/*/ カステポー ヴァキ市 オープンテラスのカフェ /*/
壊し屋騒動から、一週間ほど経った。
カステポーは、相変わらずだった。
昨日、MHが壊れた道の隣で、今日は屋台が肉を焼いている。
昨日、騎士が血を流した場所の近くで、今日は女たちが噂話に花を咲かせている。
昨日、サンダードラゴンが空を割った場所を、今日は荷馬車がのんびり横切っている。
それが、カステポーだった。
オープンテラスの隅で、ミューズ・レイバックは難しい顔をしていた。
向かいにはヒッター子爵。
その横に、トローラ・ロージン。
テーブルの上には酒と軽食。
そして、一枚の納品書が置かれていた。
MH用の肩部補修部品。
実物は当然、こんなテーブルに載るような大きさではない。
どこかの搬入倉庫か、クバルカン側の指定保管場所に届いているのだろう。
ここにあるのは、その納品書だけだった。
そのすぐ横のテーブルでは、街の女たちが声を潜める気もなく喋っていた。
「ねえ、壊し屋を倒したのって、ルーンの騎士様と破烈の人形だってウワサ、本当?」
「バッカー、あんた一週間も間を置いてよく言うわね」
「だって、うちノーキ市から来たんだもん!」
「ウワサは本当らしいけど、ルーンの騎士様はすぐ本国に戻られたって話よ」
「えー! ノーキ市からすっとんできたのにぃ!」
「あたしたちだって血眼で探し回ったわよ! でもそれらしい人いないのよー!」
「きーっ! 千載一遇のチャンスを逃した!」
ヒッター子爵は、グラスを傾けながら、薄く笑った。
「……ともっぱら街での評判ですが、当のルーン騎士様は、MHの無断使用で破門か処刑かの処分を待っております……て記事は載ってねぇがねェ」
ミューズは、ますます顔をしかめた。
「笑いごとではない」
「笑っていないよ」
「笑っている」
「まあ、少しはねェ」
トローラは納品書を見て、嫌そうに腕を組んだ。
「で、なんで俺まで呼ばれてるんだ」
ミューズは納品書をテーブルの中央へ押し出した。
「実は、今日になってこれが届いたのだ。見てくれんか。良ければ意見を聞かせて欲しい。ヒッター、トローラ」
ヒッター子爵が片眉を上げる。
「んなもん、俺が見ても良いのかねェ」
トローラもすぐに続けた。
「見たら引き返せないのは勘弁だぜ」
「頼む」
ミューズの声は真剣だった。
真剣すぎて、断りにくい。
トローラは舌打ちしながら、納品書を覗き込んだ。
「納品書……肩部補修部品?」
ヒッター子爵も横から見る。
「文章はないな」
「肩って言うと、壊し屋に掴まれたところか」
トローラが言うと、ミューズはうなずいた。
「本国には全て報告した。戒律に反し、MHを使用したことも、破烈の人形を出したことも、壊し屋と戦ったことも」
「で、返事は?」
「ない」
ミューズは、苦々しく言った。
「何の通達もない。処罰もない。帰還命令もない。破門もない。叱責もない。ただ、これだけが届いた」
彼は納品書を指差した。
「肩部補修部品。必要数。納品済み」
トローラは、しばらく黙った。
ヒッター子爵は、少し笑った。
「まだ帰ってくるな、ってことだろ?」
ミューズが顔を上げる。
「そうなのか」
「たぶんねェ」
ヒッターはグラスを揺らした。
「本気で処罰するなら、部品なんか送らない。破門するなら、修理させない。黙って肩の部品を送ってきたってことは、“壊したところは直せ。だが戻るな。まだそこで考えろ”ってところだろうねェ」
「そんな曖昧な……」
「宗教国家のお偉いさんは、はっきり言わない時ほど面倒なことを考えているもんさ」
トローラは鼻を鳴らした。
「ま、おせっかいな奴も多かったってことじゃねぇの」
「おせっかい?」
「お前があれを出した理由を、分かってる奴がいるってことだよ」
トローラは納品書を軽く叩いた。
「壊し屋を止めた。ファティマも騎士も巻き込まれた。カステポーの空に母艦まで隠してやがった。黙って見てたら、もっとひでぇことになってた。だから、お前は動いた」
「だが、戒律には反した」
「反したな」
トローラはあっさり言った。
