トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

19 / 19
生きてる悪ガキはよく走る

/*/ ボォス星 カステポー ヴァキ市 BAR「ワックストラックス」 /*/

 

 

 

 グラスが、小さく鳴った。

 

 カステポーの信用に。

 

 生き残りに。

 

 再会に。

 

 そう乾杯した直後、店の扉が開いた。

 

 地下酒場の空気が、わずかに動く。

 

 入ってきたのは、先ほどナイトギルドの預かり屋で見た若い男だった。

 

 整った顔立ち。

 

 気品のある立ち姿。

 

 それでいて、周囲を測る目は騎士のもの。

 

 隣にはファティマ。

 

 預かり屋で爺さんを睨みつけていたあの男だ。

 

 トローラはグラスを持ったまま片眉を上げた。

 

「おや、君は……」

 

 若い男もトローラを認めた。

 

 トローラは軽く片手を上げる。

 

「お、預かり屋以来だな、兄さん」

 

 シューシャが隣で静かに礼をする。

 

 若い男の連れのファティマも、小さく礼を返した。

 

 トローラはカウンターの空いている席を顎で示す。

 

「ここはファティマ連れでも大丈夫だぜ。客は騎士しかいねぇ。表のカフェみたいに、一般人の目を気にしなくていい」

 

 若い男は、店内を一度見回した。

 

 それから、少しだけ警戒を解いて席に近づく。

 

 ジョルジュがカウンターの奥から問うた。

 

「なんで知りなすったね、この店を」

 

 若い男は、少しだけ間を置いて答えた。

 

「ボード・ヴュラードという男に……」

 

 その名が出た瞬間、ジョルジュの手が止まった。

 

 店の奥の空気が、ほんの少しだけ古くなる。

 

 懐かしい名。

 

 古い戦場。

 

 古い友人。

 

 そういうものが、酒場の壁の奥からゆっくりと戻ってきたようだった。

 

 ジョルジュは低く笑った。

 

「……懐かしい名を聞いたぞ」

 

 そして、グラスを一つ取り出す。

 

「そいつは、オレのおごりにしとく」

 

 トローラは思わず口笛を吹いた。

 

「大したもんだ。初顔でマスターのおごりが出たぞ」

 

 若い男は、少し困ったようにグラスを見た。

 

 その横でファティマが静かに控える。

 

 この店の客たちは、そのやり取りをちらりと見るだけで、すぐに視線を戻した。

 

 見る。

 

 測る。

 

 詮索しない。

 

 それがワックストラックスの礼儀だった。

 

 その時、後ろから別の声がした。

 

「大したもんだ。初顔でマスターのおごりが出たぞ」

 

 同じようなことを、もっと柔らかく、もっと慣れた声で言う男がいた。

 

 コート姿。

 

 立派な口髭。

 

 身なりの良い紳士。

 

 カステポーの地下酒場には少し不似合いなほど整った装いだが、歩き方には奇妙な余裕がある。

 

 彼は若い男の近くへ寄り、にこやかに笑った。

 

 トローラは、その姿を見た瞬間、内心で凍った。

 

(……これ、カイエンとレスターの話が語られる流れだ)

 

 グラスを持つ指が、ほんのわずかに止まる。

 

 頭の中で、原作の断片がつながる。

 

 ミューズ・レイバック。

 

 ワックストラックス。

 

 ボード・ヴュラードの名。

 

 ジョルジュのおごり。

 

 口髭の紳士。

 

 そして、この後に続く話。

 

(やばい)

 

 トローラは、ゆっくりグラスを置いた。

 

(レスターとパルスェットが危ないじゃん!)

 

 自分は知っている。

 

 細かい日時はいつも曖昧だ。

 

 だが、流れは知っている。

 

 さっきからずっとそうだ。

 

 シューシャを拾った時も。

 

 ウリクルを戻した時も。

 

 ジュノーンの本陣奇襲も。

 

 「この後」が見えた瞬間に走らなければ、間に合わない。

 

 トローラは椅子から立った。

 

 ジョルジュが目だけで見る。

 

「どうした」

 

「マスター、勘定」

 

「今来たばかりだろう」

 

「急用を思い出した」

 

 シューシャがすぐに立つ。

 

「マスター?」

 

「シューシャ、行くぞ」

 

「はい」

 

 若い男――ミューズ・レイバックが、少し怪訝そうにトローラを見る。

 

「何かあったのか」

 

「まだ何も起きてねぇ」

 

 トローラは金をカウンターへ置いた。

 

「だから行く」

 

 ジョルジュの目が細くなった。

 

