/*/ カステポー ヴァキ市 騎士対応病院 特別病室 /*/
ミハイル・レスターは、生きていた。
肋骨を五、六本。
内臓破裂。
胸部への衝撃。
出血。
普通なら死んでいる。
だが、ここはジョーカー星団だった。
騎士とファティマとMHが戦場を作る世界であり、同時に、それらが壊れた時に戻すための医療もまた、恐ろしく発達している世界だった。
レスターは、全身を医療固定具で支えられ、透明な補助呼吸器を口元に当てられながら、それでも目を開けていた。
顔色は悪い。
だが、死相ではない。
トローラ・ロージンは病室の椅子に座り、腕を組んでいた。
隣にはシューシャ。
少し離れて、パルスェットが立っている。
彼女はレスターのベッドの横から離れない。
レスターは、薄く笑った。
「……生きてるな」
トローラが鼻を鳴らす。
「生きてるよ。肋骨五、六本持っていかれて、内臓も破れてたがな」
「それを聞くと、あまり生きてる気がしない」
「医者が言うには、元通りになる。時間はかかるが、騎士としての基礎機能は戻るとよ」
「そうか」
レスターは、天井を見た。
その顔には、安堵よりも、疲れがあった。
「青銅騎士団を追い出されてな」
ぽつりと言った。
「ウースーに再就職していたが、そこも失業した」
パルスェットがわずかに顔を伏せる。
レスターは続けた。
「潮時かもな」
トローラは黙って聞いた。
「ドーリーと、プルートを売る。中破したとはいえ、MHだ。修理前提でも買い手はつくだろう。田舎で再スタートする軍資金にはなる」
「何をやる気だ」
「さてな。小さな店でも開くか。食堂か、酒場か。パルセットには迷惑をかけるが」
パルスェットが口を開きかける。
だが、それより先にトローラが言った。
「飲食はやめとけ」
レスターが目だけを動かす。
「なぜだ」
「田舎でのんびり食堂? 酒場? 客もろくに来ねぇ。最初の半年は物珍しさで来る。次の一年で常連が減る。数年後には、仕入れと修繕費で詰む未来しか見えねぇ」
「随分とはっきり言う」
「悪党騎士だからな。夢のない話は得意だ」
レスターはかすかに笑った。
笑って、痛みに顔をしかめる。
「笑わせるな。肋骨に響く」
「なら真面目に聞け」
トローラは椅子の背にもたれた。
「お前、騎士としてはもう終わりだと思ってるだろ」
「……完全にではないが、前線は厳しいだろう」
「なら、前線じゃない騎士の仕事をしろ」
「傭兵の斡旋か」
「違う」
トローラは指を一本立てた。
「若手騎士相手の軍事インストラクターだ」
レスターは眉を動かした。
「教官?」
「ああ。戦闘だけじゃない。MHの基礎運用、ファティマとの連携、戦場で死なない引き際、ガレージやギルドでの礼儀、依頼主との距離、騎士としての礼法まで教えるスクール」
パルスェットが顔を上げる。
シューシャも、少しだけトローラを見る。
レスターはしばらく黙った。
「俺に、教師をやれと?」
「教師って言うと綺麗すぎる。若い馬鹿が死ぬ前に、最低限の癖を叩き込む仕事だ」
「口が悪いな」
「俺が言うんだ。そういうもんだろ」
トローラは続けた。
「カステポーには若い騎士が流れてくる。腕試し、名声、金、ファティマ、MH。理由は色々だ。だが、礼儀も知らねぇ、退き方も知らねぇ、預かり屋の使い方も知らねぇ奴が多い」
「……確かにな」
「そういう連中に、騎士として最低限の生き方を教える。戦闘訓練だけじゃない。ファティマを道具として雑に扱えばどうなるか。MHを預ける時の信用。酒場で余計な相手に喧嘩を売らないこと。決闘と殺しの違い。そういうのだ」
レスターの目が、少しだけ変わった。
