/*/ カステポー ナイトギルド管轄ガレージ 深夜 /*/
プルートは、どうにか帰ってきた。
自力ではない。
ドーリーの牽引アームに支えられ、肩部を潰され、胸部装甲を裂かれ、片膝をつくような姿勢で、レスターのドーリーへ押し込まれた。
預かり屋のガレージは、夜だというのに慌ただしかった。
搬入灯が回る。
整備用の低い警告音が鳴る。
作業員が叫ぶ。
「プルート、胸部損傷大!」
「肩部ロック、外せません!」
「ミハイル卿は先に病院へ!」
「パルスェットさん、こっちです! 傷を見せてください!」
ミハイル・レスターは、すでに病院へ送られていた。
歴戦の騎士らしく、最後まで意識を保とうとしていたが、搬送担架に移された直後、糸が切れたように眠りへ落ちた。
重傷。
命は繋がっている。
だが、すぐに戦場へ戻れる身体ではなかった。
パルスェットは軽傷だった。
軽傷とはいえ、ファティマ基準の話である。
腕に裂傷。
肩に衝撃痕。
接続系に負荷。
そして、マスターを失いかけた緊張で、顔色は悪かった。
それでも彼女は、レスターの病院搬送が終わるまで、ずっと立っていた。
トローラはその姿を見て、短く言った。
「座れ」
パルスェットは顔を上げる。
「ですが、マスターが」
「病院へ送った。今、お前が追いかけても治療の邪魔だ。座れ。傷を見せろ」
パルスェットは、一瞬だけ迷った。
シューシャが横に来る。
「パルスェット様。こちらへ」
「……はい」
そこでようやく、パルスェットは椅子に腰を下ろした。
シューシャが手当てに入る。
トローラはそれを見届けてから、預かり屋の親父へ振り返った。
「親父さん。レスターのドーリー、しばらくここで預かれるか」
「預かりますよ。ここはそういう商売ですからね」
「プルートは動かすな。胸部と肩部を無理に開けるなよ。整備屋が来るまで固定しとけ」
「分かってますって」
「パルスェットも、ひとまずこのドーリー側で預かる。病院へ詰めるかどうかは、医者の判断を聞いてからだ」
親父は帳簿を取り出しながら、ちらりとパルスェットを見た。
「ファティマさんごと、ですかい」
「そうだ。一般宿に出すな。表に出せば悪目立ちする」
「へい。騎士用の裏部屋を手配しやす」
その横で、黒鉄色のワイマールSR2も自分のドーリーへ格納されていく。
こちらは無事ではある。
だが、出撃、索敵、フラッシュニードル、救助作業で、負荷はかかっていた。
シューシャがパルスェットの手当てをしながら、端末を確認する。
「マスター。ワイマールSR2、帰投後の簡易診断完了。右腕部に過負荷。突きの際の制御系に熱偏差。外装損傷は軽微です」
「上出来だ」
「ただし、次に同じ出力でフラッシュニードルを撃つ場合、調整が必要です」
「分かった。次も撃つかもしれねぇから、あとで詰める」
「はい、マスター」
パルスェットが、そこで小さく顔を上げた。
「……あの機体は」
「うちの預かりものだ」
トローラは即答した。
「詳しく聞くな。俺も説明が面倒だ」
「はい」
パルスェットはそれ以上、踏み込まなかった。
この街に来るファティマは、知らない方がよいことがあると理解している。
トローラは少しだけ息を吐き、今度は戦闘記録を確認した。
ジャミング結界。
所属不明の副腕機。
ベルリン系と見抜く敵側ファティマ。
撤退の速さ。
スモークの質。
首狩りにしては、準備が良すぎる。
「パルスェット」
「はい」
「敵の情報、出せる範囲でいい。あの機体、何だった」
パルスェットはわずかに目を伏せた。
「確定情報ではありません。ですが、メヨーヨ朝廷系のテスト機であると名乗っていました」
トローラの目が細くなる。
「メヨーヨ」
「はい。正規配備機ではなく、試験機。副腕の展開、拘束戦闘、実戦データ採取を兼ねていたものと思われます」
「首狩りを、テストに使ってやがるのか」
声が低くなった。
パルスェットは静かに続ける。
「断定はできません。ただ、戦闘中の動きは、純粋な決闘より、データ取得を優先しているように見えました」
「なるほどな」
トローラは鼻で笑った。
「メヨーヨ朝廷のテスト機だったのか」
預かり屋の親父が、帳簿を抱えたまま顔を上げた。
「兄さん、うちにはそれらしい預かり物はないですぜ」
「だろうな」
「このガレージに入ってりゃ、さすがに分かります。いや、中身は見ませんよ? 見ませんけど、出入りの規模くらいは分かる」