「妙な言い方をする」

 

「悪党騎士は勘がいいんだよ」

 

 トローラはそう言って、グラスの残りを一気に飲み干した。

 

 喉が焼ける。

 

 だが、今はちょうどいい。

 

 身体を走る方向へ持っていくには、少しくらい熱があった方がいい。

 

 口髭の紳士が、面白そうにトローラを見る。

 

「急用とは穏やかではないね」

 

「この街で穏やかな急用なんてねぇよ」

 

 トローラは肩越しに返した。

 

「兄さん」

 

 ミューズへ向けて言う。

 

「そのマスターの酒は飲んどけ。初顔で奢られるのは珍しい」

 

「君は」

 

「俺は急用が出来た」

 

 それだけ言うと、トローラは扉へ向かった。

 

 シューシャがぴたりとついてくる。

 

 店内の騎士たちは、また一瞬だけこちらを見て、すぐ視線を外した。

 

 だが、ジョルジュだけは違った。

 

「トローラ」

 

「あ?」

 

「首狩りの噂とは、別件か」

 

 トローラは少しだけ止まった。

 

 そして、答える。

 

「たぶん別件だ。だが、放っとくと嫌な死に方をする奴がいる」

 

「知り合いか」

 

「まだ違う」

 

 ジョルジュは黙った。

 

 その答えで十分だった。

 

「なら、行け」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 トローラは地下酒場の扉を押し開けた。

 

 階段の上から、ユモ通りの雑踏が聞こえる。

 

 カステポーの夜は、まだ終わっていない。

 

 騎士。

 

 ファティマ。

 

 ゴロツキ。

 

 魔導士。

 

 洒落者。

 

 首狩り。

 

 そして、これから危ないところへ向かうはずの誰か。

 

 トローラは階段を駆け上がる。

 

 シューシャが隣で問う。

 

「マスター。どちらへ」

 

「まず情報を拾う。レスターって男と、パルスェットってファティマを探す」

 

「お知り合いですか」

 

「まだな」

 

「では、なぜ」

 

 トローラは階段を上りきり、月の差す通りへ出た。

 

 目の前に、カステポーの混沌が広がる。

 

「死にそうだからだ」

 

 シューシャは一瞬だけ黙り、それから静かに頷いた。

 

「了解しました、マスター」

 

「急ぐぞ」

 

「はい」

 

 トローラは走り出した。

 

 悪党騎士を名乗るゴロツキ。

 

 だが、死にそうな奴の気配を嗅ぎ取った時だけは、誰よりも早く走る。

 

 ワックストラックスの地下では、ジョルジュが空になったグラスを見ていた。

 

 口髭の紳士が、少し楽しそうに言う。

 

「面白い若者だ」

 

 ジョルジュは短く答えた。

 

「悪ガキだ」

 

 そして、静かにグラスを磨き始めた。

 

「だが、生きてる悪ガキはよく走る」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

ニナリスのA-B1-B1-B2-B2:VVS1・L型って見てさ。クリアランスVVS1が嫁いでくるのにジィッドくん残念過ぎないと思って妄想を形にしてみます。これミースを誘拐したり、エンジン爆破しそうにないから、死なないで済むかしら?▼ラストまで投稿したぜ。2026年6月18日完結。▼トローラ・ロージン転生「https://syosetu.org/novel/4…


総合評価:760/評価:8.57/完結:161話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が…


総合評価:2996/評価:8.75/連載:49話/更新日時:2026年07月07日(火) 17:00 小説情報

転生バドは勝利を夢見る(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:機動警察パトレイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼オタクの夢見る転生もの。▼リアルっぽい世界でインドで人買いに攫われて外れかと思ったら、ボク、バドリナード・ハルチャンドやん!▼グリフォン乗れるやん!▼ならアルフォンスに勝たなあかん。▼原作通りなんてつまらない。▼性能は勝って…


総合評価:666/評価:6.93/連載:22話/更新日時:2026年07月07日(火) 05:00 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:3144/評価:8.94/連載:37話/更新日時:2026年07月07日(火) 06:13 小説情報

旧型サラミスで生きる1年戦争(作者:カズkaz)(原作:機動戦士ガンダム)

ありきたりな転生ものです。機動戦士ガンダムをそこそこに知っている主人公が旧型のサラミスに乗り込み、なんとか1年戦争を生き抜こうと奮闘する物語。▼思い付きで投稿していますので続かないかもしれません。▼箸休めにご覧ください


総合評価:3183/評価:8.25/短編:22話/更新日時:2026年07月04日(土) 21:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>