死にかけた騎士の目ではなく、何かを考え始めた中年騎士の目になった。
「金になるのか」
「なる」
トローラは即答した。
「若手騎士の親、後援者、ギルド、雇用主。金を出す奴はいくらでもいる。死なれるより安いからな。しかもお前は実戦経験がある。青銅騎士団にいた経歴もある。ウースーでの実務もある。負けた経験もある。これが強い」
「負けた経験が?」
「若い騎士に、勝ち方だけ教える奴は多い。負け方と死なない退き方を教えられる奴は少ねぇ」
病室が静かになった。
レスターは、ゆっくり息を吐いた。
「俺のプルートは」
「売るな」
「なぜ」
「看板になる」
トローラは即答した。
「中破したプルートを修理する。完全に戦場へ戻さなくてもいい。訓練用、展示用、実習用でいい。“これが首狩りに捕まった時の損傷だ。こうなる前に退け”って教材にする」
レスターは目を閉じた。
「ひどい教材だ」
「最高の教材だろ。生きてる騎士が、自分の壊れたMHを前にして教えるんだ。説得力がある」
パルスェットが小さく言った。
「マスターは……まだ、騎士を教えられます」
レスターは彼女を見た。
「パルセット」
「私は、そう思います」
レスターはしばらく何も言わなかった。
やがて、苦笑する。
「田舎の食堂より、よほど忙しそうだ」
「忙しい方が潰れにくい」
トローラが言った。
「暇な商売は、心が先に腐る」
「経験談か?」
「悪党の一般論だ」
「便利な言葉だな、悪党騎士」
「だろ」
レスターは、もう一度天井を見た。
先ほどまでの「潮時」という声とは違っていた。
まだ弱い。
まだ痛い。
だが、その中に、次の計算が混じり始めている。
「……騎士の礼法まで教えるスクール、か」
「戦場での礼儀、ファティマへの接し方、ナイトギルドとの付き合い方、ガレージ預けの信用、依頼書の読み方、逃げる時の逃げ方。全部だ」
「地味だな」
「地味な方が食える」
「君らしくない助言だ」
「俺はゴロツキだぞ。食えない仕事の臭いには敏感なんだよ」
レスターは、今度は笑わなかった。
痛むからではない。
少し、本気で受け取ったからだった。
「考えてみよう」
「考えるだけじゃなく、体が治ったらジョルジュに相談しろ。ナイトギルド絡みで若手向け講習にすれば、最初の客は取れる」
「そこまで考えていたのか」
「今考えた」
「今か」
「だが、筋は悪くねぇ」
シューシャが静かに言う。
「マスターの提案としては、かなり現実的です」
「“としては”って何だ」
「評価です」
「刺すな」
パルスェットが、少しだけ笑った。
ほんの少しだった。
だが、病室の空気はそれだけで変わった。
レスターはその笑みを見て、目を細める。
「……そうだな。田舎で潰れるよりは、若い騎士に説教する方が向いているかもしれん」
「説教じゃなくて講習にしろ。金が取れなくなる」
「金の話が多いな」
「生きるには金がいる」
トローラは立ち上がった。
「寝ろ。治るまでに考えとけ。死んでねぇなら、次の仕事くらい選べる」
レスターは目を閉じる。
「トローラ」
「あ?」
「助かった」
「まだ助かったことにするな。治って、働いて、パルスェットに心配かけなくなってから言え」
「厳しいな」
「悪党で負け犬の騎士だからな」
レスターは薄く笑い、そのまま眠りに落ちていった。
パルスェットはベッド脇に立ち、しばらくその寝顔を見ていた。
トローラは病室の扉へ向かう。
去り際に、低く言った。
「パルセット」
「はい」
「お前のマスターは、まだ終わってねぇぞ」
パルスェットは、深く頭を下げた。
「はい」
その声には、ようやく少しだけ力が戻っていた。