「分かってる」
トローラはガレージの外へ目を向けた。
カステポーの夜。
自由都市の光。
その外側には、広大な自然がある。
ドラゴンロードの影。
人の支配が薄れる荒野。
そして、空。
「町の外に母艦を隠して、そこからデータ取ってるんだろ」
親父の顔が引きつる。
「母艦、ですかい」
「ああ。ジャミング結界を張って、郊外で騎士を釣る。テスト機を出して、勝負に見せかけて実戦データを取る。やばくなったらスモークで逃げて、母艦へ戻る」
「このカステポーで?」
「このカステポーだから、だ」
トローラは苦い顔で言った。
「国の目が薄い。騎士同士の揉め事で片づけやすい。ガレージに預けた記録も残らねぇ。隠れて試験するには都合がいい」
親父は声を落とした。
「ドラゴンに撃ち落とされるかもしれないってのに」
「な」
トローラは天井を見上げた。
「よくやる」
それは感心ではない。
呆れだった。
恐ろしいほどの傲慢への、悪党騎士なりの呆れ。
「カステポーの空に母艦隠すとか、正気じゃねぇ。ドラゴンの機嫌ひとつで鉄屑だぞ」
シューシャが静かに言った。
「ですが、彼らはそのリスクを取っている」
「ああ」
「それだけ、データが欲しいのでしょう」
「首狩りの名目で騎士を狩って、ファティマごとデータ取りか」
トローラは、拳を握った。
「胸糞悪いな」
パルスェットが小さく言う。
「マスターは、私を庇って……」
「レスターは死んでねぇ」
トローラは即座に遮った。
「まだ終わってねぇ。勝手に過去形にするな」
パルスェットは目を見開いた。
シューシャが、静かに頷く。
「マスターの言う通りです。レスター様は生存しています」
「病院で寝てる。プルートも戻した。お前もここにいる。なら、まだ勝ち筋はある」
トローラは親父に向き直った。
「親父さん。今夜のことは?」
「何も見てません」
「プルートは?」
「荷物です」
「うちのワイマールは?」
「荷物です」
「パルスェットは?」
「騎士用裏部屋で休むお客様です」
「よし」
親父は帳簿を閉じた。
「ただし、兄さん」
「あ?」
「首狩りがメヨーヨ絡みなら、ガレージひとつでどうにかなる話じゃありませんぜ」
「分かってる」
「ジョルジュのところへ?」
「行く」
トローラは即答した。
「ワックストラックスに話を戻す。あそこなら、必要なところへ流れる」
「イオタ宇宙騎士団の耳にも?」
「流れるだろうな」
「兄さん、ずいぶん大事に突っ込みましたね」
「突っ込んだんじゃねぇ。向こうが首狩りしてたんだ」
トローラは少しだけ笑った。
悪い笑いだった。
「俺は悪党で負け犬の騎士だ。負け犬は噛まれる前に噛む」
シューシャが、手当てを終えたパルスェットの包帯を留めながら言う。
「マスター。噛む前に、まず情報共有と休息を」
「分かってる」
「分かっていない顔です」
「お前、顔で読むの上手くなったな」
「マスターのファティマですので」
トローラは苦笑した。
それから、パルスェットを見る。
「お前は寝ろ。レスターの病院には、朝一で連れていく。今夜動いたら倒れる」
「ですが」
「レスターが起きた時、お前が倒れてたら面倒だろ」
パルスェットは黙った。
その理屈は通ったらしい。
「……分かりました」
「いい子だ」
パルスェットは少しだけ驚いた顔をした。
シューシャも、ほんのわずかに笑った。
トローラは照れ隠しに背を向ける。
「親父さん、裏部屋頼む」
「へい」
「シューシャ、ワイマールのログを抜け。敵機の副腕展開、ジャミング波形、スモーク粒子の癖、全部だ」
「了解しました」
「ジョルジュに渡す」
「はい、マスター」
ガレージの奥で、二つのドーリーが静かに並ぶ。
一つには、大破したプルート。
一つには、黒鉄色のワイマールSR2。
そのどちらも、今はただの荷物ということになっている。
誰も中身を見ない。
誰も詮索しない。
だが、この夜の情報は、必ず流れる。
ワックストラックスへ。
ジョルジュへ。
イオタ宇宙騎士団へ。
そして、首狩りを続ける者たちの足元へ。
トローラはガレージの出口で、カステポーの夜空を見上げた。
「母艦ねぇ……」
どこかに隠れている。
ドラゴンの空の下で。
騎士を狩り、データを取り、逃げる連中が。
「よくやるよ、本当に」
その声は低かった。
悪党騎士を名乗るゴロツキの声ではない。
一度負けて、それでも立ち上がり、死にそうな者を戻すと決めてしまった騎士の声だった。