/*/ 星団暦2988年 カステポー 悪党騎士たちのたまり場 /*/
カステポーの夜は、濁っていた。
酒の匂い。
油の匂い。
古い血の匂い。
安い香水と、湿った革と、焼けた配線の匂い。
騎士、傭兵、賞金稼ぎ、詐欺師、逃亡者、元騎士団員、現役のろくでなし。
そういう連中が、古い格納庫を改装した酒場に集まっている。
壁には、撃ち抜かれた装甲板。
天井には、誰かが持ち込んだMHの廃材。
カウンターの奥には、明らかに正規流通ではない部品箱。
ここでは、金と腕と運があれば大抵のことは何とかなる。
だが。
「ええい、ここじゃ強くなれない!」
トローラ・ロージンは、卓を叩いた。
卓の上の酒瓶が跳ねる。
向かいに座っていたデコース・ワイズメルは、肉を齧りながら片眉を上げた。
「何だよ、急に」
「急じゃねえ。三日考えた」
「三日で結論出すなよ」
「十分だろ」
「お前、頭打ったままだな」
「打ったけど治ってる」
「いや、治ってねえ顔してる」
デコースは笑いながら酒を飲んだ。
K.O.G.に叩き潰されてから、まだそれほど経っていない。
デコースもトローラも傷だらけだった。
だが、騎士の身体はしぶとい。
骨が軋んでも歩ける。
血を吐いても酒場に来る。
死ななければ、次の日には喧嘩くらいできる。
そういう身体だった。
トローラは周囲を見回した。
悪党騎士たちが騒いでいる。
腕自慢がいる。
馬鹿もいる。
強い奴もいる。
だが、足りない。
ここには負けても立ち上がる熱はある。
だが、星団の天井をぶち破るような何かはない。
あの黄金の電気騎士。
ソープ。
ラキシス。
アマテラス。
K.O.G.
あれを見た後では、ここで酒を飲んで喧嘩しているだけでは駄目だった。
「デコース」
「あん?」
「俺たちは強い」
「おう」
「お前は特に強い」
「知ってる」
「俺も強い」
「知ってる」
「でも足りない」
デコースは、肉を噛み切りながら笑った。
「ボクちんは十分強い。トローラも強ぇだろ」
「足りない!」
トローラはもう一度卓を叩いた。
今度は酒瓶が倒れた。
中身がこぼれる。
デコースはそれを見て、少しだけ眉をひそめた。
「酒がもったいねえ」
「酒より強さだ」
「お前、熱血騎士みてえなこと言い出したぞ。気持ち悪ぃ」
「うるせえ」
トローラは立ち上がった。
「と、言うわけで、俺はコーラスとハグーダの戦線に飛び込んでくる」
デコースの手が止まった。
肉を持ったまま、しばらくトローラを見る。
「話が飛ぶな?」
「飛んでねえ」
「いや、飛んだ。カステポーが駄目だからコーラス=ハグーダ戦線? まだ頭打ったままか?」
「治ってる」
「治ってねえ奴ほどそう言う」
トローラは椅子の背にかけていた上着を掴んだ。
「ここにいても喧嘩と酒と賭け事だけだ。鉄火場へ行く」
「ここも十分鉄火場だろ」
「違う。ここは溜まり場だ。戦場じゃねえ」
「で、コーラスか」
「ああ」
「何しに」
「鉄火場を潜って、ついでにMHもファティマも拾ってくる」
デコースは数秒黙った。
それから、盛大に笑った。
「ははははは! お前、やっぱ頭おかしいわ!」
「何でだよ」
「戦場に行って、ついでにMHとファティマを拾う? 落ちてる木の実じゃねえんだぞ」
「落ちてたら拾う」
「落ちてねえよ」
「落ちてなくても拾う」
「強盗じゃねえか」
「傭兵だ」
「同じだろ」
「違う」
デコースは笑いながら酒を飲み干した。
「で、本音は?」
トローラは一瞬だけ黙った。
本音。
言えるわけがない。
俺は転生者で、この星団の未来を少しだけ知っている。
コーラスとハグーダの戦で、死ぬファティマがいる。
