/*/ ヴァキ市 ユモ通り BAR「ワックストラックス」 /*/
「え? 今日はミロードがガルを出すのか」
トローラ・ロージンは、グラスを持ったまま固まった。
カウンターの向こうで、ジョルジュ・スパンタウゼンがグラスを拭いている。
「ああ。オーバーホール明けだ。調子を見たいらしい」
「オーバーホール明けだろ」
「だから調子を見るんだろう」
「言い方ァ」
トローラは顔をしかめた。
シューシャが隣で静かに水を飲んでいる。
ワックストラックスは、騎士とファティマが一般人の目を気にせずに座れる地下酒場だ。
だからシューシャも、表通りよりずっと自然にそこにいた。
だが、トローラの頭の中は一気に忙しくなっていた。
(ミロードが出るってことは……)
記憶の断片が、嫌な形で噛み合う。
オーバーホール明けのガル。
首狩り。
壊し屋。
殺し屋。
アイシャ。
ミューズ。
そして、サンダードラゴン。
(そのまま連戦になって、最後はサンダードラゴンが出てきて、母艦が撃ち落とされる流れだったよな)
つまり、放っておけば大きな流れは進む。
だが、その途中でミロードは危ない。
助けたい。
だが、助け方を間違えれば別のものを壊す。
(エマージェンシーが出てからじゃ遅い)
トローラはグラスを置いた。
(けど、俺がワイマールSR2で真正面から出たら、壊し屋はこっちに来る)
それはそれで、倒せる可能性がある。
少なくとも、割り込める。
だが。
(俺が倒したら、ミューズの出番を折る)
ミューズ・レイバック。
あの若い騎士が、自分の法や戒律や立場の外へ一歩踏み出すための戦い。
その一手が、彼を変える。
トローラが横から壊し屋を叩き潰せば、ミロードは助かるかもしれない。
だが、別の騎士の成長を潰す。
それはそれで、後が歪む。
「……くそ、面倒くせぇな」
助けたい。
だが、全部を助けようとすると流れが壊れる。
何もしないと誰かが死ぬ。
先を知っているというのは、便利なようで最悪だった。
ジョルジュが、トローラを見た。
「顔が悪いぞ」
「元から悪い」
「そういう意味ではない」
シューシャもこちらを見る。
「マスター。何か、予測されましたか」
「嫌な流れを思い出した」
「首狩りですか」
「それもある」
トローラは指でカウンターを叩いた。
一回。
二回。
三回。
「ジョルジュ。ミロードが出る場所は」
「郊外だ。ガルの足慣らしにはちょうどいい場所がある」
「護衛は」
「薄いだろうな。あくまで調整だ」
「馬鹿か」
「本人に言え」
「言ったら聞くか?」
「聞かないだろうな」
「だよな」
トローラは舌打ちした。
正面から止めても無理。
なら、救助線を張るしかない。
ただし、ワイマールSR2を前面には出さない。
壊し屋の標的を奪いすぎない。
ミロードを死なせない。
若い騎士が踏み出す場所も、できるだけ残す。
「……シューシャ」
「はい、マスター」
「ワイマールは出す。だが、戦闘には入らねぇ」
「救助待機ですか」
「そうだ。ドーリーで外縁に回る。センサーは欠損検出に振れ。壊し屋が出るなら、また結界かジャミングを張る。見える場所じゃなく、見えなくなってる場所を探せ」
「前回ログと照合します」
「それと」
トローラは少しだけ考えてから、低く言った。
「突入用のプラスチック爆弾を用意だ」
シューシャの手が止まった。
「……マスター?」
ジョルジュも、グラスを拭く手を止めた。
「何をする気だ」
「救助だよ」
「救助に爆弾を使うのか」
「閉じ込められたコクピット、潰れた装甲、結界の内側、岩場の障害物。綺麗な工具で開けてる暇があるとは限らねぇ」
トローラはカウンターに肘をついた。
「ミロードが壊し屋に食われかけてから、救助道具が足りませんでしたじゃ笑えねぇ。ぶち破って引っこ抜く準備をする」
シューシャが静かに問う。
「戦闘介入ではなく、強行救助用ですね」
「そうだ。壊し屋本体を倒すためじゃない。死にそうな奴を、まだ死んでないうちに引きずり出すためだ」
ジョルジュはしばらくトローラを見ていた。
「お前らしいと言えば、お前らしいな」
「褒めるな。俺は悪党で負け犬だぞ」
「悪党は救助に爆薬を持っていかない」
「ゴロツキは持っていく」
「余計悪い」
シューシャが端末を開く。
「最低限の突入用装備を手配します。ただし、使用はマスターの判断だけではなく、私の構造確認後にしてください」
「分かった」
「本当にですか」
「本当だ。変なところを吹っ飛ばして、中の騎士を殺したら意味がねぇ」
「良好です」
「判定するな」
ジョルジュが低く言った。
「トローラ。お前が出れば、壊し屋はお前に食いつくかもしれない」
「ああ」
「その時はどうする」
「逃げる」
即答だった。
ジョルジュが眉を動かす。
「珍しいな」
「今回、主役は俺じゃねぇ」
トローラは苦い顔で言った。
「俺が真正面から噛みついたら、流れが変わりすぎる。今回は壊し屋を倒しに行くんじゃない。ミロードとファティマの命だけ拾う。必要なら煙に紛れてコクピットを抜く。ガルごと持って帰れりゃ上等。無理なら騎士とファティマだけだ」
シューシャが頷く。
「ワイマールSR2は半起動で待機。ドーリーは岩陰。救出優先。射出準備は保留」
「そうだ」
「戦闘は避ける」
「避ける」
「避けられない場合は」
「逃げながら噛む」
「やはり噛むのですね」
「負け犬だからな」
ジョルジュは小さく息を吐いた。
カウンターの下から古い地図を出す。
「ミロードが出るなら、おそらくこの辺りだ」
地図に指が置かれた。
「テストには広い。人目は薄い。首狩りが来ても、騎士同士の揉めごとで片づけやすい」
「最悪の適地だな」
「カステポーではよくある」
「よくあるで済ませるな」
「済ませないために、お前が動くんだろう」
トローラは黙った。
それから、地図を見て頷いた。
「北側に谷があるな」
「ああ。ドーリーを隠すならそこだ。上からは見えにくい。逃げ道は狭いが、一応抜けられる」
「十分だ」
シューシャが地図を読み込む。
「退避路、確認しました。突入後の回収方向は二つ。どちらも地形が荒れています」
「荒れてる方が追われにくい」
「ドーリーには負荷がかかります」
「壊れなきゃいい」
「マスターの基準は粗いです」
「悪党だからな」
ジョルジュは地図を畳んだ。
「救助に徹しろ」
「分かってる」
「本当にか」
「皆して疑うな」
「信用しているから疑っている」
「面倒な信用だな」
トローラは立ち上がった。
シューシャも続く。
「マスター。酒はここまでです」
「分かってる。爆薬持って救助に行く前に酔っ払うほど馬鹿じゃねぇ」
「良好です」
「だから判定するな」
トローラは店の扉へ向かった。
途中で、ふと振り返る。
「ジョルジュ」
「何だ」
「ミューズが来ても、余計なことは言うな」
「どの程度が余計だ」
「今日、あいつが自分で選ぶ分には、何も足すな」
ジョルジュは静かに頷いた。
「分かった」
「俺は命だけ拾う」
トローラは扉を開けた。
階段の上から、カステポーの風が流れ込む。
「筋書きは、なるべく壊さねぇ」
悪党で負け犬の騎士は、そう言って笑った。
「ただし、死ななくていい奴は死なせねぇ」