/*/ カステポー ナイトギルド管轄ガレージ 預かり屋 /*/
トローラは走った。
ワックストラックスの地下階段を駆け上がり、ユモ通りの雑踏を突っ切り、雑踏と騎士崩れの肩を避け、怒鳴り声を背中に浴びながら、ナイトギルドのガレージへ飛び込んだ。
「親父!」
預かり屋の親父が、帳簿から顔を上げた。
「おわっ!? トローラの兄さん、どうした!」
「MH出す!」
「はあ!?」
「今すぐだ!」
親父の顔が引きつる。
「兄さん、さっき預けたばっかりでしょうが! こっちは預かり札切って、保管位置も――」
「首狩り族が出そうな雰囲気だ! 郊外を回ってくる!」
その一言で、親父の表情が変わった。
カステポーの預かり屋は、余計なことを聞かない。
だが、聞き流してはいけない言葉も知っている。
「……首狩り、ですかい」
「ああ。ワックストラックスで臭いを拾った。まだ起きてねぇ。だから急ぐ」
「まだ起きてねぇのに出るんですかい」
「起きてからじゃ遅ぇんだよ!」
トローラは保管区画へ走る。
奥に、ドーリーが眠っていた。
中身は荷物。
そういう建前の、非常に面倒な荷物。
黒鉄色のMH、登録名ワイマールSR2。
コーラス王家の楔文字を封印板の下に隠した、王騎の影。
トローラはドーリー側面のアクセスハッチを叩いた。
「シューシャ!」
内部回線が開く。
「はい、マスター」
「急げ。十五分で起動だ。直ぐに出る」
「了解しました。ワイマールSR2、起動準備に入ります」
「センサーは?」
「外部接続待機中。ドーリー内補助電源より予熱開始。冷却系、関節駆動系、戦闘制御系、順次立ち上げます」
「よし。戦闘装備は最低限でいい。郊外索敵だ。長引かせるつもりはねぇ」
「マスターは、長引かせるつもりがなくても長引く傾向があります」
「ファティマに行動予測で殴られるようになった」
「事実です」
「強くなったな、お前」
「マスターのファティマですので」
トローラは舌打ちしながらも、笑っていた。
親父が横から覗き込む。
「兄さん、ほんとに出すんですかい」
「出す」
「手続きは」
「後で書く」
「後でって、ギルドの規約が――」
「首狩りに騎士とファティマが食われるよりマシだろ!」
親父は口を閉じた。
カステポーでは、規約は大事だ。
だが、騎士の死体が増えすぎると商売にならない。
「……分かりやした。ドーリー搬出路、開けます」
「助かる」
「ただし、保管料と緊急搬出料は別ですぜ」
「この非常時に商売するな!」
「非常時だから商売するんです」
「カステポーの信用、嫌いじゃねぇけど腹立つな!」
親父は手を振り、奥の作業員たちに怒鳴った。
「三番搬出路開けろ! 荷物を出すぞ! 中身は見るな! 聞くな! 触るな!」
ガレージ内に警告灯が回り始める。
ドーリーの固定ロックが外れる音。
低い駆動音。
内部でMHの起動音が、細く、しかし確かに高まっていく。
十五分。
長い。
短い。
命を拾いに行くには、あまりにも長い。
MHを安全に起こすには、あまりにも短い。
トローラはドーリーの横で、拳を握った。
「間に合えよ……」
中からシューシャの声。
「マスター。起動率四十二%。主動力、安定域へ移行中」
「急げ」
「急いでいます」
「分かってる」
「焦っていますか」
「焦ってる」
「珍しく素直です」
「うるせぇ。こういう時に素直じゃねぇと、間に合わないんだよ」
シューシャは一瞬黙った。
それから、静かに言った。
「はい。戻れ、と呼ぶためですね」
トローラは目を伏せた。
「……ああ」
十五分後。
ドーリーの腹が開いた。
黒鉄色のMHが、半起動状態で膝をついている。
白ではない。
王家の楔文字も見えない。
だが、知る者が見れば、その骨格、その立ち方、その気配で分かる。
親父が、思わず口を開いた。
「これ、ベルリ――」
「ワイマールSR2ですぅ!」
トローラが即座にかぶせた。
親父は目を泳がせた。
「へ、へい。ワイマールSR2。荷物です。大事な荷物です」
「そういうことだ」
トローラは昇降機へ飛び乗った。
コクピットへ滑り込む。
シューシャがすでに接続席へ入り、制御を合わせていた。
「シューシャ!」
「はい、マスター」
「センサー全開。首狩りが動くなら、郊外でジャミングを張ってるはずだ。見える場所じゃなく、見えなくなってる場所を探せ」
「了解しました。通常索敵ではなく、欠損検出を優先します」
「そうだ。結界を張れば綺麗に消える。綺麗に消えすぎる場所が穴だ」
「通信ノイズ、熱源欠落、地形反射の不自然な切断、魔導干渉の歪みを照合します」
「頼む」
「イエス! マスター!」
ワイマールSR2の目が灯る。
黒鉄色の装甲が、ガレージの薄暗い照明を吸い込む。
ドーリーが搬出軌道へ動き出した。
親父が下から怒鳴る。
「兄さん!」
「あ?」
「生きて戻ってくださいよ! 荷物壊されたら、あたしの信用にも関わる!」
「心配の仕方が商売人だな!」
「ここはカステポーですから!」
トローラは笑った。
「上等だ!」
ガレージの巨大な扉が開く。
カステポーの空が開ける。
ヴァキ市郊外。
ドラゴンロードの向こう。
人の目が薄れ、騎士同士の勝負が事故として処理されやすい場所。
首狩りが出るなら、そこだ。
シューシャの声が鋭くなる。
「マスター。南西郊外、旧採石路付近に通信の欠損帯。自然地形では説明困難。微弱なジャミング干渉があります」
「いたな」
「まだ確定ではありません」
「十分だ」
トローラは操縦桿を握る。
黒鉄色のMHが、ドーリーの中で立ち上がった。
「行くぞ、シューシャ」
「はい」
「まだ誰も死んでねぇなら、間に合う」
ドーリーの射出ランプが開く。
風が入る。
カステポーの乾いた空気が、コクピットの奥まで届いた気がした。
トローラは牙を剥いて笑う。
「悪党が、首狩り狩りに行くぜ」
ワイマールSR2が、黒い影となって郊外へ飛び出した。