/*/ カステポー郊外 戦闘終結後 /*/
壊し屋は、バングドールに敗れた。
そして、逃げようとした母艦もまた、空の上で終わった。
サンダードラゴンが逃走経路の先へ現れる。
空間を折り畳むようなテレポート。
次の瞬間、ライトニングブラストが夜空を裂いた。
母艦は一撃で砕けた。
爆炎が散り、破片が光の雨になって落ちる。
トローラは、しばらくそれを見上げていた。
「……だから言ったろ。カステポーの空に母艦なんか隠すなって」
シューシャが静かに答える。
「マスターは、言っていました」
「言っただけだけどな」
「はい。聞いてはいなかったと思われます」
「だろうな」
トローラは息を吐き、視線を戻した。
倒れたクロス・ミラージュ。
開かれた頭部ファティマ・ルーム。
救い出されたアレクトー。
そして、白い騎士服の女騎士。
アイシャ・コーダンテは、アレクトーを抱えたまま、その足を見て息を呑んだ。
「足を……!」
声が震えた。
怒りと、焦りと、恐怖が混ざっていた。
「なんて奴らなのよ……ファティマの足を斬るなんて!」
トローラは救急キットを開き、膝をつく。
「傷は深い。けど、動脈まではいってねぇ。病院までは持たせる」
「なら早くして。こっちは余裕ないんだから」
「分かってる。押さえるぞ」
「ええ。やって」
アイシャはアレクトーの額にかかった髪を払う。
その手つきは、荒い言葉とは違ってひどく丁寧だった。
「アレクトー。聞こえる? 大丈夫だから。落ちちゃ駄目よ」
返事はない。
だが、呼吸はある。
トローラは止血材を当てた。
「少し強く巻く。痛がっても動かすな」
「分かってるわよ。……アレクトー、我慢して」
シューシャが横から淡々と補助する。
「マスター、圧迫位置はもう少し上です」
「ここか」
「はい。出血は抑えられます。冷却パッドを額へ」
「熱もあるな」
「ショック反応と疲労です」
「了解」
トローラは冷却パッドを取り出し、アレクトーの額に貼った。
呼吸がわずかに落ち着く。
アイシャの肩から、ほんの少し力が抜けた。
「……息、少し落ち着いた?」
「ああ。まだ油断はできねぇけどな」
「それでも、今は十分よ」
アイシャはアレクトーの足を見て、悔しそうに歯を食いしばった。
「こんな傷……ギプスはめりゃもっと足細くなるし、次からはフォーガルの対ショックのタイツにしなきゃね。まったく、あの女ニンジャ……」
トローラは包帯を巻きながら、ついぼやいた。
「女ニンジャの嫉妬アタックで斬られたのか……女ニンジャの足だって良さがあると思うんだがな」
アイシャが、ぴたりと止まった。
それから、ゆっくりトローラを見る。
「……あんた、今それ言う?」
「緊張をほぐす軽口だ」
「ほぐれてないわよ。むしろ殴りたくなったわ」
「助けてる最中なんだが」
「だから殴らないでいてあげてるんでしょ」
シューシャが静かに言った。
「マスター。発言の選択が不適切です」
「二対一かよ」
「状況判断です」
アイシャは小さく息を吐いた。
「ほんと、妙な主従ね」
「よく言われる」
「言われるんだ」
トローラは包帯を固定し、副木代わりのプレートを当てる。
「揺らすな。ドーリーで運ぶ。病院まで一直線だ」
「分かった。……でも、あんた、さっきから妙に手慣れてるわね」
「最近、こういうのが多いんだよ」
「どういう生き方してるのよ」
「悪党で負け犬の騎士らしい生き方だ」
「救急キットと爆薬持って駆けつける悪党なんて、聞いたことないわ」
「なら今日覚えたな」
「腹立つ返しね」
アレクトーが、かすかに息を漏らした。
アイシャの顔がすぐ変わる。
「アレクトー」
その声だけは、怒鳴り声ではなかった。
切実で、柔らかかった。
トローラは立ち上がり、血のついた手袋を外した。
「呼び続けろ。眠らせてもいいが、落とすな」
「……分かった。助言として聞いておくわ」
「素直じゃねぇな」
「あんたに言われたくない」
「それもそうだ」
シューシャの通信が入る。
「マスター、ドーリーを寄せます」
「頼む。病院へ戻る」
「はい」
荒野に、ドーリーの駆動音が近づいてくる。
壊し屋は倒れた。
母艦は砕かれた。
ドラゴンは去った。
だが、トローラにとっての勝敗はもっと単純だった。
アレクトーが生きている。
アイシャが間に合った。
ミューズの戦いも折れていない。
なら、今日も勝ちだ。
「死んでねぇなら勝ち」
トローラは、小さく呟いた。
「今日は本当に、勝ちが多いな」
アイシャが、アレクトーを抱え直しながら言う。
「浮かれるのは病院に着いてからにしなさいよ」
「へいへい」
「返事は一回」
「怖ぇな、ミラージュ」
「次にそれ言ったら、本当に蹴るからね」
トローラは肩をすくめた。
悪党で負け犬の騎士は、白い女騎士の怒声を浴びながら、救い出したファティマを病院へ運ぶ準備を始めた。