
「平民の分際で意見かよ」
「身分の話ではありません」
「ケガするぜ。道を、あ、け、な!」
青年は退かなかった。
ゴロツキ騎士が笑う。
「あの世で説法たれな!」
ゴロツキ騎士が拳を振り上げた。
次の瞬間。
青年の雰囲気が、ふっと変わった。
身体は動いていない。
足も動かない。
手も上がらない。
ただ、視線だけが、ほんの少しだけ深くなった。
そして、ゴロツキ騎士が崩れた。
派手な出血はない。
殴られた跡もない。
斬られた傷もない。
だが、顔色が一瞬で消えた。
椅子を巻き込みながら倒れ、胸を押さえることすらできず、床で痙攣する。
青年は静かに言った。
「心臓を吹き飛ばしました。一時間以内に処置をしないと死にます」
テラスが凍りついた。
女性は腕を放され、椅子へ座り込む。
店員が悲鳴を飲み込む。
誰かが医者を呼びに走る。
トローラは、青年を見て低く呟いた。
「……ダイバー“魔導士”だったな」
ヒッター子爵がグラスを揺らす。
「そう見えるかい?」
「今のは手じゃねぇ。避けてもいねぇ。あいつ、ほとんど動いてない」
トローラは倒れたゴロツキ騎士を見る。
「ダイバーパワーで心臓だけ吹き飛ばしたんだ。騎士の打撃じゃない。あの青年、気弱そうな顔して、とんでもねぇのを隠してやがる」
ヒッター子爵はにこやかに言った。
「うーん。丸くおさまったねぇー」
「どこが丸いんだよ」
「女性は無事。騎士も一時間以内なら助かる。君も働かずに済んだ」
「会費は?」
「今のは君の手柄ではないからねぇ」
「汚ぇぞ、子爵」
「僕は見ていただけだからねぇ」
トローラは舌打ちした。
「俺はもう行くぜ。ここにいると変な揉めごとに巻き込まれる」
「もう巻き込まれていると思うけどねぇ」
「まだ片足だ」
その時、通りの向こうから明るい声が飛んだ。
「ハーイ、子爵さま! 見つけましてよ!」
別の女性だった。
ヒッター子爵の隣にいた女性が、即座に目を細める。
「この方、誰ですの?」
新しく来た女性が頬を膨らませる。
「もう、ひどいっ!」
さらに別のテーブルからも、誰かが立ち上がる気配がした。
姦しい。
非常に姦しい。
ヒッター子爵は、困ったようでいて、まったく困っていない顔で笑っている。
トローラは背を向けた。
「やっぱり丸くおさまってねぇじゃねぇか」
ヒッター子爵の声が背中に飛ぶ。
「会費はまた今度でいいよ、トローラ君」
「逃げ得みたいに言うな!」
「MHの保管料も忘れずにねぇ」
「忘れさせてくれ!」
トローラはテラスを離れた。
背後では、倒れたゴロツキ騎士を運ぶ声と、女性たちの抗議と、ヒッター子爵の軽い謝罪と、さっきの青年の静かな足音が混ざっている。
カステポー。
自由都市。
無国家地帯。
騎士も、ファティマも、ゴロツキも、化け物も、洒落者も、気弱そうな魔導士も、同じテラスで昼を過ごす街。
トローラは頭を掻いた。
「……シューシャをホテルに置いてきて正解だったな」
昼間の一般人の前でファティマが歩き回れば、悪目立ちする。
だが、ここではファティマがいなくても十分に面倒が起きる。
トローラは肩をすくめ、通りの雑踏へ紛れた。
「まず飯だ。次に宿。酒は……今日はやめとくか」
少しだけ考えて、首を振る。
「いや、飲まなきゃやってられねぇ」
悪党騎士を名乗るゴロツキは、カステポーの昼の喧騒を歩いていった。