「そこは消えねぇ。だが、消えねぇからこそ、部品だけ送ってきたんだろ。お前が勝手にやったことを、完全に褒めるわけにはいかない。けど、お前のやったことを完全に罰するわけにもいかない」
ヒッター子爵が笑った。
「つまり、ルーン騎士様はしばらくカステポーで反省文代わりに現地学習だねェ」
「私は、どうすればいいのだ」
「考えろってことだろ」
トローラは椅子にもたれた。
「壊した肩を直して、ここで何を見たか、もう一回考えろ。壊し屋、ドラゴン、ファティマ、騎士、ナイトギルド、酒場、悪党。お前の本国じゃ見えねぇもんばっかりだ」
「悪党まで含めるのか」
「目の前にいるだろ」
「君は、自分を本当にそう呼ぶのだな」
「事実だからな」
ミューズは、ふと別の疑問を思い出したように顔を上げた。
「ヒッター。わからんことだらけで、ついでに聞くが……君たちは何者なのだ」
ヒッター子爵が目を細める。
「何者とは?」
「どうして、ハスハの女騎士やアイシャ殿となじみなのだ。どうして、街の噂も、騎士の動きも、ガレージのことも、そんなに知っている」
ヒッター子爵は、しばらくグラスを見た。
それから、いつもの調子で笑った。
「女たらしの騎士くずれじゃ御不満かねェ」
「それで納得できる情報量ではない」
「じゃあ、カステポー・ナイトギルドの総評もやってると言や、少しは納得するかい?」
ミューズは目を見開いた。
「そ、そうか。それで君は莫大な情報を……」
「莫大ってほどじゃないさ。ただ、カステポーで騎士が何を壊し、何を預け、誰と揉め、誰と寝て、誰に追われているか。そういう面倒な帳尻を見る役だよ」
「それをさらりと言うのか」
「重く言ったら酒がまずくなる」
トローラは肩をすくめた。
「俺は裏も表もないぜ」
ミューズが今度はトローラを見る。
「君は?」
「アドラーでユーバー大公に雇われてた時に、お披露目で紹介されただけだ」
「ユーバー大公というのは、あの汚職で失職した……」
「そう」
トローラは即答した。
「だから、悪党だって言ってるだろ」
ミューズは黙った。
責めるでもない。
軽蔑するでもない。
ただ、理解しようとしている顔だった。
トローラはその顔が少し苦手だった。
「そんな顔で見るな。俺は綺麗な騎士じゃねぇぞ」
「だが、君はレスター卿を助け、ミロード殿を救い、あのファティマを引き出した」
「死にそうだったからだ」
「それだけで動ける騎士は多くない」
「俺は騎士として動いたんじゃねぇ。負け犬が目の前の死にかけに噛みついただけだ」
ヒッター子爵が笑った。
「ほらねェ。面倒な男だろう?」
ミューズは少しだけ微笑んだ。
「確かに、面倒だ」
「おい」
トローラが眉をひそめる。
その横のテーブルでは、女たちがまだ騒いでいる。
「ルーンの騎士様、ほんとにいないの?」
「だから本国に帰ったんだってば!」
「でも破烈の人形って見てみたかったわー」
「無理よ無理! 見たら腰抜かすって!」
ミューズは、その声を聞いて、ほんの少しだけ居心地悪そうに視線を落とした。
ヒッター子爵は楽しそうに笑う。
トローラは納品書をミューズへ押し戻した。
「ほら、街の英雄様。肩、直せよ」
「だから、私は英雄ではない」
「街はそう言ってる」
「本人の事情を知らずに」
「街の噂なんてそんなもんだ」
ミューズは、もう一度納品書を見た。
肩部補修部品。
それだけが届いた。
言葉はない。
だが、何もないわけではない。
そこには、帰還命令ではない命令があった。
処罰ではない処分があった。
まだ戻るな。
まだ見ろ。
まだ考えろ。
その沈黙が、そう言っている。
「……分かった」
ミューズは静かに言った。
「私は、もう少しここにいる」
ヒッター子爵がグラスを掲げる。
「ようこそ、カステポー居残り組へ」
トローラは嫌そうな顔をした。
「嫌な組だな」
「君も所属しているよ」
「勝手に入れるな」
ミューズは、初めて少しだけ笑った。
街では、ルーンの騎士様を探す女たちが空振りし続けている。
その当の本人は、すぐそばのオープンテラスで納品書を前に悩んでいる。
壊し屋は倒れた。
母艦は砕かれた。
だが、カステポーの物語は終わらない。
むしろ、こういう後始末から、また次の騒ぎが始まるのだった。