ウリクル。
シューシャ。
そして、コーラス3世。
物語では死ぬ。
美しい悲劇として語られる。
だが、俺はその悲劇を知っている。
知っていて何もしないなら、転生者として生まれた意味がない。
どうせ一度、K.O.G.に潰されて死ぬはずだった命だ。
なら、ついでに誰かの死亡フラグくらいへし折ってやる。
それが転生者の正しい生き方だ。
……などとは、デコースには言えない。
言ったら絶対笑う。
いや、笑うだけならまだいい。
面白がってついてくるかもしれない。
それは困る。
かなり困る。
トローラは、わざと肩をすくめた。
「本音も何も、強くなるためだ」
「嘘くせえ」
「本当だ」
「じゃあ何でそんな顔してる」
「どんな顔だよ」
「何か、悪巧みしてる時の顔だ」
「いつもだろ」
「いつもより面倒くさそうな悪巧みだ」
トローラは目を逸らした。
デコースはにやにやしている。
こいつは変なところで鋭い。
嫌になる。
「まあいいや」
デコースは椅子に背を預けた。
「行ってこいよ」
「止めねえのか」
「止めてほしいのか?」
「別に」
「じゃあ止めねえ」
デコースは片手をひらひら振った。
「ボクちんはもう少しここで遊ぶ。カステポーはカステポーで面白え。強い奴も、馬鹿も、殺していい奴もいる」
「殺しすぎるなよ」
「お前、俺の母ちゃんか?」
「違う。相棒だ」
デコースの目が、一瞬だけ細くなった。
それから、笑った。
「相棒ねえ」
「ソープに一緒にワンパンされた仲だろ」
「その言い方やめろ」
「事実だ」
「事実で殴るな」
トローラは笑った。
「俺は行く。コーラスとハグーダの戦場で、もっと強くなる。MHも拾う。ファティマも助ける」
「今、助けるって言ったか?」
「拾うって言った」
「いや、助けるって言ったぞ」
「気のせいだ」
「気のせいにするな」
トローラは上着を羽織った。
「じゃあな」
「待て」
デコースが酒瓶を掲げる。
「土産は?」
「土産?」
「コーラス饅頭か、ハグーダおはぎで良いな」
「んなもんねぇよ」
「作らせろ」
「戦場で菓子を発注するな」
「王国なら饅頭くらいあるだろ」
「饅頭から離れろ」
デコースは笑った。
トローラも笑った。
笑いながら、胸の奥では火が燃えていた。
K.O.G.に負けた。
黄金の化け物に頭を潰された。
エトラムルは死んだ。
バルンシャも終わった。
だが、俺は生き残った。
それなら、次は立つ。
強くなる。
誰かを死なせない。
死ぬはずの物語を、横から殴って変える。
トローラは酒場の扉へ向かった。
背中から、デコースの声が飛ぶ。
「トローラ!」
「なんだ」
「死ぬなよ」
トローラは振り返らなかった。
ただ、片手を上げた。
「お前もな」
「ボクちんが死ぬかよ」
「黄金の化け物には勝てなかっただろ」
「次は斬る」
「だから今は逃げろ」
「うるせえ!」
トローラは笑いながら、夜のカステポーへ出た。
空は広い。
砕けた空ではない。
まだ飛べる空だ。
コーラスとハグーダの戦場が、遠くで待っている。
転生者としての知識。
トローラ・ロージンとしての腕。
デコース級の悪党騎士としての身体。
それらを持って、原作の悲劇へ殴り込む。
「待ってろよ、コーラス」
トローラは低く呟いた。
「死ぬはずの奴らを、まとめて引っ張り上げてやる」
そしてすぐに、自分で首を振った。
「……いや、これは言い方が悪いな」
少年漫画風に言うなら、こうだ。
「負けたまま終われるか。次は、俺が勝たせる番だ」
トローラ・ロージンは、カステポーの夜を歩き出した。
敗北からの再起は、まだ始まったばかりだった。