/*/ カステポー郊外 白いドーリー発信地点周辺 /*/
現場は、もう戦場だった。
夜の荒野に、MHの駆動音が轟いている。
副腕を展開した異形のMH。
それと斬り結ぶ、荘厳な騎体。
バングドール。
クバルカン法国の秘宝級MHが、壊し屋と正面から戦っていた。
トローラ・ロージンは、ドーリーの操縦席で目を見開いた。
「うぉぉ……貴重な戦闘場面」
「マスター?」
「シューシャ! お前はこの戦闘をよく見てログしとけ! 機体挙動、出力の立ち上がり、ファティマ制御、全部だ!」
「了解しました。ですがマスターは」
「俺は別件!」
トローラは、突入用のプラスチック爆弾を掴んだ。
「ワイマールは出すな! ドーリー待機! こっちは生身で行く!」
「生身で?」
「ファティマ・ルームを開ける!」
返答を待たずに、トローラはドーリーから飛び出した。
足元の荒野を蹴る。
前方には、倒れたクロス・ミラージュ。
胸部排気バイパスがリバースし、機体は崩れるように伏せている。
その頭部ファティマ・ルームのハッチ付近で、白い騎士服の女が必死に作業していた。
アイシャ・コーダンテ。
白い女騎士は、開かないハッチに工具を叩きつけるようにしていた。
「開け……! 開きなさいよ!」
爆破ボルト不良。
ハッチは歪み、ロックは死んでいる。
中にはファティマがいる。
時間がない。
トローラは怒鳴った。
「どけ! 爆破する!」
アイシャが振り返る。
「お前は!?」
「アドラーぶり! 詳しい話はあとだ!」
「何を――」
「中身ごと吹っ飛ばす趣味はねぇ! フチだけ飛ばす!」
トローラは、ハッチの縁へ素早く爆薬を貼り付けた。
量は最小限。
方向を絞る。
割るのはハッチ。
殺すのではなく、開けるため。
「離れろ!」
アイシャが一瞬だけ迷い、すぐに身を引いた。
トローラは起爆した。
短い爆発。
火花。
ハッチ縁が弾け、歪んでいたロックが吹き飛ぶ。
アイシャが即座に飛び込んだ。
「アレクトー!」
頭部ファティマ・ルームの中から、細い身体が引き出される。
アイシャの声が震えた。
「……良かった……息は……ある……」
トローラは膝に手をつき、荒く息を吐いた。
「よし。勝ちだ。死んでねぇなら勝ち」
その時。
影が落ちた。
荒野全体が、急に静かになった。
MH同士の轟音すら、遠くへ押しやられる。
トローラは、背筋を凍らせながら顔を上げた。
サンダードラゴン。
巨大な存在が、そこにいた。
アイシャが固まる。
トローラも固まる。
戦場の空気が、人間のものではなくなる。
声が、響いた。
耳ではなく、骨と血と空気そのものに響く声。
“ミラージュの騎士よ”
トローラは反射的に叫んだ。
「俺は違う!」
“聞くがよい”
「俺の話も聞いて!」
まったく聞いていない。
サンダードラゴンは、淡々と宣告を続けた。
この地カステポーは、太古よりドラゴンたちに連なる聖域であること。
人間たちが巨人を駆り、ファティマを伴い、多少戯れる程度なら見逃すこと。
だが、国家の策謀、軍の都合、支配の意志をこの地へ持ち込むことは許さないこと。
過去も未来も、カステポーは人間の国家が管理する土地ではないこと。
自然と、ドラゴンと、この地に生きるものたちの領域であり続けること。
その意志は、言葉というより、世界の規則のように降ってきた。
トローラは、必死に口を挟もうとした。
「いや、だから俺はミラージュじゃなくて、通りすがりの悪党で――」
サンダードラゴンの視線が、わずかにこちらへ向いた。
トローラの口が止まった。
「……はい」
アイシャは、アレクトーを抱えたまま動けない。
トローラも動けない。
サンダードラゴンは、言うべきことを言い終えると、ゆっくり翼を広げた。
空気が震える。
荒野が鳴る。
そして、巨大な影は空へ去っていった。
残されたのは、壊れたクロス・ミラージュ。
救い出されたアレクトー。
白い騎士服の女騎士。
爆薬の煙を浴びたトローラ。
そして、遠くでまだ続くMH戦の残響。
しばらく、誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのは、トローラだった。
「……俺にまで語りかけなくて良くね?」
アイシャが、ようやくトローラを見た。
「あんた、何者なの」
「トローラ・ロージン。悪党で負け犬の騎士だ」
「騎士?」
「今は救助屋みたいになってるけどな」
ドーリー側から、シューシャの通信が入る。
「マスター。バングドールと壊し屋の戦闘ログ、取得中です」
「よし。絶対落とすな。俺が生身でドラゴンに説教されてる間に、貴重なログを逃すなよ」
「はい、マスター」
アイシャが呆れたように言った。
「この状況で、まだ戦闘記録の心配をしているの?」
「するだろ。あんな戦闘、そう何度も見られるか」
トローラは爆薬袋を肩に担ぎ直した。
「それより、そのファティマを早く安全なところへ運べ。息があるなら、まだ勝ちだ」
アイシャはアレクトーを抱え直した。
さっきまでの怒気とは違う、切実な表情だった。
「……礼は言うわ」
「あとでいい。今は走れ」
トローラは空を見た。
サンダードラゴンの影はもうない。
だが、その宣告はまだ空に残っている。
カステポーは、人間の国のものではない。
そんなことは知っていたつもりだった。
だが、直接言われると胃に悪い。
「ほんと、よくやるよ」
トローラは低く呟いた。
「こんな空の下に母艦隠してデータ取りとか、正気じゃねぇ」
そして、走り出した。
悪党で負け犬の騎士は、今度は白い女騎士と救い出されたファティマを、戦場の外へ逃がすために。