/*/ 星団暦2988年・アドラー 荒野 /*/
世界が、まだ鳴っていた。
耳の奥で、警告音が死に損なっている。
MHバルンシャのコックピットは、もうコックピットというより、潰れかけた金属の棺桶だった。
頭部は消えた。
外部センサーは死んだ。
エトラムルも沈黙している。
俺は、血の味がする口を開けて、何とか息を吸った。
「……生きてる」
自分で言って、少し笑った。
笑った瞬間、肋骨のあたりが派手に痛んで、すぐに後悔した。
外は、異様に静かだった。
さっきまで荒野を震わせていた黄金の怪物は、もういない。
K.O.G.
ナイト・オブ・ゴールド。
アマテラス。
ラキシス。
そして、ベル・クレール。
俺の中の転生者としての記憶は、それらの名を知っている。
だが、この時代、この場の騎士たちはまだ知らない。
少なくとも、デコースは知らない。
あいつにとって、あれはまだ、ソープが動かしていた黄金の電気騎士でしかない。
黄金のMHは、役目を終えたよう
に回収され、空の向こうへ去っていった。
残ったのは、焼けた荒野と、潰れたMHと、吹き飛んだエアドーリーの残骸だけだった。
ユーバー・バラダのMHヘルマイネは、もう形を保っていない。
その近くにあったエアドーリーごと、あの黄金の怪物のバスター砲で荒野に焼き払われた。
城ではない。
屋敷でもない。
何も守るもののない荒野で、あの男は自分のMHと輸送機ごと、跡形もなく消えた。
俺のクライアントは死んだ。
契約も終わった。
ただし、報酬は前払いだった。
そこだけは、ユーバーにしては良い判断だった。
俺は歪んだハッチを蹴った。
一発目では開かない。
二発目で、足に嫌な痛みが走る。
三発目で、ようやく隙間ができた。
「この……開けよ……!」
四発目で、ハッチが外へ落ちた。
俺は金属片を掴み、身体を引きずり出す。
外気が肺に入る。
焦げた装甲。
焼けた土。
砕けた装甲材。
溶けたエアドーリーの骨格。
そして、遠くに残る黄金の残光。
俺は地面に転がり落ちた。
「ぐっ……!」
痛い。
だが、立てる。
騎士の身体は頑丈だ。
普通の人間なら十四メートル落下で死ぬ。
騎士なら、痛いで済む。
いや、済んではいない。
でも、死んでいないなら勝ちだ。
その時、少し離れた場所で、別の機体のハッチが吹き飛んだ。
中から這い出してきた男が、地面に膝をつき、次の瞬間、空へ向かって怒鳴った。
「ソープの野郎、変態騎士だったのか!」
デコース・ワイズメルだった。
こいつも生きている。
全身ボロボロ。
顔に血。
装甲服も裂けている。
だが、生きている。
俺は片手を上げた。
「おう」
デコースが振り向いた。
一瞬だけ、目を丸くする。
それから、ひどく楽しそうに笑った。
「おう、トローラ。生きてたかよぉ」
「死にかけたわ」
「俺もだ」
「だろうな」
俺は、半壊したバルンシャを振り返った。
俺の騎体だったもの。
頭部は潰れ、肩から上はほとんど原形がない。
エトラムルは戻らない。
だが、胸部は残っている。
俺が最後に沈ませたからだ。
あの黄金の腕に頭部を掴ませ、コックピットへの直撃線を外した。
結果、俺は生きた。
代わりに、エトラムルは死んだ。
「……悪いな」
誰に言ったのか、自分でも分からない。
バルンシャか。
エトラムルか。
この身体の本来のトローラか。
どれでもいい。
言わないよりは、ましだった。
デコースは、瓦礫の上に座り込み、なおも遠くの空を睨んでいる。
「なんだ、あの化け物」
「黄金の電気騎士だな」
「見りゃ分かる」
デコースは吐き捨てた。
「ボクたちを一撃で粉砕しやがった。ソープの野郎、ただの見物人みてえな顔して、あんなもん隠してやがったのか」
俺は血を吐き捨てた。
「剣聖級以上だ。いや、剣聖でもあそこまで一方的かどうか分からん」
「あ?」
「俺たちをまとめてワンパンだぞ。しかも、あの動き。MHの性能だけじゃない。中で動かしてる奴もおかしい」
デコースが、にやりと笑った。
「つまり、ソープが化け物ってことか」
「そういうことになるな」
俺の中では答えが出ていた。
ソープではない。
アマテラスだ。
隣にいたのはラキシスだ。
そしてあの騎体はK.O.G.だ。
だが、それをここで言うわけにはいかない。
俺が知っている理由を説明できない。
だから俺は、デコースに合わせる。
「あのソープって奴、ただ者じゃねえ」
「ははっ」
デコースは笑った。
腹を抱えるほどではない。
だが、本当に面白がっていた。
「いいな。星団ってのは、広いじゃねえか」
「笑ってる場合かよ」
「笑うだろ。あんなもんにぶつかったんだぞ」
デコースは立ち上がろうとして、少しよろめいた。
それでも立った。
こいつは本当にしぶとい。
「次は斬る」
「やめとけ」
「あ?」
「今のままじゃ、またワンパンだ」
デコースの目が細くなる。
殺気ではない。
面白がっている目だ。
「言うじゃねえか」
「言うよ。俺もお前もワンパンで沈んだ。そこは認めろ」
「お前、頭潰されて性格変わったか?」
「ちょっとな」
転生したんだよ、とは言わない。
言っても信じないだろうし、信じられても困る。
俺は、吹き飛んだヘルマイネの残骸を見る。
ユーバー・バラダのMHだったもの。
クライアントの最後。
そして、その近くで黒く溶けているエアドーリー。
問題は、ここからだ。
「デコース」
「あん?」
「ここにいるとまずい」
「ユーバーは吹っ飛んだぞ」
「だからまずいんだよ。雇い主がバスター砲で消し飛んで、荒野には俺たちの半壊MHが転がってる。大統領府の連中が来たら、事情聴取で済むと思うか?」
デコースは、面倒そうに顔をしかめた。
「めんどくせぇな」
「本当にめんどくさい」
「俺たち、被害者だろ」
「大統領府がそう見てくれると思うか?」
「思わねえ」
「だろ」
俺は立ち上がった。
足元がふらつく。
けれど、歩ける。
騎士の身体はすごい。
でも痛いものは痛い。
「金は?」
デコースが聞いた。
「前払いで貰った分は、隠し口座に逃がしてある」
「お前、そんなことしてたのか」
「ユーバーみたいな奴をクライアントにするなら、普通やるだろ」
「俺はやってねえ」
「だろうな」
「どういう意味だ」
「褒めてる」
「嘘つけ」
俺は肩をすくめた。
「とりあえず、当面の金はある。偽名もいくつかある。足も拾える。問題は、どこへ逃げるかだ」
デコースは、砕けた自分の機体を見てから、空を見た。
「カステポーでも行くか?」
俺は一瞬、黙った。
カステポー。
ならず者の集まる場所。
騎士も、傭兵も、賞金稼ぎも、詐欺師も、逃亡者も、全部いる。
身を隠すには悪くない。
デコースも似合う。
俺も、まあ似合う。
だが、このままカステポーへ流れたら、原作通りに悪党騎士一直線だ。
それも悪くはない。
悪くはないが。
あの黄金の化け物に頭を潰されてまで生き残ったのに、同じ道をなぞるだけではつまらない。
「行くか」
俺は言った。
「ただし、しばらくな」
デコースが眉を上げる。
「しばらく?」
「ああ。金を洗って、身体を治して、情報を集める」
「その後は?」
「強くなる」
デコースが笑った。
「いいじゃねえか」
「俺たちは、あの黄金の化け物に負けた」
「おう」
「だったら、次にやることは一つだ」
俺は、まだ煙の残る空を見上げた。
「負けたまま終わらねえ」
デコースは、少しだけ黙った。
それから、口の端を吊り上げた。
「お前、やっぱり頭打ってるな」
「打ったな。物理的に」
「ははっ」
デコースは笑いながら歩き出した。
「いいぜ。カステポーだ。隠し口座とやらで酒も買え」
「怪我人だぞ」
「酒は消毒だ」
「外側だけにしろ」
「うるせえ」
俺たちは、焼けた荒野を歩き出した。
遠くで、警備艇の音が近づいている。
大統領府の捜査か。
救助か。
残骸回収か。
どれでもいい。
もうここに用はない。
ユーバーは死んだ。
ヘルマイネは消し飛んだ。
エアドーリーも燃えた。
バルンシャは潰れた。
エトラムルも戻らない。
黄金の電気騎士には負けた。
ソープは、ただの変な騎士ではなかった。
ラキシスも、ただのファティマではなかった。
そして俺は、生きている。
トローラ・ロージンは、死ぬはずの場面で死ななかった。
なら、ここから先は俺の番だ。
デコースが先を歩きながら言う。
「トローラ」
「なんだ」
「次にあの黄金の化け物に会ったらどうする」
俺は即答した。
「逃げる」
デコースが吹き出した。
「お前、本当に変わったな!」
「馬鹿野郎。今の俺たちじゃ勝てねえ。逃げて、生きて、強くなってから考える」
「俺は一撃入れる」
「なら俺はその間に逃げ道を作る」
「相棒っぽいじゃねえか」
「相棒なら、次は俺を死んだ扱いして突っ込むな」
デコースは少しだけ目を逸らした。
「……うるせえ」
俺は笑った。
痛かった。
でも、笑えた。
砕けた空の下、俺たちは逃げる。
敗北から。
捜査から。
死ぬはずだった物語から。
そして、いつかもう一度立つために。